4 アリシアが死んだ?


 頼朝は自転車に跨ると、全速力で走り出した。

 むちゃくちゃな運転で家まで辿りつき、玄関前に自転車を放り出して靴を履いたまま階段を駆け上がった。下の階で青木さんの声がするが無視して部屋にとびこみ、無線カスクをかぶる。ワークステーションが起動するあいだに靴を脱ぎ捨て、いらいらと上着を放り出す。すぐに頼朝の周囲で現実がゆらぎ、惑星ナヴァロン上の要塞セスカの彼の居室で、ベッドに横たわるヨリトモが目覚めた。


 ベッドからヨリトモがはね起きると、すぐそばにルルがいた。手に持った通信デバイスで一生懸命文字を入力していた彼女は、ヨリトモがとび起きると、安心したように彼の脚にしがみついてきた。

「アリシアが死んだってメール送ったか?」

 ヨリトモは詰問する。ルルは眉毛を寄せてうなずく。

「撃墜された」

「撃墜? どういうことだ?」

 強い調子で問いかけて、ルルが泣きそうなのに気づき、ヨリトモは彼女を抱き上げると司令室に走った。


 階段を駆け降りて扉を開けると、すぐにワルツのところに駆け寄る。

「オガサワラ殿、アリシア殿が撃墜された。いま捜索隊を出しています」

 ワルツは冷静な口調でヨリトモに告げる。


「まだ死んだと決まったわけじゃないんですね」

 ヨリトモは確認して、抱き上げていたルルをおろした。

 ほっとする。さっきまでもやもやしていた気分が吹っ飛んだ。


 真澄はたしかに泣いていたが、怪我したり死んだりするわけじゃない。たかがゲームのデータが失われただけだ。それくらいで泣いていられる彼女は十分幸せだ。そしてそれくらいで仲間が心配して集まってくれるのだから。


「しかし、なにぶん敵の攻撃が激しくて、捜索隊はなかなか思うように進めない。さらに、この気温だと怪我でもしていたら生還の確率が格段に下がるから、あまり猶予もない。正直すこし覚悟しておいてもらった方がいいかもしれません」


 厳しい表情でヨリトモはうなずいた。外部映像スクリーンに、叩きつけるような激しい吹雪に埋もれるナヴァロンの荒野が映っている。


「アリシアは戦闘機で外に出ていたんですか?」

「そのようです」

 ワルツ司令は油断なく壁の映像スクリーンを見回しながらうなずく。

「快速艇から荷物を運び込んでいました。最初の荷物は到着していて、つぎの荷物を取りに行く途中、要塞から出たところをカーニヴァル・エンジンに撃墜されました。距離にして20キロほど先らしいです。梟眼シュバルツによると脱出ベイルアウトはしているようですが、高度が低くてパラシュートの開きが悪かったらしい。気温もまだまだ低いから、出来る限り早く救出したいところですね」


 ヨリトモは納得して、高い位置にあるワルツの戦略シートから離れ、通路を下った。

 ルルもとことこと、ついてくる。司令室の最下段にはアリシアが運び込んだ荷物が置かれていた。


 テロートマトン充電器だった。

 巨大なスチールの棺桶で、これに入れてテロートマトンを充電しないと、ヨリトモ・ボディーは活動ができなくなる。ただしバッテリーはフル充電時で約2000時間はもつ。つまり三ヶ月ちかく充電は不要なのだ。こんなものを取りに行くために撃墜されたのか。ヨリトモはちいさく舌うちした。どうせあと1日しかここにはいないのに。

 充電なんてする必要はないのに。


 ヨリトモはどうしていいのか分からず、壁の映像スクリーンを見上げた。もしかしたらそこに助けを求めるアリシアの姿が映っているかもしれない。あるいは墜落したトムキャットの残骸が見えるかもしれない。


 ふと振り返ると、いつもの場所でモーツァルトがカポーラを食べている。口のまわりにケチャップをべったりつけているのに気づかず、シリアスな顔で「心配するな」と声をかけてくれたが、口の中にものが入っているので、何を言っているのかよくわからない。


「そうだ、オガサワラ」

 んぐっと喉をならして口の中のものを飲み込むと、モーツァルトは思い出したように言った。

「アリシアがいない間は、おまえはワルツの指示で動いてくれ。ちゃんと彼女の言うことを聞くんだぞ」


 ヨリトモはまたも「ぷっ」と吹き出した。おまえが言うなという感じだ。

 どこがおかしいのか分からないくせに、ヨリトモが吹き出してくれたことでモーツァルトは気をよくしたようだ。

「姫さま」

 ヨリトモは肩をすくめてたずねてみた。

「ダイエットはどうしたんですか?」


 モーツァルトは突っ込んでくれてうれしいようで、口の端が耳までつくくらいニッコリ笑うと「日が昇ったらはじめる」と答えた。


「そうだ、オガサワラ。やっぱりおまえの上司はワルツじゃなくてわたしということにしよう。最初の命令は『ターゲットを立てに行く』というのはどうだろう?」

「それだったらアリシアを探しにいきますよ」

「バカをいうな」モーツァルトは小さい声で否定した。「ベルゼバブが行けば目立ってしまって、かえってアリシアが危ない」


「オガサワラ殿」

 高いところにある戦略シートからワルツ・クエイサーの声が降ってきた。

「もうしばらくすると夜が明けます。いま現在母艦から発進したカーニヴァル・エンジン42機が惑星ナヴァロンの昼の側で待機中です。おそらく夜明けをまって総攻撃を開始すると思いますので、準備をおねがいします」

「わかった」


 ヨリトモはうなすぐと、胸前に拳を置く、ナヴァロン式の敬礼『パンツァー・ファウスト』をして応えた。


 アリシアの無事を祈ろう。そして42機はちょっとした数だが、すべてコックピットを狙ってプラグキャラを破壊しよう。ヨリトモは決意してハンガーに向かった。






 頼朝が帰った後、しばらく沈黙がつづいたが、急に高橋ナオキがぷっと吹き出した。


「次回のオフ会は、ベルゼバブを撃墜したあとなのかよ。一体それいつだよ?」

「ははははは、かなーり先になりそうだな」

 石野もおかしくなって腹をゆすった。

「おれたちレベル低いしね」

 古田がおもしろそうにみんなを見回す。

「でも」

 吉川真澄がポーチからティッシュを取り出して鼻の下をぬぐう。

「みんなで力を合わせれば、倒せないってことはないと思う」

「改造コードではないみたいですからね」

 草部景が笑った。

「ちがうって」

 高橋ナオキが突っ込みを入れる。

「改造コードでない、まっとうな機動だから、逆に絶対おれたちには倒せないの」

「ちがいねえ」

 石野が大口をあけて笑う。

「あれはおれたちの知っているカーニヴァル・エンジンの動きじゃねえもんな」

「でも」

 真澄はポーチの中から眼鏡をとりだしてかけた。とたんに知的な印象が強くなる。

「方法はあると思うの。こうしてせっかく集まったんだから、すこしみんなで考えてみない?」


「相手はたった一機だし、なにか特別な戦法でもあれば」

 景がみんなを見回す。

「戦法ねえ」石野が顎をこすった。「でもあの『赤の三銃士』のルジェ隊長ですら、手こずる相手だしな。それどころか『赤の三銃士』が束になってかかっても撃墜できないんだぜ。戦法うんぬんでどうにかなる相手かな?」

「そういえば」

 真澄がふと思い出したような口調で顔をあげた。

「前に小笠原くんから聞いたことがあるんだけど、空中戦の戦法で、なんとかホイールってのがあるって」

「なんとかホイール? それ、なにホイール?」

 高橋ナオキがたずねる。

「ごめんなさい。忘れちゃったけど、ただやり方は簡単で、何機かの戦闘機で輪を描いてくるくる回るらしいのよ」

「上杉謙信の車懸かりみたいなもんか?」

 石野が首をかしげる。

「で、そのくるくる回っている戦闘機の1機に攻撃をしかけると」真澄は続ける。「必然的に攻撃をしかけた戦闘機は、くるくる回っている次の戦闘機に真後ろを取られるの」

「はあ、なるほど」古田がうなずく。「そうだね。そりゃそうだ」

「面白い戦法ですね」

 景がうなずいた。

「それなら単純だし、そのくせ効果も高い。でもベルゼバブが引っかかるかな? もしかしたらファントムもその戦法を知ってるかもしれない」

「うーん」真澄は考え込んだ。「どうだろう?」


「いや、アイディアは悪くない」石野は天井を見上げて考え込んだ。「あとは工夫次第だろう。でも実際に試すとして」とみんなを見回す。「人数が足りねえよな」

 その場にいた全員が笑い出した。





 ──攻略サイトの自由掲示板における、ある書き込み。




『本来これは待ち合わせ掲示板に書き込むことだとは理解しています。しかし、これは今回の特殊ミッションを攻略する上でとても重要な連絡であると考え、こちらに書き込ませていただきます。敵の要塞を守るバーサーカーをみんなで協力して倒そうという計画です。わたしたちワイルドストーン小隊に協力してくれるプレイヤーを募集します。力をかしていただける方、本日18時、十四番艦のサッカー場でお待ちしています。ワイルドストーン小隊長 ウィリー』


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