第14話 夜の森においてけぼり

 アルバートが加わってから約2週間。『白狼の森』を抜け、今は別の森の野営地でベースを張っている。


「話し合って決まったんだけど、お前をパーティーから外すことにしたわ」


 アルバートが珍しく2人で話そうというので何かと思えば戦力外通告だった。本当に珍しいと思ったのだ。いつも日が暮れればさっさと女子たちと馬車に入ってしまうのに--馬車内で寝起きしても問題ないよう超コンパクトに畳めるマットレスを積み込んだ。加えてアルバートとメグの荷物も増えたから、いくら内部が空間拡張された魔法の馬車でもゆっくり寛げる広さはなくなった--。その上、飲み物まで用意してくれていた。

 里見は意外とショックは受けていなかった。いつかそんな日がくる気はしていたからか。それとも希薄な関係しか築けなかった自分が薄情な人間なのか。誰とでも卒なく協力し合える性格だと思っていたのだが、こっちへ来て変わってしまったのかもしれない。

 最近すっかり癖になってしまった、話し出す前の深呼吸をする。


「わかりました。貴方と一緒にメグが入ったから回復役は足りてますもんね。そちらの言う通りパーティーから抜けさせてもらいます。

 ただし、条件があります。1つ目、俺用に用意された50ミナを渡すこと。2つ目は今後の衣食住を保証と働き口を用意すること。アルバート様が手配されるのでも、他の全員と協力して条件を満たすのでも、そこは問いません。でも、せめてこれくらいはしてもらわないと困ります」


 指を2本立ててはっきり突きつける。


「おいおい、図々しくも50ミナも取るつもりか? お前にそれだけの価値があるとでも? 装備に使った金とここまでの旅程で消費した分も忘れんなよ。10ミナで十分だろうが」

「最初に、それだけ投資してもいいと判断したのは国の偉い方々でしょう? 貴方が国王になるためには無視できない人々、その意見を軽んじる言動は、あまりよろしくないのではないですか。

 それと、装備やらで使った分は退職金と相殺ということで」


 退職金とはこの場合、口止め料、手切れ金とも言える。そのつもりでお金ちょーだい、でないと勇者一行のことどっかで言いふらすよ、と里見はお願いしているのだ。勇者が異世界召喚され、レベルアップの旅に送り出されたことは、魔王討伐の力がついたと判断される、直前まで明かさない極秘事項であると旅立つ前に言われた。では、勇者一行の存在をほのめかす噂が立っては計画に悪影響を及ぼすはずだ。


「…ッチ。抜け目のない狐、いやコソコソと這い回って人の利益を盗む薄汚い鼠のようなやつだ。50ミナだな」

「お分りいただけて嬉しいです。

 じゃあ、次に街へ戻ったら、そのときお金をお渡し下さい。次の働く先もね。それが済んだら完全にパーティーとおさらばですね」

「… …いいや。お前とはここでお別れだ」

「…? それ、どういうこと…。ッ⁉︎」


 アルバートの言ったことを問い直そうと、里見身を乗り出しかけた。次の瞬間、腹部のあたりに衝撃がくる。ビリビリと痺れるような痛みが広がり、身体が思い通りに動かない。直前まで普通に会話をしていたのに。急に手足から始まり、あっという間に全身のコントロールが効かなくなった。姿勢を保っていられなくなり、腰掛けていた石から落ちてひっくり返る。

 里見はなんとかアルバートの方を見ようとする。


「じゃあな。お前は夜の森に危険を無視して探索に入り、死んだ。お祖父様にはそう伝えておくさ」


 アルバートに嵌められたんだ。嫌われていると思っていたし、正直こっちだって好いちゃあいなかった。


 だとしても、こんなこと普通するか⁉︎


 待て、と言いたいのに声が出ない。吐息が出ても、唇が動かない。首が持ち上がらないから地面から数センチまでしか見えない。耳は変わりなく聞こえることが幸いか。

 アルバートが焚き火を消した。光源が小さな手持ちランタンの灯りだけになり、途端に夜の闇が迫ってきた。ぐっと暗闇の濃度が上がる。恐怖で心臓の鼓動が早まる。アルバートは里見などいないもののように、躊躇なくランタンを持って離れていく。


 やめてくれ。


 もう里見の周辺は真っ暗で何も見えない。

 馬車の扉が開く音。

 ガタン、ガタン。魔法の鉄の馬が引く馬車が動き始めた。

 里見は必死に身体を起こそうと力を入れているが、一向にピクリとも動けていない。このまま夜の森に置いてけぼりにされれば、命の危機以外の何物でもない。奇跡的に夜明けまで命が繋がっていたとしても、頼れる先もないこの世界で無一物にされたらどうやって生きていけばいいのか。助けを求め、声が出ない代わりに心の中で叫んでいた。


 誰でもいいから助けてくれ! ララでもアナベルでもメグでも、そうだ!大女神様でもいいから!お願い、誰か、b誰か…お願いだからっ… …!!


 恐怖心からの必死の祈りを拾い上げるものはおらず、ランタンの灯りも馬車の走る音も遠く、届かなくなってしまった。


 やがて冷たい雨が降り始めた。


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