第15話 冒険者パーティー『クリスタルハート』

 うつらうつら意識が浮上する。ゆっくり身体を伸ばそうとして、自分が布団に包まれているのがわかった。


 あれ、おかしい?


 アルバートに夜の森に置き去りにされ、死の恐怖さえ迫ってきていたはずが、一体なぜ。

 頭がボンヤリしたまま、身体を起こした。右手で目元をぐりぐり擦ると、眼帯が外されているのに気づく。慣れない内は鬱陶しくも思っていた眼帯だが、おかしなもので、知らぬ間になくなっていると不安に駆られる。

 里見が寝かされていた部屋を見回す。アジアからヨーロッパに向かう列車の中で殺人事件が起きる映画に出てくる寝台列車みたいな内装の部屋だった。落ち着いた高級感がある。壁際に造り付けの棚やハンガー掛けがあって、そこに里見のマントも掛かってあった。眼帯は見当たらない。


 コンコンコン。


 ドアがノックされた。ビクッとベッドから浮き上がりそうなほど過剰反応を示しながらドアを凝視していると、もう一度同じ音がする。どうにか心理的に安心感を得たくて毛布を胸の前まで引き上げ、恐るおそる「どうぞ」と返事をする。

 ドアを開けて入ってきたのは男の子だった。お盆の上にホーローの鍋と取り皿、スプーン、水差しとカップなど。重たそうな荷物をふらつくことなく持って歩いている。


「起きれるようになったんだな。腹はどうだ? 食えそうか?」


 少年は少し乱雑な話し方で里見の体調を聞いてきた。


「身体は…、けほっ、少し怠さがある…。寝過ぎたみたいな。腹は…よくわからないけど、食べれると、思う。… …んんっ!」


 喉がカラカラに乾いて張り付く。声を出すと咳が出る。ぬるめの白湯が渡されたので、むせないように慎重に飲み干す。

 少年は里見が喉を潤している内に、収納されていた机を引っ張り出して食事を並べていた。鍋の中身は米を柔らかく煮た中に葉物野菜を細かく刻んで入れた、七草粥のような料理だった。蓋を開けたとき、湯気と一緒にかすかな出汁の匂いがして、里見はさっきまで全くなかった食欲がわいてきたのを感じた。


「食べながらでいいから、こっちの事情を話すぜ。あー、俺の名前はミカエル。

 とりあえず、お前さんをうちのリーダーが拾ってきたところからにすっか。雨の中、クリスのやつが『水の精が騒がしい』つって出てったら、お前さんを見つけてきたってわけ。いやー、あん時は驚いたね。どんだけ外に放置されてたのか知らねーけど、そんときは大女神様の元へ旅立つ一歩手前ってぐらい弱りきってたんだぞ。そんで次の日の昼に一回起きて、すぐ寝て、今は朝。

 … …お前、めっちゃ食うのな?」


 最初の一杯はミカエルが注いで差し出してきたが、次からは里見は自分で取って食べていた。あつあつだった鍋が少し冷めたので、もう直接取ってもいいかな、とも思い始めている。久しぶりの和食に近い料理に手が止まらなかった。味も薄く抑えられているし、匂いも蓋を開けてときの一瞬しただけの薄味の粥が、今の里見には最高級の品に思えた。掬っていると、底の方に卵が固まって出てきた。

 ミカエルはベッドの里見の足元のあたりに腰掛ける。呆れたように後ろ頭を掻きながら、言うべきことを言う。


「あー、これ全部お前さんのだから。ゆっくり食べりゃいいから。

 … …だから、泣きながら食うんじゃねーよ」


 次から次へと溢れてくる涙を指で拭いながら、あっという間、数分で里見は粥を食べきった。口にまで涙が伝ったのか、ところどころしょっぱく感じた。


 ※


 泣きながら食事をするという、この歳にしては非常に見っともない姿を初対面の少年に晒してしまい恥ずかしくてしょうがない。何か言わねば。ちなみに、意外と気遣いができる年下の男の子は着替えさせた服が仕舞ってあるのはそこ、靴はここ、眼帯やらはこの引き出しの中、とあれこれ説明するていで里見が食べきるまでさりげなく視線を外してくれていた。


「えーっと、ミカエル君?」

「何だ?」

「ごちそうさまでした」

「… …」


 真顔の状態でミカエルが固まってしまった。妙な間ができ、里見は顔面の体温が急速に上昇してゆくのを感じた。


「ブフッ、アッハッハッハ‼︎」


 今の間で何かが浸透したようで、ミカエルが笑いだす。腹を抱えての大爆笑である。


「まずそれ⁉︎ いやまあ、そう、だけ、ど! 挨拶は大事だけどよ!」

「話の切り出し方に迷っただけだろ! そんな、笑うなよ…」


 ハアハア息を吸いながら、ミカエルは「悪りい悪りい」と謝る。派手に笑ったことで、前に垂れてきた髪を右手でかきあげる。

 里見は今見たものを、思いっきり二度見した。ミカエルの髪の隙間からとんがった耳が見えたからだ。


「笹かまぼこ…」

「ん? 何だって?」


 間違えた。宮城県の名物ではない、エルフだ。


 ペールの講義で習ったことはあっても、城の中、『白狼の森』の町には普通人間ヒューマンしか見かけなかった。里見にしてみたら初めて会う亜人種だった。


「まあいいさ。起きれるか? 食堂で他のやつらが待ってんだ。茶でも飲みながらそっちで話を聞かせてもらおうか」


 ※


 寝ていた部屋を出ると、「寝台列車みたい」と思った感想が再び浮かんできた。すれ違うのがギリギリくらい、グリーンのカーペットが敷かれた廊下。出てきた部屋は一番端で、すぐ近くの引き戸をミカエルが開ける。食堂には、正方形のテーブルを2つ繋げた周りに3人の人物が座っていた。

 一人は同世代かちょっと年上の少女、一人はアジア系――これまで里見がこちらの世界で見てきたのは欧米系に似た容姿の人たちだけだった――の雰囲気の青年。もう一人はミカエルと同じ尖った耳の、この中では最年長の外見をしている男性。


「ドウゾ〜、ここ座るといいヨ。

 お盆もこっち頂戴ナ。ホウ、全部食べれたんダナ。太好了よかった!お茶も淹れてくるから待っててネ〜」


 訛った喋り方をするアジア系の青年に勧められて、里見は「失礼します」と面々に軽会釈をしながら少女の隣に座る。少女もテーブルに立て掛けていた剣を反対側に動かしてくれた。ミカエルは少女の向かい、奥にエルフの男性が座っていて、里見の正面は先程お茶を淹れに行ったアジア系の青年が座っていて今は空席だ。

 エルフの男性が朗らかな笑みを浮かべて、里見に話しかける。


「まずは、体調が良くなったみたいで何よりだ。俺の名前はクリストファー、クリスと呼んでくれ。俺たちは見ての通り、冒険者パーティーってやつさ。『クリスタルハート』って言うんだけど、その盟主というかリーダーをやってる。

 こちらの彼女はエリザベート。貴族のお嬢様なのに、剣の腕を磨くって宣言して家を飛び出した変わり者」

「変わり者ではありません。己れの才能にあった道を選んだだけです」

「ははっ、悪い。軽いジョークだよ。あっちの、訛った喋り方をするのはリュウ。砂漠を越えた先にある東方の国の出身でね。さっき君が食べた料理を作ってくれたのはリュウなんだ。美味しかった? そりゃよかった。

 最後にミカエル。俺と同郷のエルフ。子どもの姿をしてるけど、年齢は300歳くらいだからね。騙されないように」


 ミカエルの年齢を教えられて、ぎょっと里見の眼帯をしてない左目が大きく開かれる。


 そういえばエルフって長寿の生き物だった! 言われてみれば、ぞんざいな振る舞い方だったけど、子どもらしい騒がしさとは違う感じだった。ということは、クリスの歳はもっと上で… …?


 里見がカルチャーショックを受けている様子が、またしてもミカエルの笑いのツボを掠めたらしい。笑いが抑えきれておらず、上がった肩が揺れている。

 それを見てエリザベートは、批難の視線をミカエルに向ける。どうやら生真面目な性格で、ミカエルのようなふざけた態度が嫌いらしい。ただ、ミカエルはエリザベートの睨みを全く気にしていないようだった。流石300歳。


「それじゃあ、君のことを教えてくれないか? 名無しの眼帯くんじゃカッコ悪いだろ?」


 リュウが人数分の飲み物を持ってきたタイミングで、クリストファーが尋ねる。里見のおっかなびっくりが収まるまで急かさず待ってくれたのだろう。向こうからしたら、里見は怪しい人物に見えたはず。にもかかわらず丁重な扱いを受けて、里見は彼らを信じていい人たちだと思った。


「俺の名前は里見水鶏さとみ くいなと言います。実は異世界から勇者と一緒に召喚されて… …」


 里見はこれまでのことをクリストファーたちに説明した。


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