5 絶対に当たらない


「赤の三銃士のルジェよ。その刀、カスール・ザ・ザウルスはおれのものだ。返してもらおう」


 相手の返答はない。ルジェのベルクター・シータは左の肩にカスール・ザ・ザウルスをかつぎ、右手に長銃アルトロンを引っさげていた。


「返さないでしょうねえ」ビュートがつぶやく。「保管していてくれたわけじゃないですよ。ヨリトモさまに渡さないために確保してるんですから」

「奪われまいとするなら、あえて奪わないのも無刀取りだ」

 ヨリトモがこたえる。

「それ、なんですか? 六韜とかでしょうか?」

 ビュートがくすくすと笑う。

「いや。これは柳生宗矩の『兵法家伝書』。無刀取りの話だ」

 ヨリトモも口元を綻ばせる。

「ルジェがカスール・ザ・ザウルスをおれに絶対渡すまいとする間は、やつの狙撃は来ない。それならばそれで、まわりの奴らを片付けるまでだ。ビュート、ナヴァロン・ナックルは現段階で何発撃てる?」


「等倍で3発がいいところです。一応威力は2倍3倍とあげられます。上限は10倍ですが、現状ではエネルギーが不足です」

「たった3発か……」ヨリトモは油断なく周囲を見回す。

「そりゃそうですよ」

 ビュートはぺろりと唇をなめた。

「超ひも理論ではひもの先端はエムブレインというものに接触しています。わたしたちが普通に観測する宇宙は4次元ですが、実は小さく折りたたまれた次元軸があって正確には17次元であるとされています」


「それって、ナヴァロン・ナックルの話なの?」

「あたりまえです」

 ビュートは眉をつりあげる。

「ところがひもの先端が無い、いわゆる閉じたひもで記述される重力子に関しては、このエムブレインによる拘束がないため、自由に13の余剰次元に広がって伝播します。ナヴァロン・ナックルはリニア・ドライブと同様の方式を利用して、点にちかいほど小さく折りたたまれた余剰次元を約0・1ミリメートル弱まで拡大し、超至近距離での重力の力を一時的に強くすることによって造り出したマイクロ・ブラックホールを連射する武器です。ブラックホールを造るんだから、そりゃーエネルギー喰いますよ。ちなみに地球程度の質量だと直径約9ミリまで圧縮すればブラックホールにすることができます」


「ブラックホールを連射するなんて、ナヴァロン・ナックルってのはずいぶんやばい武器だな」ヨリトモの声が裏返る。「反物質スラスターですら環境に悪いなって悩んでるのに、そんな地球に厳しい武器はちょっと使えないぞ」


「だいじょうぶですって、少しくらい。ブラックホールなら、ちゃんとホーキング輻射で蒸発しますから」

 それが理由で射程距離が短いんですよ、とビュートが解説する。


「オガサワラ、聞こえるか?」唐突にモーツァルトの声がイアフォンから響いた。「いま敵の主力が要塞後方のセイケイに集結している。機数約300だ」

「了解。すぐにそちらに回る」

「いや、隘路の中で動き回っているため、戦列を整えるのにしばらく時間がかかりそうだ。その前に今おまえが対峙している100機を叩きたい。後顧の憂いを断つというやつだ。割ける時間は約7分。あたしも援護するから全滅しろ」

「おいおい」ヨリトモは軽く吹き出した。「ビュート、監督からホームランを打てってサインがきたぞ」

「ふふふ、ヨリトモさま? ホームランならカウントを待つ必要もありません。初球からいっちゃいましょう。7分間すなわち420秒で100機ですから、1機あたり4・2秒でかたづけてください」

「オーケー、いいだろう」ヨリトモは唇をぺろりと舐めてターボ・ユニットのスイッチを入れた。「いつもの如くぶっつけ本番だが、試してみようか、『フック』を、さ!」





 前回の『ワイルド・ホイール』作戦。ルジェは失敗だったと思っている。


 たしかにベルゼバブを大破させて撃退したのは事実だ。

 それを勝ちと判断する考え方もあるだろう。

 しかし赤の三銃士は、カシスのベルクター・デルタが撃墜されたし、ベルゼバブを大破させトドメを刺そうとしたクレイムのベルクター・イオタは正体不明の敵に攻撃を受けて行動不能に陥った。

 それに続いて、ウィザード・シリーズの4機が同じように謎の行動不能に陥り、ベルゼバブは逃走。

 それを追撃した味方の4機がさらに行動不能となって砂漠に倒れた。


 ベルゼバブを撃退できたことに興奮して状況の見えなくなった味方を放り出し、ルジェはカシスとクレイムを救出に向かった。


 カシスのデルタは完全に撃墜されており機体削除が確定だったが、クレイムのイオタは行動不能に陥っているだけで被撃墜とはなっていない。このままここに機体を残して、コア・キューブでパイロットのみが帰艦してしまえば、機体が削除されてしまう。

 かといって自力では行動不能なので、ルジェが艦まで抱えてかえるしかない。それは他の9機も一緒だった。


 ルジェは勝ち戦に興奮して騒いでいるウィリーを一喝し、まだ機体削除になっていない味方の回収を手伝わせた。そのときにベルゼバブが落としていった大太刀をルジェは拾った。


 帰艦した直後に人形館から緊急サーバメンテナンスの連絡が入り、悪質なハッカーの侵入により不法に破壊された全機体と全プラグキャラの復旧がされる旨、通達がきた。これはかなり異例なことである。


 しかしルジェは首をひねった。オフィシャル側もベルゼバブのファントムを悪質なハッカーと認定しているのか?


 ともあれ、全データ復旧の英断には、ミッションに参加していた全員が喜んだ。


 ルジェたちはウィリーたちワイルドストーン小隊に、緊急メンテが終了するまで何時間かあるから祝勝会をやらないかと持ちかけられたが、それは断った。


 ワイルドストーン小隊の連中はもちろん『ワイルド・ホイール』作戦を大成功だと感じているようだったが、ルジェたちにとって『ワイルド・ホイール』作戦は苦い敗戦の味しか残っていない。

 カシスもクレイムもやられたし、ベルゼバブは倒せなかった。戦闘はまず、無事に帰還することが第一の目的なのだ。それが果たせなければ、『失敗』なのである。



 クレイムが、ウィザード隊と情報を交換し、自分の機体を行動不能に陥れた敵の正体をつきとめたと言って来た。


 彼女はロビーでルジェに、ひしゃげて半ば熔解した一塊の金属片を見せた。手のひらの上に乗ったその金属塊を見たルジェは不思議そうにたずねた。


「弾丸か?」

「アサルトの分析だと、対戦車ライフルの弾丸らしい」

 アサルトとは、クレイムのヘルプウィザードだ。


「対戦車ライフル? 実弾か?」

 ルジェは唇を噛んだ。

「敵の狙撃手が、カーニヴァル・エンジンを倒したってのか? 対戦車ライフルで? バカ。そんなこと有るはずないだろう」


 しかしクレイムは否いなと首を横に振る。

「ウィザード隊の全機から同じ弾丸が出てきた。カメラアイの防護ガラスをぶち破って頭部のターミナル・サーキットを破壊していた。大気圏内のライトニング・アーマーは実弾に対しては弱いし、2発ほぼ同時に同じ場所に着弾すれば──これはダブル・タップっていう射撃の高等技術なんだが──、なんとか突き破ることができる。その方法でカメラアイを正確に狙われれば、被撃墜もやむなしだ」


「ふーん」ルジェは口をとがらせた。「向こうが一枚上手だったということか。戦場にそんな狙撃部隊を配しておいたとはな。しかし、それシナリオの設定的に無理があるぞ。いくらなんでも対戦車ライフルを2発連続で、動いてるカーニヴァル・エンジンの目にはなかなか当たるもんじゃない」


「ちがう」

 きつい口調でクレイムが否定した。あの冷静なクレイムがいつになく苛立っているようだ。

「狙撃は要塞からだ。弾道を計算した。アサルトとウィザード隊のヘルプウィザードたちの試算、フライトレコーダーのデータ、録画映像、すべてつき合わせてシミュレートしたが、狙撃は要塞セスカの最上階から行われている。その距離、実に20キロ以上。弾丸の形状から推測されるライフルの初速、高いところからの撃ち下ろしであるというファクターを組み込むと、物理的にカーニヴァル・エンジンの撃墜は可能らしい。しかし、アサルト含め五人のヘルプウイザードが口を揃えてこう言った。『しかし、絶対に当てられない』と」

「というと?」ルジェはきょとんとした目でクレイムを見つめた。

「着弾に、10秒以上かかるらしい」


 ルジェはちょっと目を見開き、「なるほど、そりゃそうだ」とつぶやく。20キロも距離がある。着弾までに10秒かかるのなら、たしかに絶対に当たらない。止まっている標的ならまだしも、動いている敵に、それは無理な話だ。とするとなにかカラクリでもあるのだろうか?


「映像記録をつき合わせると、その要塞からの狙撃者は、6発の弾丸を連続で発射していた。つまり」

 クレイムはぎろりとルジェをにらんで、声を低めた。

「10秒後、あたしの機体の目があるであろう未来予測位置の候補の、第一から第三までにヤマを張って一瞬のうちに速射したんだ」


「バカな」ルジェは吹き出した。「いやまじ、寝言は寝ているときに言ってくれ。そんなことができるもんか。不可能だ。飛んでくる弾丸を銃で撃ち落とすようなものだ。クレイム、おまえだって赤の三銃士だろう? 射撃に関しては素人じゃないはずだ。そんなこと出来っこないってことくらい、よく分かっているはずだ」


「そうだな」クレイムは肩をすくめた。「たしかにそうだ。そんなこと不可能だな」


 口元をゆがめ、それでも納得しきれていない表情でクレイムはルジェに背を向けた。


「次が最後の攻撃だ。ベルゼバブが出てきても出てこなくても、全力で要塞を落とすぞ」

 ルジェの言葉にクレイムは背中を向けたまま力なく手を上げて歩き去る。ルジェは黙って手のひらに残る弾丸を見つめた。


 そう。着弾に10秒かかる距離で、動く標的に当てることは不可能だ。あたしの全部の機体を賭けてもいい。

 そんなこと、絶対に出来ない!





            ≪明日は二話公開します≫

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