第12話 冒険者ギルド

 勇者パーティーの旅立ちにあたって、国王陛下から道中の助けになるよう餞別が贈られた。なんと鉄製の馬が牽く魔法の馬車である。馬車の中は見た目より広く、大人4人くらいが横になれるスペースがある。闇の魔法による空間操作だと、アナベルが説明した。前面の馭者台ぎょしゃだいに座って手綱を握れば、馭者の魔力を吸収して動き出す仕組みになっている。

 この世界に不慣れな勇者の生活面でのサポートも任されているはずのアナベルの、まさかのミスはこの馬車のおかげでなんとかなった。小柄な少年少女3人分のスペースはあったものの、毛布一枚で快適に寝れるわけもなく、翌朝、背中や肩が痛かったが。前日の失敗を繰り返さないよう、本日は上りの時間(午前中)は準備に費やすことになった。というか、里見がそう決めた。

 里見の気にし過ぎかと思ってスルーしてきたことなのだが、ララとアナベル、この女子2人は計画性が乏しい。いや、計画性云々というか、苦手分野がとことん嫌いでギリギリまで後回しにするというか。

 ララは目立ちたがりな性格故に、その逆の地道なこと、泥臭いがダメ。ついでに痛いこともダメ。アナベルは今までお嬢様育ちだったのだろう。自分であれこれ身の回りのことをするのが苦手なのだ。そして、虚勢をはる。今朝も櫛と手鏡を探すのに荷物を全部開けていて、「手伝おうか?」と里見が聞いても拒否した。

 異世界に臆している場合じゃない、自分がしっかりしないと、と里見は密かに思う。今夜こそベッドで寝るために受け付けを済ます。昨夜空いてる部屋が見つからず、頼み込んで軒先に馬車を停めさせてもらった宿屋の女将さんに話しかける。


「あら、昨日の子たちかい」

「おはようございます。昨夜は無理をお願いをしてしまって、すみませんでした」

「まあ、しょうがないさね。初めの内はそんなこともあるさ。でも、気を付けなよ。あんたらみたいな金持ってそうな世間知らずそうな子ども、悪い連中に目を付けられたら上から下まで身ぐるみ剥がされちまうよ」


 ララとアナベルが若干引いた表情になる。実は、昨夜これからどうしようか考えていたときに、男だけの冒険者パーティーに「行くとこないんだったらさ、オレたちの部屋に来なよ。何にもしないから大丈夫だよ」と声をかけられている。絶対に何かする気だったので、丁重に断った。もし、里見じゃなくて女子2人が声をかけられていたら、野宿と秤りにかけてホイホイ着いて行きそうで心配である。


「しばらく滞在する間、部屋を取りたいんですけど」

「ちょうど出て行く客がいるから、一人部屋と二人部屋が空くよ。そこでいいかい?」


 一応確かめると、女子2人からうなづきが返ってくる。


「はい、じゃあギルドの登録証を出して」


 ギルドの登録証?


「あの、すみません。その登録証っていうの持ってません。…ないよね?」


 再び振り返って確かめる。やっぱり、持っていない。


「あらまあー。ウチは冒険者専用の宿屋だよ。ギルドに未登録の冒険者だと、どこにも泊まれないよ」


 お女将さんの説明だと、この町にはギルドと提携している冒険者用の宿屋とそれ以外が泊まる宿屋が分かれていて、未登録の冒険者はそのどちらからも宿泊拒否されるのだという。この町以外でも冒険者が多いところでは同じ条例が布かれているらしい。基本的に冒険者には荒くれ者が多いし、宿に到着したときはすっからかん、報酬が入った後で払うという者もいる。一般人との諍いや料金体系の違いによるトラブルを避けるための条例である。


「…本当に何もわかんない駆け出しの冒険者なんだね。いいかい? 冒険者ギルドに行ったら、受付けのお姉さんに冒険者の世界のルールをよーく聞くんだよ」


 呆れた女将さんから真剣な忠告を受け、宿屋を後にする。二度手間になったが、ギルドで冒険者登録をして、宿屋に戻ってきて、それから買い出し、昼食。テイクアウトできるものがあったら、そのまま森へ行く。以上の予定を3人で確認し合う。

 冒険者ギルド。そういえば、定番だったなと里見は思い出す。姉ちゃんの録画していた深夜アニメではよく、主人公が受付け嬢に好意を寄せられたりしていた。まあ、ララ(主人公)は女なのでロマンスはないかーと、自分のこと(異世界からきた男)を微塵も計算に入れていない里見であった。


「ねえ。実は、言わなきゃいけないことがあるのだわ」


 最後尾を歩いていたアナベルが、迷いに迷った末といった顔で里見とララを引き留める。


「冒険者ギルドに登録は、できないのだわ」


 真剣な表情でアナベルが困ったことを言い出す。


「ちょっとアナ。どうゆうことなの? それじゃあ…、ヤバいよね?」

「うん、ヤバいと思う。女将さんの口ぶりだと必須事項みたいだったし。何か理由が?」

「… …そういう指示なの。代わりに普通の宿に泊まりましょう。少々割高になっても支払いは気にしなくて大丈夫よ」


 アナベルは頑なに、俯いて目を合わせようとしない。

 里見はお金が心配なのではない。隠し事をされているのが気になってしょうがないのだ。薄々、全ては説明してもらっていないんだろうな、と思っても問い詰めることはせず受け入れてきたが。さすがに、今回は行動に障害をきたす。

 ララも納得いかないといった体である。ララのこういう、敵味方関係なく己れの納得いかないことに対する頑固さはなんというか。

 往来で立ち止まっている3人を、なんだなんだと人々が通り越してゆく。いつまで気まずい沈黙を続けなければならないんだろう、と思っていると、なんと声をかけてくる人物が現れた。しかも、かなり通りのいい発声で、大仰な手振りをつけて。


「お困りの様だね、お嬢さん達!」


 軽そうな男だった。


 ※


 この格好つけ過ぎな言動を周りが受け入れることができるくらい、男がイケメンだったのは、この場に偶然通りかかった人も含めて全員の心の救いだったろう。短く整えられた金髪、バイオレットの瞳。襟に金糸で刺繍が入ったドレスシャツや、同じ系統の柄が入った詰襟の上着をこなれた感じに着崩している。白いパンツとかお洒落上級者っぽい、と里見はナンパ男をとりあえず観察する。堂々と腰に剣を提げているので、ただの金持ちではなく冒険者なのだろう。

 里見が声をかけてきた人物がナンパ野郎だとわかるとチベットスナギツネの様な顔――ちなみに、こちらの世界にも似たような姿の動物がいる。とある珍しいキノコを探す目的で飼育されている――になるのには理由があった。

 昨日からちょくちょく、同じような男たちが現れるのだ。その度に里見がナンパとは気づいていないフリで牽制に回ったり、話しかけられる前にララとアナベルを誘導したりしていた。幸い、里見が間に入ればしつこく仕掛けてくる者はいなかった。昨夜の部屋に誘ってきた冒険者パーティーが一番積極的、というか即物的だったくらいか。


 暗黙の了解、というやつかもしれない。男がついてたら手を出さない、とか。日本では道端で出会い頭にナンパって、流石に高校生で経験することないからなー。


 なんにせよ、ララとアナベルの美少女っぷりに狙いをつける男にはお引き取り願いたいい。


「拠点が決まらなくて困っているんだろう? 素晴らしい解決策を授けよう。全く、こんな美しいレディたちに野宿を強いるなんて考えられないよ! ごめんね、君たちより先に町に着いているはずが、ちょっと手違いで遅くなっっちゃったんだ。さあこっち。俺についておいで」

「すいません。どちら様か名乗って頂けません?」


 グイグイと笑顔で進めようとする男に、里見がストップをかける。喋りながら、スマートにララとアナベル引き寄せ、背を押して進みだす様は非常に手馴れていた。「いいところで邪魔すんなよ」という顔でナンパ野郎が肩越しに里見を振り返る。180センチ(90シンク)以上ありそうな身長なので、今の顔は女子2人には見えていないだろう。


「もしかして、アナベルの知り合い?」


 違うだろうとわかっていて、アナベルに問う。イケメンに急接近されて、ポーッとなっていたアナベルはそれでハッと正気に戻る。ただ、顔は真っ赤に火照ったままである。箱入り娘には強引なイケメンへの免疫がないらしい。


「ち、違うわ! 貴方、初対面で気安過ぎるのだわ! まずは、何者か名乗ってちょうだい!」


 ナンパ男は右手を肩の高さに上げて、手のひらは空へ向ける「やれやれ」といったポーズをする。左手はララの背に添えたままだ。ララは何でそこに収まったままなんだ。


「怪しい者じゃない。君たちのパーティーに加わるために来たのさ。

 俺はアルバート・サリヴァン。クローセン王国の王子さ! 可愛らしい勇者様の剣になるため馳せ参じたってわけ!」


 パチン、と星が飛んできそうなウインク付きの自己紹介。

 随分と、軽い王子様もいたものである。

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