第13話 王子アルバートと女神官メグ
アルバートが用意した解決策とは、別荘を一つ買い上げるというものだった。確かにその手は思いつかなかった。おまけに、かなり大きい邸宅だった。8つも客室があると言っていた。アルバートとララ、アナベル、里見、もう1人、アルバートの選んだメンバー候補がいるらしいのだが…。
「ずっとこの町にいるわけでもないのに…」
玄関前から豪華な前庭――断じて訓練場ではない。屋敷自体と同じくらいの面積があるシンメトリーに設計された庭――を眺めながら、つい独り言が口から漏れる。
アルバートの身元はアナベルが持ち物の紋章や、国王陛下のサイン入りの命令書を読んで確認した。アナベルは王子の名前は知っていても、姿形は知らなかったらしい。
結局、朝立てた今日の予定は全て白紙になった。里見が玄関ホールに入り、荷物を運び入れる使用人の手伝いをしていると、桃色の髪の少女がピョンピョン跳ねるような足取りで登場した。
「お帰りなさい、アル様! メグ、良い子でお留守番してましたぁ」
桃色の髪をツインテールにしたあどけない雰囲気の少女。白色を基調にした、ゆったりとドレープをつくった服を着ている。女性の横顔がデザインされた大振りなネックレスを身につけている。ピタっと近づいてきて、大きなタレ目でアルバートを見上げる。アルバートは腰に手を回して密着度を上げながら、里見たちに少女の紹介をする。
「彼女はメグといって黄の神殿に仕える女神官なんだ。この勇者の旅に回復・状態変化のサポート役は必要不可だと思ってね。丁度フリーになっていたメグを俺がスカウトしたんだ。戦闘では後方からの強化魔法、ちょっとした回復術も使える」
「強化魔法ってことは、あたしたちの攻撃力がアップするのね! ヤッター! これで雑魚なんか瞬殺よ!」
ちょっと待って? それって思いっきり、俺と仕事が被ってないか?
一つのパーティー内にポジションが被った後衛が必要か否か。里見の懸念は直ぐに的中する。
※
素人同然だったララ、アナベル、里見の勇者パーティーに、『白狼の森』に出現するレベルの魔の種など余裕で倒せるアルバートと、高潔な信仰心から生まれる『祈りの奇跡』という神官特有の魔法でサポートに回るメグが加わって『白狼の森』攻略は一気に進んだ。
パーティーに起こった変化は他にもあった。一つは、金使いが荒くなったこと。初めに渡された支度金は止めに入った里見の注告を押し退けたアルバートとララが、装備充実に費やして使い果たしてしまった。良い道具でないと実力が十全に発揮できない、安物で妥協するのは命を危険に晒すことだ、という理由からだった。アナベルも最初はアルバートとララの買い物に賛同していたが、会計のときになって慌てて待ったをかけた。アルバートが「俺が一言言えば資金は直ぐに追加で貰える」と、言って安心させていた。
一つは、パーティーのリーダーがララからアルバートに代替わりしたこと。元々、『勇者』パーティーだから何となくララがリーダー、という認識だったのだが、パーティーの代表者であり、最も発言権の大きい者としてアルバートが振る舞いだすとそれに異を唱える者がいなかった。
それに伴いパーティー内にヒエラルキーが形成された。頂点にアルバート、次に女子3人――時々、アナベルが他の2人より低く見られたり、それをララが「友達だから」と言って引き上げたり、メグが謙遜したりでバランスが取れて仲良し三人組になっている――そして一番底辺に里見、となっている。
「ふーっ。野菜切り終わったー」
5人分の食材は皮を剥いて切るだけで時間がかかる。さて、水につけておいた栗っぽい乾燥果実の様子はどうなったか。
里見はすっかり雑用係に納まっていた。なにせ誰もやりたがらないので、里見が貧乏くじを引いたかたちだ。
里見も初めの内はパーティーの魔の種狩りについて行っていた。しかし、治療師は戦闘では直接貢献できない。また、アルバートが女子3人を庇うかたちで戦うので、必然的にアルバートが怪我を負う回数が多い。里見がその治療に当たろうとすると、アルバートはメグに治してもらいたがる。以上、治療師としての活躍の場が全くないのだ。一度、『
それで役立たず呼ばわりされるのだから、荷物持ちについて行くより留守番していた方が精神衛生上ずっといい。一人の時間は苦ではない。日本にいたときから、陸上でも氷上でもハマると一人でずーっと反復練習をしていたくらいだ。
栗っぽい果実は、ちゃんと水を吸って柔らかくなっていた。今日はこれを入れた蒸しパンを作る。明日用の軽食である。
全ての魔法の基本『
旬の季節になればサツマイモみたいなのを入れた蒸しパンも作りたいなあなど、まだこのときの里見は暢気なことを考えていた。
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