第3話 大女神と虹の女神たち

 この世界には最初、神様は大女神一柱だけであった。大女神は様々な命を創造し、この世の理を乱すモノを処断することで世界が豊かになるよう愛育する庭師であった。

 有為転変、やがて世界は巨大になり大女神ひとりでは目が行き届かないことも出てきた。そこで大女神は、己の権能を分け与えた娘たちを生み出した。大女神から分離した娘たちは七柱。その数になぞらえて虹の女神たちと呼ばれる。

 一つ、赤の女神が司るは、火。競争と裁き。車輪を象徴とする。

 一つ、青の女神が司るは、水。美と愛。筆、墨つぼ、羊皮紙――筆記具を象徴とする。

 一つ、緑の女神が司るは、木。農耕と工作。槌と如雨露じょうろを象徴とする。

 一つ、蒼銀の女神が司るは風。自由と芸術。竪琴を象徴とする。

 一つ、橙の女神が司るは土。家庭と成長。針と糸、かまどを象徴とする。

 一つ、黄の女神が司るは光。知と時間と富。天秤を象徴とする。

 一つ、黒の女神が司るは闇。精神と空間。鏡を象徴とする。

 世界は大女神と虹の女神たちが弛まずそれぞれの職分に勤めていることよって、滞りなく輪転しているのである。


「世界各地で文明に合わせて少しずつ形が変わっていますが、以上が我々の信じているこの世の成り立ち、創世記とでも言いましょうか。あくまでも『この世界』の、という注釈が付きますが。きっとこの世界でも、お二人のお生まれになった世界でもない、別の世界ではまた違う神が信奉されているんでしょう。

 それで、先程ララ殿がおっしゃったように、お二人は元の世界では亡くなっています。生を終えた魂が消えてゆく寸前、大女神様が我々の行った時空間転移魔法『勇者召喚の儀式』を聞き届けくださった結果、お二人は大女神様に新しい命を与えられこの世界に渡ってきたのです。容姿が変化したのも新しい命、新しい身体になったためです」

「はっきりわかってるもんなんですね。転生とか異世界の存在とか。俺の常識だと、そういう分野は想像の域を出ない、多くの人が『ない』と思ってることなんですけど」


 魔法のあるなしの違いだろうか。


「じつは異世界からやってきた方たちは他にもいるんですよ。今回のように時空間転移魔法を使って呼び寄せられたわけではなく、偶然にもこの世界に流れ着いた人間や物が。そういった異世界から渡来してきたものに対する姿勢は国、地域によって様々です。

 ちなみに、我が国では人間その他の生物の場合、1年間は国からの保護を受けられるようになっています。漂流者たちの体験談の聞き取りや調査を行った末の結論です」

「それ大事なことじゃん‼︎」


 ちょっと希望を持てるようになった。魔王征伐の旅に出る以外の選択肢が見えてきたことに里見の気持ちは少し浮上した。つられて肘掛けに突っ伏していた姿勢も起き上がる。

 真っ白な空間とか神様と対面して異世界に送り込まれるとか、そういえば姉ちゃんの小説でそういう展開よくあったわ。

 自分の扱いが限りなく『笹木蘭羅のおまけ』であったことに大ダメージを受けた里見は、己一人が腰掛けていた3人掛けソファに思いっきり倒れ込んで悲嘆にくれていた。ペールが痛ましそうな目で里見を見た後、そっと視線を逸らして次の話題に切り替えてくれたので、有り難く自分自身を慰めることにしたのである。


「はーい。わたしもいいですかー? 魔王ってどんなヤツなんですか?」


 笹木が一際明るい声で質問する。一向に落ち込むことがないこの女子はどんなメンタルをしているのか、里見は笹木のことが珍獣に思えてきた。


「魔王についてですね。一緒に魔族と魔物についても説明しましょう。先程の創世記にあった、大女神の目が世界の隅々まで行き届かなかった時代にこれらの生き物は誕生したと言われています。考古学者の研究によると、北大陸と南大陸が別れたとき、その裂け目から出現したという説がありますね」

「それってどれくらい昔なんですか?」

「大陸の地殻変動が起きたのは2000年から3000年前です。まあ、大昔に人間より後から現れた新しい種族です。

 魔物というのは大半が凶暴な性格、知能は普通の動物程度、一部の比較的大人しい種類の魔物なら調教すれば飼うことも出来ます。

 魔族は魔物より厄介です。人間並みの知能を持ち、独自の人と似たコミュニティを築いているものたちもいます。『魔王』というのはこれら魔の種をまとめ上げ、魔の種全体の頂点に君臨するものの称号です。歴代の魔王はほぼ魔族から出てきていますね。

 それと、これは魔物と魔族に共通することなんですけど、保有する魔力が他の種族に比べて多大なんです。種族的に見て魔の種に魔力の保有力で勝るのはエルフぐらいです」

「「エルフ⁉︎」」


 2人の驚きの声が重なる。思わずお互いに視線を向けあう。

 エルフ。極めてファンタジーっぽい言葉が出てきたことに2人とも反応する。笹木も里見もエルフと言われて想像するのは、世界的に有名な魔法の指輪が出てくるあの物語に登場する見た目は仙姿玉質せんしぎょくしつ、弓を使って戦うキャラクター像である。


「エルフがいるんですか⁉︎ じゃあっ、ドワーフとかピクシーとか、あっ、ユニコーンとかもいるの⁉︎」

「はい、いますよ。獣人や竜人、鳥人などもいて、彼らは亜人という括りに分けられています。先程の『飼える魔物』の代表的な生き物にカーバンクルがいるんですが、ご存知ですか?」

「俺知っているかも。確か、額に宝石が付いてる、モフモフの」

「ええ、それです。宝石には魔除けの力があり、ペットとして人気が高いんです」


 生態系はほぼ笹木と里見が想像し得るファンタジーな世界を再現しているようだ。

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