3 地味に静かに、撤退せよ
ヨリトモが駆けつけたとき、要塞セスカ後方のセイケイは、ナヴァロン砲によって引っ掻かれたように幾条にも削り取られ、すっかり形を変えられていた。
以前は斜めに走っていた地溝が、いまは要塞から発射された黒い砲弾によって要塞へ向かうほぼ平行な線条に書き換えられている。
これはおそらくモーツァルトの作戦であり、いままで要塞の火器から身を隠すことが可能であってセイケイの隘路は、いまや地溝の底にいても要塞の火線にさらされる形状に作り変えられていた。
ヨリトモはモーツァルトの指揮情報を受信するビュートの指示に従ってこの新しい地溝内を縦横に移動し、右往左往する敵機をつぎつぎと撃墜していった。
しかし敵は300機。ヨリトモが5機撃墜する間に残りの295機が要塞へ攻撃をしかけ、確実に対空砲を潰してゆく計算だ。
ヨリトモも要塞も最善の努力で攻撃をしかけるが、たったひとつの要塞を攻略するのに300機以上のカーニヴァル・エンジンは、あまりにも数が多い。
じわじわと潰される対空砲塔と、確実に距離を詰めてくるカーニヴァル・エンジン部隊。
ヨリトモも孤軍奮闘するが、敵もただ立っているわけではないし、それ相応の反撃がある。
狭い地溝の底に展開する大部隊を殲滅するのに、ヨリトモの武器はカスール・ザ・ザウルスと連射の利かないナヴァロン・ナックル。そして得意のコメットターンは地溝の底では使用できない。
また、敵の背後からマインを撒き、リング・レーザーを放ってくるウィザード・シリーズどもも、攻撃力が低いとはいえ、これはこれでうざったい。倒しにいきたくとも、奴らは必ず敵の背後に隠れて攻撃をしかけてくる。しかもその攻撃は、味方には当たらずすり抜けてくるという
「オガサワラ……」モーツァルトから囁くような直接通信がきた。「ナヴァロン・ナックルのエネルギーを温存しておいてくれ。もう少ししたら右のナヴァロン砲を放棄する。砲の自爆は要塞内の爆薬が底をついているんで難しい。お前のナヴァロン・ナックルで破壊してもらいたい」
「ナヴァロン砲をおれが破壊するのか?」ヨリトモはおどろいてたずねた。
「そうだ」モーツァルトは冷静に肯定する。「そろそろ撤退の準備をはじめる。この要塞はほどなく落ちる。が、ナヴァロン砲の秘密は人形館に渡したくない。わが兵たちも一人たりとも戦死させずにこの要塞から脱出させるつもりだ。そのための準備はすでに整えてある。オガサワラ、おまえにもタイミングを合わせて行動してもらい、この撤退戦を手伝ってもらいたい」
「了解、任せろ」
「つぎのタイミングで、第9の地溝に集中砲火をくれるから、おまえは上昇してナヴァロン砲を破壊してくれ。間違えるなよ、右の砲だ。マーカーを送る。ナヴァロン・ナックルは使用可か?」
「等倍で3発いける。等倍でいいか?」
「等倍だ。それ以上はこまる」
敵の集中攻撃を浴びて、分子分解砲塔がひとつ潰された。
じわじわと攻め寄せる敵部隊に砲塔がひとつ、またひとつ破壊されてゆく。ヨリトモは敵の部隊を押し返そうと攻撃を仕掛けるが、たった1機でできることは少ない。
こちらが潰す敵機より、敵に潰される砲塔の方が多い。どうにもならない戦力差の前に要塞の火力は加速度的に削がれてゆく。
ヨリトモもこの3日間、ろくに睡眠もとらず戦い続けてきた。
食事も満足に取れていない。身体はすでに限界を迎えているにもかかわらず、不思議なものでなぜか、頭はすっきりと冴え、気力は充実していた。
焦るな。自分自身に言い聞かす。これは撤退戦だ。敵を倒す必要はない。
ナヴァロン砲の秘密を守り、ナヴァロン人たちを一人残らず無事に撤退させ、モーツァルトを守る。それができればいい。そのための戦闘であり、撃墜だ。戦線の維持は必要ない。敵の攻撃をコントロールしろ。攻撃はさせる。だが、自由にはさせない。主導権はこちらが握るのだ。
要塞の砲火がぱっと集中した。幾筋もの火線が第9の地溝に集中する。
ヨリトモがちらっと画面をのぞくとビュートと目が合う。彼女がうなずいた。
「オガサワラ」モーツァルトの声が低く囁く。
ヨリトモはベルゼバブを跳躍させた。ナヴァロン砲が地上の敵をいかにも砲撃するような動きを見せるが、あれはフェイクだ。
一瞬動きをとめて回避行動に出る敵カーニヴァル・エンジン部隊が射撃を中断する。
そこを、スラスター噴射で上昇したベルゼバブが、攻撃の間隙をついてナヴァロン砲にとりつき、ビュートの指示通りの部位に左拳を打ち込んだ。
ちょっとした艦船ほどもあるナヴァロン砲が空気の抜かれた風船みたいにくしゃりと潰れて爆縮する。火を吹きながら台座から外れて落下するナヴァロン砲の残骸に、さらにナヴァロン・ナックルを打ち込んで完全に破壊すると、ベルゼバブは離脱した。
「それでいい、オガサワラ」モーツァルトが感情を押し殺した声で囁く。「こちらは梟眼シュバルツの指揮で撤退を開始している。すでに9割以上の砲が自動射撃に切り替わった。5分以内に撤退を完了する」
敵カーニヴァル・エンジンの最前列がとうとう要塞セスカの外壁にとりついた。最下段の速射砲列が近接武器によってつぎつぎと破壊されてゆく。
まだ生きている左のナヴァロン砲と、複数の分子分解砲が火を吹くが、基本的にそれらの砲塔は、要塞にとりついてしまった敵を角度的に狙えない。ヨリトモはベルゼバブを突入させると、要塞の外壁上で近接戦闘に入る。
「モーツァルト、どうする? 敵が要塞にとりついた。一気に攻め込まれるぞ。おれ一人ではどうしようもない!」
「ヨリトモ、きこえる?」強烈なスクランブラーのかかった通信でアリシアの冷静な声が響いた。「これから作戦の最終段階に入るわ。落ち着いてこちらの指示にしたがってちょうだい」
「了解した。たとえ単機で300機おさえろという指示でも、したがってみせるよ」
「なにいってるの」アリシアは感情をあらわさずに否定する。「その逆よ。敵をできるだけ要塞内に引き入れてちょうだい。そのまま大げさに撤退してみせて、要塞最上部の重機搬入口から侵入するよう、敵をおびき寄せて」
「なんだって? あ、いや、了解した」
どういうことだか分からなかったが、とりあえずヨリトモは指示にしたがうことにして、周囲の敵に背を見せると、ジグザグに上昇して要塞の壁を登り始めた。
「みんなの撤退は完了しているのか?」
「ほぼ全員が地下坑道のリニア・チューブで脱出ずみよ」
アリシアがこたえる。
「かく言うあたしもすでに脱出していて、いまは要塞から直線距離にして7キロ離れた地底基地から有線経由で交信しているわ。あたしはゲストということで第一便で脱出したけど、後続のグループも続ぞくこちらに到着している。人形館には気づかれてないわ。いま要塞にのこっているのはモーツァルトだけじゃないかしら」
「それは随分と手際のいいことだ」ヨリトモは肩をすくめる。
「モーツァルトが『銀色のトカゲ』のマーカーが仕込まれたティアラを司令室に置いて脱出するから、あなたは敵を要塞内に適当に導いたのち、撤退。敵の攻撃でティアラが破壊されてモーツァルトが死んだことになれば御の字だけど、そう上手くはいかないでしょうね。それはそうと、撤退するときは目立たないようにするのよ」
「おれは派手なのはきらいだ」
「なにいってるの」アリシアがため息をつく。「『スター・カーニヴァル』にきてからのあなたは、ド派手なことしかしてないわよ、あなた本人気づいてないかもしれないけど」
だははははは、と笑うビュートを無視して、ヨリトモはベルゼバブを要塞セスカ最上部の屋上広場に着地させる。
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