第18話 夜間強襲戦②
「…あの手前の二軒で間違いないか?」
「はい、間違いありません。それぞれ二名ずつ、出入りを確認しています」
偵察部隊と合流し、トロールが居るであろう家屋を確認する。
その家屋は、長の家を挟むように隣接しているとの事だったが、実際にはそれなりに距離が離れていた。
最も、それはむしろ好都合だったのだが。
「もう一度確認するけど、本当に壊しても良いんだよな?」
「ええ、家屋は建て直せば良いですから…。それに、東側に関しては家主が既に…。行方不明の者を除けば、彼が最初の犠牲者だったようですから」
「…そうか」
その者の事は、ソクの話で聞いていた。
確か、集落で一番の戦士だったとか…
「…この戦いが終わったら、ちゃんと弔ってやろう」
「…はい」
「じゃあ、始めようか」
地面に棍棒の柄を突き刺す。
意識を集中し、自身に宿る精霊に呼びかける。
そして、それを経由して棍棒に俺の意思を伝える。
「土よ、俺の意思を汲み取れ」
その声に応えるように、土が震える。
(よし、成功だ)
一応事前に試しはしていたが、本番で急に出来なくなるなんてことは良くあることだ。
俺はしっかりと術が起動したことで、まずは一息つく。
――ちなみに、今使用しているこの棍棒は、ライの家の裏手にある古木から譲り受けた物だ。
ガウとの戦闘で武器を失った俺は、予備の棍棒を取りに一度ライの家に戻った。
その際、何故か色々と事情を知っていた古木が、我が子を連れて行くが良いと託してくれたのだ。
今まで使用していた物よりも遥かに頑丈そうな棍棒…
それだけでも非常に有り難い事だったのだが、実際にはそれだけでは無かった。
この棍棒は、それ自体に精霊を宿していたのである。
古木はこれを我が子と言っていたが、実際は古木の分身に近いものらしい。
それ故に、精霊同士による意思の疎通が可能であり、俺の意思を伝える媒介となってくれるのだ。
「…そうだ。沈め」
俺は意思を伝えきった。
その結果は、次の瞬間大規模な現象として効果を示す。
「おお! 家屋が崩れるぞ!」
どうやら、上手くいったようだな…
木材や土をベースに建築された家屋は、地面の歪みに堪えられずその形を崩していく。
それから一瞬遅れて、トロールが飛び出すのが見えた。
それに反応し、ライとイオが速やかに急襲を仕掛ける。
「今だ! 他の者も続け!」
「「「「「「応!」」」」」」
続いて、オークとゴブリンの混合部隊が一気に森から飛び出して行く。
俺もそれに続いて駆けだした。
「なんだ貴様らは!」
崩れた家屋から、脱出に失敗したトロールが這い出して来る。
それ目がけ、投石部隊が一斉に石を投げつけた。
「ぐっ…、貴様ら…! 小癪な事を…!」
家屋は、通常よりも五メートル近く低い位置まで沈んでいた。
これだけの高低差があれば、ただの石とはいえそれなりの威力を発揮する。
日中であれば大したダメージを与えられないだろうが、今ならば確実にダメージを与えることが出来るだろう。
…とはいえ、この暗闇の中ではこちらの命中率もあまりよくは無い。
余程の間抜けでも無ければ、手が緩んだ隙に退避するだろう。
「チィッ!!」
投石の間隙を縫って、巨体が飛び上がるのを確認する。
予測通り、一番手近な方向だ。
そして、その着地地点には…
「ハァッッ!!」
一人目を仕留め、待ち構えていたライが裂帛の気合を込めた一撃を放つ。
着地間際を狙った攻撃…、飛行能力の無いトロールに、避けることは不可能である。
「グオオオォォォッッッ!!?」
再度沈下した家屋まで吹き飛ぶトロールに、投石部隊が容赦なく追い打ちをかける。
流石に堪ったものではものでは無いらしく、トロールは本能に従うように頭を抱えて丸くなった。
そして投石部隊の手が緩まぬうちに、俺は先程と同様、土に働きかける。
「土よ、戻れ!」
俺は先程地中内を移動させた土壌層の土に、元の位置に戻るように意思を伝える。
生き埋めというやり方には少々抵抗が有るが、今はそうも言っていられない。
あとで助け出すので、どうか勘弁して欲しい。
「さて、残りはお前だけか」
イオと対峙するトロールを見やる。
この者以外のトロールは、ライとイオによる強襲でかなりのダメージを負ったらしく、その後に続いたゴブリンとオークの攻勢に耐えられなかったようだ。
後から這い出してきたこのトロールも、投石からは免れる事が出来たようだが、イオとの攻防で大分弱っているように見える。
「…今の土の操作。貴様か! この奇術の仕掛け人は!」
「ああ、そうだ。その反応からして、やはり魔界では地盤沈下という現象は知られていないようだな」
先程家屋を倒壊させ沈めた術は、地盤沈下現象を強制的に引き起こしたものである。
土壌層の土や水分を移動させる事により軟弱地盤を作り出し、地耐力を著しく低下させたのだ。
これを提案した際の、レッサーゴブリン達の反応を思い出す。
彼らは初め、俺の説明に対し理解を示さなかった。
どうやら、この魔界では地盤沈下という現象はあまりポピュラーなものでは無いらしく、その言葉自体が存在していないらしい。
その為、俺はまず原理についても説明したのだが、彼らがそれを行うのは難しいと言った。
理由は二つある。
一つは地下の土壌層に対する知識が無かった事、そしてもう一つは物が乗っている土への干渉が難しいという事だった。
集落を囲む程の泥沼を形成した彼らであれば容易な作戦だと思ったのだが、意外な部分で制限があった。
ただ、仕組みを理解していなければ、精霊に意思を伝えることが困難という意味では納得が出来る。
残念ながらこの作戦は無理かと諦めかけた時、それに待ったをかける声が上がった。
ライである。
ライは、「僕らが無理でも、トーヤがやればいいんじゃない?」と言った。
はっきり言って、その発想は無かった。
正直、魔法なんて縁のない世界にいた俺にとって、自分がそんな現象を引き起こす姿を想像できなかったのだ。
しかしとっさの事とは言え、先刻の戦いで俺は確かに魔法…、外精法を使用してガウの猛攻から逃げ切った実績がある。
それを踏まえれば、確かに俺が行えば上手くいく可能性は高いように思えた。
俺には知識があるし、外精法の仕組みも彼らとは異なる為、障害物があっても意思の疎通には影響がない。
やってみる価値は十分にあった。
…そして検証した結果、十分に運用可能と判断したのである。
「正直、私も驚いています。この男、存外使えるようですね。…所でグン、そろそろ降参してはどうでしょうか?」
「…イオ、貴様、本当に裏切ったのか」
「裏切った、ですか。それはゴウが先だと思いますが? あの大馬鹿者は我々を裏切り、欲に塗れ、略奪、脅迫、戦士の風上にも置けぬ行為をしていたのです。貴方だって薄々気づいていたでしょう?」
「…だが、掟には逆らえん」
「はぁ…、グン、貴方も本当に頭が固いですね…。そんな事だから、ジュラも守れないのですよ」
「!? ジュラに何をした!」
「何をした、ですか。全く、呆れますね…。彼女は今、ゴウの手に落ちているといのに…」
「なんだと!?」
「全く、男衆はこれだから…。このような状況、あのゴウが大人しくしているワケが無いでしょう? だからこそ、皆が守らなければならなかったというのに…」
「そ、そんな…、まさか、本当に…?」
「おいおい、随分な言われようだな? イオ、それじゃあまるで、俺様が無理やりジュラをやったみてぇに聞こえるじゃねぇか」
イオとグンとの会話に割り込むように、大きな声が響き渡る。
同時に姿を現した巨大な影。
二頭のトロール、あれがゴウか…
その威圧感に思わず怯みそうになったが、気合を入れてそれを抑え込む。
奴の出現により、作戦は第二段階に移行する…
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