第5話 魔法使いアナベル
鏡の前で矯めつ眇めつしていたら迎えがきて、連れていかれたのは城の外縁部に近いエリアだった。里見がどこへ行くのか尋ねてみると、カジャス様のお部屋です、という返答が。
部屋には先にペールが着いており、老魔法使いのカジャスと笹木はまだだった。カジャスの部屋はいかにも魔法使いの研究室といった感じである。棚には瓶に詰められた薬草、大きな机の上には走り書きの紙片が散らばって、保健室にある人体模型のようなものと考えればいいのか怪しげなマネキンに似た人形が壁際に。2人で適当に雑談をしながら待つ。
「ここに来る途中で柱時計があったんですけど、時計というか、時間の数え方ってどうなっているんですか?」
「1日が24時間、真夜中に日付が変わり、そこから数えて12時間が上りの時間、次の12時間が下りの時間と呼ばれます。クイナ君のところでは“ゴゼン”と“ゴゴ”と言うんですよね」
「なんで知って…。もしかして、『偶然この世界に流れてきた人』が?」
「はい当たりです。250…いえ、約280年前のことでしたかね。その方は時計職人だったのです。この世界の時間の概念に革命を起こしたと伝わっていますよ」
他にも外洋を渡れる大型船、メスや注射器といった医療器具、製紙技術、料理などなど。最近では自転車が伝わってきたと。まるで、製鉄と稲作を大陸から伝えた渡来人や長崎の出島で貿易をしたオランダ人のようである。
そうこうしている内にカジャスと笹木、それに初めて見る金髪の少女が到着した。ゴシックな雰囲気の黒い生地に金の飾りボタンが目立つワンピース、上にはローブ――これまた有名な魔法ファンタジーに出てくる、生徒が制服の上から着用している裾の長いコートのような服――を羽織っている。そのローブの首元の留め具が2センチはありそうな青い宝石を銀の土台で包んでいるデザインで、とても凝っている。見たところ年は笹木や里見と同世代で、腰まである長い金髪と日に焼けていない真っ白な肌、ネオンブルーの瞳。かなりの美少女であった。
里見が誰だろうか、と思っているとカジャスが少女のことを自分の孫のアナベルだと紹介をする。
「勇者の旅のお供につけさせてもらえまいかと思いましての。まだまだヒヨっこじゃが、風属性の魔法に関しましてはなかなかのモノを持っておりましてな。きっとお役に立ちますぞ」
「お祖父様ってば! もう、ヒヨっこは余計です!
コホン、はじめましてララ様とそのお友達のクイナ殿。私は王室付き魔術機関『パスパルトゥ』の名誉理事カジャス・ベルマーの孫アナベルです。
勇者様は異世界から喚ばれて、こちらの常識に不慣れでしょう? 些細なことでも直ぐにフォローに入れるよう、年も近い方がいいと思うのだわ」
つまり、『勇者パーティーは魔法使いを仲間にした』ってこと?
ジジバカ入りの評価かもしれないが、優秀な魔法使いが仲間に入るのは心強いことだ。笹木はアナベルにさっそく話しかけている。やっぱり女子同士だと打ち解けるのが早いのだな、と2人を見ていた里見だが、ふと疑問が思い浮かぶ。
そういえば、何人で旅をする予定なのだろう? それに俺って含まれてるの?
里見にとって生き物を殺した経験は、最大でヘビまでである。釣りで魚をどうこうしたときは、それなりに大きなサイズのものでも『殺した』という意識は薄かった。競争心、勝利への欲といった感情は持っているとはっきり言い切れるが、果たして自分は戦闘ができる人間なのか。
「それではカジャス様。そろそろ…」
ペールが次へ移るよう促す。
「そうじゃな。勇者様、こちらへ立ってもらえますかの。
この魔方陣は個々の持っておる適性を測れるものですじゃ。例えば、火の属性への適性が高ければ赤色に、水の属性ならば青色に光を発するのじゃ。ちなみに、先に言うておきますと、属性を持っておることと属性魔法を使えるようになることはイコールではないのです。あくまで、魔法は修練を積み重ねて使えるようになる神秘の力なゆえな。もちろん、そもそも適性を持っておらんとお話にもなりませんが。適性は両親から受け継ぐ場合、親しんでいるものからの影響、過去の大きな経験が魂に影響を及ぼしたなど様々な…」
「お祖父様! 早く測りましょう! ねっ」
老魔法使いは話し出したら止まらないタイプだった。
マンホールより少し大きいくらいの直径の、白線で描かれた魔方陣の真ん中に笹木が立つ。「それでは始めますぞ…」とカジャスが手をかざすと、ボウっと陣が光出す。すると、笹木の身体から細かな泡のような光の粒子が発生し、全身を隠す勢いで立ち登ってきた。
まるでガラスの筒があるかのよう。陣を境に空気の密度が高くなっているようで、後ろの景色が屈折していることに里見は気付いた。
光の粒子はさながら万華鏡のごとく、赤、青、緑、蒼みがかかった銀、オレンジ色、黄色、黒の7色に輝いている。いや、さらにもう一色。右手の『勇者の証』が黄金の光を放っている。
初めて目にする魔法は、とても、とても美しかった。
興奮冷めやらぬ中、少女2人はきゃあきゃあと騒ぎながら感想を全力でぶつけあっていた。
「凄い光の強さだったのだわ! しかも、全属性を備えているなんて!」
「なんかもう、ヤバかったーー! 熱がぶわーって全身を駆け巡っていったんだけど!」
「それが魔力なのよ! 体内の魔力を活性化させるイメージって一人ひとり違うのだけれど、それが勇者様の持つ魔力のイメージなのよ!」
「そうなんだー‼︎
あっ、ねえねえ。勇者様なんて堅苦しい呼び方じゃなくって蘭羅って呼んで。呼んで!」
「い、いいのかしら? ありがとうなのだわ!」
大騒ぎする気持ちもよくわかる。そのくらい幻想的なワンシーンだった。
「いやはや。良いものを見せてもらいましたわい。勇者様は全属性への適性がございます。全属性持ちは国中に数人しかおりません。選ばれし者の証明じゃな。剣士、魔法使い、補助役どのポジションでも力を発揮できるでしょう。
ところで、勇者様の希望のポジションは何ですかいの? 伺っておりませなんだ」
「えーと、まだ考え中で。魔法使いとかいいかなーって思ってたんですけど、アナベルとかぶっちゃうなって」
「確かに、前衛のいないパーティーは問題なのだわ」
ここでチラリとアナベルが里見の方へ視線を向ける。明らかに期待がこもった視線だった。
「ねえ、そういえば彼の適性はどうなのかしら?」
「そうだね、クイナ君。君の適性も調べてみよう。自分のことを知っておくのは、きっと何かの役に立つと思うよ」
全員の目が里見に向けられる。
何かの役に立つ、何だってそう信じて努力をし続けるものなのかもしれなかった。今は、未知の世界に挑戦する勇気を持って踏み出すとき。
先程の笹木と同じ場所に立つ。
「いきますぞ」
カジャスが再度、同じように手を動かす。
里見の場合、笹木のときより反応しだすのが遅かった。ゆっくり出てきた光の粒子は里見の身体を取り巻くように発生する。色は青と蒼みがかかった銀が一番割合が多く、次いで橙色と黄色の4色だった。量も笹木より少なかった。
魔力のイメージは人それぞれといったが、里見の場合は手足の先にまで行き届いた神経、背筋の力の入り具合、身体の軸の角度など、全身が意識の制御下に置けている感覚だった。さらに、感覚が拡がっている、とでも言ったらいいのか。身体の周りの光の粒子を操れる気がしている。試しに右手の掌にバレーボールくらいの大きさに粒子を集めて丸めるイメージを作ると、思ったように球体ができあがった。次は光の球体を半分に分けてみる。リング型、8の字などに変化させてみる。
これが魔力操作なら思ったより簡単だな。
そう思った里見が周りの反応を伺ってみると、皆一様にポカンとした顔をしていた。
「こ、これは… …! あなた魔力に触れるの、はじ、初めてなのよね?」
「もちろん」
アナベルが信じられない、という心の声を隠すことなく表情に載せて尋ねる。
カジャスが先程とは、いや、召喚の儀式のときに里見が勇者ではないとわかったときからずっと向けてきた無関心、どうでもよさ気な態度を翻してがっしり両手で里見の手を握ってくる。ちなみに、里見からはまだブクブク光の粒子が出ている最中だ。大丈夫なのか。
「お主は磨けば光る原石じゃ! 魔力量こそ勇者様に及ばぬが、センスがある。
現在お主の適性は水と風が一番高い。続いて土と光じゃ。…うーむ、あまり水と風の組み合わせの強い者は戦いには向いておらんのじゃが」
「戦いに向いていないって、じゃあ、前衛はどうするの? ていうか、旅自体、足手まといなんじゃ?」
笹木が欠点を指摘する。逆に里見はこれを機に、魔王討伐の旅不参加を訴えたいと思った。
戦闘向きじゃないなら仕方がないよね。この勢いで、カジャス老に弟子入りするとかどうでしょうか?
「前衛の戦闘員が向かないなら、治療師はどうですか? 確か、治療師に必要な適性は水と土と光。優秀な治療者の中には水属性が強い方が多いと聞いています」
ペールさん…。そんな名案思い付かなくていいです。アナベルも「それだ‼︎」みたいな顔をしないで。
どうやっても戦いの旅には出なきゃダメなのね。
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