第34話 対魔王戦③



「おっ!? ついに来やがるかぁ!? トーヤァ!」



 先頭はガウ、その後ろに俺、左右に展開するようにライ、イオという配置で魔王に迫る。

 俺はその途中、10歩程の距離を空けた地点で急停止し、棍棒を地面に突き立る。



「土よ! 沈み……、固まれ!」



 直後、魔王の右足が土に沈みこむ。



「ぐお……、なんで急に穴なんかが!? しかも、抜けね……、っとぉ!」



 俺は沈下させた土を即座に戻し、固定するよう精霊に命じた。

 力を入れれば容易く抜けるだろうが、今は足が沈んだことで重心が傾いている。

 その一瞬の隙を突き、ガウが攻撃を仕掛けた。

 当然その一撃は『剛体』により防がれるが、踏ん張りが効かず咄嗟に反撃ができない。

 そこをライとイオがさらに攻める。



「ッチィ!」



 ライは頭部を突き、イオはガウとは対角から斬り上げる。

 魔王は体勢を立て直さず、右腕でイオの剣撃を受け、ライの攻撃は無視した。

 ライの一撃は目を狙ったようだが、あっさりと『剛体』により弾かれる。しかし、イオの一撃は弾かれず、そのまま振り抜かれた。



「!? ッラァ!」



 斬られた事に、一瞬動揺したようだが、直後に全ての攻撃を薙ぎ払い、魔王は体勢を立て直す。



「……イオって言ったか? 『剛体』を抜いてくるたぁ、良い腕してるじゃねぇか」



 魔王が右腕の表面を見る。

 その腕に覆われた美しい白い獣毛に、薄っすらと傷が入っていた。



「……すみません、トーヤ。なんとか通すことは出来ましたが、ダメージは与えられませんでした」



 今の一撃は、ライの技から参考にした『剛体』破りの1つだ。

 『剛体』の特徴である強い反発は、強い力に対し比例するようにその力を増す。

 その性質を回避するため、攻撃が当たる直前に勢いを殺すことで、『剛体』の反発を無効化したのである。

 イオが今行った斬撃は、そうやって『剛体』を回避し、そのまま刃を押し当てて撫で斬ったというわけだ。


 無論、戦闘の最中に、それ程の力加減をするのは至難の業である。

 それをやってのけたのは、イオの類まれなるセンスと、『繋がり』から得られる経験の共有の賜物であった。


 もっとも、その一撃すらも、魔王にダメージを与えることはできなかったようだが……



「いやいや、誇っていいぜ? 今のは俺の受け所が悪けりゃ傷くらいは付いた筈だ。こんな真似ができるのは、配下の中にも5人といねぇだろうよ」



 受け所というと、やはりあの体毛のせいか……?

 神話で語られるネメアの獅子の毛皮とまでは言わないが、膨大な魔力が通う魔王の獣毛であれば、刃を通さない可能性は十分にあるだろう。



「……ならば、斬れる箇所から刻むまでです」



 剣を構えなおすイオ。

 ライ達も同様に武器を構えなおす。



「面白れぇ……、じゃあ、今度はこっちから行くぞ!」



 凄まじい踏み込みから拳が放たれる。

 狙いは後衛である俺。

 こんなものをまともに受ければ、まず間違いなく俺の体は粉々になるだろう。

 俺はギリギリのタイミングでそれを躱し、同時に側頭部めがけて突きを放つ。

 当然、『剛体』により弾かれるが、その勢いを利用することで再び距離を取ることには成功した。



「おおおぉぉっ!!」



 横を抜かれたガウが振り向きざま、魔王に引けを取らぬ突進から技を繰り出す。

 袈裟斬り、そして斬り上げとの同時斬撃、『あぎと』である。

 この技は元々、ゴウの防御を抜くために考案した技らしい。


 『剛体』は魔力による反発力から成り立つが、その際の反動は、攻撃者側だけにかかっているわけではない。

 当然と言えば当然なのだが、その運動エネルギーは必ず支える側にもかかってくる。

 例えるならゴムボールを殴るようなもの、と思えばわかりやすい。

 ただ、円形でない以上、エネルギーのかかり方も当然変わってくる。

 実際は、そこに無意識の制御が加わるため、上や横からの圧力に耐えるよう重心のかかる足側等に『剛体』の反発力は発生しているのだ。


 俺がゴウの攻撃で膝を屈したのは、部分的にしか『剛体』を展開しなかったためである。

 ガウ達トロールが使用している『剛体』は、常に全身で展開しているため、このエネルギーの処理をほぼ無意識で行うことができる。

 燃費は悪いが、安全性という面ではかなり優秀と言えるだろう。


 ガウがそれを意識してこの技を編み出したかは不明だが、対角からのエネルギーはそれぞれの逃げ場を失う。

 逃げ場のない分は全て魔力で補われるため、必然的に魔力消費量が多くなるのだ。

 当然、魔力が無くなれば『剛体』は維持できなくなるため、中々に理にかなった技と言える。


 しかし、残念ながら魔王の魔力切れには期待できない。

 ただ、流石の魔王も、この技を生身で受けるのは危険と判断したらしい。

 振り返った魔王が両腕で『咢』を受け止める。

 その瞬間、今までよりも強い反発力が生まれているのが目に見えて分かった。

 それはつまり、部分的に『剛体』の出力を変えているということに他ならない。

 やはり、トロール達が知らなかっただけで、『剛体』を制御する方法は以前から存在していたようだ。

 莫大な魔力を誇る魔王が、さらに『剛体』の制御まで行っているのだから、無限の魔力あると伝えられるのも仕方がないことかもしれない。


 がら空きとなった腹部に、イオが剣を突き立てる。



「研ぎ澄ましなさい! アントニオ!」



 その声に応えるように、彼女の剣、アントニオが切っ先を鋭く変質させる。



「甘ぇよ!」



 しかし、その刃は先端が僅かに刺さった程度で侵入が拒まれる。



「悪手だぜ、嬢ちゃん! 突きの威力は速度と膂力がモノを言う。嬢ちゃんの純粋な力だけじゃ、俺を貫くことはできねぇよ!」



「……では、これならどうです陛下!」



 棍棒を地面に突き立てる。

 先程俺が見せた術を警戒したのか、魔王の意識が一瞬こちらに向く。

 しかし、これはあくまでフェイントである。

 本命は……



「……ん? 何も起きな……、ってしまっ!? グォァァァッ!!!」



 いつの間にか魔王の背後に周ったライが、渾身の突きを見舞う。

 突きこまれた棍棒を中心に、魔王の背中が螺旋状に歪む。

 そして、次の瞬間、魔王はキリモミ状に吹き飛んだ。




 ライが稽古の際に放った突き、俺達はそれをギリギリまで調整し、なんとか実用段階まで漕ぎつけていた。

 魔力を籠めることで、その威力を大幅に増したこの突きこそが、作戦④の最大の狙いなのであった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る