5 脱出
「まずいな」モーツァルトが結構冷静な声でつぶやく。
たしかに。山ひとつ上にのっかれば、たとえベルゼバブでも身動きすらできまい。とんだ孫悟空だ。
「脱出路は?」ヨリトモは問う。
「もともとここは人が入る要塞だ。カーニヴァル・エンジン用の通路は少ない。もときた道をいそいでもどろう。下手に迷うよりはいい」
と、モーツァルトの意見。
「しかし敵に出会うリスクは高いぞ。リニア・チューブがある地下坑道ってのは使えないのか?」
「だめだ」
モーツァルトは毅然と首を横にふる。
「カーニヴァル・エンジンはエネルギー反応が高い。ベルゼバブがあの坑道を使えば、秘密裏に脱出したみんなの位置が敵に知れるかもしれない。それだけは許可できない」
画面の中で要塞が外側からつぎつぎと崩壊してゆく。
「しかしこのままじゃあ間に合わないぞ。とてもじゃないが、上から外に出ている余裕はない。なんとか他の脱出……、わっ」
ヨリトモはベルゼバブを回れ右させた拍子に、床を踏み抜いた。ずるっという下降とともに機体が一階層落下し、広い空間にでる。
「くそっ、落ちちまった。これから上に行かなきゃならないってのに」
尻餅をついたベルゼバブを立ち上がらせ、周囲を見回す。
「どこだろう?」モーツァルトが首をひねる。
「弾薬庫だよ」膝の上のルルがこたえる。「格納庫のひとつ上にある、あの幽霊が出るって噂の」
「ああ、あそこか。そうだ、この話は知ってるか? 実はあの幽霊なんだが……」
「ちょっとまった!」ヨリトモは鋭くモーツァルトの脱線をさえぎる。「格納庫って、あの簡易ハンガーがある格納庫か?」
「あたりまえだ」モーツァルトは口をとがらせた。「わが惑星ナヴァロンには、自慢じゃないがカーニヴァル・エンジンはただの1機もない。そのカーニヴァル・エンジン用の簡易ハンガーがある格納庫なんてものがそうそういくつもあってたまるか」
「とすると、このひとつ下は格納庫で、そこには……」
「そうだっ!」ルルが手を叩く。「マスドライバーがある!」
「いやだめだ。マスドライバーの電源は……」モーツァルトは首をふりかけて、ちょっと考えた。「む。まてよ。電源はすでに切れているが、マスドライバーは一度電位をメガ・コンデンサーに溜めて放出する形式だから、電源がなくても一発は撃てるはずだ。おいっ、オガサワラ、急げ!」
ヨリトモはモーツァルトの指示で奥の壁にちかい床をぶちやぶり、そこから一階層したにある格納庫に進入した。画面の中の要塞はすでに半分ちかくが崩壊している。格納庫の床も小刻みに震えていて歩きづらい。ずどどどどどどどー、と雪崩が空から降ってくるような音が響いている。
「このボタンか?」
マスドライバーの気密扉にとりつき、側面にあるカーニヴァル・エンジン用の操作パネルにベルゼバブの指をはわせる。
「そうだ」
モーツァルトの返答とほぼ同時に緑のボタンを叩くように押す。
コントロールランプが点り、ベルゼバブは扉の内側に飛び込んだ。バックモニターの隅に格納庫の壁沿いに仕掛けられた爆雷が爆発するのがちらっと映っていた。気密扉を閉鎖し、発生した力場に頭から突っ込む。ピッチング・マシーンに叩き込まれた野球ボールみたいに、ベルゼバブの機体が打ち出された。
発射管内を超音速加速するベルゼバブ。
ルックダウナーが映す足元の映像で、マスドライバー基部が格納庫の崩壊に巻き込まれ爆炎と土煙が追ってくるのが見える。ヨリトモの膝の上で下をちらっとのぞいたルルが、怯えて首をすくめる。モーツァルトは厳しい目で行く手を見ている。
「外の光が見えない。射出口が塞がっている可能性が高いぞ」
狙撃姫の警告にヨリトモはうなずく。ちらっと左のコンソールを見ると、小型画面の中に搭乗口で一人あぐらをかいてアクビしているケメコが映っている。いい気なもんだと舌うちする。
止まるわけにはいかない。要塞の崩壊が追ってきている。出口が塞がっているとして、外まで何メートルある? ヨリトモはナヴァロン・ナックルのゲージを確認する。一発しか撃てない。ナヴァロン・ナツクルの『マグナム・モード』でブラックホールを撃ち出して穴を穿つとして、その射程約20メートル。射出口を塞いだ岩盤が20メートル以下ならいいが、それ以上あるとすると……。
「ビュート!」
「推定45メートルです」
ヨリトモは射出口を塞ぐ岩盤を睨む。左アームをつきだし、操縦桿のトリガーに指をかける。頭のうしろで「むふふふん」とモーツァルトが満足げな鼻息を吐く。ナヴァロン・ナックルが役に立ってうれしいのだ。
ヨリトモは音速で迫る岩盤に拳が突き刺さる瞬間トリガーを引いた。
暗黒の弾丸が発射されて岩の壁に穴を穿つ。その距離20メートル弱。
すかさず操縦桿を引いてベルゼバブにコブラ機動を強い、右脚を突き出させる。しかし、残り25メートル分の岩盤を蹴破るには勢いが足らない。
くそっ!と思った瞬間、神経接続させていたベルクートを思わず変形させていた。
それぞれ2つずつあるメインスラスターとサブスラスターが4つのパーツに分かれ、支持アームで展開してX字に開く。4つのアームが4つのスラスターを上に向ける。これなら足元方向へ加速できる。
「エックス・モードです」
ビュートの報告とともにヨリトモはシフトを『滅』に叩き込み、ペダルを床まで踏み抜いた。
青い炎に包まれたベルゼバブの機体が暗闇を照らし、岩盤を突き破って惑星ナヴァロンの青い空に飛び出した。
慣れないエック・スモードと無茶な足元方向への加速から、ヨリトモは一度ベルゼバブを空中で失速させたが、すぐに反重力バーニアで姿勢を立てなおし、スポイラーを展開する。モードを通常にもどし、フラップを最大まで開いてゆっくり上空を滑空する。
後方を振り返ると、大噴火を起こした火山のように土煙をあげるズブロフ山脈があり、要塞セスカのあった場所はぽっかり欠落してカルデラ式の噴火口ように大きな穴があいていた。もうもうと立ち上る黒煙と灰が、噴火なのか山火事なのか区別がつかない規模で空を覆っている。あれに巻き込まれたら、どうなっていたことかと恐ろしくなるような大災害が起こっている。
惑星ナヴァロンの大地に、地獄の入口が開いていた。
周囲にはいくつもの敵の反応がある。そのほとんどが崩壊して大地の底に落ち込んだ要塞セスカの内部からのもので、それらは微動だにしない。
巨大な岩盤に下敷きにされて身動きがとれないのだ。上空と地上に点在する敵の反応もじわじわと撤退を開始しており、作戦の終了時刻が近いことを教えている。
ただし、岩盤にはさまれた敵機はもうずっとあのままだろう。かわいそうに。撃墜されたわけでもないのに、まったく身動きとれないようでは、機体削除およびプラグキャラ削除は免れまい。
「あーあ、楽しかった作戦も、これで終了だな」モーツァルトが残念そうにつぶやいた。「ありがとうオガサワラ。お前のおかげで、勝つことができた。そして楽しい、思い出に残る戦闘だった」
「いや、そんな」ヨリトモは照れて頭をかく。
「オガサワラ、またなんかあったらモーツァルトを助けにきてね」
膝の上でルルが楽しそうにヨリトモを見上げて、敬礼する。
「ああ、もちろんだ。いつでも呼んでくれ」
インカムがピリピリと鳴って、出てみるとケメコだった。気密ハッチの内側の操作パネルからかけているらしい。
「おい、ヨリトモ。まだ外に出られないのか? いいかげんにしろ。退屈でしかたない」
「なにいってんだよ、ケメコさん」ヨリトモは呆れて口をとがらせた。「もとはといえば、あんたのせいで大変な脱出だったんだからな」
ははははは、とモーツァルトが笑う。
「まさに間一髪だったな」
「本人気づいてますよ」
肩をすくめたヨリトモが、ビュートより先に言う。
「いつもおれは、間一髪なんです」
人形館のカーニヴァル・エンジンが完全に撤退し、十四番艦が惑星ナヴァロンの衛星軌道から離脱するのと入れ違いに、キャピタル・ガードが派遣した救援部隊が到着した。
絢爛豪華な装飾が施された宇宙旅客船とそれを護衛する3隻の戦艦が静止軌道に乗り、モーツァルトたちナヴァロンの人びとを輸送するための着陸艇が降下してきた。
地底基地から出てきたナヴァロンの人びとが荒野に整列し、ワルツ司令の指揮のもと整然と着陸艇へと乗り込んでゆく。あの中にモーツァルトもいるのだろうか?
ヨリトモは、三重の気密ハッチを開放し、関節ロックをかけたベルゼバブの搭乗口から、着陸艇に乗り込む人びとを眺めている。すぐそばにアリシアとケメコもいる。
すでにやることのないヨリトモたちは、すこし離れた位置にベルゼバブを片膝ついた姿勢で駐機させ、じわじわと気温を上昇させているナヴァロンの砂漠を渡る乾いた風に髪をなでられながら、ぼうっとしていた。
隣でアリシアが、ノート型端末を操作して、にこにこしながらキャピタル・ガードからの入金を確認しており、経費の請求書を軽快に作成している。
腹部の手前に固定されたベルゼバブの手のひらにのったケメコは、足をぶらぶらさせてナヴァロン人の脱出を眺めていた。
さっきモーツァルトと別れる間際まで、要塞脱出の際にヨリトモが使った蹴り技を『ベルゼバブ・キック』にするか『ベルゼバブ超特急』にするか本気で揉めていたが、いまはちょっと寂しそうだった。
ナヴァロンの人びとがすべて着陸艇に乗り込み、離陸準備が整ったところで、護衛についていたキャピタル・ガード派遣のカーニヴァル・エンジン部隊3機のうち、1機がヨリトモたちの方へ近づいてきた。
ブルーのサイクロプス。
肩に巨大な剣アースブレイカー担いでいる。以前ヨリトモがまだ人形館に属していたころ宇宙要塞攻略で対戦したラプンツェルだ。彼がベルゼバブに気づいて近づいてきたらしい。ただし通信はよこさず、アースブレイカーを矛伏せに持ち替えて敬礼するのみで、くるりと背を向けて去ってゆく。
そういえば、あのとき、こう言われたな、とヨリトモは記憶をたぐる。
『案外おまえみたいな奴が、こっち側に来たりするもんなんだぜ』
ちがいない。ヨリトモは小さく肩をすくめた。
やがて準備の整った着陸艇が3機のカーニヴァル・エンジンに守られて、ゆっくりと上昇してゆく。
「また会えるわよ」アリシアがケメコの背中に励ますような声をかける。
「なあ、アリシア」ケメコはにやりと悪魔的な笑顔で振り返った。「テロートマトンのバッテリーって、だいたい三ヶ月くらいで切れるよな?」
「ええ、そうね」アリシアは怪訝な顔で肯定する。
「いいか、よく聞けよ」
ケメコは口元を歪めて笑う。悪巧みをするときの顔だ。
「いまから三ヵ月後、要塞セスカがもとあった場所を掘り起こす。そこには操縦者のバッテリーが切れてまったく動かないが、土に埋もれただけでほとんど無傷のカーニヴァル・エンジンが250機埋まっている。あたしたちは何の苦労もなく、その250機のカーニヴァル・エンジンを手に入れられるというわけだ。どうだ、この作戦? おい、いいか、アリシア。それまでにその300機を収容できるだけの母艦を、絶対に手に入れとけよ」
ヨリトモはあんぐりと口をあけてケメコを見、そしてアリシアを振り返った。
さすがのアリシアもぽかんと呆れ顔でケメコを力なく指さしている。
「あ、あんた、それ……。そこまで計算してあの作戦立ててたの?」
「あったりまえだ。つーか、そもそもそれが狙いだよ」
ケメコは鼻息あらくまくしたてた。
「いいか、これから『アリシア反乱軍』はどんどん大きくなるからな。業務拡大だよ。そしたらアリシアは社長で、あたしは重役。ヨリトモはそうだな秘書くらいにはしてやるか。でっかい母艦を1隻手に入れて、300機のカーニヴァル・エンジンを従えた、ちょっとした勢力になるからな。よーし、なんか、オラ、わくわくしてきたぞー」
ケメコはベルゼバブの手の上で立ち上がり、ナヴァロンの青空に拳を突き上げた。
アリシアが急に笑い出し、ヨリトモもつられて笑う。
機密ハッチのミニ画面から、ビュートがたったひとこと。
「ミッション・コンプリート!」
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