第5話 おれが殺したのか?
1 射撃のお時間
──2日目。
ヨリトモが朝接続すると、要塞セスカの中央司令室は天地がひっくり返るような喧騒の中にあった。盛り上がった床のかなり上の方にあるシートに偵察次官である速射卿ヘックラーがついていて、青い顔でマイクに早口で叫んでいる。
それに応じるようにあちこちのシートから叫び返す声が響き、司令室内の全員がパニックを起こしたように引き攣った顔で叫びあっている。
「右の防衛ラインだ! 一番右だよっ! 前列はあとにしてくれ」
「42番の速射砲はだめです! 再装填にもう少し時間をください」
「じゃあ、他に狙える砲は?」
「66口径の砲弾はどっちのリフトに乗せればいいんだ? 早く指示をくれ!」
「6D79です。カーニヴァル・エンジンが侵入しています」
「近づけすぎだろう、バカっ!」
「しっかり狙ってくれ。それじゃあウォール・シールドを越えられちまうぞっ!」
「442の分子分解砲、再起動まだですか?」
「ファイヤーラインが絶たれた! このままじゃあ、孤立する。救援を乞う。救援を乞う。だれか助けに来てくれ!」
ヨリトモがびっくりして、いつもモーツァルトが座っているスナックバーの横のシートに目を向けると、そこにはアリシアがいて「おはよ」と手で合図してきた。もっとも、惑星ナヴァロンはまだ夜であるが。
ヨリトモは澄ました顔で座っているアリシアに駆け寄り、質問した。
「なにこれ、ワルツ司令は?」
「いま就寝中。モーツァルトが司令室の当番みたいだけど、例によって速射卿に持ち場を任せてどっかに行っちゃったわ。ウォール・シールドを敵が突破したら教えてくれってさ」
アリシアはクロノグラフを指さして肩をすくめた。
「たのまれたんで、姫さまにあんたの端末番号教えちゃったから、変な時間にラブコールが行くかもよ、シンクロル通信で」
「いや、そんなのは構わないけど」ヨリトモは混乱している司令室を見回す。「出撃した方がよくなくない?」
スピーカーから梟眼シュバルツの割れ鐘のような叫び声が響く。
「はやく射撃の優先順位を連絡してくれ! このままじゃあ、敵に攻め込まれるぞ!」
「あたしたちは出撃禁止らしいわ。別命あるまで待機だってさ」
「しかしこのままじゃあ、大変なことになる。モーツァルトはどこに? 直接交渉してくるよ」
「無駄だと思うわよ」アリシアは食べかけのカポーラをかじりはじめた。「たぶんあの姫さま、わざとやってるから」
「とにかく行ってくる。モーツァルトはどこ?」
「屋上で射撃してると思うわ」
ヨリトモは早足でリフトに乗り込むと、ボタンを押した。とにかくこの状況を放っておくことはできない。無理にでも出撃を承諾させて、ヨリトモが外に出てなんとかする以外にはない。
屋上に飛び出したヨリトモは、あちこちで火を噴く砲塔の轟音と地響き、大気が叩かれた太鼓のように震える衝撃波の中で首をすくめて頭を下げながら、屋上広場の端のモーツァルトとルルのいる場所に駆け寄った。
二人ともこんな轟音の下でなにをしているんだ。
あたりはまだ暗い。雪はやんでいるが、まだまだ地球の北極圏のような寒さだ。
白い息を吐きながらモーツァルトは長大なライフル銃を構えて、屋上広場の縁から要塞正面に銃口を向けていた。迫ってくる敵をねらっているというわけでもないらしい。
モーツァルトの持つライフル銃は巨大で、独特だった。
長い戦車砲のような銃身はぴかぴかの銀色。灰色のグリップにポリッシュされた機関部。太いストックには緩衝用スプリングがつき、マズル部には発射時の衝撃を抑える目的で発射ガスの排出ポートが取り付けられている。フレームの上に乗ったスコープはちょっとした天体望遠鏡並みだし、右に開いた排莢口の大きさから使用される銃弾がワインのミニボトルほどもあることが想像できる。
銃自体のサイズも大きく、まるでサーフボードのよう。モーツァルトはこの銃にぶら下がるようにしてこれを構え、専用のプロテクターがついた戦闘服とライフルの銃尾を接続してスコープをのぞこきむ。銃の重量は前部に取り付けられたバイポットと呼ばれる二脚が支えている。
「あ、ヨリトモー!」
めざとくヨリトモを見つけたルルが駆け寄ってくる。
「みてみて。モーツァルトの対戦車ライフルだよ」
「対戦車ライフル?」ヨリトモは怪訝な顔をした。「戦車を撃つライフルってこと?」
スコープをのぞいたままモーツァルトが「ぷっ」と吹き出す。
「対戦車ライフルを知らない奴がいるとはおどろきだ」
「あいにくとぼくの家には、そういう物がないんでね。そもそも周囲に戦車自体がいない」ヨリトモは口を尖らせた。
「次はなににする?」モーツァルトがルルにたずねる。
「うーん」手すりの上に三脚で固定された双眼鏡をのぞいてルルが考える。「チューリップ!」
「よし」モーツァルトは引き金を引いた。
ずっどーん!という、腹に響く衝撃波を放って、対戦車ライフルが火を噴いた。マズルファイアーが夜だからか、えらくはっきり見える。反動で銃口が跳ね上がり、一瞬ライフルを支えていた二脚が浮き上がって対戦車ライフルがスキップする。
熱風がヨリトモの顔に吹きつけてきて、その強烈さに思わず後退してしまう。
しばらくしてルルが歓声をあげた。どうやら的に命中したらしい。
「みてみて」ルルがヨリトモに双眼鏡を指さした。
ヨリトモはルルの身長にあわせて調整された双眼鏡のレンズを、しゃがんでのぞきこむ。
暗視スコープ独特の緑色の映像の中、雪原の真ん中にぽつねんと置かれたターゲットがある。木で出来たボードで、そこにチューリップやトラやイソギンチャクがペンキで描かれていた。
ヨリトモは一度双眼鏡から目を離し、夜の闇に沈む雪の原野を見渡した。
暗いし遠くて、どこにターゲットがあるのやら、見当もつかない。激しい砲火がばりばりと夜空を紫色に染め、その照り返しで雪原もやわらかい影を浮かべながらその姿を現すが、ヨリトモは雪原のどのあたりにそのターゲットがあるのか、とうとう見つけることができなかった。
ルルとヨリトモは双眼鏡のレンズをふたりでひとつずつ分けあってのぞきこんだ。
「今度はヨリトモが選んでよ」
ルルにたのまれて、ヨリトモは「じゃあ、イソギンチャク」と言うと、「あれはパイナップルだ」とモーツァルトの声が返ってくる。その直後、周囲の大気が根こそぎ震えるような発射の衝撃がヨリトモの身体を振動させて、モーツァルトの対戦車ライフルが火を吹いた。ずいぶんと間があって、パイナップルだとモーツァルトが言ったターゲットにぽんと大きな穴があく。
双眼鏡から目を離したヨリトモはちょっと怪訝な顔をした。
「着弾までずいぶん時間がかかるけど、あの標的って遠いの?」
「5000メートルくらいじゃないか?」モーツァルトは鼻の下をこすりながら答える。「この銃の初速は音の速度の5倍だが、この距離だと着弾に3から4秒かかる」
「音速の5倍?」ヨリトモはおどろいた。マッハ5というのは戦闘機では出せない速度だ。大気との摩擦で機体がもたない。「弾丸は溶けないの?」
「とけるよ」モーツァルトはスコープに目をあてて次のターゲットを狙う。「耐熱コーティングをした弾丸を使って、表面の熔解を計算に入れて狙撃する。さらにあたしの場合、弾が溶けない撃ち方をする」
スコープをのぞくモーツァルトはいたずらっぽい笑みを口元に浮かべている。弾が溶けない撃ち方はギャグだろう。たぶんここは笑うところだ。
しかしヨリトモは笑い声をあげることなく、双眼鏡をのぞく。
5000メートル……。5000メートルって5キロってことか?
自室でベッドに寝転んだまま携帯カード端末の検索機能を呼び出して、調べてみる。山手線の新宿から池袋までが4・8キロ。直線距離ではもっと短いだろう。ヨリトモは「ぶっ」と吹きだした。この人、新宿駅から池袋駅を狙撃してるのかっ!
ヨリトモが吹き出したのに気づいて、モーツァルトがスコープから目をはなし、満足そうににっこり笑ってこちらを見ている。ギャグが通じたと勘違いしているらしい。
「いいか、オガサワラ。撃つときにな、『溶けちゃダメ溶けちゃダメ』って、やさしく言ってやるんだ。そうすると弾丸は溶けないで、ちゃんと的にあたる」
調子に乗って与太話を続けるモーツァルト。彼女は機嫌よさそうにスコープをのぞくと、引き金をひいた。
発射の衝撃で対戦車ライフルが跳ね上がり、ぶわっとくる熱で大気が膨れる。花火くさいにおいが辺りにたちこめた。
ちょっと待ってから双眼鏡をのぞく。トナカイの絵にぽんと穴が穿たれる。とその直後、レンズ内のターゲット・ボードがカーニヴァル・エンジンの巨大な足にずどんと踏みつけられて消滅した。
「うわぁっ!」ルルとモーツァルトが同時に声をあげてのけぞった。二人は顔を見合わせ、げらげら笑い出す。
「敵だ」ヨリトモはつぶやいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます