2 バクシンさん


 そのままケメコは中央司令室に直行した。

 ドーム状に中央の盛り上がった床をのぼり、戦略シートにつくワルツ・クエイサーのところへまっすぐに行く。

 ちょっと身じろぎして逃げる姿勢をとるワルツの肩を強引に抱きよせて、ケメコは耳元にささやく。


「ワルツ司令、ちょっと相談があるんですけどぉ」

「な、なんの用ですか?」

「ふふふ」

 ケメコはワルツの肩をはなし、黒ぶちメガネをついと持ち上げた。

「狙撃姫モーツァルト・ジュゼル、梟眼シュバルツ・マイザー、速射卿ヘックラーに雷撃ザイデルと。みなさん何やら名前のうえに肩書きがついてるみたいなんですが」とここでちょっと間を空けワルツの顔をのぞきこむ。「ワルツ司令の肩書きはなんなのかなぁ?と思いましてね」

 ワルツはぷいと横を向いた。

「わたしの肩書きは大したものではない。わたしはこの通り目も悪いし、射撃も下手だ。だから大した肩書きはついていないのだ」

「へへへ。どうしても気になってね、モーツァルトに聞いちゃったんですよ、ワルツ・クエイサー、いや、『バ、ク、シ、ン』ワルツさん」

 ケメコは甘ったるい声を出していひひひと笑った。



 ヨリトモはイスに腰掛けて目を閉じていた。

 イメージの中でベルゼバブを操縦する。


 機体をくねらせ、スラスターを全開噴射する。操縦桿で姿勢制御し、コントロールを夢想する。

 ……だめだ。おそらくスピンする。いまの自分の技術では、地上でベルクートを使って旋回するのは難しい。空気抵抗があればある程度は安定するはずだが、地表という絶対の基準が旋回方向に規定を与え、ターボ・ユニットを始動してのジャンパー・スタイルからの旋回を困難にしている。


 ふと目をあけると、三人の老人がドラム缶を台車にのせて運び込み、格納庫の四隅に設置して去っていった。

 なんだろうと見ていると、しばらくしてワルツ司令と部下が足早にやってきて、ドラム缶の位置を確認し、壁と天井の角度、そして距離を手早くレーザー測量機で測ると、二言三言命令して、すぐに立ち去った。

 そのあとすぐに別の技術者がきてドラム缶の位置を微調整し、去ってゆく。


 ちょっと興味をひかれたヨリトモは立ち上がってドラム缶を調べようと思ったが、腰をあげた瞬間、ハンガーのベルゼバブがぶーんという唸り声をあげた。エマモーターが始動したらしい。


 アリシアがこちらを向いて手招きする。

 ヨリトモがハンガーに近づいてデスクトップ画面をのぞきこむと、そこにはドット絵で描かれたがちゃがちゃのビュートが映っていた。


「ふえーん、おはようございますぅ、ヨリトモさまぁ」声がわんわんと響く。ビュートの声ではあるが、かなりデータがはしょられている様子だ。三和音までしか出ないらしい。

「ビュート、無事か?」

「あったりまえですよぉ」ドット絵のビュートが水色の涙滴をとばす。「これくらいでやられてたまるもんですか? 敵への反撃は倍返しですからね」

「安心しろ。いまケメコさんがなにやら妙な作戦を練ってくれてる。それよりビュート、ベルゼバブの右腕のことだが……」

「それなら、もうとっくに完成してる頃だと思います」

「そうか」ヨリトモはうなずく。「よし。右腕はそれを使う。そしてスラスターはベルクート。それらをドリル・ガンガーで運んでもらう。手筈を整えてくれ」




 アリシアは中央管制室のコンソールをひとつ借りてソニック号のリモート作業を開始した。

 ハンガーで完成したベルゼバブの右腕を、クレーン・アームでドリル・ガンガーまで移動させてボルトで固定する。格納庫にしまいこまれたスラスター・ベルクートを同じく移動させて、これもドリル・ガンガーに固定。そののちソニック号を浮上させてドリル・ガンガー発進。すぐに再び、ソニック号を極北の凍った海に潜航させる。


「まだかかるかい?」

 うしろからのぞきこんできたケメコが声をかける。


「発進したわ。到着まで20分ってところじゃないかしら」

「やばいね」ケメコは口をとがらせる。「敵のカーニヴァル・エンジン部隊が発進をはじめたようだ」


 アリシアは顔をあげて壁の映像盤のひとつを見上げる。監視衛星ドリードローが、十四番艦からばらばらと吐き出される敵機の映像を転送してきている。


「ヨリトモは?」

 アリシアは眉根を寄せて険しい表情をつくった。

「なんか『エアリアル・コンバット』に行くっていってたな。緊急事態になったら連絡くれってさ」

 ケメコは肩をすくめる。

「じゃ、緊急事態よ。いますぐ連絡して」アリシアはちっと舌うちしながら毒づく。「まったくこんなときに、なに戦闘機ゲームとかしてるのよ」

「なんかフックの練習するっていってたぞ」ケメコは手首のクロノグラフを操作してヨリトモにメッセージを送る。「あいつって、ボクシングかなんかやってるんだったよな?」



 いざ戦闘がはじまると、実はケメコにはやることがない。

 カオリンの発進許可はおりなかったし、出撃してもこの激戦では秒殺されるのがオチだ。

 しかたなくさっきまで、モーツァルトがいつも陣取っていたスナックバーの近くの席について出来立てのカポーラを眺めたり、忙しげに働いているオペレーターたちを見学して回って時間をつぶしていたのだが、敵の出撃というちょっとした情報をたずさえてアリシアを冷やかしにきたところだった。


 しばらくしてアリシアはふとケメコを振り返った。

「ねえケメコ、『フック』ってもしかしてボクシングのパンチじゃなくて、『コブラ』を横向きにやる、あれじゃないの?」

 しかしそこにケメコはいなかった。彼女はすでに、かつてのモーツァルトの指定席だったスナック・バーのそばの席に腰掛けて、湯気のたつカポーラにかじりついていた。



 『エアリアル・コンバット』から緊急呼び出しされてもどってきたヨリトモが、格納庫にとびこんだとき、簡易ハンガーに横たわるベルゼバブの右腕はまだついていなかった。

 当然だが。

 肘の上の接合用ユニットが剥き出しで、スチール・フレームのボルトが突き出した状態だった。当然背中にスラスターは装着されていない。


 ハンガー脇にはアリシアもケメコもいない。作業の指揮をとっていたはずのモーツァルトの姿もなかった。ヨリトモはベルゼバブに乗り込む。腕はついていないが、他の修理は完了しているようで、スムーズに上昇したシートが彼のプラグキャラクターをコックピットに運ぶ。


「おはようございます、ヨリトモさま」ビュートが画面の中からあいさつする。すでに画像はもとにもどっていた。「エマモーター、アイドル。対消滅炉、正常。デミマッスル通電率レベル4。通信リンク、要塞ナヴァロンと接続します。タンク内反物質量120パーセント。10次元バッテリー、フル。ライトニング・アーマー通常展開します」

「反物質が120パーセントって危険じゃないのか?」

「ベルクートに接続すると、そっちのタンクに注入しますから、40切りますよ。平気平気、いいかんじです」

「その包帯と眼帯は?」

 ヨリトモはちらっと画面の中のビュートをのぞいてたずねる。彼女は頭に白い包帯を巻いて右目に眼帯をしていた。

「右腕とスラスターがないんで、それを表現するための演出です」ビュートは眼帯をめくって元気な右目でウインクしてみせた。「腕とスラスターがついたら、外します」


「ドリル・ガンガーはまだなんだろう?」

「はい。もうすぐ到着します。ヨリトモさま、中央司令室より発進命令がきています」

「いや、ちょっとまてよ。スラスターがないんだから発進はできないだろう。ワルツ司令にそう伝えてくれ」


 がりっと音がして通信回線がつながった。画面にアリシアの顔が映る。

「ヨリトモ、とっとと出撃してちょうだい。敵が迫っているわ」

「いやだから、まだスラスターが届いてないんだって」

「人形館のカーニヴァル・エンジンは先陣がすでに降下を完了しているわ」

 アリシアは淡たんと告げる。

「正面から重カーニヴァル・エンジンを主体とした部隊が進撃中。本隊は後方のセイケイの隘路に進入中よ。軌道上の機影も含めて計数すると400機をくだらないわ。全機完全復活、全軍出撃ってかんじね」


「となると、ドリル・ガンガーの着陸はむずかしいな」ヨリトモは唇を噛む。


「ドリル・ガンガーは現在要塞まで2分の距離まで到達しているわ。敵が展開しているため、低高度で西から侵入し、要塞上空で旋回、平原方向へ直進する。ベルゼバブはタイミングを合わせてマスドライバーで射出、上空でドリル・ガンガーとドッキングして空中換装。要塞の対空砲火が援護してくれるわ」

「戦闘中に空中換装?」ヨリトモは目を見開いた。「でもマスドライバーで打ち出されるってことは、こっちはスラスターがないから、弾道軌道を描いてあとは自由落下するだけじゃないか! だれだ、そんな無茶な作戦思いつくのは!」

「あたしはリスクの高い作戦はきらいよ」アリシアはむすっと答える。「あたし以外のだれかじゃないかしら?」

 画面に映るアリシアの後ろからケメコが顔をのぞかせ、Vサインをしてくる。


「危険が大きいから拒否してもいいわよ」アリシアが口をとがらせる。

「いや、いこう」ヨリトモは神経接続の終わったベルゼバブを立ち上がらせてマスドライバーの射出口へ向かわせた。「無事なうちに右腕とスラスターを受け取る。欲しいものは自分で取りに行かなきゃならないんだ。それに」ヨリトモはアリシアに、出撃の合図を意味する指信号で、親指を立ててみせた。「なんてったって、面白そうだ」

「そうこなくっちゃ!」コックピットの画面の中からビュートが指をぱちんと鳴らす。


 アリシアは通信画面の中で肩をすくめた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る