第29話 獣の王



 素性自体は謎だが、あの男が優れた芸人であることは間違いないだろう。

 踊りの完成度はもちろんだが、男からはそれ以上に人を惹き付ける魅力のようなものが感じられた。

 スター性というヤツなのだろうか……?



「……まあ、みんな楽しめているようで何よりだよ。未だに沈み込んでいる人達もいたから、少し気になっていたんだ」



「……ご心配をおかけして申し訳ない」



 ソクを含め、家族を失ったオーク達の中には、心に未だ癒えぬ傷を抱えている者も多い。

 オーク達の代表であるがゆえに、ソクそういった感情を面に出すことは無かったが、悲しみの深さは他の者達と変わらないだろう。

 こういう時、立場があるものは辛いところである。



「別に謝る必要は無いって。俺達は仲間なんだ。仲間を心配するのは当然のことだろ?」



「……そう言って頂くと救われた気分になりますよ」



 大げさだなぁ……

 俺は別に、気を遣ってこう言ったのではないんだけどな。

 ソクを含め、どうにもオーク達は俺に対する態度や評価が過大な気がする。


 俺とソクがそんなやり取りをしていると、踊りが終わったらしく、旅芸人の男がコチラに向かってくる。



「よぅ、ソクさんや、どうだったよ俺の演舞は?」



 男は腰に手を当て、満面の笑顔を浮かべる。

 あれだけの激しい踊りをしていながら、疲れた様子は一切見られない。



(それにしても……、近くで見ると結構デカいな……)



 筋骨隆々とした逞しい肉体はトロールにも匹敵するかもしれない。

 何より、獣人らしいギラついた眼光がワイルドさを醸し出していて……、格好いいなこの人。



「素晴らしかったです。舞や踊りのことはよくわかりませんが、派手な動きで力が漲るような感覚を覚えました」



「そうかいそうかい! そいつは芸人冥利に尽きるってもんだ! っと、所でその兄ちゃんは?」



「ああ、彼が先程話した我々の救世主殿ですよ!」



 だから救世主はよしてくれって……

 流石に照れ臭いぞ……?



「おぉっ! 兄ちゃんが噂の! 会えて嬉しいぜ!」



「え~っと、そんな大それた者じゃありませんが……、トーヤと申します。演舞、素晴らしかったです」



 握手を求められたので流れで応じてしまったが、これは凄いな……

 男の手からは、なんと言うか漲る生命力のようなものが感じられた。

 本当に何者なんだろうか……?



「俺はキバ。宜しくなトーヤ!」



 キバと名乗った男は、そう言って手をブンブンと振ってくる。

 握手は亜人全般に通用する挨拶だと聞いていたが、どうやら本当らしい。



「こちらこそよろしくお願いします。キバさん」



「さんはやめろ! こそばゆいんだよ! はっはっは!」



 バンバン背中を叩かれる。

 洒落にならん程の衝撃だが、ガウ達で慣れていたため、ギリギリで踏みとどまることに成功した。

 しかし、彼らのような人種は何故背中を叩くのだろうか……



「なあトーヤ、このお祭り騒ぎが始まる前に色々話を聞いたんだがよ、皆してお前のことを自慢するんだぜ? だから俺は、ずっとお前のことが気になってたんだよ。ってことで、色々話を聞かせてもらうぜぇ?」



 そう言ってキバは俺に木の器を渡し、酒を注いでくる。

 俺、未成年なんだけどなぁ……。多分だけど……



「……そんな面白い話はありませんよ?」



「ハッ! それを判断するのは俺だからな! まあいいから話せ話せ! ホレホレ」



 いや、マジで面白い話なんて無いんだけどなぁ……





 ◇





「てなわけで、この集落は合併したんですよ」



「成程なぁ、異種族混合の集落たぁ珍しいと思ったが、そういうワケか。……しかし、二頭のトロールをやるとは、すげぇな、トーヤ」



 真面目な顔つきで話を聞いていたキバは、嬉しそうな顔をしながらそう言ってきた。

 ほとんどダイジェストのような語りだったが、満足してくれたようで何よりである。



「トーヤ! お待たせ~」



「おお、ライ! 遅いぞ!」



「ごめんごめん、ただの見回りだったのに、どうしてもガウ達が………………、え……?」



 いつも通りの純朴な笑顔で応えたライだが、その言葉が途中で途切る。

 後ろから付いてきたガウ達も、ライと同じような反応を見せる。。



「ん? どうしたんだ?」



「……トーヤ、その人は?」



 それまでとは打って変わって、真剣な表情で尋ねてくるライ。



「あ、ああ、この人は旅芸人のキバさんっていって……」



「………………」



 な、なんだなんだ? この雰囲気は?

 何か不味かったのか?

 ……って、ああ! そういえばガウ達は獣人と争ってたんだっけ!



「まさかガウ、もしかしてこの人って、ガウ達が争っていた獣人族だったりするのか?」



「……部族としては、そう言えるだろうな。……しかし、そんなことは重要では無いのだトーヤ」



「……トーヤ、その人……、いや、その方は」



「……んん? 懐かしい臭いだな。もしかしてお前、昔オルドの連れていたガキか?」



 オルド……、オルドって確か……、ライのお祖父さんだっけ?



「……ええ、お久しぶりです。キバ様」



 キバ……、様……?

 な、なんだ? もしかしてこの人って、結構偉い人なのか……?

 ってことは、旅芸人っていうのも、実は嘘だったり?

 しかし、だとすればなんでそんな嘘を……?



「……トーヤ、この方は獣人族の王、グラントゥース……、この亜人領を統べる、魔王様だよ」






 ………………………………え?





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る