4 さっきの無しっ!
「オガサワラ、こちらはだいたい準備が整った」最後に要塞に残っているモーツァルトからの通信だ。「すべての砲塔がいまやあたしの組んだアルゴリズムによる自動射撃に切り替わっている。結構それっぽく射撃してるだろう? あれは実はだな……」
長くなりそうな雰囲気を察知してヨリトモが口をはさむ。
「そちらの撤退はいつだ? おれに対する指示は?」
「ああ、左のナヴァロン砲の破壊だ。いまは遠隔手動であたしが撃っているんだが、リフトがこの階に来たら、あたしはそれに乗るから……」
「……それを待って破壊して欲しい」
モーツァルトは手にしたコントローラーでナヴァロン砲に最後の砲撃をさせながら、中央司令室を見回す。こことももうお別れだ。忘れ物はないだろうか?
皿の上のカポーラは全部食べたし、鉄板の火は消した。対戦車ライフルはワルツが運び出してくれてるし、腰のホルスターのオートマチックは
ピン!という音を立てて非常用リフトのゴンドラがあがってきた。あとはもうあれに乗って地下坑道まで降り、最後のリニア・チューブで脱出するだけだ。
モーツァルトはもう一度中央司令室の壁を覆うモニターをざっと確認すると、マイクに向かって、「オガサワラ、ナヴァロン砲を破壊してくれ」と告げると、頭のティアラを床の上に放り出し、リフトに向かって走り出した。
ブルーのランプがともってリフトの扉がひらく。モーツァルトは中に飛び込もうとした。
「モーツァルトぉー」
泣き声をあげながら、リフトの中からルル・ルガーが飛び出してきた。
「は? え! ええっ? ルルっ?」モーツァルトは面食らって目を見開いた。「なにやってんのっ! どうして脱出してないのっ!」
「いや、わりいわりい」後ろからケメコが巨体をゆすりながら出てくる。「道に迷っちゃってさぁ。ルルに助けてもらったんだけど、ちょっとした手違いでさ、電車に乗り遅れちまってさ」
ははははは、とケメコは乾いた笑い声を立てる。
モーツァルトは血相を変えて踵をかえすと、放り出したマイクに飛びついた。
「オガサワラ! さっきの無し無し!」
「無しってなにが無しだ?」ちょっと気まずそうなオガサワラの返答。
「だから、ナヴァロン砲の破壊は無しっ!」金切り声をあげるが、壁の画面のひとつがぐしゃりと潰れて爆発する左のナヴァロンの映像を映している。
「もう、やっちまったよ」
言われなくても見えている。
「あちゃー」モーツァルトは頭をかきむしった。「最後のリニア・チューブは一人乗りなんだ。ここにいま、逃げ遅れたルルとケメコがいて……」
「うん、それで?」
他人事みたいなオガサワラの反応。
モーツァルトは素早く頭を回転させた。
「おい、オガサワラ。おまえ、あたしたちを迎えに来い」
「………………」
ちょっと沈黙があった。
「おねがい、オガサワラぁ」ルルが甘えた声を出す。
「わりい、ヨリトモ。エレベーターより階段走った方が速いような気がしてさ。そういうことってあるじゃん」
やや間があって、オガサワラがぼそりとこたえた。
「自分の体型を考えろよ」
顔を真っ赤にしてなにか叫び返そうとするケメコの鼻の穴に、モーツァルトは二本指をぶちこんで黙らせた。
「だいじょうぶですよ」画面のひとつに顔を出したヘルプウィザードのビュートが、かわりに答えた。「ヨリトモさまは、こいうとき、必ず助けにいきます。本人気づいてないかもしれませんが、ヨリトモさまは、いつもそう。口で何言ってても、絶対助けにいきますから」
最後に聞こえたのは、マイクをくすぐるようなオガサワラのため息だった。
すでに重機搬入口の竪穴をとおって、人形館のカーニヴァル・エンジン部隊が大挙して要塞内に侵入を開始しているのがモニターで確認できる。こっそりと撤退に入っていたはずのベルゼバブは、彼らを追い越して中央司令室にいるモーツァルトたちのところに到達せねばならないことになる。
「オガサワラ、要塞の右ブロックに排煙口がある。あそこならサイズ的にぎりぎりカーニヴァル・エンジンが降りられるはずだ。そこを使って一気に地下まで降りて来い」
「了解。排煙口を確認した。すぐに突入する」
「でも、モーツァルトぉ。あの排煙口は地下15階の焼却炉までしか届いてないよね?」
ルルが言う。
「あ、そっか。そこから先は、……どう迂回すればいいんだ?」
モーツァルトは顎にを手をあてて考え込む。
「おい、モーツァルト」ヨリトモの声がスピーカーから響く。「排煙口はかなり狭いぞ。くそっ! スラスターのウイングをこすっちまった。ぎりぎりもいいところだ。途中で引っ掛かったら目も当てられない。……モーツァルト? あれ? なんか外部温度が急上昇してるが、これって、どこに繋がってるんだ?」
「あ、やべえ」モーツァルトは頭を掻いた。「焼却炉はまだ動いてるんだっけ?」
「モーツァルト、カメラ、カメラ」ルルがコンソールのボタンを押して、焼却炉内の映像を映す。
ごうごうと渦巻く炎の中に、ベルゼバブの漆黒の機体が放り出され、スラスター噴射で側面の壁にとりつくや否や、右脚のハイキックからミドル、ローと繰り出される神速の三連蹴りに、スラスター噴射をまじえた後ろ回し蹴りを繋げて焼却炉の壁をぶち破ったベルゼバブが外に転げ出す。
「おおっ!」と、モーツァルト、ケメコ、ルルの三人が感嘆の声をあげて拍手する。
「見世物じゃねえっ!」目を吊り上げたヨリトモが画面に出現して一喝する。「ちゃんと誘導しやがれ」
「まっすぐは無理だ」モーツァルトが指示をだす。「隔壁が多くて時間がかかる。左にいって体育館を突っ切れば、あそこは天井が高いからカーニヴァル・エンジンでも動きやすいはずだ」
指示をうけてヨリトモは左にいって体育館をつっきる。
「そこからは隔壁が多い。うーん、ちょっと待て」モーツァルトは眉間に皺を寄せて考える。「やっぱ一度外に出て、最初からやり直した方が……」
「ふざけるなっ!」
「なお、おい」ケメコが口を開いた。「あたしたちの方が、移動するってのは?」
モーツァルトとルルが、ぽんと手を打ってケメコを指さす。
「それだ!」
真っ直ぐ続く通路を、モーツァルト、ルル、ケメコの順で走る。
すでにカーニヴァル・エンジン部隊は要塞内に侵攻を開始しており、映像で確認した限りではクリーナーも投入されている模様だ。人型掃討兵器はサイズ的に小さいため、カーニヴァル・エンジンより侵攻が早い。いそがないと戦闘用テロートマトンともいうべきクリーナーに追いつかれてしまう。
非常階段を駆けのぼり、スチールドアを開けて上の階の廊下へ飛び出したとき、1機のクリーナーと唐突に出くわした。
金属の脚で立ち、複雑な油圧シリンダーとサーボモーターで可動するミニクレーンのようなアームをもった
ケメコがあっと思ったときには、モーツァルトが魔法のような早撃ちでクリーナーの首筋にある装甲の繋ぎ目に銃弾を撃ち込んでおり、起動ランプが消えた鋼鉄の殺戮機械は音もなく仰向けに倒れて激しい金属音を響かせていた。
ひゅーと口笛を吹くケメコを無視してモーツァルトは「こっちだ」と二人をうながす。
廊下を駆け抜け、自動扉を抜けると、そこは体育館だった。奥にベルゼバブの上半身が見える。
走りこんだ三人を取り囲むように、7機のクリーナーが天井から降下してきた。
ケメコがぎょっと立ち止まると、スパパパパン!と銃声が響いて、三人を取り囲んだ7機のクリーナーが一斉に倒れた。
モーツァルトが空になったマガジンをオートマチック拳銃から抜き、手品師のような手つきで新しいマガジンを装填する。すべての動作は、駆け抜けながらの速射とリロードだった。
「すごいすごい」ルルが手を叩く。「ケメコは運がいいよ。モーツァルトのペッパーホッパーはあたしでも初めて見るくらいなんだから!」
ものすごい射撃をしたあとなのに、彼女はいつもの自慢げな笑みは見せずに左右を見回すと、ルルとケメコに早く行けと顎でしゃくる。
さらにクリーナーはわらわらと湧いて出てきてケメコたちを追ってきたが、ベルゼバブがアームを伸ばしてそれらを一掃する。三人が近づくと、ヨリトモはベルゼバブの搭乗口をひらいた。
「オガサワラーっ!」
コックピットからシートを下ろして待っていたヨリトモに先頭のルルが抱きつき、そのまま膝の上に陣取ってしまう。ケメコを追い抜いたモーツァルトがヨリトモの腿を踏みつけると腕をのばして上へよじのぼり、ヨリトモの肩に足をかけて勝手にコックピットへあがってしまう。
「おい、ちょっとまて」ヨリトモが上をのぞき、そのあとでケメコをみる。
すでに閉じている気密ドアの内側でケメコは肩をすくめ、その場にあぐらをかく。
「あたしは、ここでいいよ」
ヨリトモが返答に窮していると、上から「はやく出せ」とモーツァルトが催促してくる。
ヨリトモは「ごめん、ケメコさん」と言うと、シートを上昇させ、膝の上のルルとともにコックピットにあがった。
「オガサワラ、はやく要塞から脱出しろ」
シートの後ろのバックトランクの上にある空間でご機嫌そうに丸くなっているモーツァルトが急かす。
「要塞セスカはもうすぐ崩壊する。ワルツの仕掛けた爆雷で、内側に崩れて潰れるんだ」
「爆弾が仕掛けられているのか?」体育館の床にはまっているベルゼバブを後退させながら、ヨリトモはたずねる。「いつ爆発する?」
「時限信管ではない」
モーツァルトがこたえる。
「実際にあいつがどういう仕掛けで爆雷を発火させるのかはあたしには分からないが、敵のカーニヴァル・エンジン250機以上が中に侵入した段階で、信管が作動するように仕掛けてあるらしい。要塞はそいつらを逃がさないように外壁から順に崩壊する。最初のスイッチは左のナヴァロンの破壊で入るようになっており、おそらく最外部ではそろそろ爆破解体がはじまるはずだ」
「この堅牢な要塞が、爆雷なんかで、まるごと崩壊するものなのか?」
ヨリトモは信じられないという顔でモーツァルトを振り返った。
「ワルツ・クエイサーは『爆神』だ。要塞を山脈ごと崩壊させるなんて、朝飯前だ。うかうかしてると、山の下敷きになって抜けられなくなるぞ」
「爆破をすこしまってもらうわけにはいかないのか?」
「だから、自動信管なんだ。すでに仕掛けられた地雷なんだよ」
モーツァルトは口をとがらせる。
「しかし、外から敵が大挙して侵入してきているんだろ? 外に出たくとも、そいつらと鉢合わせすることになる」
「ヨリトモさま?」ビュートがひらりと目線をあげた。「微振動をキャッチしました。要塞最外部のすぐ内側が崩壊を開始しています」
左パネルの一部が要塞断面図に切り替わり、山の形をした要塞の外側が赤く点滅して下に崩れ落ちはじめる。そしてその上には、要塞最外部の岩盤が乗っている。
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