第35話 対魔王戦④



 吹き飛んだ魔王は、そのまま地面に激突して土煙を上げる。

 それを見た術士達から歓声が上がった。

 しかし、魔王を吹き飛ばした当人であるライは浮かない顔をしていた。

 それは当人だからこそ得られた、手ごたえの問題であった。



「はは……、ごめんトーヤ、やっぱり陛下は凄いや……。って、あれ……? トーヤ?」





 ◇





 俺は派手に吹き飛ばされながらも、笑わずにはいられなかった。



(本当に最高だぜコイツ等! 俺にまともに一撃入れやがった!)



 ――約150年前、魔界全土において、ある協定が結ばれた。


 その協定が結ばれるまで、魔界では常にどこかで戦争が行われているような状態だった。

 8人の魔王が、それぞれの領地を巡って争う大戦国時代である。

 この過酷な時代がいつ頃から始まったのかは、正確な記録は残っていない。

 少なくとも俺が生まれた時には既に、世界は戦乱の真っただ中だった。


 長い戦乱の中で、魔王と称される実力者が台頭するようになる。

 魔王はそれぞれ絶大な力を誇り、魔王同士の戦った後には荒野が1つ出来上がるとまで言われていた。

 実際、魔王同士の喧嘩で滅びた国や街は、恐らく千を超えているだろう。

 それ故に魔王達は皆、危惧することになる。

 このまま戦い続ければ、いずれ魔界は崩壊してしまうのではないか、と。


 そして、そんな最中に9人目の魔王が現れる。

 その魔王の出現こそが、戦いに終止符を打つ切っ掛けとなった。


 その後、聖地と呼ばれる世界樹の遺跡にて、9人の魔王による会談が行われた。

 そこで取り決められた協定こそが、魔王の領土間における移動の制限である。


 "魔王は、それぞれの領土から出ることを固く禁じ、それを破った場合、他の全魔王の総力によりこれを殲滅することとする"


 この協定により、魔界は崩壊の危機を免れたと言っていいだろう。

 しかし、それがもたらす平和は同時に、俺にとって退屈な日々の始まりでもあった。


 最初の100年はまだ良かった。

 血気盛んな奴等が多く、国内国外問わず俺の首を狙う輩もいたからだ。

 特に楽しめたのは、数十年前に現れた三頭のトロールだろう。

 あれは最高に楽しかった。

 かつての魔王達には及ばないものの、それに類する程楽しい戦いだった。


 しかし、その戦いを切っ掛けに、国内で俺を打倒しようとする者は激減した。

 国外からの侵略も、ここ数十年は大人しいものである。


 退屈だった。


 そんな中、国内で暴れまわる二頭のトロールの出現は、俺にとっては久しぶりの良いニュースだった。

 そして、ノリノリで討伐準備を整えている最中、部下達から衝撃的な連絡を受ける。

 二頭のトロールが、レイフの森でゴブリンやオーク達に討伐されたと言うのだ。

 俺はそれを聞いて消沈した直後、すぐに気づく。



(ゴブリンや、オーク……?)



 それははっきり言って、異常とも言っていい事態であった。

 ゴブリンやオークでは、種族的にトロールにはまず勝てないからである。

 オルドのような戦士であれば、あるいは可能かもしれないが、そんな者があのレイフの森に残っているとは思えない。

 そう考えた瞬間、俺はいてもたってもいられず、城を飛び出していた。

 そして……、



(俺の直感は間違いじゃ無かった!)



 めり込んだ地面から、体を起こす。

 腰の辺りに鈍い痛みを感じるが、動くのに支障は無さそうだ。

 俺は楽しくて堪らなかった。

 この程度の痛みですら、実に数年ぶりのことだからである。



「ハッハッハッ! ライって言ったな! イイぞお前! だが、まだまだだ! もっと気合入れて打ってこいや!」



 土煙が晴れ、ライ達の姿が現れる。

 その姿を見て、俺の笑みはさらに深くなる。

 ライ達の戦意は未だ衰えていない、それが嬉しかった。

 ただ、一つ気になったのは、その中心に立つライの挙動だ。



「……トーヤ?」



 ライが呟く。

 トーヤ? そういえばトーヤの奴はどこに……?

 そう思った瞬間、背中に何かが触れ、冷やりとした悪寒が走る。



「こっちですよ、陛下」



 爆発的に膨れ上がる悪寒と焦燥。

 それを感じた瞬間、俺はなりふり構わず最大魔力を解き放っていた。





 ◇





 魔王の周囲で盛大な爆発が起こり、俺は今、空を舞っている。



(うわぁ、地面が遠いなぁ……。これ、このまま落ちたら絶対死ぬよな……)



 声をかけた瞬間、瞬時に膨れ上がる魔力を感じ取り、俺は攻撃用に練っていた魔力を全て防御にまわした

 結果としてなんとか防ぐことはできたのだが、衝撃までは殺せず、ご覧の有様である。

 魔力はほとんど空であり、俺はもうこのまま自由落下することしかできない。


 浮遊感に下腹をくすぐられながら、段々と遠のく意識。



(このまま意識を失った方が楽に死ねるのかな……)



 そんな事を考えていると、急速に地面が近づいてくる。

 うお!? このままじゃ本当に何の覚悟もできないまま死んでしまう!?

 迫りくる地面に恐怖し、思わず目をつぶる。



(…………ってあれ? 衝撃が無い。もしかして楽に死ねたのか?)



 ってんなわけあるか!

 俺はすぐさま目を開く。



「大丈夫か!? トーヤ!」



 目の前には、ゾノの厳つい顔があった。



「……大丈夫みたい」



 どうやら、俺はゾノに抱き止められたらしい。

 衝撃が無かったのは、なんらかの魔力操作のせいだろうか?

 まあそれはともかくとして、どうやら俺は助かったらしい。



「トーヤ!!! 生きてやがるか!? 今のは何だ! 何をやろうとした!」



 そしてそんな俺に、もの凄く嬉しそうな顔をして叫んでくる魔王様。

 何故そんな嬉しそうな顔をしているのか、さっぱりわからない。



「カッカッカッ! お前ら本当にどいつもこいつも最高だぜ! オラ! 次だ次! 俺をもっと楽しませやがれ!」



(……本当楽しそうだなぁ)



 そんな楽しそうな魔王の傍に、いつの間にか一人の男が立っているのに気づく。



「いえ、キバ様。次はありません。契約違反です。キバ様の負けですよ」



「ゲっ……、ソウガ……、見てやがったのか……」



「当然です」



 魔王はしょんぼりとしながら、先程まで猛威を振るっていた魔力を引っ込める。

 少し拍子抜けだが、どうやらこの戦いはこれで終わりということらしい。

 実の所、この結末は予想していたとのだが、一歩間違えば死ぬ所だったので全く笑えない。



(うっ……)



 安堵したせいか、一気に疲れが来た気がする。

 急速に意識が沈んでいくのを感じる。



 このままではゾノの腕に抱かれたまま眠りにつくことになってしまうが、残念ながら眠気に逆らうことはできそうもなかった。



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