第8話 邪眼(イービル・アイ)
里見を襲った男たちは全員で4人。里見が売春に慣れているというデタラメを聞き犯行に及んだ。では誰からそのデタラメを聞いたのかというと――。
「彼らは全員、エリック小隊長の部下でした」
一夜明け、ペールが部屋で寝込んでいる里見に事情聴取の結果を伝えにきた。昨夜の事件には、エリックが関与している疑いが高いらしい。里見も普段感じていた、エリックから向けられていた敵意をペールに伝える。
今、里見の右目には黒い眼帯が着けられている。
助けられた後、里見は勝手に発動した魔法が止められず燃料切れを起こし気を失った。カジャスと城で働く治療者の診断結果は、里見の右目の魔法は『
『邪眼』とは、数ある魔眼の一つである。目が合ったものを石に変える『蛇女の
魔眼とはどれも便利で強力な能力に思えるがそうとも言い切れない。まず、視覚に根差す異能であるため大半の魔眼は目隠し、目潰しという対策方法がある――そもそも、術者の魔力のオンオフに逆らい自発的に発動する例が報告されていることから、魔法とは若干違う、先天的後天的な体質と分類されるもので…、というカジャスの特別講義をベッドに横たわったまま、ありがたく聞かせてもらった。今里見が着けている眼帯も、ただの眼帯である。
『邪眼』の持つ能力は『見たものを呪う』。血を吐いたあの男は里見の『邪眼』の呪いを受けて、ああなったということだ。一応言っておくと死んではいない。医務室のベッドで青色吐息状態らしい。
事件のせいで『邪眼』が判明してから一部の人の里見に対する態度が変わった。悪い方へ。その「一部」の中にカジャスとアナベル、それに笹木が入っているのが問題だった。
カジャスは『邪眼』は災禍をもたらすといって摘出手術を持ち出してきた。最初に向けてきた無関心よりタチが悪い。ペールには暴発しなければ普通の目と変わらないと言われたのに、片目を失ってたまるか。
アナベルは祖父の影響か、里見の視界に入ろうとしないし、接触も極力断っている。
同郷の同級生より異世界の同世代の女友達の方をとった笹木もアナベルと同様だった。
※
「出立前からパーティーが空中分解しそうなんですけど」
城勤めの治療師から手ほどきを受ける合間、不安事項を漏らす。
医務室には訓練で怪我をした騎士団の兵士、作業中にちょっと手を切った下働きの人など、1人処置が終わったら次の人が来るというペースで誰かしらが訪れる。里見の修行は小動物の手当てから、人間の治療へステップアップしていた。眼帯姿にぎょっとし、心配してくれた顔見知りの人たちには魔法的な何やかんやのせいであるが、瞳自体は大丈夫だと説明した。
笹木は里見が抜けたことでライアンとマンツーマンで指導を受けている。
忌々しい事件後、犯人たちを訴えない代わりに里見は出された交換条件で手を打った。元の世界では暴行事件の被害者が泣き寝入りする風潮を変えようという社会的な運動が行われている。里見だって自身の正義感や倫理観基づく考えでは、そちらの方が正しい、善なる行いだと思っている。しかし、身寄りのない異世界人が1人で何ができようか。唯一の寄って立つ瀬、そのものに真正面から喰ってかかっていく覚悟はなかった。
この世界の危険度を目の当たりにし、姉の読んでいた小説のようにすんなりとはいかんな、と改めて現実を受け止めて里見が思ったこと。それは旅の同行者についての不安である。隣にいる人物が信じられるのか。事件がきっかけなのか、『邪眼』が原因なのかわからないが、避けられだしてから会話もろくにしていない。
より話しかけやすそうな笹木の方に、午後の訓練は一緒に行うのでそのとき声をかけてみたのである。すると笹木の返事は、
「何? この後空いてるかって? アナとお茶会があるからムリ。ああそれと、もう笹木ってダサい名字で呼ばないで」
である。取りつく島もなかった。仕方ないので訓練後の空いた時間は棒術を教えてくれる青年に体術の自主練に付き合ってもらった。
人間関係の問題を脇に置いておき、目の前に用意された課題に取り組む。今のままでいいのか、という心の声を聞き流し、なんだかんだ理由をつけて別のことに打ち込んでいくうちに出発予定日がせまってきた。
※
頭上には晴天が広がり、程良い微風が吹いている。2つの背の高い尖塔が正面に見える、外へ繋がる大門の前の広場。そこで勇者一行の旅立ちを見送る、壮行会が行われていた。
結局、笹木――もとい、ララとアナベルとは仲直りできていないままである。里見としては喧嘩したりしたわけではないから仲直りというのもおかしいが、『普通』程度だった仲が『話しかけると嫌がられる、または怒る』という悪化の道を辿ったのだから、仲直りとしかしっくりくる言葉が思いつかない。
里見たちや整列する騎士団がいる広場から約3メートル高い位置から、国王が歴代の勇者の活躍、そしてそれに続くことを期待する旨の演説をする。激励の言葉を述べ終わると大門が重たい音を立てながら開かれる。
ララが先頭になって歩き始めると、半数づつ分かれて整列していた騎士団が一斉に、中央に向かい合うように回れ右、回れ左と向きを変える。中央に空けられた通り道を、旗を掲げた兵士の間を進む。
人垣の隙間からチラリとペールの姿が見え、直ぐに隠れてしまった。今日は朝から時間を取れないだろうと思って、昨日の内にペールにお礼を言っておいた。里見が異世界に召喚されてから一番お世話になったのは間違いなく彼だと思ったので、感謝の気持ちを伝えておきたかったのだ。例えペールの方は仕事の一環であったとしても、彼のおかげで全く知らない地へやってきた不安を和らげることができたのだから。ペールは何か言いたそうにしていたが、「大女神様からいただいた新たな命を大事にしてください」と言っただけだった。
勇者ララ、魔法使いアナベル、治療師サトミ。少年少女の旅立ちに大女神の祝福がありますように。
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