第11話 夜間防衛戦⑤
段々と鮮明になる痛みに顔をしかめつつも、意識は精霊への呼びかけに集中する。
何しろ初めての行為な上に、前例のない植物への干渉だ。
交渉には細心の注意を払わねばならない。
「馬鹿な! 信じられん! 貴様…、一体何者だ!?」
ガウは、迫る蔦を必死に振り払っている。
植物の蔦など、トロールの膂力を持ってすれば、大した障害にもならないだろうに、ガウは明らかに動揺をしていた。
(まあ、動揺するのも無理はないか…)
今俺が行っている木々への干渉は、厳密には通常の外精法とは異なっている。
外精法は、自身の精霊を経由して外の精霊と仮契約を行い、間接的に外の精霊を使役する技術である。
意思や本能のない元素などに宿る精霊は、宿主からの干渉が無い分、仮契約で間接的にこちらから干渉することが出来るのだ。
しかし、植物や動物などの意思や本能を持つものに宿る精霊は、基本的に宿主の干渉以外を受け付けない。
つまり、通常の外精法では、動植物の使役は不可能というのが常識となっているのだが…
「チィッ!!」
群がる蔦をいくら払ってもキリがないと悟ったのか、ガウが蔦を掻き分けながら迫ってくる。
しかし、気づくのが少し遅かった。
既に俺は次の攻撃に移るため、木々の助けを借りて泥の前に辿り着いていた。
「土と水よ、集まってくれ」
泥に手を突っ込み、同時に蔓延る木々の根に意思を伝える。
すると、大体1~2秒ほどで、頭くらいのサイズをした泥玉が出来上がった。
俺は泥玉を崩れないようコントロールしつつ、ガウに向かって放つ。
「小賢しい!」
ガウはそれを、片方の大剣で撃ち落とそうとする。
しかし、それは悪手だ…
「ぬっ!?」
大剣で粉砕された泥玉が、スライム状に広がり、ガウに降り注ぐ。
「粘性をさらに強めた特製泥玉だ。簡単には取れないぞ!」
粘り気の強い泥が体に纏わりつき、ガウの動作が鈍くなる。
暗闇ではっきりとは見えないが、恐らく絵面的にかなり酷い状態になっているに違いない。
「くっ…、うっとおしい! これは…、樹液か!」
「その通り。樹液を混ぜた特製の泥だ。さじ加減がわからなかったが、結構うまくいったみたいだな」
ガウが動くたび、ヌチャリと粘り気のある音が聞こえる。
泥を振り落とそうと藻がいているようだが、樹液はそう簡単に取れるような性質ではない。
樹液は、油脂と糖分の多粘性物質である。
そのしつこさは専用の除去剤が存在する程であり、浴びせられればトロールと言えど動きに多少は支障をきたす筈。
それにあれは、言うなれば蜂蜜を頭から被ったようなものであり、不快感も相当だろう。
(このまま逆上してくれれば…)
そう思ったのもつかの間、急にガウの動きが止まる。
「…全く、小賢しい男だな。戦闘でここまで不快感を感じたのは初めての事だぞ…。 しかし、俺を逆上させるつもりだったのなら逆効果だったな。今ので少し頭が冷えたぞ」
「…そいつは残念」
内心で舌打ちをする。
行動の阻害に加え、逆上して攻撃が単調になる事を期待していたのだが、それには失敗したようだ。
「それにしても、内精法だけでなく外精法も使うとはな…。何故先程までは出し惜しんでいたのだ? 外精法が使えるのであれば、もう少しやりようがあったろう」
「…別に、出し惜しんでいたわけじゃないよ。何せ、外精法なんて今初めて使ったからな。出来て良かったよ、本当…」
これは嘘偽り無い事実だ。
外精法が使えるかについては、試したことが無いわけではない。
ただ、何度やっても俺には外精法を扱う事が出来なかったのである。
どうにも俺の中の精霊は、仮契約という行為がお気に召さないらしかった。
だから実の所、今行った外精法も仮契約は行っていなかったりする。
俺が行ったのは、言わば交渉、お願いといったものに近い行為であった。
(まあ、それが出来るようになったのも、「繋がり」でライと感覚を共有出来たからなんだがな…)
「初めて、だと…?」
「ああ。だから本当は、そんな出来るかわからないような技術を戦いに持ち込みたくは無かったんだがね…」
俺は当初、仮契約が出来ないのは俺自身にセンスが無いからだと思っていた。
しかし、ライと感覚を共有したことで、原因は俺の方ではなく、俺に宿る精霊の方にあることがわかった。
精霊に問題があるのであれば、精霊同士の仮契約が出来ないのも道理である。
では、一体どうやって木々を操り、泥玉を生成したののか?
それは実に簡単な方法であった。
俺が使えないのであれば、別の精霊に指示してくれるよう
「…にわかには信じられんが、最初から出来たのであればこの状況になるまで出し惜しむ意味も無い、か。…しかし、今のは失言であったな。切り札として隠していたのであれば、慎重にならざるを得ないと思ったが、そうとわかれば取るに足らんぞ」
げ…、余計な情報を与えてしまったか…
使えたことが嬉しく、つい饒舌になってしまったようだ。
「え~っと、そんな簡単に信じても良いのかな? 今のも油断させるための嘘かも知れないだろ?」
「ふん、そうとは思えんが、そうであれば大した奴だと褒めてやるぞ」
「いや、褒められても全然嬉しく無いんですが…」
ガウは俺のハッタリを信じた様子が無い。
…いや、仮に俺の言ったことが本当だとしても、その上で踏みつぶす気が満々といった所か。
(やれやれ…)
俺はため息をつきながらも、次の術の準備に入る。
まずは木の精霊を経由し、先程と同様、土と水に俺の意思を伝える。
少しの間を置いて、俺の目の前に再び泥の玉が形成された。
「無駄だ! その程度の速度では、躱した上でお前の命を散らすことなど、雑作もないぞ!」
まあ、そうだろうね…
速度に関しては習熟の問題では無いので、コツを掴んで速くなるなどという甘い展開は期待できない。
しかし…
「そうは言っても、現状俺にはこれしか無いんでね!」
言うと同時に泥玉を放つ。
「だから無駄だと言っている!」
当然だ。
何せ、避けるだけなら俺でも出来る速度だからな。
だから、こうするんだ…
「弾けろ!」
ガウが泥玉を横切る寸前、泥玉が爆ぜる。
「チッ! また小細…!? グオォォォォォォッッ!!?」
「どうだ! そいつはクソテングダケ! この森特有のキノコの毒液だ! キツイだろ!」
俺の鼻の穴には草が詰められている為、鼻声になっている。
俺がクソテングダケと呼んでいるものは、所謂テングダケそっくりなキノコである。
ライがそれ採ってきた時は、正直毒でも盛られるのかと思ったものだが、あながち間違いでも無かったという。
実際俺は、その凄まじい臭いを嗅いだことで気絶したことがあるからな…
クソテングダケは、非常に美味なのだが中心を通る毒液が非常に臭い。
毒液の除去は簡単で、傘の部分を少し折ると流れ出すため、その後に洗浄するだけである。
ただ、毒液はその瞬間から強烈な臭いを発する為、調理の際は人里離れた場所で、念入りに対策を施して行う必要があるのだとか。
先程の泥玉には、そのクソテングダケを丸ごと五本程混ぜこんでおいた。
偶然生えていたのものをそのまま利用しただけに過ぎないが、効果はてき面だったようだ。
「あんたは鼻が利くみたいだしな。その鼻、封じさせてもらったよ」
その凄まじい臭いは、こちらにも漂ってきていたが、詰め物のお陰で防御できている。
それでも臭ってくる辺り凄まじいが…
(あとはこのアドバンテージを活かして距離を…、あれ…?)
若干潤んだ目を擦ると、次の瞬間、ガウの姿が消えていた。
どこに? と思ったが、その答えは背後から発生する強烈な臭いですぐにわかる。
「な、なんで…?」
「俺達トロールは、感覚を部分的に遮断できる。とは言え、今のは効いたぞ。目も染みるし、鼻も暫く使い物にならんだろう…。やってくれたな」
これは不味い。
この距離まで近付かれては、今の俺に逃げる手段はない。
「あの状況から、ここまで手こずるとは思わなかった。やり口は気に入らんが、楽しかったぞ。手向けに、一瞬で逝かせてやる」
ああ…、これは今度こそ、死んだな…
………!?
俺が諦めかけた瞬間、背後にもう一つの気配が現れる。
「そうはさせないよ、トロール。ここからは僕が相手だ」
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