第16話 議題、サトミについて

「で、どう思う? サトミくんの話」


 リーダーとして、クリストファーが各員の意見を聞く。あの後、里見は一旦部屋に帰した。こうやって里見の説明の審議をするためでもあるし、隠そうとしていたが座り続けているのがしんどそうだったからだ。

 てっきり運悪く高レベルの魔の種に遭遇して仲間とはぐれ、命からがら逃げてきた初心者冒険者ビギナーかと思ったら、『勇者召喚の儀式』で喚ばれた異世界人だとは。その他のことも、クリストファーとしては、里見の話したことに嘘はないと感じた。ただ、そうなるといくつか問題がある。それも大問題が。


「嘘ついてる感じはしねえな。もし、演技だってんならクロスリアのロマンス劇場で主演やれるぜ」


 ミカエルは里見擁護の立場に立つ。


「珍しい。いつもだったら、『興味ねー。好きにすればいーと思うぜ』ってなカンジなのにヨ」

「マネすんのやめい。まあー、俺の意見はそうゆうことで」


 リュウの言うようにミカエルが初めから人の肩を持つ――それも男を――のは珍しい。何か気に入ることでもあったらしい。起きたようだから見に行ってこい、と言って客室に向かわせたときはぶつくさ言っていたのに、帰ってきたら大分機嫌が良くなっていたし。


「私は流石に、先程の話を全て信じることはできない。サトミクイナという者が異世界人だということや、パーティーメンバーから騙し討ちの形で追放されたことはいいが、召喚されて城で過ごしていたくだりはちょっと…」


 続いて、エリザベートが生真面目に挙手をして自分の意見を述べる。


「でも、…すみません、自分でもよくわからなくて。彼が悪い人物だとは思えない、しかし…」


 エリザベートが考えながら、なんとか自分の感じたことを伝えようとする。エリザベートの迷いは全員よくわかっている。しばし無言のまま、考えをまとめる。


「そうだな、サトミくんの話は辻褄が合わないところがある、そこが問題だ。やら、か…。カジャスのまで出てきたんじゃ、出演者が豪華すぎる脚本だ。

 ここから先は、語り手役も交えてにしようか」


 くいくいっと、クリストファーが右手の人差し指を客室車両へ繋がる戸へ向けて振るうと、独りでに引き戸が開く。そこには里見が立っていた。驚いたのはエリザベートだけで、他の3人は里見がいたことに気がついていたらしい。


 ※


「すみません。盗み聞きなんてして…」

「いいよいいよ。ていうか、折角休んどきなって言ったのに。そんな薄い格好して出歩いてー。ミカー?」

「あいよ」


 するりと、ドアのところに立ったままの里見の横を抜けてミカエルが客室車両へ行く。クリストファーが、来い来いというジェスチャーで里見を招く。テーブルに歩み寄った里見は正面のクリストファーと真っ直ぐに視線を合わせて、口を開く。


「何でも協力しますし、証言もします。俺だって、本当のことを知りたいんです。知らない土地に連れてこられて、あの人たちに教えられたことしか知らないから・・・、もう自分じゃあ何が正しいのか…」


 あの城ではこの世界でやっていくことを受け入れる準備期間をもらった。その点には感謝している。しかし、もし誤った情報を教え込まれていたなら? ララたちに置いていかれたのが、そのせいだったとしたら? あの夜、里見は本気で命の危険を感じた。

 里見はクリストファーの目をジッと見つめて訴える。クリストファーは穏やかそうな微笑みの形に口元がカーブしているものの、目には波一つ起たない湖面のような冷静さを宿している。

 試されている、そう思ってみぞおちにスッと力を込めて真っ直ぐ立つ。


「そんな固くなんなくて大丈夫アルよ〜」

「ヒャアア!」


 気配を全く感じさせずに、リュウが背後から里見の両肩をぽんっと叩く。反射的に悲鳴を上げて縮こまる里見に構わずに、そのまま里見の肩をモミモミ揉む。

 はあ、とクリストファーとエリザベートがため息を吐く。ミカエルも毛布を持って帰ってきて、微妙に緩んだ空気が漂う室内に「何やってんの」という顔をする。

 こほん、とクリストファーが仕切り直す。


「そう警戒しなさんな。俺らはサトミ君が嘘をついて正体を誤魔化そうとしているとは思ってない。その点はメンバー全員共通だ。

 疑ってるのは、君をこの世界に拐ってきた連中さ」



 里見にとってその後受けた説明は、実に込み入ったものだった。さらに、一つ説明する度にその点についての知識や背景の補足がされるため、何度話が横道に逸れそうになったか。上の姉が大学のレポートや課題をしていたとき、「脚注の文量が無限に増えていく。こっちを調べる方が楽しくなってきて本題が進まない。わっはっは、どうしよう」と言っていた意味が少しわかった気がした。

 まず、里見がクローセン王国の国王について騙されていたこと。あの武人然とした人物は今代から見て祖父にあたる元国王だった。普通なら国王という国のトップに立つ役職は終身制である。日本の歴史の中には、幼い息子に天皇の位を譲って自分は上皇として政治的権力を振るった院政の時代もあった。そういうことと似た事情かと里見が尋ねると、それとは違うと返ってきた。実権はちゃんと今代の国王側――なんと、まだ10才の男の子だと聞いて里見は驚いた。母親である王太后がバックについているらしい――の手にあり、血みどろの宮廷内闘争の果てに先々代は王都からほどほどに離れた山城に隠居させられている、というのがある程度政治について関わることができる者たちの認識である。『勇者召喚の儀式』で里見とララが現れたときのあの名乗りは、嘘ではないが事実誤認させる気満々だったとしか思えない。

 そもそも『勇者召喚の儀式』というのは勝手に行ってはいけない魔法で、国王の承認どころか国際会議で承認を得ないといけない決まりがあった。儀式に必要な聖遺物や呪物、それができる優秀な魔法使いの動向、そして準備に必要な期間のことを考えると密かに行うのは難しいのだが。もし、勝手に儀式をしたことこがバレたら批難轟々の国際問題になる。

『勇者召喚の儀式』で里見とララが異世界に喚ばれたのは、先々代の勝手な行動の結果だった。

 ここまでの説明で先々代対今代祖父と孫、というか舅と嫁の構図は大体わかった。そして、各々の陣容も。


「アルバートとカジャス老は先々代側の人間ってことですね。カジャス老の孫のアナベルも」

「そういうことだろうと思う。アルバートはローエンシュヴァング家という大貴族に嫁いだ姫君の産んだ子。外孫といえど男子が少ない今の王族の事情を鑑みると、王位継承の可能性をちらつかされて靡いたのかもしれない。うむ、大公爵は中立派の逃げ場といった立場だったはず。まさかローエンシュヴァング家が丸ごと先々代側についている、などという事態は考えたくはないな…」


 アルバートの阿呆だけなら十分ありえるんだが、とエリザベートが軟派野郎王子(詐称)をこき下ろす。


「ベルマー家、というか『パスパルトゥ』の方は、カジャスのスタンドプレーじゃないか?

 あいつ今、そんなに相手してくれる人がいないはず。昔から依怙贔屓が激しくってさー。蔑ろにされた方も贔屓された方も、両方から鬱陶しがられるっていう、変なことになったんだよね。

 …ん? 今何か思い出しかけたんだけど。えーと、何だっけー…?」


 それでは、アナベルはどうなのだろう。彼女は祖父に従順で、進んで協力しているように里見の目には見えた。同時に、嘘が下手な不器用な性格にも。そんな人物がララの近くに置かれたのはどういう意図からなのだろうか。


 続いて、国際情勢について。大峡谷西部における魔の種の領域で下級の魔の種が活発に活動しているという噂があれども、宣戦布告はまだ先の話だと言われている。それでも一応、念のために、といって各地の領主が独自に兵士の訓練を行っていたり、腕の立つ冒険者や傭兵の囲い込みに動いたりしているそうで、王宮は民の不安を煽るような行為は慎むようにと命じているのだという。

 これも噂だが、と前置きしてクリストファーが里見に語ってくれたことがある。非魔の種側の中には魔王と密かにコンタクトを取ろうとしている人々がいて、その人たちは戦争回避のために日夜各方面に働きかけているとのことだった。


 つまり、勇者はお呼びでない。

 むしろ、魔王をいたずらに刺激するだけなんじゃないかと里見は思った。

 


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