第7話 夜間防衛戦①



 ――――レッサーゴブリンの集落



「言われた通り、縄を張って皿なんかをぶら下げてきたが…」



「よし、じゃあ後は集落の四方に配置した見張りに、敵を発見したらこれ思い切り振るように伝えてくれ」



「これは?」



「即席で作った警鐘、かな。結構凄い音がするから、それも注意しておいてくれ」



 胡散臭げにこちらを見返す、レッサーゴブリンの青年。

 ライに比べるとかなり厳つい。

 失礼な話だが、この見た目ならゴブリンと言われても納得できる気がする。



「警鐘…、これがか? たかが紙にそこまでの音が出せるとは思えないが…」



 この青年には、俺の用意した物が警鐘の役割を果たすとは思えないらしい。

 まあ、そう疑われるのも無理のない話ではある。

 俺も知識が無かったら、ただの紙を折り畳んだものにしか見えなかっただろう。



「なんなら試してみるか? 1~2回じゃ壊れないと思うし。ここを詰まんで、思い切り振り下ろして」



「…こうか?」



 パン!!!

 空気が破裂するような凄まじい音が、室内に響き渡る。



「ぐわ!」



 自分で音を出して尻餅をつく青年。

 実際凄い音だった為、無理もないと思う。

 近くにいた俺や、他の見学者もその音の大きさに若干引いているくらいだ。


 俺が用意した物は、所謂紙鉄砲と呼ばれる代物だ。

 俺の知識では割とポピュラーな物なのだが、どうやらこの魔界には存在していなかったらしい。

 魔界では紙や布などはそれなりに流通しているらしく、紙鉄砲くらい知っているかもしれないと思っていたのだが…



「す、凄い音だな…。たかが紙で、何故これほどの音が…」



「空気の抵抗と紙の摩擦により生じた空気の振動…、なんだけど、まあ簡単に言えば空気を叩いている感じかな? 物を叩くと音が出るだろう? これは物じゃなく、空気抵抗を利用して空気を叩けるようにした物なんだ」



 厳密に説明するともう少し難しい話なのだが、ニュアンス的にはこれくらいが一番伝わりやすいだろう。

 音の仕組みは空気の振動によるものだが、そこから説明している余裕は無い。

 もう少し時間があるのであれば、笛や銅鑼のようなものも用意出来たかもしれないが、今はこれで十分だ。


 紙鉄砲の優れた部分はその音量の割に、材料の手軽さと作成にかかる時間が少ない事にある。

 材料に関しては、ある程度の空気抵抗と柔軟性を備えた良質な紙が複数必要であったが、その点は心配が無かった。

 というのも、魔界の紙は実はかなり良質であり、ほぼ洋紙に近いものが一般的に広く出回っているのだ。

 理由は簡単で、製法が実に単純だからである。

 木屑や、木の断面を薄く削ったものを、魔法で粘性を高めた水に漬け込み圧縮する。それだけなのだ。

 実際に俺もやってみた事があるが、その製法の大雑把さからは信じられない程、高品質な洋紙を作ることが出来た。

 精霊が作り出す水に、繊維結合や空隙充填の効果があるのだろうが、なんともいい加減なものである…

 とはいえ、そのおかげでこんな辺鄙な集落でも問題なく材料を確保できるのだから、ありがたい話だ。



「なんとなくは理解したが…、む? 壊れてしまったか?」



「あー、強度の問題か一発しか持たないか…。試し打ちして良かったな。紙はまだある?」



「ああ、問題ない。この時期は大量に作りこんでいるからな」



 なんでも、後季は行商に売るものが少なくなる為、紙や布などが主要な収入源なのだそうだ。

 売り物を使い込んでいいのかとも思ったが、それを惜しんで集落が滅んでは元も子もない。



「それじゃあ、予備をいくつか作っておく事にしよう。あとは近場で待機する者に、この音が聞こえたらすぐに集合するように伝えてくれ」



「わかった」



 青年は俺の言葉に素直に従う。

 この青年に限らず、集落の者達は皆、余所者の俺の言葉に素直に従ってくれている。

 初めはライと同様のお人よし集団なのかとも思ったが、この信頼はイコールでライへの信頼でもあるらしい。

 ライの話からは全く想像できなかったが、どうやらライはこの集落において、本当に信頼された仲間として扱われているようであった。





 ――――三十分程前に遡る





 俺達が集落へ着くと、既にあちらこちらに見張りの者が立っていた。

 集落を囲むように、かなりの人員が割かれているようだ。



「ん? ライ! 戻ったか!」



「お疲れさま、ゾノ。襲撃はあった?」



「今の所は無い。…所で、そいつは誰だ?」



「紹介するよ。彼はトーヤ。僕の同居人で、友人だよ」



「トーヤだ。集落に危険が迫っているとの事で、協力しにきた」



「…それは有り難い話だが、ライよ、大丈夫なのか?」



 大丈夫なのか、とは俺の素性だったり、実力の事だろう。

 まあ、どう見ても信用も実力もなさそうだもんな…



「…大丈夫かは正直わからないんだけど、今でもシシ豚を一人で狩れる位の実力はあるよ」



「…! シシ豚を一人で…、それは凄いな…」



 シシ豚というのは、森に生息する魔獣の一種だ。

 見た目は人間界で言うところの猪に近いが、体格は熊ほどもあり、牙が大きく、非常に獰猛で危険な魔獣だ。

 今の俺では正直ギリギリ…、ライの言う通り狩れない相手でもないが、今の所の戦績は五分くらいな気がする。

 ライは恐らく、このゾノという青年に安心感を与えるため、敢えて少し盛った言い方をしたのだろう。



「…まあ、ライが言うのだから信用しよう。俺はゾノ。この集落の長の息子だ。トーヤ殿、助力を感謝する」



 差し出された手を、笑顔で握り返す。

 しかし、俺の頭の中では疑問が渦巻いていた。

 …あれ? なんだ? ライ、凄い信頼されているじゃないか…

 追い出されたんじゃないのか?


 ゾノの他にも、何人ものレッサーゴブリン達がライに駆け寄り、信頼のまなざしを向けている。

 何だか、俺は大きな思い違いをしている気がしてきたぞ…?

 …まあ、それは後で確認してみるか。

 今は襲撃者への対策を立てることが先決だ。



「…トーヤです。俺の事はトーヤと呼んで下さい。…それで早速なんですが、敵の特徴や戦力、今の状況を教えてくれませんか?」



 出来る限り、敵の戦力や特徴を知っておきたい。

 場合によっては、俺の知識が役に立つ可能性もある。

 自分の事は何一つ覚えていないのに、俺には様々な雑学が知識として備わっている。

 これを活かさない手は無いだろう。



「敵はオークと、トロールだ…。昼過ぎに攻めてきた時は、トロールがオークを五十程率いて現れた」



 オークに、トロールね…、やっぱりいるんだな…

 まあ、ゴブリンもいるくらいだし、いても不思議は無いが…


 しかし、オークやトロールの特徴を聞くと、俺の知るファンタジーとは若干異なる部分も多いようであった。


 オークは発達した下の牙が特徴の、比較的大人しい種族であるらしい。

 あらゆる種族との交配が可能な半面、母体が高確率で死ぬ為、他の種族からは忌避されているんだとか。

 同族同士であれば生存する可能性も多少上がるようだが、低い事は変わらないらしく、種の存続が危ぶまれているそうだ。

 そうした背景から、やむを得ず他種族を襲うケースもあるらしい。

 しかし、そんな事をすれば当然だが抗争にもなるし、討伐対象にされることも少なくない。

 この森にはそんな争いを嫌う者や、終われて逃げ延びた者たちが住んでいるようだ。


 トロールは特徴的な緑色の肌に、筋量の豊富な逞しい肉体を持ち、気性も荒い者が多いそうだ。

 しかし、戦闘は好むが殺戮は好まず、弱者をいたぶる行為を嫌う種族であることも有名である。

 ただ、どんなものにも例外があるように、常識が当てはまらないケースもある。

 今回がまさにそうだ。



「恐らく、オーク達は率いていた二頭のトロールに襲撃を強要されている。この辺のオークは俺達と同じで、争いを避けて逃げ落ちた者ばかりだ。大方、トロールの襲撃にあっていいようにこき使われているんだろう…。噂通りなら、多頭のトロールは通常のトロールと異なり、殺戮を好み弱者をいたぶる習性があるらしいからな」



「成程…、それで、トロール自体はその二頭の奴しか確認できなかったのか?」



「いや、遠目にだが…、あと十体程待機していたのを確認している。そいつらは通常のトロールだった」



 確認できているだけで、オークが約五十人に、トロールが約十人か…



「…オークがもっといる可能性は? どの集落の者達かは把握しているのか?」



「ああ、把握している。あれは、ここから東に行った所にある集落の者達だ。比較的新しい集落だから大体の人数も把握している」



 この集落自体の警備はザルのようだが、そういった情報収集はしっかりと行っていたらしい。

 まあ、近隣に別の集落が出来るのだから、それが危険かどうか調査するくらいは当たり前か…



「男衆は恐らく、あれで全員だと思う。女子供が一人も居なかったのは気になるが…」



 オークの場合、成長も早く、性差による体格の差も少ない為、戦場には老若男女が参加する事が多いらしい。

 その点で言えば、今回の襲撃に女子供が参加していなかったのは、少しおかしな点ではある。

 しかし、オーク達が無理やり従わされているのであれば、人質に取られている可能性も十分にありそうだ。



「こちらの集落は元々四十六人いましたが、先の襲撃で十名が殺されて…」



 もう一人の見張りの若者が、補足するように俺に告げてくる。

 となると、こちらは俺達を含めて三十八人か…

 戦闘に参加できる人数はもっと少ないだろうし、中々に厳しい状況である。

 個々の戦闘力まではわからないが、戦場において数の差というのは戦果に大きく影響する要因だ。

 その差を埋めるには、策で対抗する他ない。



「…戦えるものを集めてくれませんか? それと、紙と縄、金属で出来た食器なんかもあれば用意して頂けないでしょうか?」





 ◇





 俺達が集落に来て、およそ二時間ほど経った。

 既にあらかたの準備は整い、現在は警戒態勢にある状況だ。

 敵の規模からして、恐らく本格的な夜襲は無いと見ている。

 希望込みの予測である故に絶対の安心は無いが、こちらの戦力は可能な限り温存したい為、見張りは最小限に抑える必要があったのだ。

 その為の仕掛けが、集落の周囲に張り巡らせた、縄と食器で作った簡易警報装置である。

 この警報が鳴り次第、四方の見張りが紙鉄砲で合図をする手筈になっている。

 集落の戦力は多く見積もっても二十六名。

 見張りは四方に一人ずつ、その控えに近くの小屋に交代要員が三名待機している為、十六名程を割いている。

 残りの十名と非戦闘員十名には休息と、明日の襲撃に備えた仕掛けを作ってもらっている。



「トーヤ、準備は済んだんだろ? もう休もう」



「ああ…」



 警報以外にも簡単な罠ははっておいた。

 控えを含めた四名では若干心もとない戦力だが、罠と合わせれば他の見張りが駆け付けるまでの時間は稼げるだろう。

 問題はトロールが居た場合だ。

 その場合、ライの話を聞く限りだと、俺とゾノでギリギリなんとかなるレベル。

 他のメンツでは相当に厳しいらしい。

 幸い、トロールは夜戦を好まないらしい為、現れる可能性は低いそうだが、絶対の保証はない。

 もし現れた場合は、出来る限りライが対処する事になっている。俺はその予備戦力だ。



「まあ、僕らが出張る必要ないがことを祈りたいけどね…」



「全くだ…」





 ――――そして、それから数時間後、集落の東と西で破裂音が響き渡る。


 戦いが、始まったのである。




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