5 反撃のカードは、……やっぱこれでしょ


 時間が来たせいか、人形館のカーニヴァル・エンジンはじわじわと数を減らし、攻撃は沈静化していく。今回の攻撃はそろそろお開きらしい。敵はベルゼバブを大破させたことで満足したようだった。


「地球時間であと1日あります」ワルツが高い位置からモーツァルトにたずねた。「持ちこたえることができるでしょうか?」

「うーん」モーツァルトは視線をさげたまま、考え込む。「すこし食べる量を減らして、回数をそのままにすれば、なんとかもつかもれしないな」

「いえ、カポーラの話じゃなくて」

 ワルツが小言をいおうとすると、情報担当のザウエルが報告を挟んできた。

「監視衛星のスレッジハンマーが新たな敵艦2隻の接近をキャッチしました」

 司令室がざわついた。

「母艦が2隻?」ワルツが目をむく。

「いえ、母艦ではないようですね」ザウエルが画像を解析している。「工作艦と補給艦のようです」


 ワルツがほっとしたのもつかの間。

「カーニヴァル・エンジンとパイロットの補給か?」モーツァルトがつぶやいた。「まずいな。今まで撃ち落とした敵が復活してくるぞ」


「逆にこちらはベルゼバブを修理することができませんね」ワルツがあとを継いだ。「うちの簡易ハンガーでは大破した腕を作り出すことはできないし、できれば今のうちにベルゼバブを快速艇ソニック号に運ぶか、危険は高いですがソニック号にこちらに来てもらうかしてベルゼバブの修理を開始したいところですが、そのためにはアリシア・カーライルがいないと始まらない」


「右アームを作製さえできれば、付け替えは簡単なんだ。ただ作製には時間がかかる。すぐにでもはじめて間に合うかどうかの話なんだが」

 モーツァルトはカポーラをひと齧りする。

「修理ができたとしても、おそらく敵は全勢力で総攻撃をしかけてくる。ベルゼバブが万全の調子であったとしても、防ぐのは難しいな」


「ただし、いい面もあります」

 ワルツは銀縁メガネのおくで微笑した。モーツァルトがまじめに話してくれているのが嬉しいらしい。

「人形館は母艦ではなく補給艦を寄越しました。つまりやはり攻撃は本日までで、それ以降は何らかの都合により十四番艦を動かさねばならない。つまりここを持ちこたえれば、今日の昼にやってくるキャピタル・ガードの救援を撃滅するだけの戦力を、人形館は裂けない。だからこその補給だということになります」


「なるほど」モーツァルトはうなずいた。「とすれば、やはり、カポーラの量は減らさなくてすみそうだな」

「結局そこですか」ワルツは笑った。


 だとしても状況は悪いままだったが。


 扉が開いて泣き出しそうな顔の小銃子ルル・ルガーが入ってきた。ルルは短い脚でひょこひょことモーツァルトに駆け寄ると、彼女の足に抱きついた。

「モーツァルトぉ。ヨリトモが接続切って、メールで呼びかけても返事してくれないんだよぉ」


「うん? そうか」モーツァルトはルルを抱き上げて膝の上に乗せた。「やつも落ち込んでいるんだろう? しかし戦争に負け戦はつきものだ。いちいち気にしていたら、身がもたない」

「ねえ、モーツァルト、あたしたち、みんな死んじゃうの?」

「うーん」モーツァルトは苦笑しながら首をかしげた。「どうだろうね」


 リフトのドアが開き、中から何人かが出てくる。ナヴァロン砲から降りてきたシュバルツがモーツァルトと司令室にいる一同に敬礼した。

「すこし休憩を入れてシャワーでも浴びてきます。そのあとで対策を練りましょう」

 シュバルツは沈痛な面持ちでモーツァルトを見下ろした。



 その時、ぶしゅーと圧搾空気のもれる音に、司令室にいた全員が振り返った。白い蒸気がたちのぼり、がこん!というロックボルトが外れる音が鳴り響いた。


 全員が反射的に腰のホルスターから銃を抜き放ち、音のした方へ照準サイティングする。モーツァルトも目をぱちくりさせてカポーラをくわえたまま立ち上がった。


 音と蒸気の出所は、アリシアが置いていった荷物のひとつ。巨大な円筒形のケースだった。

 そいつがごとりと音を立て、サーボ・モーターを始動させて蓋を開いている。中から蒸気がもわっと立ち上り、内部に収納されていた物体が姿を現す。


「げえっ」誰かがうめく。


 そのケースを取り囲んで銃口を向けていた一同が、わっと驚いたように一斉に後退した。


 中からピンク色のぶよぶよした何かがあふれ出てきたからだ。

 そいつはもぞもぞと蠢き、がばと立ち上がると巨大な口を開いて「ぶはー」と蒸気を吐き出した。


 人間か!? これは本当に、……人間、なのか?


 そいつはぽよぽよと肉をゆすって身を起こし、おかっぱに刈った髪を振り乱してぐるぐると渦を巻くレンズのメガネごしに周囲を見回した。

 取り囲んだ全員が引き金を絞りながら銃口を近づける。


「な、なんだこりゃ」その巨大なぶよぶよした人間は言った。「ここはどこだ? アリシアは? ヨリトモはよ? なんでソニック号じゃないんだ?」


 そして周囲から銃をつきつけられている事実に気づき、思わず両手をあげた。


「ちょっ、あんたら誰だ? 降参降参。あたしはそういうのじゃないからっ!」

 全員がその異様にぶよぶよした人間の姿に硬直した。こんなに太った人間が存在するなんて……。


 モーツァルトの口からカポーラがぽろりと落ちた。

「ワルツ……、あたし今度という今度は、本当にダイエットするわ」






「ケメコ殿か、ケメコ殿というのか?」

 モーツァルトは目を丸くしてその巨大な女を見上げた。


「ケメコでいいよ」ピンク色のパイロットスーツに身を包んだ樽のような体型の女は腕組みしてモーツァルトの隣にどすんと腰をおろした。

 その豪快さに、ルルが尊敬のまなざしでケメコを見上げている。


「アリシアは行方不明で、ヨリトモは接続拒否か」ケメコはそばかすの浮いた鼻をひくひくさせて周囲を見回した。「状況は悪そうだね」

 たのしそうに笑う。


「でもよかった。アリシアがあたしの身体をこっちに運んでおいてくれて」ケメコはクロノグラフをいじり、アリシアの位置を検索するが、反応がない。おそらくクロノグラフの故障だろう。


 そこへ警報が鳴り響き、報告がはいる。敵のカーニヴァル・エンジンが1機、こちらに向かっているらしい。


 ワルツの指示で映像盤の一枚がその画像に切り替わった。

 その画像をみつめるモーツァルトにケメコがたずねる。


「どうなってる?」

「なにがだ?」

「いや、あの画面に映っている敵」

「見たとおりだが」


 ケメコは目をすがめて画面をにらんだ。壁の画面まで距離にして100メートルくらいある。ふつうあの距離にある画面を見ようと思ったら、地球では双眼鏡を使う。

「おまえら目、良過ぎ」


「難儀だなぁ」仕方なくモーツァルトは説明した。「大破したカーニヴァル・エンジンが歩いてこちらに向かっている。頭がふっとんでいて、コックピットにもダメージがあるみたいだが、なんとか歩行してくるな。両手を挙げている。投降の意志表示か?」


「通信できるか?」ケメコは口元をゆがめた。「アリシアかもしれない。ヨリトモにコックピットを潰されたカーニヴァル・エンジンの残骸に侵入して、回路に割りこんで神経接続しているのかもな」


 モーツァルトはちょっとおどろいてケメコを見た。

 しばらくしてヘックラーが、あのカーニヴァル・エンジンに乗っているのはアリシア・カーライルであると報告してきた。

 ケメコはにやりと笑ってつぶやく。

「まずは一人生還、と」



 ──三日目。最終日。


 頼朝は朝までぐっすり眠った。

 疲れていたのかもしれない。それもあるだろうが、何よりも戦う気力を失ったのが大きかった。

 おれは負けた。大敗北だ。それまでぴんと張り詰めていた糸が切れたための反動だろう。なにかすべての力が身体から抜け落ちてしまい、カーニヴァル・エンジンも惑星ナヴァロンもどうでもよくなってしまった。


 朝起きて、出勤してきた青木さんが作ってくれた朝飯をおいしいおいしいといいながら食べる。青木さんはおだてればおだてただけ木に登るタイプで、頼朝がほめるものだから、昼前にもう一度朝ごはんをつくってくれた。さすがにそれは残したが。


 デスクにむかってマンガを読んでいると、カード端末が鳴った。

 取り上げてみると、石野からの通話。


「よう、小笠原。今いいか?」

「え、ああ、いいけど」

「実はさ、いままたファミレスでさ、みんな集まって祝勝会をやってるんだ。おまえも来ねえ?」

「祝勝会?」頼朝は首をかしげた。「なんの祝勝会?」


「実はよ、おれたちの小隊が指揮した作戦でさ、すげー強敵のバーサーカーってプレイヤーを倒したんだよ。あ、バーサーカーってやつがいるのは話したっけ? もう感動ものでさ。いま吉川も来て、報告かねて祝勝会の真っ最中なんだ。あとさ、本来今回のミッションで失われた機体はミッション終了まで復活しないはずだったんだけど、オフィシャル側の粋な計らいですべてのプラグキャラと機体が今日の午後三時に復活させられるんだ。そしたら吉川もサターンが帰ってくるし、いいことづくめだよ。だからお前もこいよ」


「ごめん、きょうは体調が悪いんだ」

 頼朝は嘘をついた。自分を倒したのが石野たちなのかといま知って少なからずショックだったのもあるが、とりあえず今はなにもやる気がしない。


「あ、そうなのか? じゃあさ、明日の放課後にでも……」

 頼朝は通話をぶち切って、端末をベッドの上に放り出した。

 大人ならこういうとき、やけ酒飲んだりできるんだろうな。イスの背もたれに身をあずけて、マンガを開く。ベッドの上で再び端末が鳴り出し、いつまでも鳴り止まない。いいかげんうるさくなって、頼朝は通話にでた。


「うるさいな、体調が悪いって言ってるだろ」

 いらいらと答える。

「んだとぉ!」不機嫌な女の声がかえってきた。びっくりして飛びあがった頼朝は、端末の画面表示を確認する。アドレスに登録のない番号からの着信だった。


「だれ?」

 おっかなびっくりたずねる。


「あたしだよっ! ケ! メ! コ! ヨリトモっ! てめえ、ぼさっとしてないで、とっとと接続しやがれ、このバカっ!」




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