異世界転生、勇者召喚
第2話 異世界召喚
トラックが突っ込んできたと思って、気が付いたら異世界にトリップしてました。そんなバカな。
大学生の姉が大好きなネット発祥の小説みたいな話が目の前で展開している。王様っぽい人、魔法使いっぽい人、騎士っぽい人、大臣っぽい人、貴族っぽい人、その他数名。まさしく異世界召喚のシーンだ。
でも、なんだかザワザワしてないか?
石造りの柱が等間隔に並ぶ、テニスコート一面分ぐらいの広さと天井の高さがある空間に漂う空気が段々怪しくなってくる。前面に居並ぶ人々は誰からこの空気の中喋り始めるのか目配せし合う。一通り視線が巡りあったのだろう。例の大臣っぽい人がコホンと咳払いをし、話し始める。
「よくぞ我々の召喚に応じて下さいました。世界を支えたもう大女神様と虹の女神様たち、誠に感謝しております。
ところで、…その、いったい、勇者様はどちらでございますか?」
今しがた王室付き魔術機関によって行われた、異世界から『勇者』になれる素質を持った者を1年かけて見つけ出し、その者をこちら側へ呼び寄せる時空間転移魔法。時間を司る黄の女神と空間を司る黒の女神、そして生命の誕生を管理する大女神に請願し、数々の供物を捧げることで成功したこの儀式に1つ問題が起きた。成功したのに、問題とは。
床に描かれたサークルの中に2人の人間が現れたのである。
儀式に込められた魔力が反応し終わり目を焼くような強い光が収まると、共通する意匠の制服を着た男子生徒と女子生徒が呆けた顔で突っ立っていた。
「真に勇者であるならば、どこか見える場所に『証』があるはずじゃ。カジャス老、確かめてみよ」
威風堂々とした王様っぽい人に指名された魔法使いっぽい人が2人に近づいてゆき、頭の先からつま先までじっくり観察する。
「ゆっくり回ってみてくだされ」
老魔法使いに言われるがまま、一周する。回って正面に戻ると、老魔法使いは笹木の方を熱い視線で見ている。これはもしや、と里見は姉から教えられた知識の中にあった嫌なパターンが起きる予感を感じ取ってしまった。
「畏れ多くも陛下、こちらの女性の右手に『勇者の証』がありまする。我々が異世界よりお呼び致します勇者様はこの方でございます。ささっ、勇者様どうぞ前へ。…ところで、失礼ですが勇者様のお名前を賜りたく」
「はいっ! ? たまわるって? 貰えるの?」
場の空気に流されるままだっただったのに、いきなり主役扱いをされて絶賛混乱中の笹木はおバカな勘違いを披露する。それを見て、つい教室で急に教師に当てられた友達を助けるのと同じ感覚で割って入ってしまった里見も、常識外れな事態に自覚が薄くても大分混乱していたのだろう。笹木と里見は別に同じクラスになったこともなければ、友人同士でもなかったのだが。
「名前を教えてくれって言ってるんだよ」
「ああっ、名前ね! 笹木蘭羅」
「ササ、キ、ララ…様?」
「あの。ササキが姓、親から受け継ぐ家の名で、ララが彼女個人の名前です。
それで、お、私の名前は…」
「なるほど! こちらとは姓名の順番が逆なようですな。こちら風に言えば、ララ・ササキ様ですな。
それでは仕切り直しまして、ウホン、こちらにおわすお方は我が国の第8代国王陛下であらせられまする」
老魔法使いは里見の自己紹介を遮ると、笹木に対して王様へ姿勢を正し、少し前へ出るよう促す。
王様は70過ぎくらいの年齢。老人という年齢から想像するような、脆弱さやノロノロした印象は感じられない。頭髪も若干薄いという程度。胸を張って姿勢を正している姿には覇気に満ちている。カジャスという老魔法使いが、いかにも老人らしい爺さん――髭も眉毛も長く伸びて滝のようになっており、手は辛うじて暖かみが感じられるが枯れ木のよう。腰は重たい物を持ち上げるときのように曲がったまま――なので対照的であった。
「ふむ。我はクローセン王国第8代国王ロベルト・L・サリヴァンである。
そなたを呼んだのは他でもない。魔王を滅ぼし、人々の住む世界に迫る脅威を討ち払うためなのじゃ。どうか、其方に宿る女神の加護をもって我らを魔王の軍勢から救ってくだされ」
マジでか。どこの馬の骨ともわからない人間に、そんな大それたことが出来るとでも思っているのか。姉が読むフィクションの中ならともかく。
表情に出さないように気を付けて、どんどん進んでいくゲームのような展開に内心ドン引きしている里見。こんな理不尽な要求を呑むわけがないじゃないか、と一緒に日本から連れてこられた女子を横目で見てみた。
笹木蘭羅は青い瞳に決意のような、使命感のようなものをみなぎらせていた。
※
所変わって大窓から日の光が燦々と差し込む応接セットが置かれた部屋。
王様が魔王だ、人族の危機だ、と一通り述べた後、この部屋へ移動したのだ。最初の儀式が行われた部屋――正しくは、体育館や武道館のような、あの広い部屋と控えの間だけで成り立つ小さな建物だった――は石造りの頑丈さを重視してつくられた印象だった。そこから外へ案内されると、首を限界まで傾けないと天辺まで見えないような、巨大で勇ましさと美しさが見事に調和した城が現れた。
奥に背の高い尖塔が2つあり、彫刻を施した壁面や飾り窓などの装飾的なものが少ないにもかかわらず美意識がくすぐられる。質実剛健。この城に似合うのは、色とりどりのドレスが舞い踊る舞踏会ではなく、磨き上げられた鎧姿の人馬が整列する光景だろうと思った。
城内に入ると王様たちは別方向に案内され、この応接室みたいな部屋に着いた。太陽の方角に設置された大窓の向こう側には、緑が深い山々とその合間に走っている微かな細い道。手付かずの素朴な自然な景色、という印象を受ける。家具もシンプルなデザインで落ち着いた雰囲気の室内である。だが、暖炉に使われている大きな一枚岩の天板や手触りが凄くいいソファの布地を考えると、この部屋実はとても高価なものだらけなのだろう。流石、王様のお城。
今メイドさんに注いでもらっている紅茶からもとてもいい香りがしている。向かいの席に座る丸眼鏡を掛けた男性に勧められたので、細かい線で絵付けされた花柄のカップをそっと持ち上げて一口飲む。里見としては一般家庭レベルの躾しか身に付けてはいないつもりなので、何かマナー違反があっても多目に見てほしい。
ちなみに、笹木はメイドさんが紅茶を注ぎ終える前にお茶請けのクッキーをパクパク摘んでいた。
丸眼鏡の男性はペールと名乗った。執政官、簡単に言うと行政を司る部署の一員であり、大臣の部下の中で中間くらいの地位いる人物らしい。こちらは学校名を告げても伝わらなかったらしょうがないので、名前を名乗るだけの自己紹介をした。
「さっそくだけど、これから君たちが何をすればいいのか説明しよう。まずは、何の予備知識のないままというのは困るだろう? ある程度戦い方を身に付けるまでこの城で修練を積んでもらう。と、同時進行で読み書き、地理、国の歴史、野外での身の回りの整え方、その他諸々を勉強してもらう」
ペールが、ここまではいいかな、と確認するように説明を区切る。
その隙に里見は素早く手を挙げて発言を求める態勢に入る。勇者が笹木だけだとわかったときから言いたかったことがあるのだ。
「どうぞクイナ殿」
「お願いです、元の世界に帰してください。喚ばれたのは彼女だけで、俺はそれに巻き込まれてしまったわけなんでしょ? そちらは俺のこと必要じゃない、俺も日本ですることがある。じゃあ、帰ってもいいですよね」
かなりきっぱり述べた里見に、ペールの表情が固まる。咄嗟に言い返せなかったペールに代わり、次に口を開いたのは入り口から見て一番奥の、いわゆる上座に座る少女だった。
「信じらんない。世界を守る戦いに選ばれたんだよ? こんなチャンス絶対二度とないってのに。大体、この世界の人たち、放って置いたら魔王にやられちゃうんでしょ? それ聞いてかわいそうに思わないの? れーけつー」
己の欲望――今までのつまらない日常からの脱却。新しい自分に生まれ変わって有名になりたい。有名になってチヤホヤされたい――を無自覚にさらけ出し、相手の事情をよく知りもしないのに非難する。傲慢とも、人として未熟とも言える発言だった。
「何も知らないくせに」
「はあ? そっちこそ、その『すること』ってんのがそんなに偉いわけ。
大体、あんた女神様の話聞いてなかったの? わたしたちもう向こうじゃあ死んでて、こっちへ来たとき生まれ変わり?ってことになってんのよ」
「… … … …え? 女神様?」
真っ白な空間に外国人女優みたいな美女がいて、という笹木の話とペールにこの世界を成り立たせている大女神様の存在を教えてもらって、里見は自分だけプロローグをすっぽかされたことを知った。
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