第12話 夜間防衛戦⑥
「…お待たせ、トーヤ」
「…助かった。流石に生きた心地がしなかったよ…。今、まさに死ぬところだったし」
「本当に間に合ってよかったよ…。それにしても、酷い臭いだね?」
言いながら、俺と同じように鼻に何かを詰め始めるライ。
さっきから二人とも鼻声で会話している為、状況の割に緊張感が薄くなってしまった。
岩の大剣を下ろし、ガウが振り返る。
「貴様が、この男の相棒とやらか? …言っておくが、この臭いは俺のせいでは無いぞ」
「そうだろうね。このキノコはこの森でしか見ない希少種だし、森に来て間もない君達じゃ多分知らないだろう」
ガウからの返答は無かったが、この場合沈黙は肯定と思って間違いないだろう。
しかし、他所から来たガウも知らないという事は、本当に特産物なのかもしれない。
地域限定の特産物とか、実はあれで商売出来るんじゃないだろうか…
「…中々に手こずらせてくれたぞ、貴様の相棒は。とは言え、貴様が遅いのでな、もう少しで本当に殺してしまう所だったぞ」
「…初めから殺す気が無かったなら手を抜いてくれればいいのに、君達トロールは本当に不器用だね」
「殺す気はあったぞ。出来れば殺したくないという思いはあったがな」
矛盾しているように思うが、恐らくは本音なのだろう。
実際、二刀になってからのガウは間違いなく俺を殺す気で戦っていた。
ただ、ガウは攻撃時こそ殺す気で大剣を振るっていたが、絶対に殺すという程の殺意は感じられなかった。
結果として死ぬのは問題無いが、俺の相棒が間に合ったとしても、それそれで構わない…、といった所だろうか。
ライの言うように、トロールにはそういった不器用な面があるのかもしれない。
「…そうか。さっきの二人といい、君といい…、本当はこんな状況じゃなく、もっとちゃんとした場で手合わせしたかったな」
「…同感だ。それについては、我々の都合で済まないと思っている」
「君達の本意じゃないのはわかっているつもりだよ。トロールの本来の力は日中にこそ発揮される。わざわざ夜襲をかけたのも、大方あの二頭の指示ってところじゃないかな」
…ん? 今何か聞き捨てならない事を聞いた気がする。
「あの、初耳なんですが…、トロールって日中はもっと強いって事?」
「まあね。トロールは、日中であれば無尽蔵とも言える体力を持つ種族なんだ。身体能力も高いし、動体視力も優れているしね。…でも、それらの能力は、夜には発揮されない。つまり、本来トロールは夜戦をするような種族じゃないんだよ」
…マジですか。
「じゃ、じゃあひょっとして、俺の攻撃が当たっていたのも…?」
俺の攻撃は、ダメージこそ与えられていなかったが、それなりの頻度で当たってはいた。
戦闘に秀でていると言われるトロールが、俺の攻撃にここまで被弾するものか? と違和感を持っていたのだが、成程な…
「勘違いするな。お前の攻撃が当たっていたのは、俺の反応が悪かった事が理由では無いぞ。お前の攻撃は威力こそ足りんが、獣人の戦士に匹敵し得る精度だった。例え日中であろうとも、お前の攻撃は間違いなく俺に届いていただろう」
それを聞いて、ライが意外そうな顔をする。
いや、実際に表情が見えているわけでは無いのだが、『繋がり』でなんとなくわかるのだ。
「ん? トーヤの攻撃が、当たっていた…?」
「まあ、それなりにね。全然効いていなかったけど」
「………そうか。この『繋がり』の影響か。でも、だとしたら…」
その呟きに、ガウが首を横に振る。
「どうやらその男と違い、貴様は察しが良いようだな…。しかし、つまらぬ事は気にする必要は無い。…いい加減語るのも飽きた、貴様から来ないのであれば、俺から行くぞ」
そう言うと、話は終いだとでも言うように、大剣を構えなおすガウ。
それに対し、ライは一瞬躊躇するも、小さくため息をついて棍棒を構える。
「全く、君達トロールは本当に不器用だね。残念だよ…、こんなかたちでなければ、仲間にだってなれたかもしれないのに」
「…無粋だ。下らん感傷は動きを鈍らせるぞ。俺はトロールの戦士ガウ! ゴブリンの戦士よ! 貴様も名を名乗れ!」
「…僕はライ。レッサーゴブリンの、ライだ」
「ではライよ! 行くぞ!」
レイフの森に、ガウの怒号が響き渡る。
そして――、勝負は一瞬のうちに決した。
「見事…」
ガウは満足そうに声を絞り出し、そのままゆっくりと前に倒れ伏した。
「…願わくば、次はお互い
倒れ伏したガウの背に、ライは済まなそうに呟いた。
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