第28話 謎の旅芸人



 妊婦への施術はつつがなく完了した。

 無事に産まれてきた赤子は元気な産声をあげると、そのまま用意された肉を貪るように食べ始めた。

 見事な食いっぷりに、さぞわんぱくに育つに違いないと思ったが、取り上げたゴブリンの女性によると、なんと女の子らしい。

 俺が出産に立ち会ったのはこれで三度目だが、これで全員が女児だったということになる。

 オークは女が生まれやすかったりするのだろうか……?



(それにしても、何度見ても信じられない光景だな……)



 オークは生まれる際に、母体を食い破るが、これは栄養補給の意味合いが強い。

 母体から得られる栄養が足りないと感じた赤子は、身近な栄養源たる母体を食事の対象にするかららしい。

 このような出産形態をとる哺乳類は、俺の知る限り地球上には存在しなかった。

 産まれた直後に食事を取れる状態というのも凄いが、母親の腹を食い破るというのは強烈過ぎる……

 しかも、その行為はあくまでも本能的なものであり、赤子も自覚は無いのだという。



「……本当に良かった、元気に生まれてくれて」



 産まれた赤子の母親であるノーラという女性は、我が子のことをとても幸せそうな表情で見つめている。

 その光景に俺は、やはり母親というのはとてつもなく強い存在なのだなと実感させられた。

 なにせ彼女は、つい今しがたまで麻酔無しの帝王切開という想像するだけで痛みを伴うような施術に耐えていたのである。

 いくら精霊のフォローがあるとはいえ、間違いなく気絶ものの痛みを伴っていただろうに……



「救世主様、本当に感謝しております。私がこうしてこの子を撫でてあげられるのも、全ては救世主様の教えのお陰です」



「救世主様はやめてくれって……。それに俺は今回何もしてないよ? あくまで保険として、皆の施術に立ち会ってただけさ」



 実際、今回の帝王切開に俺は一切手を出していない。

 執刀はイオが行ったが、その他の補助は全てオークやゴブリンの女性が行った。

 この先、オーク達の出産全てに俺が立ち会うワケにもいかないし、できる限り彼女達が自ら施術できるほうが望ましい。

 その体制を作るには、彼女達に多くの経験を積んでもらう必要がある。そう判断したからこそ、彼女達に任せたのである。

 既に俺の知りうる限りの知識は彼女達に伝えてあるし、あとは慣れていくしかないだろう。



「謙遜するものではありませんよ、トーヤ。私も彼女たちも、貴方がそこで見ていたからこそ、安心して施術を施せたのですから」



「ええ、イオさんの言う通りですよ。救世主様が見ていた下さったので、私達も練習通りに動くことができました」



 だから、救世主はやめてって言っているのに……

 ……まあ、そこまで言われると流石に悪い気はしないけどさ。

 でも、正直なるべく早く俺はこの立ち合いから解放されたいと思っている。

 だって、夫でも医者でもないのに、出産に立ち会うなんて変じゃないか……



「……さて、私達はまだ色々とする事がありますので、トーヤは先に広場に行ってください。どうせもう始めているのでしょう?」



 俺が複雑そうな顔をしていると、イオが助け船をだしてくれる。

 始めているというのは、今回の出産が無事に終わったことに対する祝宴のことである。

 前回同様、オークだけでなく集落の皆を集めて、盛大に祝うと言っていた。

 イオが言うように既にフライングで始めているようだが、みんな意外とお祭り好きなんだな……



「……そうだな。イオ達には悪いが、俺は先に行かせてもらうよ」



「そうして下さい。しかし、トーヤはともかく、他の男連中ときたら……」



「そう言うなよ。出産なんて大事の前では、男なんてあたふたするくらいしかできないもんだ……。さて、じゃあ、また後で」



「ええ」



 俺はそう言って、診療所と兼用になってしまったザルアの家を出る。

 宴会会場となっている広場に近づくと、ソクが俺に気づき小走りでこちらに向かってきた。



「救世主殿! お出でになりましたか! ささっ、こちらへどうぞ!」



「救世主はやめてってば……」



 またかとうんざりしつつも、俺は出された椅子(丸太)に腰かける。

 早速とばかりにお椀に酒を注いでもらっていると、見覚えのない男が広場の中心でパフォーマンスをしているのに気づく。



「あれは……、誰だ?」



 男はたき火を回るようにして、雑技団のようなパフォーマンスを披露し、周囲を沸かせていた。

 何かの踊りのようだが、あれは一体……



「凄いでしょう? 旅芸人の方らしいのですが、あんな踊りは我々も見たことがありません」



 確かに凄い……

 ダイナミックな動きにも関わらず、一つ一つの動きが洗練されており決して乱れない。

 あれは相当に体幹を鍛えていなければできない芸当だ。



「ソク達も見たことが無いのか……。どこかの地方や民族に伝わるような踊りだったりするのかな?」



「そうかもしれません。少なくともこの周辺の地域では知られていない踊りだと思います」



 ソク達はレイフの森に流れつく前、この周辺地域を転々としていたらしい。

 その関係もあって周辺地域の情報については詳しいらしいのだが、そのソクが知らないということは、本当に遠くの出身者なのかもしれないな。



「……となると、どこから来たんだろうな? それにわざわざこの森に何をしに来たんだろうか?」



 レイフの森は流れの者や逃げ延びた者が辿り着くような場所であり、基本的に人口は少ない。

 当然裕福な生活を送っているわけでも無いので、旅芸人が立ち寄る場所としては不向きに思える。



「目的は知りませんが、先程魔獣用の罠にかかっている所を発見されたそうです。本人は南西方面からと言っていましたが……」



 魔獣用の罠って……、よく無事だったなぁ……

 魔獣は基本的にタフだし、それ用の罠ともなるとかなりの殺傷力があるハズなのだが、見た感じ男が怪我を負っている様子は無かった。

 獣人のようだし、剛体を使って凌いだのかもしれないな……



「そうか……。しかし、南西というとまた随分大雑把だな……。この森の立地的に考えれば間違っては無いのだろうけど……」



 レイフの森は亜人領の北東に位置しいる。

 そしてその北は魔族領、東は海となる為、実質西か南からしか人の出入りが無い。

 つまり、南西から来たと言えば大体の地域も該当するので、正確にどこから来たのか把握するのは困難であった。。



「私もそこは少し気になったのですが、あの踊りからして旅芸人というのは嘘では無いでしょうし、旅芸人であれば出身地を問い詰めたところで意味は無いでしょうから……」



 まあ確かに、その通りではある。

 折角の宴なんだし、あまり気にしないでおくか……





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