第8話 夜間防衛戦②
――――集落の東
パン! という大きな破裂音が森に響き渡る。
俺達は手はず通り見張りの元に駆け付けたが、襲撃者の姿は未だ見えていない。
「おい、襲撃者の姿が見当たらないが、本当に現れたのか?」
「ゾノさん!」
見張っていたのは俺より年下のゲツという男だ。
ゲツは俺がいると気づくと、駆け寄ってきて報告を始める。
「俺も最初は動物か何かかと思ったんですけど、近寄ってみたらオークが何匹か見えたんですよ! 奴等、仕掛けた罠に嵌っていました。もしかしたら、今がチャンスかもしれません」
「…よし、各自武器を構えろ。罠に嵌ってる奴を中心に叩け。嵌っていない奴がいたら俺が相手をする」
「「「応っ!」」」
俺達は警戒しつつ、ゆっくりと前へと進む。
そして、数歩程近づいた辺りで、確かにオーク達が姿が見えてきた。
ゲツの言う通り、肩近くまで地面に沈んだ状態のようだ。
(…ここまで上手くいくとはな)
これは仕掛けた罠の1つ、粘性の水と砂を合わせて作った泥沼だ。
あの男、トーヤは、すぐに沈まぬように調整する事で、全員を罠に嵌めると言っていたが、ここまで上手くいくとは思わなかった。
――数時間前
ライが連れてきたトーヤという男は、紙の製法について説明を聞くと、「この粘性の水、使えるかも…」と言い出した。
俺達はトーヤに言われるがまま大量の粘水を用意したが、それで沼を作る事になるとは思いもしなかった。
説明を受けて一応は納得したものの、その効果についてはやや懐疑的だった。
この闇の中、通常の地面と泥沼を見分ける事は極めて困難である。
それはわかるのだが、何人かが沼に嵌まったとしても、無事だった者が助け出せばいいだけで、そこまで効果的な罠になるとは思えなかったのだ。
トーヤはそれを防ぐため、表層を通常の土で覆い、少しずつ沈むようにする事で、全員を沼に入らせると言っていたが、本当に上手く行くとは…
オーク達は、俺達の姿を視認すると、必死に脱出しようともがき始める。
しかし、粘水で生成された泥は通常よりもしつこく体にまとわりつく為、中々脱出する事もできないようであった。
「…凄いですね、この沼。これ、ゾノさん達が仕掛けたんでしょ?」
「…そうだが、俺達はあのトーヤという男の言われるままに従っただけに過ぎないぞ…」
集落には外精法の扱いに長けた者が、自分を含め六人いる。
この泥沼を作成するうえで、まずはその内の三人が集落周辺の土に干渉し、体が肩まで埋まる程度の堀を作った。
そしてその掘に対し、近くの川から水を引き込み、水を循環させる。
水が溜まり次第、残りの三人がそれを粘水に変えていく。
これだけの量の水を粘水に変えることは初めてであったが、原料は草や木の根である為、用意すること自体は問題なかった。
そして、いくら量が多いといっも、材料さえあればあとは水の精霊に任せるだけである。
三人でかかれば、短時間で全ての水を粘水に変える事も、そう難しくは無い。
あとは土と水を合わせ泥を生成するだけであり、それ程苦労もせず泥沼作成作業は完了した。
その光景を見てトーヤは非常に驚いていたが、俺達にとっては必須技能に過ぎない。
土の外精法は、土壌構築には欠かせない存在だ。
特に畑を耕す際に重宝する為、俺たちのような農耕を中心とする者は、必然的に学ぶ必要があったのだ。
親父くらいの実力者であれば、もっと簡単にやってのけただろう。
「それで、どうする? ゾノ…」
配置は完了した。
こちらは長物を用意している為、一方的に攻撃も可能である。
しかし、こちらの目的は殺すことではない。
「オーク達よ! 抵抗しなければ命は取らぬ! 降参する意思があるならば、手を頭の上に置き、そのまま沼で大人しくしていろ!」
俺がそう言い放つと、オーク達は次々に手を頭に置き始める。
辛うじて沼から逃れた者もいたようだが、わざわざ沼に戻って同じ行動を取っている。
…予想通り、オーク達からは積極的に攻め入る気迫を感じない。
やはり、脅されて戦いに駆り出されていると見て間違いないだろう。
おおよそ十人程いたオークは、程なくして全員が抵抗を止めた。
「よし、俺達も無暗にお前達を殺したくはない。恨みはあるが、同情の余地もあるからな…」
「…すまねぇ、俺達も本当は、こんな事はしたくなグベェ!?」
これまで沈黙を守っていたオーク達だが、ようやく一人の男が口を開く。
しかし、その男が口にした謝罪は、突如降ってきた巨体に踏みつけられ、最後までは聞き取れなかった。
「ゴウからは何も喋るなと言われていただろう…。負けを認めたからといって簡単に口を開くのは、感心せんな。…殺しはせんから、そこで大人しくしているがいい」
「トロール…!」
オークを踏み台にして泥沼を越えてくるトロール。
踏み台にされたオークも死んではいないらしいが、沼に沈みかかっていた。
他のオークが慌てて引き上げた為、生きているとは思うが…。
「本当は、こんな夜襲などに参加するつもりが無かったのだがな…。姑息な罠にかかったとはいえ、何の成果も得られないようでは、こ奴らの面子も立たん…。少し手を出させてもらうぞ」
「これだけの戦力差で俺達の集落に攻め入りながら姑息とは…、よく言えたものだな!」
「……返す言葉も無いな。俺の意思では無いとはいえ、このような蛮行を働いた事はすまないと思っている。…しかし、残念だが俺には止める資格も、力も無いのだ。色々と言い訳を並べたが、今こうしてお前達の前に出たのも、俺の腹いせのようなものだ」
トロールの言葉からは悪意を感じない。
しかし、抜き放たれた岩の大剣は、俺達を屠ろうと容赦のない威圧感を放っていた。
「全く、迷惑な話だ…。ゲツ! ここは俺達で抑える! ライ達に報告を頼む!」
ゲツはこの中で最も若く、戦士としては一番の未熟者だ。
この場に残っても、戦力にはなれないだろう。
「…わかりました。すぐに戻ってきますから! なんとかもたせてください!」
ゲツは悔しそうな顔をしながらも、指示に従って駆けだす。
「逃げるのであれば好きにするがいい。貴様らも、命まで取るつもりは無い…。だが、悪いが俺は手心を加えるのが苦手だ。ここに残った者は、それを覚悟してかかってこい」
そんな事は言われるまでも無い。
ここに残った三名は、集落でも屈指の戦士だ。
その覚悟に揺らぎは無かった。
◇
ゲツという青年の伝達で、俺は集落の東を目指している。
ライはほぼ同時に届いた西側の伝達を受け、西に向かった。
報告では西に現れたトロールは2匹。
恐らく、ライでなければ相手にならない。
「トーヤ、くれぐれも無理はしないでくれ。すぐに片付けてそっちに向かうから、生き延びることだけを考えて」
「…わかっている。無理はしないさ。そっちも無理するなよ? ライの心配は俺も同じなんだからな?」
「そうだね…。じゃあ、健闘を祈る!」
そう言って拳を軽くぶつけ合ったのが、ついさっきの事だ。
かなりの速度で走った為、俺は程なくして罠を張った場所付近までたどり着く。
「…援軍が来たようだぞ。貴様も、もう休むがいい」
「ゾノさん!」
ゾノは既にボロボロだった。
それでも立ち上がり武器を構えようとするが、そのまま前のめりに倒れそうになる。
慌てて駆け寄ったゲツが、倒れる寸前のゾノをギリギリで支える事に成功する。
「…良い戦士だった。西に向かった俺の仲間とであれば、良い勝負になっていただろうな。しかし、俺は兄、ゴウに次ぐ実力を持っていると自負している。夜とは言えど、レッサーゴブリン程度に負けることは無い」
トロールは暗に、相手が悪かったと言いたいのだろう。
それが過言でない事くらい、俺にでも理解できる。
何故ならば、あの復讐者からでさえ、ここまでの圧力は感じなかったからだ。
…間違いなく、強敵である。
「…兄っていうのは、二頭のトロールの事か?」
「そうだ。…俺は弟のガウ。兄、ゴウの右腕だ」
「…へぇ、兄弟って割には、アンタは二頭には見えないが」
「二頭や三頭は、トロールの中でも稀に産まれる特殊な存在だ。血縁は関係ない、法則も無く産まれる」
「ってことはやはり、他のトロール達も普通って事だ。…なあ、トロールは弱者をいたぶる趣味は無いんだろう? どうにか、この襲撃を止められないのか?」
ガウはそれを聞くと目を閉じ、首を横に振った。
「トロールは、強者にこそ全ての権利が与えられるのだ。俺達が矜持に反しても兄に従うのは、それが矜持以上の意味を持つからだ。残念ながら…、それは出来ん」
「…そうか。じゃあ、こういうのはどうだ? 俺達があんたを負かす事ができたら、あんた達は捕虜となり、この戦に一切加担しない…、と」
「…敗者が勝者に従うのは自然の摂理だ。良いだろう、その条件に乗ってやろう」
「助かる。…ゲツ、ゾノ達を手当てしてやってくれ。アイツは俺一人でやる」
ライと同じ、野球のバットを長くしたような棍棒を構える。
俺にとって、ライや魔獣以外との初めての戦いだ…
正直、怖くて堪らないが、やるしかない…
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