第26話 多頭のトロールに対する見解①



「説明をする前に、俺も確認したいことがある。ガウ、感覚遮断について詳しく教えてくれないか?」



「ああ、別に隠してるわけでもないし構わんぞ。……以前も軽く説明したが、俺達トロールは意識的に一部の感覚を遮断することが可能だ。俺がやったような痛覚や嗅覚の遮断や、触覚、味覚などの遮断などが代表的な使用例だ。特によく使うのは味覚の遮断だな。俺達のような流れの生活を送っている者は、碌なものにありつけないことが多いし、中々に重宝している」



 味覚の話をしながら、ガウは渋い顔をしている。

 イオも凄く嫌そうな顔をしているし、何かとんでもないものを食べたのかもしれない……

 それはともかくとして、俺は続きを促すことにする。

 どうにも、それだけでは無い気がしたからだ。



「……それだけか?」



「……いや、個人差もあるが、感覚を遮断する際に他の感覚が若干だが鋭敏になる。これに関しては、ほとんど気のせいだと思う者もいれば、明確に効果が出る者もいる。俺の場合は後者だな。だから、あの異臭攻撃は本当に致命的だったぞ」



 ……やはり、そうか。

 トロールは体躯こそ優れているが、獣人のように五感の類が発達しているわけではない。

 しかし、あの夜俺と対峙したガウは異常な程優れた感覚を持っていたため、違和感があったのだ。



「成程ね……。しかし、そうなると本当にやばかったな……」



「どういうこと?」



「これはあくまでも仮説なんで、それを承知の上で聞いてくれよ?」



 まあそう前置きしつつも、色々な調査結果から俺の中では確信に近いものになっているんだがな……



「これはザルアさんやソクに聞いた話なんだが、過去に現れた多頭のトロールにはいくつかの共通点を持っていることがわかった。非常に凶暴な性格に旺盛な食欲、それに圧倒的なまでの戦闘能力だ」



 多頭のトロールは、その凶暴な性格からか、過去にも何度か事件を起こしているらしい。

 それも結構な大事件だったらしく、ある程度の年配者であれば誰でも知っている有名な事件もあるようだ。

 この情報伝達手段の限られた魔界で有名というくらいだから、余程酷い事件だったのだろう

 まあ、多頭のトロール自体が希少であるらしく、件数自体は少ないようだが……


 二人に聞いた中で最も新しい話は、数十年前に発生した都市部の大量虐殺事件についてだ。

 犯人は三つ頭のトロールで、獣人達が鎮圧に来た時には既に、都市の1/5程の人口に被害が及んでいたらしい。

 これだけでも大事件ではあるのだが、さらに驚くべき内容は、そのトロールが獣人の鎮圧部隊を返り討ちにしたという話だ

 獣人達の鎮圧部隊は、百名以上人からなる精鋭部隊だったそうだが、それをたった一人で返り討ちにしたというのだから恐ろしい話である……

 結局、そのトロールは獣人族の王に討ち取られたようだが、多くの住人を失ったその都市は廃都市と化してしまったそうだ。

 この事件の内容は、都市から逃げ出し、各地に散らばった者達が広めたようである。



「なぁガウ、一つ確認するが、獣人の精鋭百人を相手にするなんてこと、普通できると思うか?」



「……無理だな。数人ならともかく、獣人相手で十人以上となると無事では済まん。しかも、精鋭相手となればなおさらだ」



 ガウも武力に関しては自信があるだろうから、やってみせる位は言うかと思ったが、冷静な回答が返ってきた。

 戦闘に対する誠実さが伺えるな……



「そうだよな。烏合の衆ならともかく、きちんと連携の取れた集に対して、個でそれを打ち破るのはほぼ不可能だと思う。しかし、その多頭のトロールはそれをやってのけた。それも獣人百名以上に対して……」



「それは……、圧倒的な実力差があったから、とかじゃないの?」



 ライがやや難しい顔をしながら意見を投げてくる。

 表情や『繋がり』からも伝わってくるように、本人もあまり自信は無いようだ。



「まあ、それもあり得る話なんだけど、獣人ってそんな生易しいのか? 聞いた話だとトロールに匹敵する戦闘力らしいけど」



「いや、そんな手緩い手合いでは無いぞ。奴らは獣神流という戦闘術を用いる上、攻撃方法も多彩だ。実際、俺達の仲間も何人か獣人相手に殺されている。それも日中にな」



 日中のトロールを殺すって、とんでもないな……

 獣人がそこまで強いとは正直思っていなかった。

 とりあえず、喧嘩は売らないようにしよう……



「そいつは凄まじいね。でも、それなら話に出てくる三頭のトロールが如何に異常かはわかると思う。そして、先日の戦いで俺は、ゴウにも同じようなものを感じたんだ」



「……確かに、ゴウは俺達数人が同時に挑んでも勝てぬ程であったが……」



「うん。実際あの戦いで、ゴウはあの闇の中でイオとライの攻撃を余裕で防いでいたし、ガウ達が加わってからも反応自体は完璧だった。つまり、体力と魔力さえ残っていれば、あの状況でも倒しきることはできなかったと思うんだ」



「………………」



 無言、それは否定できない故の反応であり、肯定のあらわれだ。



「さて、じゃあガウが無理だと言ったことをやってのける多頭のトロールは、通常のトロールとどう違うと思う?」



「それはやっぱり……、さっき言ってた性格、食欲、戦闘能力、かな?」



「そうだね。でも、それって本当に特別なことかな? 俺から見れば、その三つってトロール全員に言える事だと思うけど」



「……確かにな。俺達は獰猛とまは行かないが好戦的だし、食欲も旺盛で戦闘能力も高いと言っていいだろう」



「そう。実はその三つは、そう特別なことじゃない。食欲だけならイオだって大分ヤバイって言えるし」



「トーヤ、それはどういう意味でしょうか?」



 おっと、顔は笑っているのに目が笑っていないぞっと。

 美人がそんな顔をすると妙な迫力があるな……

 でも、本当のことだろ……?



「よ、ようは通常のトロールとの最大の違いは、そういった個人差で片付けられるような部分では無いよってことね」



「ん~、でも他の違いなんて、頭の数くらいしか……」



 ライが首をかしげながらつぶやく。

 しかし、その呟きこそが俺の質問の答えに他ならなかった。



「そう。目に見えて異なる点というのは頭の数だよ。そして、それこそが差を生み出している秘密でもある」



「しかし、ゴウは二つ首があっても動きが同調するただの飾りだと言っていたぞ。急所が増えるし、うっとおしいだけだとも……」



 確かに、ゴウの二つ存在する頭は、それぞれ別の行動をしているようには見えなかった。

 同調しているというのも、嘘ではないと思う。

 ただ、実際はそれを意識的に切り替えることができたのだと俺は予測している。


 何故ならば、ゴウは、イオとライの攻撃を受けている際、間違いなくそれぞれの目で追って対処していた。


 つまり、ゴウは……



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