第8話 さらば要塞セスカ
1 銀色のトカゲ
『スター・カーニヴァル』の運営から通達のあった緊急メンテナンスのため、一時回線を切って待機し、オフィシャルからの連絡を待ってルジェがボイド宇宙に再接続したとき、ロビーにはすでにカシスとクレイムの姿があった。
攻略掲示板とまとめサイトで情報を収集すると、出撃時間が夕方の4時からと規定されていて、フライングは出来ない様子。
今回もウィリーがワイルド・ホイール作戦を呼びかけているが、ホワイトベア小隊や前回ワイルド・ホイールに参加した他の小隊らが同じような作戦の呼びかけをおこなっており、どうやらみなが一致団結しているとは言い難い。
もっともあの『ワイルド・ホイール』作戦にみなが集まったのは、半分以上ベルゼバブに対する脅威からであり、前回あの恐ろしいベルゼバブを大破させることができたため、皮肉にも今回はプレイヤーたちの足並みが揃わなくなっていたのだ。
ルジェは他の二人と相談して、今回は自分たちでチームを募集しようということに決め、参加者を募っていた。
集まったのはフリーのプレイヤー10機。
レベルの低い者ばかりだったが、ルジェは出撃開始の午後4時を待って彼らを率い、十四番艦からベルクター・シータを射出させた。右手に長銃アルトロンを持ち、左手にベルゼバブが持っていた大太刀を下げている。
一時的に編成された『赤の三銃士』小隊を率いて惑星ナヴァロンに降下、要塞セスカの正面に着陸する。
前回ワイルド・ホイールに参加したほとんどのプレイヤーが、ルジェと同じように今回も要塞正面に着陸している。
みな目的はひとつだ。先の作戦で撃墜し損ねたベルゼバブを今度こそ仕留めること。その目的のために、ここにいるほとんどのプレイヤーが、われこそはという気持ちに
よくない傾向だと、ルジェは周囲を不安げに見回す。
「ルジェ、きたぞ」
クレイムがかすかに緊張した声でささやく。
「ベルゼバブか?」
ルジェの全身がさっと緊張した。
「ちがう」うんざりしたようなクレイムの返答。「シンクロル・マーカーの反応だ。『銀色のトカゲ』のマーカーが点った。ミッションの目的を忘れたのか? 要塞セスカの地下深くにいるぞ」
ルジェは戦略画面を確認する。
『銀色のトカゲ』と表示されたマーカーが点滅している。
このミッション本来のターゲットは要塞の最奥部にいるらしい。
ルジェが、どうして教えないんだ?という目でナイフを見ると、彼女は澄まして横を向いている。「どうせあなたの興味はベルゼバブなんでしょ?」とでもいいたげな表情だ。
「見て、ルジェ、クレイム」
カシスが要塞セスカを指さす。ズブロフ山脈をくり抜いて建設された堅牢な要塞の対空砲火が、花開いた薔薇のように惑星ナヴァロンの青空を彩り始めた。
「こいつは……」ルジェは呻くように声を搾り出した。「トリプルAサーカスか! 銀色のトカゲとは、あいつのことなのか!」
かつて惑星ナヴァロンには全部で24の要塞があった。極めて重要な物から、大して戦略的価値のないものまで入れて、全部で24。そのうち惑星ナヴァロンを陥落させるために絶対攻略が必要な拠点としての要塞が7。
このうち6までは案外簡単に破壊することができた。
ところが最後のひとつ、要塞ラーマだけは通常の3倍の兵力をつぎ込んでも、どうにも陥落させることができなかった。
理由が、その
いくつもの砲火が、あたかも事前に組み上げられたかのような完璧なフォーメーションに則って、完全なる連携攻撃をしかけてくる。それによって通常砲弾の速射砲が分子分解砲のようにカーニヴァル・エンジンをつぎつぎと撃墜する。そんな恐ろしい現象がその要塞の上空で起こった。
この対空砲火の異様な連携攻撃を、当時ナヴァロン攻略掲示板では『トリプルAサーカス』と名づけられ、結局要塞の砲弾がつきるまで人形館のカーニヴァル・エンジンはラーマを攻略できなかった。
一部の噂ではトカゲ人類の中に異様な指揮能力をもった天才がいて、あの砲撃を行っていたという。その指揮官の俗称が「シルバー」だった。つまり、『銀色のトカゲ』とは、その「シルバー」のことなのだ。
「なるほど、『銀色のトカゲ』が、1億ポイントなわけだ」ルジェはにやりと笑った。「ベルゼバブと銀色のトカゲか。面白い。こいつは面白いミッションだぞ」
「ルジェ、そのベルゼバブの反応です」ヘルプウィザードのナイフが報告してきた。「上空をフライ・バイするカーニヴァル・エンジン・キャリアーにベルゼバブが収納されている模様」
「なに?」ルジェは上を飛ぶ機影を探した。
高度が高くて黒い点に近いが、超音速でルジェたちの上を飛び抜けていった機体が高度を落として反転してくる。地表に触れるか触れないかの低空でキャリアーが、搭載したカーニヴァル・エンジンの機体を落とした。土煙があがってターボ・ユニットで滑走した敵がぐいぐい近づいてくる。
ベルゼバブだ。
ガンメタリックの塗装に独特の曲線的な装甲。かざりの羽根や大げさなアンテナは一切ないシンプルなデザイン。しかし……。
「おい、ナイフ」ルジェはぎょっとして鋭く叫んだ。「スポイラーの形状がちがう。なんだあの、悪魔の羽根みたいなのは?」
「未確認です。パワーアップパーツでしょうか? 補足しますが、左拳に未確認の小型武器を装備しています」
あっさりと報告をよこすナイフ。
「おいおい、この期におよんで、パワーアップとか、ありか?」
呆れるルジェ。
ベルゼバブはまっすぐにルジェのいる方へ近づいてくる。距離は700。かなり近いが無手で大太刀を持たないベルゼバブはそれほど恐ろしいとは感じない。レーザー通信がきて画面にファントムのシルエットが映った。
「赤の三銃士のルジェよ。その刀、カスール・ザ・ザウルスはおれのものだ。返してもらおう」
ベルゼバブは手を差し出す。
「返しちゃダメだよ、ルジェ」
横からカシスが口をはさむ。
もちろんルジェもこの大太刀をベルゼバブに返すつもりはない。逆にこの大太刀を自分が死守することによって部隊を勝利に導くつもりだった。
「あたしは直接あんたを倒さない」ルジェはそっとつぶやく。「この太刀を守ることによって、間接的にあんたを倒す」
ベルゼバブがゆっくり前へ出る。カシスとクレイムが銃口を向けて、じりじりとさがる。
ルジェのベルクター・シータも、カスール・ザ・ザウルスを左肩に担いだまま、長銃アルトロンを片手で構えた。
スコープを、望遠モードから等倍に切り替えて、オプティカル・サイトにモード・チェンジする。長銃を片手で扱うには無理があるが、真正面から突っ込んでくるだけの敵なら、片手で十分トリガーを引くくらいできる。
ルジェはベルクター・シータのカメラアイごしにオプティカル・サイトの赤く光るドットをベルゼバブの額に合わせる。
味方の戦列が一斉に動き出し、ドットで狙われたベルゼバブが素早く左右を見回した。
「動くぞ! 撃…」って!と言おうしてスコープ内のベルゼバブを見失った。
はっとしてルジェは目を見開き、右方400メートルで立ち上がった土煙を確認。砲弾が着弾したように砂が噴きあがり、蒸気と紫煙が立ち昇っている。盛り上がった土砂の中からベルゼバブが立ち上がり、ちょっと照れたように頭を振る。
「おい、ナイフ」ルジェの声が思わず
「ははははは」ファントムが照れ笑いをしている。その後ろで「いやだ、もう」とエフェクトがかかった女の声がする。おそらくは奴のヘルプウィザード。
「いえ、通常の噴射です」ナイフが冷静に返答する。「注意してください。今のスタート・ダッシュから推測される最大加速力は……」
「カシス、クレイム、撃てっ!」
叫びながらルジェはベルクター・シータを後退させる。
カシスとクレイムの発砲に前後して周囲に散開していた各機が一斉に射撃を開始する。
ベルゼバブが地を滑った。ターボ・ユニットではない。なんというのだろう。一瞬にして時速数百キロまで加速したベルゼバブの機体が、速すぎて地表から浮き上がるように地を駆けた。スポイラーを開いて急停止する。足を開き、大地を削って砂煙を噴き上げる。
「速い! 注意しろ!」だれかがオープンチャンネルで叫ぶ。
「臆するな、ベルゼバブは武器を持っていない」
粒子弾が入り乱れ、プラズマ砲弾が走る。誰かが後方からメーザー・ガトリングを連射している。
「ルジェ隊長。マインを撒きます」後方に展開するウィザード隊のウィザード・ゼータから連絡が入る。「あの速度で動き回られたら、やっかいです」
後方から2機が一直線に接近してきて、ルジェの左右を走り抜けてゆく。アイスブルーのブリザードと黒地に黄色いラインの入ったサイクロン。
「ルジェさん、しっかりその刀、守っといてください」
通信が入る。ヨシトというパイロットから。前回ワイルド・ホイール作戦で一緒になったやつだ。サイクロンのハルキというやつは知らない。「近接戦闘にもちこめば、俺らの方が上ですから」
「おいまて、注意しろ……」言い終わらないうちに2機がベルゼバブと接触し、ヨシトの機体反応がいきなり消失した。ルジェはあわててカメラアイをズームする。
ハルキのサイクロンが、明らかに怯えて腰の引けたファイティング・ポーズで下がり、ベルゼバブが踏み込みながら左ストレートを放つ。次の瞬間、黒いボディーに黄色いラインの入ったハルキのサイクロンが掃除機に吸い込まれるティッシュ・ペーパーのようにくしゃっと潰れてベルゼバブの拳に吸い込まれた。
「ナイフ! なんだあの武器は?」ルジェは鋭くたずねる。
「ナ、……ナヴァ……」ナイフの舌がもつれるのを、ルジェは初めてきいた。「ナヴァロン砲だと思います」
ルジェが答えるより速く、ベルゼバブが動いた。約500メートル先にいたシザーハンズに左拳から突っ込み、圧壊させて吸い込んだ。
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