2 ベルゼバブ VS 赤の三銃士


 ベルゼバブに対して半包囲をとっていた味方が固まったように動きを止める。すぐにベルゼバブが動く。斜めに走り、漆黒の機体が地表で横倒しになる。地面に手をつきカポエラのような動きで身を翻すと、スラスター噴射をともなったクイックターンで旋回。これは……、コメットターン!


 ルジェはぎょっと目を剥いた。あっという間にベルゼバブが赤いフルクラムに取り付き、首を刈るようなハイキックで頭部を切り飛ばす。宙に舞ったフルクラムの首が地面に落ちるより早く、ベルゼバブはフルクラムが持っていたサブマシンガンを奪い取って腰だめに掃射した。


 カシスとクレイムが回避運動をとり、ルジェはその場に伏せる。

 ベルゼバブはサブマシンガンを手にして銃弾のような加速で飛翔し、再び空力をつかって機体を横倒しにすると今度は手をつかずに旋回した。コメットターンだ。ルジェは息をのむ。ベルゼバブが地上でコメットターンを行っている。


 ウィザード隊の放つフローティングマインが到着した。プラズマで作られた浮遊機雷がふわふわと列をつくって戦場を流れていく。


 ベルゼバブが飛び出し、旋回。サブマシンガンを連射して再び旋回。そしてもう一度旋回。


「あいつ……」クレイムの声が、食いしばった歯の間から漏れてくる。「練習してやがる! 戦場で100機の敵に囲まれて、旋回の練習してやがる!」


「距離をとれ、みんな落ち着いて動くんだ!」ワイルドストーン小隊のウィリーが叫んでいる。


 ちがう。ここは距離を詰めるんだ。ルジェはそう思ったが、声が出ない。やつにこれ以上コメットターンの練習をさせたらまずい。


 フローティングマインがふわふわとベルゼバブを追尾するが、高速機動する漆黒のユニーク機体に、あんなのろい機雷が追いつくはずもない。ちょっと待って引き寄せてから一気に離脱する方法であっさり引き剥がされる。


 ベルゼバブが一瞬とまった。ルジェはすかさずカスール・ザ・ザウルスを大地に突き立て、長銃アルトロンを構える。足を大きく踏み開き、照準モードを戻してスコープごしにやつの頭部を狙う。ベルゼバブは首を左右にまわし、何かを探していた。こちらと目が合った瞬間、探し物をみつけたらしい。あたしのことを探していたようだ。


 ベルゼバブのカメラアイがにやりと笑ったように見えた。サブマシンガンを思い切りよく放り捨て、いきなり動き出す。


 ルジェは右のカメラアイでスコープをのぞき、左のカメラアイで地表を疾駆するベルゼバブを追う。しかし今度の加速は今まで以上に速い。


 スパパパパパンっ!と破裂音が響く。飛び出したベルゼバブがコンタクト・レンズ形の水蒸気をいくつも纏ってつぎつぎと旋回を繰り返す。音の壁を超えたとき生まれるソニックブームだ。二連続の衝撃波が何セットも、ベルクター・シータの装甲を激しく叩く。


「めちゃくちゃだ!」分子分解銃を連射するカシスが泣きそうな声で悲鳴をあげる。「こんな低高度で、この狭いバトルフィールド内で! あいつ、超音速旋回してるよ。気が狂ってる。こんなやつ相手に、一体どうしろってんだっ!」


 練習は終わりということだ。ベルゼバブが密室の中で跳弾を繰り返すメタルジャケット弾みたいに暴れ出した。さっきまで地表限定だった機動が、突然の上昇と下降を交えて三次元的に動き出す。重力の作用をまったく受けていないかのような自在な動きに、ついていけるカーニヴァル・エンジンはいない。旋回からの加速で、体当たりや膝蹴りをくらった味方がつぎつぎと倒されてゆく。

 やつは今、プラグキャラ破壊にはこだわっていない。とにかく制圧。そしてじょじょにルジェのいる位置へ距離をつめてくる。


 さっきまで体当たりと膝蹴りが主だった攻撃は、すぐに両足での蹴りに進化した。蹴りつける反動でそのまんま旋回に移る。


 左手のナヴァロン砲は使わないな、と思ったとたん、入れ違いざまに約15メートルの距離で拳から黒い粒子砲弾を飛ばしてスカーフェイスを圧壊させた。


 ルジェはすかさず「逃げろ!」の意味のピースサインをカシスとクレイムに送る。二人は一瞬顔を見合わせ、すぐに接近してきてルジェの両脇に立つ。


「おまえたち……」なぜ逃げない?と言おうとしたルジェの言葉をさえぎって、カシスが笑う。


「いまさら、水臭い。あたしたちは、赤の三銃士。自由気ままに戦うのが主義でしょ」


「あいつは手強い」クレイムが楽しそうに口元をゆがめる。「3対1で、ちょうどいい戦力比じゃないのか? あたしは左をカバーする。カシス、あんたは右」


 ルジェはやれやれとばかりに肩をすくめて見せると、大地に突き立ててあるカスール・ザ・ザウルスの前に出た。こいつを守っていては、射撃ができない。あいつと渡り合うには、あたしたちには、射撃しかない。


 ルジェは長銃アルトロンを立射の姿勢で構えた。

 十数機のカーニヴァル・エンジンを血祭りにあげたベルゼバブがこちらに向かってくる。ルジェたちが三つの銃口をあげてそれを迎える。


 意外に密着した隊形。敵を接近させてから散開するためだ。カシスが前に出て、クレイムが少しさがった位置に立つ。こういうときのあたしたちに言葉はいらない。気持ちいいくらいみんな、行くべきところに立ってくれる。


 前衛のカシスが分子分解銃の銃口をあげる。

 まっすぐ突っ込んでくるベルゼバブに対してぴたりと照準し微動だにしない。カシスは「あたしの射程」と自ら言い切る距離400まで正確に引き付けて、トリガーを引いた。


 ばりばりと放たれた分子分解力場のフルオート掃射をかわして、ベルゼバブが地表で螺旋を描いて飛行する。強烈なスラスター噴射と鮮やかな空力機動で重力の影響を受けていないかのような漆黒の機体が、地面すれすれの低い高度に、渦巻く飛行機雲を残してブーメランのように駆け抜ける。


 カシスが冷静にトリガーをリリースし、銃撃を止める。

 断続的にトリガーを引いて、ぱらっぱらっと緑色の光弾をばらまくが、強烈な加速で左方に旋回するベルゼバブの高速機動に銃口が追いつかない。


 クレイムが大きな見越し角をとって、赤と青のプラズマ砲弾を放ち、その2発にまじえて紫の砲弾を低く撃ち出す。


 あの紫はたしか『モス』。

 蛾が光源に対して一定の角度を維持して飛翔する特性を真似てプログラムした変り種砲弾だ。

 最初ターゲットに対して大きく輪を描くように飛行した砲弾はゆっくりとその輪の直径を縮めてゆき、だんだんに加速しながら目標に突き刺さる特殊なホーミング弾。

 ベルゼバブのようにターゲットが細かく動き回れば、それだけ、砲弾の軌道は複雑になり、予測が難しくなる。その紫の『決め球』を、クレイムは敵に気づかれないよう、赤い砲弾と青い砲弾に混ぜて放っていた。


 トライアングルの左方に回避したベルゼバブは、コブラが鎌首をもたげるような動きで機首をあげつつ、スラスターを全開噴射する。機体がコンタクト・レンズ状の蒸気を噴いて衝撃波を放ち、急旋回する。

 コメットターン!


 来たな、と思い、しかしルジェは銃口で追わない。追いかけて追いつける動きではない。

 読め。あいつの動きを読め!


 ベルゼバブは初手で左に回りこみ、バズーカを持つクレイムの前面に入り込んだ。

 これはカシスの連射を、クレイムを盾にすることによって封じるためと、もうひとつ。

 クレイムに、3発しかない砲弾を撃ち尽くさせるためだ。そののちベルゼバブはクレイムの放った砲弾をかわすためにコメットターンに入り、高度を取りながら急接近して……、


「カシス! 伏せて!」


 ルジェはカシスのベルクター・デルタの頭に銃口を向けた。ほぼ同時にカシスが地面へ、転がるように飛び込み、入れ違いにルジェはトリガーを引く。

 が、良心回路が作動してアルトロンが反応しない。カシスを狙ったベルゼバブがトリガーの引けないアルトロンの銃口の前を素通りする。


「くそっ」ルジェは毒づいた。

 読みは当たっていた。

 ベルゼバブはカシスの連射を止めるためにまず彼女を狙う。そのためにクレイム側から近づいて彼女を飛び越し、カシスに襲い掛かった。それを一瞬早く見越してトリガーを引いたが、いまいましい良心回路めが、あたしのトリガーに制限を加えやがった。あたしは味方を撃ったりはしないってのっ!


「ルジェっ!」

 カシスが悲鳴に近い叫びを放つのと、すぱぱぱぱん!というソニックブームがベルクター・シータの装甲を叩くのが一緒だった。

 はっと振り向いた時には目の前でコメットターンしているベルゼバブの黒い機影が、覆いかぶさるように正面モニターいっぱい映っていた。


 画面の外から飛んできたベルゼバブの膝と、同じく画面の外から飛んできたクレイムのベルクター・イオタが、ルジェの鼻先数メートルのところで激突した。2機のスラスターが放つ反物質の炎が、ベルクター・シータのフェイスプレイトを焼く。


 なにが起こったのか一瞬わからなかった。


 ベルゼバブの蹴り足からルジェをかばったクレイムが跳ねとばされ、カシスの放つ分子分解砲の5点バーストを、ベルゼバブがダッキングでかわす。


 ルジェと入れ違うように放たれたベルゼバブの左ストレートが、雷光の速度で大地に突きたったカスール・ザ・ザウルスを引っ掴み、そのまま倒れこみながら長大な刃が横に薙がれる。


 カシスのベルクター・デルタが両手首を切り落とされ、呆然と立ち尽くすルジェのベルクター・シータはまるで木偶のように、手にした長銃アルトロンを両断されていた。


 くるりと立ち上がってさっと一歩ひき、下段霞の構えに残心をとったベルゼバブは、ぱっと独楽のように身を翻すと、飛んできた紫のプラズマ砲弾『モス』を後ろ回し蹴りで蹴散らし、何事もなかったかのように、ふたたび下段霞に構えをとる。


 速い。呆然と見つめながら、ルジェはそれだけを思った。


 あたしも以前は大剣つかいだったから分かるが、あの大太刀カスール・ザ・ザウルスはそうそう速くは振れない代物だ。

 両手で体重をのせて振り回さないと、とても使えるものではない。それをこのファントムは、まるで紙でできた剣のように軽がると振り回してみせた。どういうことだ? あの重さの太刀なら、本来ああは振れないはずなのに……。


「赤の三銃士のルジェよ」

 ファントムがわんわん響くエコーのかかった声で告げる。

「きょうのところは、その長銃アルトロンに免じて許してやる。どうやらお前たちに割ける時間は切れたらしい。できればもう少し頭数を減らしておきたかったが、おまえたちの銃を潰せただけでも良しとしよう。おれはこれから、そのアルトロンを作った人を守らねばならない。またいつか、別の戦場であったときは、きっと決着をつけよう」


「ひとつだけ……」

 ルジェはかすれた声をあげた。

「ひとつだけ、教えてくれ。おまえのそのコメットターン。地上でコメットターンを行うのは不可能だと言われていたが、おまえのその旋回には、なにか特別な名前は、……あるのか?」


「ん? いや、特に名前はないとおもうけど」ちょっとだけファントムが素にもどって答えた。「おれは勝手に、『フック』と呼んでいる」


 フックという言葉を聞いてルジェは唇を噛んだ。カシオペイアの予言した通り、ファントムはあの旋回に『フック』という名前をつけていた。ルジェはちいさく「くそっ」とつぶやいて、操縦パネルを力任せ拳で叩いた。ヘルプウィザードのナイフが片眉を大げさに吊り上げてみせる。


 ベルゼバブは唐突に側宙をうつと、地表でコメットターンを放ち、その高等技術をみせつけるかのように高速旋回を連発し、ソニックブームの音を響かせて消え去った。


 さっきまでベルゼバブのいた場所に、やっと駆けつけてきたらしいウィザード隊の炎やら稲妻やらがいまさら突き刺さる。

 ウィザード・ゼータがなにか切羽つまったような声で叫んでいるが、ルジェの耳にはとどかなかった。

 彼女はたったひとこと忌いましげにつぶやく。


「もういないっての」

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