3 空中換装
「これ、うまいな」
ぼそっとつぶやいたケメコはカポーラをもぐもぐやりながら、ドーム状の壁に隙間なく貼りつけられた映像盤を見回した。いまやすべての外部モニターに進撃してくる敵のカーニヴァル・エンジンの姿が映っている。
「こりゃ、ダメだな」
そこへ足早にはいってきた爆神ワルツ・クエイサーがケメコの前で立ち止まる。
「申し訳ない、ケメコ殿。敵襲ですね。すぐに戦略シートにもどります」
「爆雷の方は?」
「完了しています。セッティングは完璧です。あとは最初のドミノを倒すだけ」
「最初を倒したら、きちんと最後まで倒れるんだろうね?」
「当たり前です」
ワルツは無表情に肯定する。
「へっへっへっ、さすがは爆神さん」
ケメコは満足げに口元を歪めて、カポーラをひと口かじる。
ワルツは敬礼して戦略シートへのぼろうとし、後方で響いた圧搾空気の音に振り返り、気密ドアをくぐって中央管制室に入ってきたモーツァルトに気づいた。
モーツァルトは銀のラインが入った黒い軍服をびしりと着込んでいた。頭に宝石が散りばめられたティアラをのせている。きびきびと歩きながら軽くケメコとワルツに敬礼し、腰の装備ベルトから吊ったレーザーポインター付きの指揮棒を取り上げる。
いつもとはまるで別人のようだった。唇に真紅のルージュがひかれ、きっちりメイクした顔が大人の女だ。
彼女はだまって通路を昇り、戦略シートの上の指揮台に立った。
「姫さま」ワルツが嬉しそうに声をあげる。
「たまには指揮を執らないとな。やり方を忘れてしまう」
モーツァルトがいつものいたずらっぽい笑顔でウインクする。
「しかし、そのティアラは人形館より与えられた代物」ワルツは怪訝に首をかしげる。「なにやら細工がしてあるから、使用を控えていたとルル・ルガーから聞いたことがありますが……」
「まあ、任せておけ」
にっこり笑ったモーツァルトは周囲を見回し、指揮棒を高く掲げた。指信号で『静粛に』と中央管制室にいる全員に司令を送る。一瞬で管制室が、地底湖のような静寂につつまれる。
ワルツは大急ぎで、一段低い戦略シートについた。
「本日は惑星ナヴァロン最後の戦いだ」モーツァルトはこの場にいる一人ひとりを見下ろしながら、ゆっくりと語る。「ナヴァロン人の誇りと、今まで磨いてきた技術のすべてを尽くして最高の射撃に挑戦しよう。今日までみんなご苦労だった。これが最後の戦いだ。そして、みんな、楽しもう」
モーツァルトが勢いよく指揮棒を振り下ろした。
その瞬間、管制室にいた全員が一気に動き出す。わっとばかりに報告と命令が伝達され、指信号がとびかう。モーツァルトが襟につけたマイクで命令をくだし、指揮棒のレーザーポインターが壁と天井を覆う映像盤をつぎつぎと指し示す。
ケメコは目を瞠った。
これはもう戦闘指揮などではなかった。
まるでオーケストラのコンサートだ。
中央管制室にいる各員がモーツァルトの指揮のもとつぎつぎと命令を伝達し、そのうねりがひとつのハーモニーをつくって美しい旋律を奏でながら流れていく。
人の動きと声が流れる川のように、素早く、整然と、そして激しく、戦闘を彩ってゆく。
命令、伝達、指揮。
砲撃、射撃、狙撃。
威嚇、攻撃、援護。
中央管制室からうねるように生み出される命令が、要塞の各砲座に伝わって、芸術のような砲火を惑星ナヴァロンの空に投げかける。
映像盤の中で、カーニヴァル・エンジン部隊が、要塞が生み出す幾本もの触手のような砲撃にからめとられて動きを止めている。
カーニヴァル・エンジンが組んだ陣形が、要塞の砲撃によって、糸の切れた着物のようにほつれ、ほころび、解体されてゆく。
分断され、孤立させられた機体に砲火が集中し、ミツバチに囲まれたスズメバチのように身動きをとれなくされたカーニヴァル・エンジンが火を吹いて爆発する。
ケメコはカポーラを口に入れたまま、呆然とつぶやく。
「おいおい。勝っちまうんじゃねえだろうなぁ」
ヨリトモはベルゼバブの機体をマスドライバーの力場チャンバー内に横たえた。
青いシグナルが赤にかわり、発射。
反重力スタビライザーが働いてベルゼバブの姿勢を維持するが、それでも発射の瞬間、各関節がたわんで機体が震える。
あっという間に長めの発射管を抜けて、青空たかく撃ち出される漆黒のボディー。高度1000。降下を考えて高めに撃ち出されている。もし空中換装に失敗したら、この高度はあとがない。
「あれか」
ヨリトモはすぐにドリル・ガンガーの機影をとらえた。前方500メートル。低速で飛行している。
ビュートがすぐにドッキング・マーカーを表示する。
相対速度がすこし速い。高度も高い。しかしスポイラーはスラスターごと外されてしまっているので、空力でコースを変えることはできない。いまヨリトモにあるのはフット・スラスターと姿勢制御用の反重力バーニアだけ。ドリル・ガンガーの方でこちらを捉えてくれるまで、このまま放物線を描いて飛んでいるしかない。
ピピピと被ロックオン警報がきた。
下方、地上から敵のロックを受けている。
ガンカメラの映像が、長射程粒子砲を構えた地上の重カーニヴァル・エンジンに焦点を合わせる。
ヨリトモは「ちっ」と舌打ちしてフット・スラスターのペダルに足をかけた。ここでコースを変えれば、空中換装に失敗するかもしれないが、背に腹はかえられない。
ところがヨリトモがフット・スラスターを噴射しようとしたとき、丁度よく、粒子砲を構えていた敵が、要塞からの砲火を浴びて転倒した。
カーニヴァル・エンジンの装甲は厚く、分子分解砲以下の火器ではなかなか撃破にはいたらないが、タイミングがあえば転倒くらいはする。
しかしいいタイミングだった。
ヨリトモはふと後方の要塞セスカを振り返る。
要塞はまるで大輪の薔薇が花開いたような見事な砲火で彩られていた。
一基一基の砲塔が単独で火を吹いているのではない。要塞が装備するすべての砲口が、うねって渦を描く台風のように、ひとつの巨大な円を形作って砲撃を行っていた。まるで回転する炎の車輪だ。
なにが起こっているんだ?と目を瞠るヨリトモを叩き起こすように、ワルツの声が響いた。
「オガサワラ殿、コース維持してください。援護はこちらでいたします。そのまま自由落下で速度を稼ぎ、空中換装急いでください。ドッキング後はかなりの高速で俯角がついていますから、引き起こしに注意を」
「了解だ、ワルツ司令」ヨリトモは疑問をぶつける。「要塞の砲火がいつもとちがうが、なにかありましたか?」
ワルツはうれしそうに喉を鳴らした。
「姫さまが指揮をとっておられます」
「姫?」ヨリトモは目をぱちくりした。「姫ってモーツァルトか?」
「はい。他に姫はおりません」ワルツがいままで聞いたこともないやさしい声でこたえる。「わが狙撃姫モーツァルト・ジュゼルです」
「なるほど」
ヨリトモは納得した。もう驚かない。彼女の力は十分にわかっている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます