2 ふいの呼び出し


「敵だ」ヨリトモはつぶやき、双眼鏡を覗くが、いまひとつ位置がつかめない。

「安心しろ、まだナヴァロン砲の射程の外だ。こちらの粒子兵器と巡航ミサイルはすでにキャッチしているだろう」

 笑いながら答えつつ、モーツァルトはルルに報告をいれさせた。


 ルルは彼女が持つと巨大なハンディー・トーキーを腰のガンベルトから取り外して耳に当てる。

「6E89のエリアにカーニヴァル・エンジン。機数3。とらえてますか?」


 ルルの報告に反応して、分子分解砲が火を吹く。地平に吸い込まれる光弾が空を走り、雪原が紫に染まる。地平線のあたりでカーニヴァル・エンジンの反物質スラスターが焚かれる独特の光芒が走り、敵が回避運動に入っているのがわかる。


 それを見たモーツァルトは口元をへの字に歪め、戦闘服とライフルの接続を外すと、屋上広場の反対端へ向かって走り出した。


 ヨリトモとルルはだまって気まぐれなお姫さまに従う。

 屋上広場の反対端の縁から乗り出して、モーツァルトは要塞後方の山間部、セイケイの隘路が斜めに走る地溝部を見回した。ちらちらと地溝の奥から赤い光がさして、何かが移動している。


 モーツァルトはワイヤレスのヘッドホンを取り出すと耳にかけ、ピンマイクを口元にもっていってコントローラーのダイヤルを合わせた。

「シュバルツ、後方のカーニヴァル・エンジンには気づいているか? 正面は陽動だぞ。……そうか、それならいい。……いや、ワルツはもう少し寝かせておけ。ヘックラーでいけるだろう。」そこでモーツァルトはにやにやと笑った。「だめだ、あたしは指揮なんかとらないよ。それより正面のターゲット・ボードが敵に踏み潰されちゃったんだけど、あれってどうにかならない? 狙撃の練習ができないよー。きょうはまだ5発しか撃ってないんだ」

 む、と唸ってモーツァルトはヘッドセットを外した。

「切られた」

 とつぶやく。

 ルルがけらけらと笑う。


「そーだ、オガサワラ。おまえひとっ走りいって、新しいターゲットを立ててきてくれ」

「ひとっ走りって、5キロ先でしょ?」

「ベルゼバブで行けば、すぐだ」

「ターゲット立てるためにベルゼバブ出撃なんて、おれが許してもビュートが絶対許さない」

「えー、いいじゃんー」

 モーツァルトは口をとがらせた。


 ヨリトモは肩をすくめた。

「バカバカしいから、もうちょっと寝てくる。ここはだいじょうぶみたいだし。なんかあったら緊急連絡いれてくれ」

 ヨリトモの身体を居室のベッドに横たえて、頼朝はもう少し眠ることにした。


 地球の日本ではまだ早朝。青木さんが出勤してくるまでまだ時間があるし、それまで睡眠をとっておくことにする。朝食をとってシャワーを浴びよう。それくらいの時間、要塞は持ちこたえるだろう。



 びーびーと振動した携帯の音におどろいて、頼朝はとびおきた。あわてて画面を確認すると、アリシアからの緊急メッセ、……の着信ではなくて一安心する。ふつうの通話だ。ほっと一息ついて回線をつなぐ。番号に見覚えないから、もしかすると間違いやイタズラという可能性も高いが。


「もしもし?」

「おう、小笠原か?」大きな声できかれた。

「だれ?」

「おれだ。石野だ。おまえすぐに出てこれるか?」


 なんの用だろう? そしてなぜ、石野くんがおれの番号を知っているんだ? いろいろな疑問が一度に浮かぶが、それを口に出来ないくらい石野裕一の声は緊張にぴんと張り詰めていた。

「いますぐ? どこに?」

 頼朝はすこし身体を固くして石野の返答をまつ。

「いまみんなで校門わきのファミレスに集まってるんだ。すぐ来てくれよ」

 それだけ言って、回線は切れた。

 頼朝は、首をかしげる。

 校門わきのファミレスにみんなで集まっている? 祭日の朝から、何の用事でファミレスにみんなで集合してるんだ?

「しかも、みんなって、どのみんなだよ」

 頼朝はため息をつくとベッドから出て着替えをはじめた。



 いつもは車でいっている学校だが、本日は郷田が休日のため自転車でいくしかない。朝食はまだだが、ファミレスで食べればいい。

 頼朝がふだんあまり使わない自転車をガレージから引っ張り出して、家の門のゲートを手動で開いていると、向こうから青木さんが歩いてくるのがみえる。ふだんのテンションはどこへやら。道を歩く青木さんはいたって普通で今朝はメイド服も着ていない。黒ぶちの眼鏡をかけて、なにやら路面を見つめながら呆然と歩いてくる。なにかショックなことがあったのか、外ではいつもああなのかは分からないが、心配している暇は頼朝にはない。とりあえず青木さんは家の合鍵を持っているのだから、無視して自転車で走り出した。


 速度を出してすれちがいざま、「おはよう」とだけいって通り過ぎる。

「あ」と反応した青木さんは手を上げてなにか言いたげだったが、とぼけて走り去る。


 学校までは車で5分ほど。信号が多いため、自転車でもそれほど変わらない。ことによると、無視できる信号が多いから、自転車の方が早いかもしれない。

 学校のそばのファミレスは1階が駐車場で2階が本屋で、その上の階にある。


 頼朝は駐車場の隅の支柱に自転車をチェーンロックでつなぐと、エスカレーターを駆け上がった。ここ2日ばかりトレーニングをさぼっているので、身体がうずいている。


 昇りのエスカレーターを一段とばしに走ってあがり、折り返してつぎのエスカレーターに乗ろうと、手を伸ばして、動いているベルトを先につかむ。

 身体ごとベルトにひっぱられて、ぐいっと回って3階へつづくエスカレーターに飛び乗り、あれ?と思った。


 動いているエスカレーターのベルトをつかんで身体を旋回させる方法は、カーニヴァル・エンジンの旋回に応用できないだろうか? もちろんカーニヴァル・エンジンはエスカレーターに乗ったりしないし、戦場にエスカレーターのベルトもない。しかし……。


 そんなことを考えていると、頼朝をのせたエスカレーターは彼の身体を3階に運び、正面にあるファミレスの入り口の前へ自動的に放り出す。

 ドアをあけると人の動きに反応してファンファーレが鳴り、奥から顔をだした店員が「いらっしゃいませ、お一人様ですか?」とか聞いてくるが、頼朝はちょこんと頭だけ下げてそれに応じ、目で店内を探す。


 一番奥の窓際の席に、目立つ体格の石野をみつけて、一直線にテーブルに向かった。

 石野の他に何人ものクラスメートがいて、みな私服姿。みんなの私服姿をはじめて見るし、考えてみれば自分の私服姿もはじめてみんなに見せることになる。


 テーブルに身を乗り出していた高橋ナオキが一番さきに頼朝に気づき、「おう、こっちこっち」と手をふる。

 テーブルには他に、石野裕一と古田洋、地味なかっこうの草部景が奥の窓際にいて、シートの中央にいるのは、吉川真澄みたいだった。


 石野は難しい顔で腕組みしていて、身を乗り出した高橋ナオキと、こちらに半分背中を向けた古田、困った顔をしている草部景、彼らが吉川真澄を取り囲むように席についていた。


「どうしたの?」

 まったくなんの騒ぎだろう?とテーブルに近づいた頼朝は、それがワイルドストーン小隊のメンバーで、中央の吉川真澄が肘をついて両手で顔を覆っているのに気づいてちょっと首をかしげた。

 真澄はずずっと鼻水をすすると、うっと小さく呻いた。

「なに? どうしたの?」

 頼朝はおどろいてたずねた。

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