第6話 繋がり
空が真っ暗になった頃に、ライは帰ってきた。
「ごめんトーヤ、遅くなった」
「それはいいけど、何があったんだ?」
「…まあ、縄張り争いみたいなもの、だと思う。最近は減っていたんだけどね」
「縄張り争いか…」
レイフの森は広大であり、その中には様々な種族の集落、部落が複数存在する。
先程、ライが向かった集落もその一つだ。
当初はライも、そこに住んでいたらしい。
この森に住む者たちは、種族の中で迫害や差別を受けたり、なんらかの問題を抱えて流れ着いた者が多い。
集落は、そうした者達が近しい種族や、同じような境遇の者で集まって形成されているそうだ。
だからライも、最初はレッサーゴブリンが集まる集落に身を寄せ、共に生活していたらしい。
「それで、悪いんだけどトーヤ、今夜の食事はトーヤだけで取ってくれるかな?」
「それは構わないが…、ライはどうするつもりなんだ?」
「…夜襲の可能性があるからね。今夜はそれに備えて、あっちで待機する予定だよ」
成程。それで帰ってきてからも忙しなく色々準備を行っていたのか。
でも…
「…なぁ、それって、ライまで出る必要あるのか? あの集落って、ライの事を追い出した所だろ?」
俺が居候し始める随分前から、ライはここで生活をしていたらしい。
その理由は、集落を追い出されたからだと聞いている。
「前にも言ったけど、別に追い出されたワケじゃないって。こうして離れにも住ませて貰ってるし、交流だってちゃんと続いてる」
「それは、体よくライの事を利用しようとしているだけじゃないのか? …今回の件みたいに」
ライが集落を離れた理由は、集落の長に、距離を置いて欲しいと頼まれたからだそうだ。
ライは、自分がレッサーゴブリンの中でも変わり種だから仕方ないと言っていたが、どんな理由があるいしても追い出されたという事実は変わらないと思う。
ライは気にしていないようだが、俺の集落への印象はあまり良くない。
「…トーヤ、前にも言ったけど、集落の皆には僕が進んで協力をしているんだ。大切な仲間だからね…」
…本当に、ライはお人好しである。
だからこそ、俺のような得体の知れない存在すら、快く迎え入れてくれたのだろうが…
「あ、何か凄い複雑そうな顔してるけど、何も命をかけてまで集落を守ろうとかしているわけじゃないからね? 僕だってそこまでお人好しじゃないさ。…ただ、あの集落が落ちれば、ここにも危険が及ぶ可能性があるからね。できれば、それは避けたいし…」
ライ…、君がお人よしじゃなかったら、俺なんて極悪人になってしまうよ…
「…確かに、ライが言っていることは正しいと思うよ。でも、最初のは嘘だよな? …バレバレだよ。目、笑ってないし」
ライは嘘が下手くそだ。
大体の事は、目を見ればすぐわかる。
ただ、ライは滅多に嘘をつくタイプでも無い為、それに気づいたのはつい最近の事だが…
それに気づいたのは、先月に俺が引き起こしたトラブルがきっかけだったりする。
…
……
………
―――― 一ヶ月ほど前、俺がヘマをして魔獣に襲われるという事件があった。
魔界で生活を始めて約一か月、そろそろ生活にも慣れ始めたこともあってか、俺は少々気を緩めていた。
どんな物事においても、この慣れ始めという時期は最も油断を招きやすい時期である。
そしてそれが、時には大きな事件に発展することもあるのだ。
今思うと本当に愚かな事をしたと思うが、当時の俺には残念ながら危機感というものが欠如していたらしい。
あの日も、今日と同様に獲物に恵まれない日であった。
気温が下がってくると、そういった日は決して珍しいわけではない。
だから、今日のように稽古に切り替えることもあれば、山菜狩りや釣りにシフトすることも少なくはなかった。
しかし、比較的安全な場所で狩りをしているとはいえ、ここは魔獣の蔓延る危険な場所でもある。
ライからは、何をするにしても決して油断はしないようにと、しっかり忠告を受けていた。
にも関わらず、その日俺は何を思ったのか、棍棒で石を打つゴルフのような下らない遊びを始めたのである。
そして、気づくと魔獣に追われていた。
その魔獣は、大型の熊のような体格をしており、凶悪な面構えをしていた。
体格の割に機敏であり、前足による爪撃は、細い木々くらいなら軽々へし折るほどの威力を誇っている。
見た目通り非常に危険な魔獣らしく、ライからは、もし見つけても刺激せず、すぐ逃げるよう言われていた。
俺は抗戦などはせず、言われた通りに必死で逃げた。
しかし、普通の人間が獣相手に逃げ切れるはずもなく、当然の如く簡単に追い詰められてしまう。
俺は流石に死を覚悟したのだが、ギリギリで駆け付けたライの助けで何とか生き延びることが出来た。
「すまない、ライ…。俺が馬鹿みたいな事したばっかりに…」
「いや、注意しなかった僕も悪い…。それより、立てるかい?」
「ああ、足の方は大丈夫そうだ」
「…それじゃあ、トーヤは先に戻っていてくれるかな?」
「ああ、わかった…って、ライも戻るんじゃないのか!?」
「もちろん戻るよ。でも、もう少し弱らせておかないと、すぐ追い付かれちゃうからね」
そう言って、ライは魔獣に向かって棍棒を構えた。
魔獣は、先程の奇襲で鼻を打たれたダメージが抜けていないのか、まだ鼻を押さえて苦しんでいた。
しかし、確かにこの程度では回復されたらすぐに追ってくるかもしれない。
だからと言って、ライ一人に任せるのは心が痛むが…
「心配しなくても、僕なら慣れているから大丈夫だよ。ただ、手負いのトーヤと一緒だと逃げ切れない可能性もある…。だから、頼むよ」
そう言われてしまうと、俺には反論する余地が無い。
確かに、俺が残ったところで足手まといになる可能性は十分にある。
「…本当に、大丈夫なんだな…?」
「ああ、任せておいて!」
………
……
…
…あの日、ライは日が暮れても家に帰ってくることはなかった。
痺れを切らした俺は、ライを探しに再び森へと入ろうとするが、そうするまでもなくライは家のすぐそばで倒れていた。
ライの服はボロボロで、あちこちに血が滲んでいた。誰がどう見ても、満身創痍である。
俺は慌てて治療を行ったが、正直これは駄目かもしれないと思う程、ライの傷は深かった。
…まあ、その心配を他所に、ライの回復力は異常な程高く、次の日にはピンピンしていたのだが…
あとで調べてみると、あの魔獣は復讐者と呼ばれるもので、危害を加えられると対象がどんなに逃げても追ってくるという、大変危険な魔獣であった。
手だしさえしなければ基本的に無害なのだが、もし復習者の攻撃対象になった場合、その者は責任を持って一人で逃げ、仲間も決して手を出してはならないという暗黙のルールが存在するようだ。
あれは、俺が無知で愚かだった故に招いた、まさに自業自得の結果だ。
だというのに、ライは自らの危険を顧みずその身を挺して俺を庇った。
こんな出会って間もない奴、さっさと見捨てて逃げれば良かったのに、である。
だからこそ確信があるのだ。
ライが仲間だと認めている連中を見捨てるはずがない、と。
たとえ命を危険に晒してでも、きっとライは仲間達の為に戦うはずだ。
行くな、とは言えない。
俺にはライと集落の連中との関係を測ることは出来ないし、恐らくは止めたとしても無駄だろう。
では、どうすべきか?
その答えは、とっくに出ていた。
「うーん、流石にバレちゃうかぁ…。でも、本当に無理はしないつもりだよ? 駄目そうなら、なんとか皆で逃げる方法を考えるつもりだし」
皆で逃げる? そんな事は無理に決まっている。
どうせ自分が殿になって、皆を逃がす気なんだろう。
そんな事をさせてたまるか。
「…ライ、俺にも手伝わせてくれないか?」
「…それはダメだよトーヤ。これは僕達の問題だ。無関係の君が、わざわざ危険に足を突っ込むことはない」
「やっぱり、危険なんだな」
「…僕だけなら問題ない。でも、実戦経験の無いトーヤにはまだ無理だよ」
「…何も、俺やライが一人で戦うわけじゃないんだろ? だったら、いくらでもやりようがある」
「トーヤ、わかってくれ…。僕は君を危険にさらしたくないんだ…」
ライはどうしても譲る気が無いらしい。
でも残念ながら、俺だって譲る気はない。
復讐者の件は、俺の浮ついた意識を吹き飛ばすには十分な事件だった。
あの日まで俺は、魔界という未知の世界で舞い上がり、アウトドアやピクニックのような気分が抜けきっていなかったのだと思う。
しかし、ピンチに陥り、自分の命やライという友人を失いかけて、ようやく危機感が生まれたのだ。
「…なあライ、一か月前、俺が復讐者に追われている時、なんで助けてくれたんだ?」
「復讐者の事…、調べたの? でも、どうやって…」
「ああ、調べたよ。ついでに、あの時のライの行動が常識と食い違っている事も知っている…。なあ、なんで俺を助けたんだ?」
「それは…」
ライはバツの悪そうな顔をするが、それが段々と恥ずかしそうな表情に切り替わっていく。
「え~っと…、何と言うか…さ、僕にとって、君のような存在って、初めてだったんだよね…」
「俺のような存在って?」
「………友達みたいな」
なんだそんな事か…
別に恥ずかしがることでもないと思うけどな…
でも、まあ良かった。
ライもどうやら、俺をちゃんと友人として見てくれていたらしい。
正直、自信はあったんだが、俺にも友達がいたという記憶は無い為、不安はあったのだ。
「ど、どうしたんだよニヤニヤして!」
「はは…、いや、良かったと思ってね。もし俺だけそう思っていたのだとしたら、どうしようかと思ったよ。…でも、それなら俺の気持ちくらい、わかるだろ? …ライ、俺を連れて行ってくれ」
「…全く、それなら連れていきたくない僕の気持ちもわかるだろ? …でも、そうだね。自分の知らない所で、友達が必死に戦っていると思うと、確かに辛いかもしれない…」
「だろ? だから友人として、改めてよろしく頼むよ、ライ」
手を差し出す。今度はただの挨拶ではない。
互いの信頼を確かめる、その証たる握手だ。
「ん、わかったよ。これからは、本当に一蓮托生だ。よろしく、トーヤ」
互いの手を握り合う。
「「っ!?」」
――――その瞬間、俺とライとの間で、何かが
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