第9話 【秘密】交換条件の内容

 この世界ではやはりというかなんというか、犯罪が起こったとき被害者と加害者の身分が有罪無罪、罰の軽重を変えるらしい。里見の身に起きたあの件は、加害者の男たちが下級、中級の貴族階級の者たちであった。それ以外にも勇者召喚の事実を隠しておきたい事情も絡んできて、加害者の男たちが公の場で裁かれることはないと決まった。罰は謹慎と、厳格と評判の鬼上官による再教育になった。

 そしてペールが伝えてきた条件とは、里見の魔法の被験体として男たちが協力すること。ペールはこの条件に渋い顔をしていた。ペールからしたら顔見知りが傷つけられたのだ。納得がいかない判決で、渋々里見に伝えるしかないのだろう。


 そして、里見は条件を呑んだ。男たちには様々な程度の外傷、状態異常を受けてもらった。


 ぶっつけ本番で大怪我を負ったララやアナベルに治療魔法を施そうとして、もし失敗してしまったら? パーティーメンバーの生命に責任を負う役割になってしまった以上、全員負傷なんていう危機的状況に追い込まれてから「やったことがないからできません」とは言えない。やはり練習は必要だと里見も考えたのだ。今の里見の中での最優先事項は「勇者パーティーの治療師が勤まるよう知識と経験を積むこと」である。

 必要な処置を正しく選ぶ練習。傷口の消毒の練習。止血、縫合の練習。毒、麻痺を受けたときの状態異常回復の練習。諸々全て急ピッチで詰め込んだ。


 この世界の魔法は個々の想像力とそれを実現できると信じる心によって発動と効果が変わる。例えば火の攻撃魔法、魔力を練れていて大体のイメージさえ掴めていれば『火のファイア・ボール』を作り出せる。このとき、ある人は空中にポッと火がつくところをイメージしたり、またある人は可燃物に着火、次に火種に空気を送ることを段階的にイメージしたり。

 里見の場合、治療系の魔法は手をかざせば光って自動的に治って終わり、の方法より里見の手でできる処置作業はできる限り手作業で行う方が上手くできた。傷口に砂利や異物が刺さっていればそれを除去してから『小治療リトル・ヒール』をかける、怪我を治すのと体力を回復は別々の魔法、という段階的に魔法を使い分けるタイプだった。「痛みを和らげる」といった感覚や神経に関する症状なら、魔法の光を当てるイメージで効いた。いずれアニメのように「手をかざして光って治る」で、パパッとできるようになるのかもしれない。

 途中で本当に被験体が死にかけたりすることもあったので、やっぱり指導者がいる場で経験を積んでおかないとヤバかったな、と里見は自分でも驚くほど冷たく考える。


 ※


 エリック小隊長は愛しい妹がいる。小さい頃から町でも可愛らしい容姿が評判の、目に入れても痛くない自慢の妹である。彼の個人的な『旅芸人』や『踊り子』に対する恨みは、この妹に関係していた。簡潔に言うと、彼の妹は遊ばれて捨てられた。旅芸人と――自称では戯遊詩人と――名乗る男は他に女がいたにもかかわらず妹を甘い言葉で惑わし、少なくない金銭を貢がせた。

 エリックからしてみたら、そのようないかがわしい者に近い存在の里見は、人々の先頭に立ち魔の種と戦う勇者パーティーにふさわしくなかった。むしろ己の方が、とも思わないでもなかった。


「次は俺の番か」


 部下たちが里見に実験台にされていくなか、いよいよエリックの番が回ってきた。移動中、自分の背後にいる里見に話しかけるつもりで声を上げる。


「あなたには別の件に付き合ってもらいます。

 どうせなら聞いておきたいんですけど、どうして俺に敵意を向けるんですか?」


 里見の質問に、エリックは妹の身に起きたよくある悲劇、里見は勇者パーティーにふさわしくない、ということを語る。


「そうだったんですか」


 里見からの返しは簡潔で、まるで感情がないように思えた。

 どんな苦痛を与えられようが耐え切ってみせる、と決意を固めるエリックだった。しかし、連れてこられた小部屋には拘束椅子も怪しげな器具も何もなく少々面食らってしまう。後ろ手に縛られたまま小部屋に転がされる。


「エリックさんには治療魔法じゃなく、こっちを受けてもらいます」


 そう言って里見が、トントンと右目を眼帯の上から叩く。エリックが驚きで目を剥く。里見が眼帯を外し、エリックを両目で見る。真剣で、冷めた目つきだった。


 まさか! 『邪眼イービル・アイ』の呪いか!


「ふっ、ますます勇者パーティーにふさわしくないヤツだ。数ある魔眼の中でも『邪眼』を大女神様から授かるとは。きっと親兄弟、一族党郎碌な人生を歩んでいなかったのだろう! そうやって、自分はまともだと上っ面を取り繕おうが、性根の悪さが滲み出ているぞ!」


 エリックが罵るたび、里見の顔は無表情に変わってゆく。見張り兵が口を塞ごうとしたが、里見がそれを止める。


「あんたね、会ったこともない俺の親と姉さんたちの悪口までよく言えるね? 両親は真面目に働いて俺に金のかかる競技をこの歳までさせてくれたし、じいさんやおじさんたちだって援助してくれた。姉さんは就職してからは家に生活費入れてるし、親の代わりに送り迎えもしてくれた。姉ちゃんは家のこと全部やってた。『アンタは私らと違って素質があるんだから辞めちゃダメよ』って言って…。

 全部、これからだったのに…っ!」


 里見は一旦エリックから視線を外し、ふーっと深く深呼吸をして、昂ぶった感情を落ち着ける。乱れた魔力も落ち着かせて、改めて魔力の循環を再開させる。


「『邪眼』最強出力でいきます」


 里見の目つきが一際冷え冷えとしたものに変化し、エリックは氷の塊が背筋を滑り落ちたように感じた。体内がナニカでぐるぐるかき混ぜられているように感じ、苦痛を逃そうと床をのたうつ。荒い息、苦しげな喘鳴が止まない。

 微動だにせずにエリックに『邪眼』の呪いをかけ続ける里見は、悪魔より魔族より恐ろしい、得体の知れないモノとしてエリックの中に刻まれた。


 ※


「どうぞ、これを使ってください。そのままだと瞼が腫れてしまいますので」


 そっとハンカチが差し出される。ひんやりとしていて、泣くのをずっと我慢していた目に当てたら気持ちいいだろう。水の魔法の応用だろうか。

 女性兵士のリンジーという、エリックに代わって里見と笹木に付くことになった女性中隊長である。年は里見の母親より少し下くらいに見えた。堅物そうでビジネスライクな人だと思っていたから、細かな気遣いとのギャップにふっと女性らしさを感じた。


「ありがとうございます」


 ハンカチを当てて冷やした後、試しに極弱く『小治療リトル・ヒール』をかけて血行を促進させてみる。温める代わりにならないか。


「差し出がましいことですけれど、いいでしょうか。先程のエリック…元小隊長の言っていた件です。アレは、本当に言いがかりも甚だしい話です。ですから、お気になさることは、ありません」

「わかってます。大体、俺とその詐欺師野郎とは何の繋がりもないんですから」

「ええ。何より当事者の彼の妹はとっくに吹っ切れて仕事にも復帰しているくらいです。上司の私が直接話を聞きましたので、確かです。今日も元気に訓練に励んでいました」

「… … … …妹さんってここの騎士団で働いてんの?」


 エリックの勘違いっぷりと、独りよがりな暴走に呆れて物も言えなかった。

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