第19話 夜間強襲戦③



「…ようやく現れましたか、ゴウ」



 大きなあくびをしながら現れた二頭のトロール、ゴウ。

 頭が二つあるという異形さに加え、体格自体もガウより二回りほど大きく見える。

 正真正銘の化け物と言っていいだろう。



「ったく、こちとらぐっすり寝てたっつうのにギャアギャア騒ぎやがって…、五月蠅くて眠ってられねぇだろぉが!?」



「貴方のいびき程ではありませんよ。あれに比べれば、シシ豚の断末魔の方が幾分マシでしょう」



「言うじゃねぇか、裏切りもんがぁ…。てめぇはジュラに比べりゃ貧相な体だし、興味も無かったが…、同じように痛めつけてヒィヒィ言わせてやろうか? あぁ?」



 ゴウが下卑た台詞を吐いたその瞬間、イオから凍り付くような殺気が発せられた。



「…ジュラに何をしたのですか」



「ケッケッ! 別にぃ? ただ、今まで従順だったのに最後の最後で怖気づきやがったからよ。少し躾をな? ああ、心配は無用だぜ? ちゃんと手加減してやったからなぁ…。あの位なら、日に当てりゃすぐ回復するだろうよ。一応は俺様のガキを産む体だ、間違いがあっちゃあ困るからな! ガッハッハッ!」



「なっ!? ゴウ、貴様! ジュラに手を出したというのか!」



 イオとゴウのやり取りに割り込む形で、グンが怒鳴り声をあげる。

 ゴウはそれに対し、



「…そうだが、何か文句あんのか?」



 と、面倒くさそうに返す。

 それが火種となり、グンは雄叫びを上げながらゴウへと一気に詰め寄った。

 しかし、グンの手が届くより先に、ゴウの腕がグンの両肩をを押さえ込んでしまう。



「落ち着けよぉ、グン。そういやお前はジュラに惚れてたっけなぁ? わかるぜぇ、アイツの体は堪らねぇもんがあるもんなぁ…。俺でも先を越されたら、はらわた煮えくりかえっていたかもしれねぇ…。でもな、俺様は長だからよ。真っ先に頂くのは当然の事じゃねぇか? なぁ?」



 悪びれも無く諭すように言うゴウに対し、グンはなんとか腕から逃れようと必死にもがく。



「ふざ、けるな…! お前が掟通りジュラを娶るのなら納得しようが、これは明らかに掟破りだ! 自分からそれをしておいて、掟を盾にするような事を言うとは…! 恥を知れ!」



「…そうかよ、わかってくれねぇんじゃあ、仕方ねぇなぁ?」



「何が! …あ?」



 言い返す直前、グンは目の前の光景に戸惑い、抵抗を緩める。

 視界が完全な闇に包まれ、グンには何が起こったのか理解できなかったのだろう。

 そして恐らく、彼がそれを理解することは、もう…


 ゴウが頭を離すと、グン頭部は下あごを残して完全に無くなっていた。

 ゴウはそのまま咀嚼を続け、やがて大きな音を立ててそれ・・を嚥下する。



「…んっ、かぁー、やっぱトロールの肉はまじぃなぁ…。男だからなおの事かもしれねぇが、オーク達の方がもっとマシな味がするぜぇ…」



 そう言って、最早食べる気が失せたと言わんばかりに、グンをぞんざいに放り捨てる。

 そのあまりの扱いに対し、俺は嫌悪感や恐怖よりも、純粋に怒りを覚えた。

 当然、仲間であったイオの憤りは俺以上に違いない。。



「…屑だとは思っていましたが、ここまでとは思っていませんでしたよゴウ。…貴方は万死に値します」



 その燃えるような怒りとは対照的に、冷たく、静かな殺意を向けるイオ。

 今にも飛び出して行きそうなイオに対し、ライはいつでも合わせられるように構えを取る。



「…ライ、でしたか? 主攻は私が務めます。貴方は援護を」



「わかった」



「…では、行きます!!」



 裂帛の気合と共に振り下ろされる一撃を、ゴウは岩の大剣で事も無く受け止める。



「カッカッカッ! いいねぇ! お前は腕だけは良いからな! アッチが期待できねぇ分、精々コッチで楽しませて貰うとするか!」



「戯言を!」



 最初の一撃に続き、恐ろしい速度で打ち込まれる連撃。

 …本当に、速い。

 正直、俺の目には月明かりに照らされて光る閃きしか見えない。

 ライと『経験の共有』をしているお陰で動きの始点は捕らえることは出来ているが、この闇夜でアレを捌くのは至難と言える。

 少なくとも、俺には絶対に出来ない。


 正直な所、俺は彼女の実力を少し疑っていたのだが、とんでもなかった。

 彼女は決して大口を叩いたのではなく、本気でガウを凌ぐ実力を持っているのかもしれない。


 …しかし、そんな彼女の攻撃を、ゴウは片腕で易々と捌いてみせた。



「ほほう、小バエが混じって煩わしいと思いきや、存外そっちもやるじゃねぇか」



「それはどうも!」



 イオの連撃の切れ目を縫うように、ライが突きを放つ。

 その速度はイオの剣撃に勝るとも劣らず、線ではなく点の攻撃である故に、この暗闇で躱すことは剣撃以上に困難である。

 現に、ガウを含めたほとんどのトロールは、ライの攻撃を防ぐことが出来なかった。

 …しかし、ゴウはそれすらも片方で防ぎきってみせたのだ。


 二人の猛攻を、両腕に携えた岩の大剣でそれぞれ捌く…

 がさつそうな見た目にそぐわず、精細な防御技術を駆使して攻撃を捌く姿は、攻め手から見れば悪夢のような光景だ。

 しかし、そんな信じられないような光景でも、事前にガウやイオから話を聞いていたため、作戦には織り込み済みであった。



「土よ、沈め」



 あれだけの攻撃を防ぎながらも、一歩も動かないのは見事としか言えない。

 しかし動かぬ的であれば、俺の稚拙な外精法でも当てることは容易い。

 俺は土に干渉し、ゴウの左足部分だけを狙って小規模な沈下現象を引き起こす。



「お?」



 体勢を崩すゴウ、すかさず放たれるイオの一閃。



(やったか!?)



 思わず頭にそんな言葉がよぎるが、こういった状況は大抵の場合上手くいかないいものである。



「憤!」



 案の定というわけではないが、イオの一撃は防がれてしまったようだ。

 否、防がれたと言うよりも、通じなかったと言う方が正しいかもしれない。

 イオの一撃は、確かにゴウの首筋を捉えていた。

 しかしその刃は通らず、弾かれるようにイオは後退していた。

 同様に隙をついた一撃を放ったライも、やはり攻撃を弾かれて後退している。



「俺様に剛体まで使わせるとは、本当にやるじゃねぇか。…しかし、そっちの小バエは術を使いやがるのか、めんどくせぇ」



 ゴウの目つきが変わる。瞬間――、



「グッ!?」



 弾丸のような勢いで突っ込んできたゴウを、俺は何とか寸での所でいなす事に成功する。



「ほほぅ? 体術もこなすってか!? 貧弱な体格の割にやるじゃねぇか! っと」



 ライによる背後からの攻撃を、見もせずに躱してみせるゴウ。

 続くイオの攻撃から逃れる為、その場から少し離れた位置に飛び退る。



「…なぁお前ら、諦めて俺の駒にならねぇか? こんだけやれる奴等がいりゃあ、あのクソ獣人共にも十分対抗できるだろうよ。 お前らが駒になるなら、オーク共を解放してやってもいいんだぜぇ?」



 代わりに俺らをこき使うって事だろ? 冗談じゃない。

 既に自分の所業がバレている、それがわかっている上でこの台詞を吐けるのだから、図太いにも程がある…



「イオ! お前は獣人に恨みがあるだろーが! このまま俺に付いてれば、その恨みだって晴らせるんだぞ!?」



「……それは関係ありません。貴方に従うくらいなら、獣人に投降する方が遥かにマシです。それに…、貴方が思う程、私は獣人を恨んでなどいません」



 獣人に恨み…?

 少し気になる内容ではあるが、今はそれを気にしている場合ではない。



「…お前につく奴なんて、ここにはいないぞ! 大体に、これだけの事をして恨まれていないとでも思っているのか!?」



「わからねぇなぁ…。恨み? そりゃ筋違いだと思うぜ。文句があるなら、俺様に勝てばいいだけの話しじゃねぇか? それが出来なかったから、オーク達も俺に従うしかなかっただけだろ。そりゃつまり、自分達の弱さに原因が有るってことだろーが。違うか?」



「ふざけるな!!!」



 ゴウの問いに対し、答えたのはこの場にいる三人ではない。

 迂回して人質の救出に向かった、ソクである。



「ゴウ! 貴様…、妻達をどこへ隠した!」



「妻ぁ? 知らねぇよ。でも、あん中にいなかったんならホレ、ココ・・だよ」



 そう言って、ゴウは自分の腹を叩く。

 恐らくだが、ソクはこの時点でそれを予想していたのだと思う。

 しかしそれでも、僅かな可能性があればという思いから、こうしてゴウに問いただしに来たのだ。


 事実を突きつけられ、膝をつくソク。



「ひ、人質だったのだろう? 何故…」



「あぁん? ……あぁ~、もしかしてアレか、お前ら。アレが人質だとでも思っていたってのか!? カッカッカッ! こりゃ笑えるぜ!」



「な、何が可笑しい!」



「いや、お前らの阿呆さ加減によ? 考えてもみろよ、お前ら如きに人質? そんなもんが要るとでも思ってんのか? あんなの・・・・はただの食料に決まってんだろうがよ! カッカッカッ!」



 先程、イオとの会話で感じた違和感の正体はこれか…


 ガウ達もイオも、人質の事については何も知らなかった。

 ガウ達はそれを、反発される事を警戒して隠したと思っていたようだが…

 


「まあ、誇っても良いぜ? 俺は美味いモンから食う主義でな! ガキの次はそれなりにイイ女から選んで食ったからよ! もういないって事は…」



「もう黙れ!」



 俺はそれ以上喋らせまいと、ゴウの言葉を遮るように叫ぶ。



「ゴウ…、やはりお前は他のトロール達とは違う…。お前のような悪鬼を放置すれば、いずれこの森の者たちに必ず害を成すだろう。…ここで消えて貰うぞ」



「…ほぅ? 言うじゃねぇか。お前にそれが出来るのかよ?」



「俺一人じゃ、お前おのような化け物を討つことは絶対に出来ないさ。でもな…」



 俺はそこで一度溜めを作り、大きく息を吸って言葉を放つ。



「ソク、それに他の皆も立ち上がってくれ! コイツは、今ここで打ち滅ぼさなくてはならない! これ以上の犠牲者を出さない為にも、どうか力を貸してくれ!」



 正直、新参者である俺が言うのはおこがましい様な台詞だが、俺にだって責任感はある。

 この作戦の代表者に選ばれた俺には、皆を奮い立たせる義務があるのだ。



「皆が力を貸してくれれば、必ずコイツを討てる筈だ! 俺達で亡くなった者達の仇を取り、残った仲間達を守るぞ!」



 俺の声に応えてくれたのか、悲しみに暮れるもの、戦意を喪失した者も、一人また一人と立ち上がり武器を構えていく。

 ここで戦わなければ、待っているのはどの道絶望である。

 俺が言うまでも無く、皆それをわかっているのだろう。



 残された時間は少ない…

 作戦は、第三段階に突入する。




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