第27話 多頭のトロールに対する見解②

「……成程。あの視界で、片手であしらわれる程の差がまだ有るのかと少しショックでしたが、そういうワケですか」



「イオ、トーヤの言うことを信じるのか?」



「トーヤの言葉だけを信じるわけではありません。ですが、今までもそう思わせる節は確かにありました。……私達があえてそれに触れようとしなかっただけのことです」



 今まで、ゴウに対して意見をするものや、ゴウの語る内容に疑問を挟む者はいなかったのだろう。

 掟を重んじる習性のあるトロールであれば十分にあり得る話だ。



「ライもガウも、昨日の戦いで違和感を感じたんじゃないか?」



「……確かにね。単純な技術だけでいえば、むしろガウの方が洗練されてるくらいだったし……」



「……今思うと、思い当たる節は確かにある。俺は気のせいだと断じていたが、ゴウの性格を考えれば納得せざるを得んか……」



 ライからは『繋がり』を通して違和感を感じ取っていたが、ガウもやはり何かを感じ取っていたらしい。

 ガウもライも、あの状況でそれを感じ取れないような鈍い戦士ではないからな。



「俺も凝視してようやく気付けたけど、ゴウはガウ達の攻撃を全て反射で捌いていたんだよ。巧妙に隠していたけど、ゴウの四つの目は間違いなく一人一人の攻撃を視認していた」



「視線を追ったのか……。よくあの状況で……」



「……ガウとの闘いの時に閃いた暗視法のお陰さ」



 と言ったものの実は嘘である。

 実はこの暗視法、イオの美しい顔をもっと見てみたいという、不純な動機で生み出されたのであった。



「……トーヤ、僕に隠しことをするなら、もう少し平静を保たないとバレバレだよ?」



「な、何のことでしょう?」



 し、しまった……

 油断して『繋がり』から意識が漏れていたらしい。

 もう少しちゃんと制御しないと、隠し事なんかできなくなるな……



「ま、いいけどね。で、二つの頭がそれぞれしっかりと機能していたのはわかったけど、それがさっきのこととどう繋がるの?」



「……ここからが俺の仮説なんだが、俺はゴウの特徴は目に見えている部分だけじゃないと思っている」



 俺の言葉に、ライとガウは不思議そうな顔をするが、イオだけは神妙な顔つきになっていた。



「見えている……、そういうことですか……」



 流石にイオは察しがいい。

 頭が良いという雰囲気では無いのだが、妙に勘が鋭いんだよな……

 特に考えなしにピンポイントで答えに行きつく辺り、天才気質な感じがする。



「ゴウの死体は焼いちゃったからもう確認はできないけど、恐らくね」



「ちょ、ちょっと待て! 二人で納得していないで俺にも説明をしてくれ!」



 ガウが慌てたように割り込んでくる。

 ライは未だに不思議そうな顔をしていたが、実際に見ていたわけじゃないし無理も無いだろう。



「ゴウが二つ持っていたのは、頭だけじゃないってことだよ」



「っ!?」



「あの時私は、確かにゴウの心臓を貫きました。それはガウも見ていたハズです。ですが、ゴウは死んでいなかった」



「まさか……」



「恐らく、そのまさかなのでしょう。そして、そうであればあの時トーヤがゴウを仕留められた理由にも説明がつきます」



「……ゴウの心臓は、二つあったということか」



 あの時俺は、イオの貫いた正中線のやや左とは逆側を貫いた。

 俺にはトロールの正確な心臓の位置はわからないし、イオの突きの精度を信じるしかなかったのである。

 流石に左右非対称ということは無いだろうとは思っていたが、中々に際どい賭けであった。



「ああ。それに、二つあったのは恐らく心臓だけじゃない。他の臓器……、それに感覚や、欲の類も……」



 そう仮定すれば色々なことに説明がつくのだ。

 同時に複数の攻撃を捌ける処理能力、異常な程の五感と欲……

 これらが通常のトロールの二倍あったとすれば、全てに納得ができる。


 さらに言うと、二倍だったのは恐らく全てではない。

 手足は二本だったし、首だって一本だった。

 それは欲求や感覚にも当てはまる筈だ。

 ……つまり、仮に理性がそのままだった場合、ゴウは非常に歪な精神状態にあったと言えるだろう。



「では……、あの異常な戦闘欲求や獰猛さ、残忍性は……」



「……あくまでも仮定だけどな。でも、ガウは薄々気づいていたんだろ?」



 ガウは、戦いが始まる前に「お前の衝動は、もう抑えきれない段階まで進んでいる」と言っていた。

 それはつまり、ゴウの欲求、衝動が日に日に増していたことに気づいていたということだ。



「……ゴウの欲が日に日に増していることは、俺でなくとも気づいていたハズだ」



 ガウの言葉に、イオも無言で頷く。



「……まだ俺達が子供だった頃、ゴウに一度だけ尋ねられたことがあった。「お前達はこの衝動をどうやって抑えているか」と。俺はそれに対し何も考えず、「我慢だ。兄者は我慢が足りないから抑えられないんだ」と答えた。ゴウはそれに「そうか」とだけ返していたが……、今思えばあの時既に違和感を感じていたのかもしれないな」



 その頃のゴウは、まだ自分の中の欲求や感情を抑えきれていたのだと思う。

 しかし、基本的に欲というものは成長するにつれ膨れ上がるものである。

 もし俺の立場で、理性据え置きに性欲や食欲などが倍になったとしたら……、想像するだけでも恐ろしいことだ。



「トロールは元々戦闘意欲が強いですから、私もアレを個性だと割り切っていました。恐らく他の者達も似たようなものでしょう」



「……そうだろうが、俺はゴウの肉親だ。本来であればもっと早い段階で、俺が気づくべきであったろう……」



「……ガウ、それは今言ってもどうしようも無いことだよ。自分を責めたくなる気持ちはわかるけど、今はガウが長なんだろ? だったらそれを糧にするくらいの気持ちじゃないと」



「……トーヤの言う通りですね。ゴウに限らず、ウチにはギイ達のようなお馬鹿もいるんです。今後は同じようなことが起きないよう、貴方がしっかりと舵を取ってください」



 それだけ言うと、イオの表情がパッと切り替わる。

 女性の方が切り替えが早いと言うが、イオは特にサバサバとした印象を受けるな……

 それにしても、イオは腰を上げて尻を叩いているが、その、プルプルと……、いや、なんでもない……



「さて、良い感じに休憩も出来ましたし、そろそろ集落に向かいましょう。準備もありますしね」



 確かに。陽も少し傾きかけている。良い頃合いかもしれない。



「あ、じゃあトーヤ達は先に行っててよ。僕とガウはこれから農園の見回りがあるんだ。祝杯の時に合流しよう」



「そうか。じゃあ、また後で」





 ◇





「トーヤとライは仲が良いですよね?」



 集落に向かう途中、無言だったイオが、急に話を切り出してきた。



「そりゃ目覚めてからずっと一緒だからなぁ。一番信頼をおける仲なのは間違いないよ」



「……それだけでしょうか? 先程も、お互いに分かりあっているような、何やらただならぬ信頼関係を持っているように感じました」



 先程のやり取りがそう見えたのだろうか……?

 まあ、『繋がり』に関しては誰にも説明したことが無いし、人の目から見るとそう映るのかもしれない。



「訓練中も思っていましたが、あれほど無駄なく連携できるのは正直尋常ではありません。ひょっとして二人は……、相思相愛だったりするのでしょうか?」



「ぶっ!?」



 な、何いってるんですかこの娘は!?

 か、勘弁してくれ!

 俺とライが相思相愛……? いやいやいや! 無いからな!



「ちょ、イオ勘違いしているよ! 確かに俺とライは仲が良いし、意思疎通もばっちりだけど! それには理由があるんだ!!」



「理由、ですか? それは一体……?」



 疑るような目線。

 これは『繋がり』についても説明しなければならないか……

 別に隠すことでもないし、まあいいか……



「……成程。しかし、『繋がり』ですか。そんな力は聞いたことがありませんね……」



 かくかくしかじかと説明をすると、イオは再び思慮深い顔つきになる。

 普段あまり表情を変えないだけに、こういった表情を見せられるとついドキリとさせられる。



「……それは、ライとしか結んでいないのですか?」



「あ、ああ、ライとだって結べたのは偶々だし……、って何をしてるの?」



「手を握りました」



 柔らかい……、だと!?

 とても剣術少女の手とは思えない、まるで羽毛のような感触……

 それがにぎにぎと俺の手を揉むように動かされ、俺の心臓がさらに高鳴っていく。

 しかし、そんな嬉し恥ずかしな状況も、直後に感じた感覚に一気に吹き飛んでしまった。

 これは……、ライの時と同じ……?



「ふむ……、どうやら私とも問題無く結べたようですね」



 イオはそう言うと、まるで悪戯が成功した子供のような笑顔を向けてくる




 どうやら俺は、ライだけでなくイオとも繋がってしまったらしい。



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