第7話 あとは野となれ、籠城戦!
1 お誕生日プレゼント
ヨリトモが血相を変えて格納庫にとびこむと、そこにはアリシアとケメコとモーツァルトの三人がそろっていた。
「アリシア、無事か?」
アリシアは頭に包帯を巻いて右腕を三角布で吊っていが、モーツァルトとともにベルゼバブの修理に参加していて、入ってきたヨリトモに小さく敬礼した。
「お、二人目、生還か?」ケメコが意地悪く揶揄する。
「えっ、これなにやってんの?」
ヨリトモはベルゼバブをぎょっと見て、ケメコにたずねた。
簡易ハンガーが半分立ち上がり、ベルゼバブがイスに腰掛ける形で上体を起こしてる。
胸部装甲が車のボンネットのような形に上へ開き、胸から腹にかけての内部構造が剥き出しになっていた。
スチールフレームと人工筋肉、反物質バルブなどが丸見えで、胸部にあるエマモーターや対消滅炉、腹部のコックピット・ユニットなどが外から観察できる。まるで『カーニヴァル・エンジンの開き』みたいな状態だった。
「ちょっとー、壊さないでくれよぉ」とヨリトモが情けない声を上げると、ケメコが「最初からかなり壊れてるじゃねえか」と獅子鼻に皺をよせた。
それにしても、
「あんなところが開くんだ……」
ヨリトモは、モーツァルトとアリシアがベルゼバブの内部を真剣な表情で点検しているのを見て、ぽつりとつぶやいた。
「メンテナンス・カバーだ。セーフモードを起動してビュートをサルベージするつもりだな」ケメコが答えた。「ときに、ヨリトモ。前回の戦闘中、右腕を吹っ飛ばされるのと、ビュートが消えるのと、どっちが先だった?」
「え? それって重要なの?」
「重要だね」ケメコは顎をこすって不敵に笑う。「極めて重要だ」
「たしか、右腕が吹っ飛ばされたときは、ビュートはいたと思う。そのあとでシステムが飛んだ」
「ふむむ」ケメコはにやりと笑う。
「でも、右腕は失った。カスール・ザ・ザウルスもない。これじゃあ戦いようがないよ」
ヨリトモは力なくつぶやく。
「あたしもさ、よくやったよ」
ケメコがシニカルな笑みを口元に浮かべる。
「腕を吹っ飛ばされたり、脚がもげたり。そういうときは、ラズベリーのやつが、必ずハンガーに緊急命令のコマンドを入電して、事前に手や足のパーツを作製させておいてくれたもんさ。そうすると、帰還までの間に、……うーん、完成とまではいかないが、かなり作製されているもんなんだ。あのドジなラズベリーですら、その程度のことはやるんだ。優秀なビュートがハンガーに命令を与えてベルゼバブの右腕の作製を始めてないとは思えない。おそらくソニック号のハンガーでは、すでにベルゼバブの右腕が完成しているはずだ。それを確認するためにビュートを呼び出す」
「え?」ヨリトモはぱっと顔を輝かせた。
ケメコはいつもの不敵な笑いを口元に浮かべてうなずく。
「だが問題もある。その右腕をベルゼバブに接合するために、ベルゼバブがソニック号に行くか? ソニック号をここに持ってくるか? ヨリトモ、あんたならどっちを選ぶ?」
ヨリトモは眉間に皺をよせた。
ソニック号をここに持ってきても、全長1000メートルの超光速快速艇が要塞セスカの格納庫に納まるはずもない。まさか要塞の前に路上駐車ってわけにもいくまい。そんなとこに快速艇が置いてあれば、普通のプレイヤーなら攻撃する。
ヨリトモだったら絶対にするだろう。
ではベルゼバブをソニック号のところまで行かせるとして、まあ敵のカーニヴァル・エンジンに追跡される可能性を考慮しないとしても、ソニック号が隠してある極北までどうやって移動する?
ベルゼバブの主スラスターは破損している。ターボユニットを使ってフット・スラスターで走行するとしても、何時間くらいかかるんだろう? いや、何日か?
「ベルゼバブのスラスターは、もうひとつ、あったよな?」ケメコがたずねる。
「ある。……けど、ソニック号に、だ」ベルクートのことだ。ヨリトモは首を横にふる。状況は変わらない。「しかし、あれは、できれば使いたくない」
「けへへへへ」
ケメコはいやらしく笑った。
「アリシア経由で聞いたよ。あんたでも手こずるスーパー・スラスターらしいじゃねえか。でもまあ、今は贅沢いってられねえ。それを使おうよ。スラスターはそれ。で、右腕は十中八九ある。あとは、武器だけだな」
「武器はいらない。素手で戦う。両拳と両足だけでじゅうぶんだ」
「なにカッコつけてんだよ、バカ」ケメコはヨリトモの頭を遠慮なくはたいた。「武器は、モーツァルトがおまえにバースデー・プレゼントしてくれる奴を使うんだよ!」
「いや誕生日、全然ちがうし。第一おれは、銃は苦手だ」
「でももうベルゼバブの左手に嵌まってるぞ」
「え?」
ケメコに言われてヨリトモは背伸びしてベルゼバブの左手を見た。
たしかにベルゼバブの左手にメリケンサックみたいなパーツが嵌まっている。物をつかむのに支障はなさそうなんだが、あれは銃じゃないだろう。殴るための道具に見える。
「モーツァルトが言うには、どうせおまえに持たせても弾は当たらないだろうから、射程距離の短い銃にしたらしいぞ。その距離じつに20メートル。基本的にゼロ距離で殴る銃だと思ってもらいたいって言ってた。えーと、名前は……」
ケメコは走ってきたモーツァルトのドロップキックをかわして、横に移動した。そして、いままでケメコが居た場所に、飛び蹴りしてきたモーツァルトが立っている。
「ナヴァロン・ナックルだ!」
モーツァルトは胸を反り返らせて言い放つ。
「ナヴァロン砲の携帯版だ。どうせナヴァロン砲は射程が短い。だからいっそ、近接戦闘用の密着武器として設計した。これならお前でも、確実に当てることができる。トリガーは操縦桿の方に振っておいたから、そっちを使え。ただしエネルギー源はベルゼバブの対消滅炉から動力パイプ接続で引っぱるしかない。意外にエネルギーを喰うから注意しろ。だが威力は保障する。こいつがあれば、拳で戦艦を撃沈することも可能だ」
後ろにひっくりかえるくらい胸を反り返らせているモーツァルトをケメコが「どうどう、わかったわかった」となだめて簡易ハンガーの方へ誘導する。
モーツァルトは「でも、名前はあたしが絶対言いたかったんだ」と言い訳しながらも作業の方へもどってゆく。
「で、だ」ケメコは何事もなかったかのように続けた。「右腕とスラスターを運ぶ方法だけどな、ドリル・ガンガーを使おうと思うんだ。あれのロック・ボルトで各パーツは固定できるから、スラスターと右腕を持ってきてもらう」
「おお」ヨリトモはそのアイディアに拍手した。それならいけそうだ。
ケメコはご静粛にと手で応じると、「んじゃ、そっちはそんな感じで」と言い置いて、その場を立ち去ろうとする。
「どこにいくの?」となんとなくたずねたヨリトモに、
「今日の敵の総攻撃に、この要塞はおそらく耐えられない。そのための方策を、さ」
「ケメコさんが来てくれて助かったよ」
「なに言ってるんだよ、こそばゆい」
「仕事で海外だったんだって? すごいじゃん。一体なんの仕事やってるの?」
「ん?」ケメコはアヒル唇になって首を傾げた。「あれ? あたし、あんたにどんな仕事してるか言ってなかったっけ?」
「え? 言ってないでしょ?」
「そ、そうかぁ?」ケメコは腕組みして考える。
「そういえば、さっきの電話の声。ずいぶん可愛かったよな。おれてっきり、ケメコさんって三十代後半くらいのおばさんかと思ってた」
「あれえ? あたし、あんたと電話で話したことあったよな?」
ケメコはヨリトモを怪訝にみつめるが、ヨリトモは一笑にふす。
「ないよ。さっきがはじめてじゃん」
「そ、そうだっけ?」ケメコはははと無表情に笑う。「えーと、あたしの名前は、本名は石川佳織っていうんだ」
「わかった、佳織だからカオリンなんだ。アイドルの名前じゃないじゃないか」
「アイドルでもある。なにせ、あたしはアイドルだからね」ケメコは親指を立ててみせた。「じゃあまたあとでな。次の手筈を整えなきゃならない。なかなか面白い作戦になりそうだぞ、ヨリトモ」
けけけ、と笑ってケメコは立ち去った。
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