第9話 夜間防衛戦③



「はっ!!!」



 俺が放った中段の突きを、ガウは大剣で難なく捌いて見せる。

 ガウの使用する武器は、岩を削り出したような武骨な大剣なのだが、あれをよくもまあ軽々と振り回して見せるものだ。

 見たままの素材であれば、俺では到底扱えない程の重量の筈…。

 凄まじい膂力である。


 膂力だけではない。

 耐久力もまた、異常と言っていいだろう。

 こちらの攻撃は何度か当たっているというのに、ほとんどダメージを食らっている様子が無いのだ。

 魔獣ですら、怯みくらいはするというのに…



「ハッハッハッ! 面白いな貴様! まさか、ここまで俺の攻撃を防ぐとは!」



「防ぎ損ねると即死しそうなんでね…。こちとら、必死さ!」



「ふむ…。しかし、よもやこんなゴブリンがいるとは…、いや…、貴様、ゴブリンでは無いな?」



 ガウの嵐のような攻撃が一瞬止む。



「…こんな暗がりで良くわかるな。確かに、俺はゴブリンじゃない」



 明かりはオークが持っている松明と、ゲツが使っている提灯のようなものしかない。

 俺からも、ガウの輪郭は見えても、その表情までは見えていなかった。

 トロールは夜目が利くのだろうか?



「ゴブリンは地の精霊の気配が強い。が、貴様からはそれを感じない。特定はできんが、何か別の精霊の気配を感じる!」



 言葉と同時に再開される攻撃。

 凄まじい勢いで振り下ろされる大剣を、俺は大きく距離を取るように躱す。

 これをギリギリで躱すと、地面への衝撃や飛散する土で、次の行動に影響が出るからだ。



「まあ種族など、どうでもいい。さっきの男といい貴様といい、正直、こんな辺鄙な地で、これ程楽しい戦いが出来るとは思っていなかったぞ…。だが…」



 ガウは振り下ろした体勢から、そのまま横なぎに大剣を振るう。

 距離を取った分、これは難なく躱せた。



「…少し違和感がある。貴様は、戦士としての実力は先程の男よりも上だが、実戦経験は少ないように思える。今も、俺が作った隙を見逃したのではなく、迷った上で見送っただろう? 」



(…バレバレか)



 ガウの言う通りであった。

 俺は今、隙があるとわかっていても、そこを突こうとしなかった。

 理由は単純で、本当にその隙を突いていいか判断できなかった為である。

 俺自身・・・の経験が不足しているのだから、そこは仕方がない事だ。



「だというのに、防御における勘は歴戦の戦士を彷彿とさせるものがある…。貴様は、不思議なも男だな」



「…まあ、俺がこうしてアンタとまともに戦えているのは、先生が優秀だからさ。特に勘なんてのは、ほとんど借り物みたいなもんだよ」



(正確に言えば、借り物みたいではなく、正真正銘借り物なんだがな…)



 あの時、ライと手を繋いだ瞬間に生まれた『繋がり』。

 その恩恵が無ければ、俺は既に三度は死んでいたと思う…





 ◇





 ライと握手を交わした瞬間、ライと俺の間に何か・・が繋がったのを感じた。



「い、今のは?」



「い、いや、僕にもわからないけど…」



 一先ず、繋いだままだった手を離す。

 しかし手を離しても、俺たちの間の『繋がり』が消える事は無かった。



「これは…、一体なんなんだ?」



「……………トーヤ、もしかしてこれって、契約…、なんじゃないかな?」



「えっ? 契約って…、外の精霊とするやつか?」



「うん、正確には仮契約だけどね。前にも説明したと思うけど、精霊は基本的に相性の良い何らかの元素と結びついている。この結びつきこそが真の意味での契約になる。それとは別に、契約した精霊同士にも相性は存在し、相性の良い者同士であればお互いに力を借り受けられる。これが仮契約だ」



 以前、外部精霊を使役する外精法、所謂魔法に関しての説明を受けた事がある。

 自身に宿る精霊、内部精霊と外部精霊の相性が良い場合に限り、外部精霊は呼びかけに応え、力を貸すのだという。

 それにより引き起こされる現象が、外精法と呼ばれる魔法なのだそうだ。



「基本的にはだけど、外部精霊との仮契約は、動植物に宿る精霊とは行えないと言われている。精霊を介しても、契約主である本体の本能や意識には介入できないから、っていうのが理由らしい」



「…ん? それだと、今のが仮契約ってのは、あり得ないんじゃないか?」



「あくまで基本的には、ね。一応だけど、例外もあるんだ。極々稀にだけど、魔獣使いと呼ばれる者達が存在しているんだよ。彼らは動物や魔獣の内部精霊と仮契約を行うことが出来る。つまり、使役することが可能なんだ」



 …それって、結構不味いことなんじゃないだろうか。


 ライが土の外精法を使用している所なら、毎日見ている。

 俺達の共同スペースにおける厠、つまりトイレの洗浄はライの外精法によって行われいるからだ。

 その際、土をひっくり返したり、混ぜて土の底に埋めたりと、結構自由自在に土を動かしているので感心して見ていたのだが、もしあのレベルで動物を操れるとしたら…?

 そのような使役が可能となるのであれば、俺の知識に残る創作物のように、動物をけしかけたりみたいな事もできる可能性がある。



「…まあ、魔獣や動物の使役はかなり大変らしいけどね。それこそ、主従関係に持ち込めるだけの力の差が無いと厳しいのだとか」



「あ~、まあ、流石にそうだよな…。でも、それだとやっぱり、さっきのが契約ってのは違うんじゃないのか? だって、俺達に主従関係なんて無いし、強制力とかも感じないだろ?」



「僕もそれは感じないよ。そもそも、確固たる自我を持つ者同士の契約なんて聞いたこともないしね。…でも、この『繋がり』は明らかに精霊が関与している筈だ」



 確かに、それは俺にもなんとなくだが、わかる気がする。

 普段から内部精霊と付き合っていたからこそ解る事なのだろうが、体の中心で精霊が何かをしている妙な感覚がするのだ。

 確か、前にも同じような事があったような…………

 …ああ! 思い出した!



「…ライ、さっき復讐者について調べたって言っただろ?」



「そういえば…。さっきは聞きそびれたけど、一体どうやって調べたの? 家には資料が無かったはずだけど…」



「それがさ、実はそこら辺の大きな木とかに、聞いたんだよ…」



「……え? 木? 何を言ってるの…?」



「いやいや、そんな変なモノを見るような目で見ないでくれ! 本当なんだよ! 実は俺、若い木とかは何言ってるかわからないんだけど、古木とは何故か喋れるんだよ…。俺はてっきり、魔界の植物だしそんなもんなのか程度に思っていたんだけど、さっきの話を聞く限りじゃ、やっぱ普通じゃないって事だよな?」



「そりゃあ、ね。精霊を介して他の動植物と会話するなんて聞いたことないよ…。龍種とかには、一応意思疎通可能な個体も存在するみたいだけど…」



「…普通じゃないって事は、わかったよ。それで、話は戻るけど、古木と話す時の感覚と今の感覚がさ、似てるんだよな」



 ………………

 …………

 ……



 最初に気づいたのは数日前、組手でライにしこたまボコボコにされた時だった。

 暫く立てそうにない俺は、狩りの邪魔にならないよう、近くにあった大きな木の根元で休んでいた。

 すると、突然どこからか声が聞こえたのだ。



『そこ、痛い、少しズレろ』



「…え?」



 首を振って近くを確認するも、ライの姿は無い。

 じゃあ、今のはどこから?



『根、踏んでる。痛いから横にズレろ』



『根? 根ってまさか…、これ?』



『そうだ、ズレろ』



『すいません、気づかずに…』



『それで、いい』



 …木が、喋った? 嘘だろ?

 …いやいや、ここは魔界だぞ? そのくらいあってもおかしくないんじゃないか?

 もしかしたら、ツリーフォークなんてのも存在するかもしれないし…

 しかし、だとしたらもしかして、怒っていたりするのだろうか…

 今までも割と気にせず腰掛けたり、叩いたりしていたからなぁ…



『…すいません、今まで気づきませんでしたが、何か失礼な事してしまってましたか?』



『わからない。今までも、同じような事が、あったとは思うが、私の言う事を理解したのは、お前が初めて、だ』



 んん? どういう事だ?

 ひょっとして、反応しちゃいけない類だったのだろうか…

 これはもしかしたら、逃げた方がいいかもしれない…

 ってああ、駄目だ…、まだまともに立てそうにないぞ…



『…あの、邪魔だとは思うんですが、少しここで休ませてもらって良いでしょうか? まだ暫く、立てそうにないので…』



『構わない。皆、勝手に私を使う。しかし、お前は、私の言う事を聞いた。だから、何も、問題ない』



『あ、ありがとうございます』



 ………………

 …………

 ……



 そんな事があってから、俺は色々な木々と会話を試みた。

 その結果、ほとんどの木は何を言っているか解らない返答ばかりだったのだが、どの木々も必ずなんらかの反応を示す事がわかった。

 中でも、この前の大樹のような長い年月を生きている古木は、片言ながら会話をする事も可能であり、俺は彼らから色々な情報を引き出すことに成功したのだった。



「復讐者についても、そこの大きな樫の木? に聞いたんだよ。いつも美味い物食わせてくれる礼だってさ」



「美味い物って…、あ…」



 察したのだろう。少し顔が赤い気がする。



「で、でも木々と会話なんてやっぱり聞いたこと無いよ…。一体どうやって?」



「いや、俺もわからないよ。でもさっきの話を聞く限り、やっぱり俺の中の精霊が何か特殊なんだろうな…」



「…そう、なのかなか。確かに、人族の精霊についてなんて記録にも残っていないし、常識じゃ測れないのかもしれないね…」



 顎に人差し指と親指を添えて悩むライ。

 一々可愛いなおい…、じゃねぇ!

 くそ…、いい加減免疫を付けなくてはな…

 俺はかぶりを振って、頭の中を切り替える。



「オホン! あ~、恐らくはこの『繋がり』の効果だと思うが、今もライから色々なものが流れてきているのを感じる。不安、焦り、疑問…、あとは喜びと…、やや羞恥ってところかな?」



「…僕にも伝わってるみたいだ。喜び、不安、好奇心かな? なんだか少し恥ずかしいね…」



「…焦りに不安か。細かく検証したい所ではあるが、まずは集落に向かおうか。走りながらでも、色々と試すことは出来るしな」



「…そうだね。急ごう」





 ◇





「っ!? これも躱すか!」



 ガウの嵐のような攻撃が、次々と俺に襲い掛かる。

 俺はギリギリのところで、なんとかそれを躱し続けていた。

 俺がこれ程ガウの攻撃を躱すことが出来ているのは、『繋がり』による経験の共有があるからであった。


『経験の共有』…

 魔獣使いの術に、そのようなものがあるらしい。


 ライは恐らくはそれと同系統の術なのかもしれない、と言っていた。

 同系統のものかどうかはわからないが、少なくともその力のお陰で、俺はガウの攻撃を凌ぐことが出来ている。

 ライの経験が、俺の体に最適な回避方法を教えてくれるのだ。

 この分であれば、恐らく致命打を貰う事も無いだろうと思う。

 …しかし、徐々にだが俺の体には問題が生じつつあった。



(借り物の経験は、所詮借り物でしかない、か…)



 どんなに優秀なプログラムでも、それを動かすマシンのスペックが低ければ話にならないのと同じで、俺の体にはライの経験を活かせるほどの基礎体力が備わっていなかったのである。

 今は何とか凌いでいるが、このまま続けば確実にボロを出すことになるだろう…



「…やはり攻めんか。手を抜いているようには見えんが、何故だ? 引き出しはあるのだろう? 」



 ガウが再び手を止め、尋ねてくる。



「すまんね…。もちろん、出し惜しみはしているわけじゃないよ…。 ただ、俺じゃアンタには勝ちきれそうにないからな。真打登場までの繋ぎとして、守りに徹しようと思っただけだ」



 そう、俺に出来る事と言えば、ライが駆け付けるまでの時間稼ぎだけなのだ。

 だから、俺は可能な限り時間を稼ぐ為、攻撃の手数を減らす事にしたのである。


 牽制程度の攻撃はするが、倒しに行くようなリスクを伴う攻撃はしかけない。

 その分の体力は、防御に回した方が効率が良い…



「…成程。それだけの実力を持っていながら、おかしいと思ったが…、腑抜けだったか」



 ガウの雰囲気が変わる。

 先程までも十分な威圧感を持っていたが、今はそれに殺気が混じっていた。



「どうやら貴様は、戦闘経験だけでなく覚悟も足りないらしいな。…いいだろう、殺す気は無かったが、どうやらそれでは足りないようだ。…お前を本気にさせる為、これからは殺す気で行かせてもらおう」



 いかん…、何やらガウの琴線に触れてしまったらしい。


 ガウが腰に収めていた、もう一本の岩の大剣を引き抜く。

 てっきり脇差みたいなもんだと思っていたが、両方使うのか…

 これは本格的にヤバイ…

 ガウは勘違いしているが、俺が全力だった事自体は事実なのである。

 このままでは、本当に…


 背筋を伝う冷汗にゾクリとする。

 見えないはずのガウの表情が、獰猛な笑みに変わったのを感じ取れた。




「行くぞ!!」




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