5 カシオペイアの予言


 着艦してベルクター・シータをハンガーにおさめたルジェは自室へもどった。カシスが「今晩はもう出撃しないの?」としつこくきいてきたがルジェは黙ったままだった。クレイムが「今晩の総攻撃で要塞が落ちたらどうする?」といじわるな質問をしたが、ルジェは「落ちないだろう」と答えて自分のキャビンへ入ってしまった。

 ルジェは士官であるため、個室が与えられている。今回の特殊ミッション専用の十四番艦には、彼女の個室のデータコピーされた部屋がきちんと用意されていた。


 お気に入りのロッキングチェアに座り、身体をぶらぶらゆすりながら、部屋の端末でメールや回覧板をざっとチェックし終えると、テーブルの上からレトロなデザインの電話機をとりあげて、ダイヤルをまわした。さあて、連休のこの時間、あいつはゲーム空間に接続しているだろうか?


「もしもし」

 不機嫌な声が受話器からきこえてきた。

「よお、カシオペイア。あたしだ。ルジェだ」

「ああ。なんの用だ」

 あいつにしてみればまさに『なんの用だ』ってところだろう。

「おまえ、特殊ミッションには参加してないな?」

「『銀色のトカゲ』か。してない」

 ぶっきら棒な言い方だ。むかしからこいつはこう。

「1億ポイントだぞ。欲しくないのか?」

「おれがもらってどうする? そんなものをおれが取ったりしたら、周囲の顰蹙を買うだけだ。たった1億で」

 ルジェは苦笑した。

「カシオペイア、ところでおまえ、惑星カトゥーンでベルゼバブに撃墜されたんだってな」ちょっと嘲りを含めて言ってやる。「そのベルゼバブにさっき一発くらわせてやったぜ。撃墜には至ってないけどね」

「なに?」カシオペイアの声が興奮に震えた。「惑星ナヴァロンにベルゼバブがいるのか? なぜ?」

「いや、なぜって聞かれても困るけど」

「間違いなくベルゼバブか?」

「あんな化け物みたいに強い敵機が、そうそう何機もいてたまるか」

 受話器の向こうでカシオペイアがふっと笑った。

「どうだ、やつは? ヨリトモは?」

「ヨリトモ? ファントムって名前だったぞ」

「ファントム? ははは、ファントムというハンドルネームか」カシオペイアが苦笑する。「じゃあ、ファントムでいい。そのファントムと戦ったのか? よく無事で帰ってこれたもんだ」

「本当だ」

 ため息まじりにルジェは答えた。よく生きて帰れたものだ。

「惑星カトゥーンでたしかにおれは奴に撃墜された。そのあと破損したベルゼバブを第六艦隊の五番艦に隠して修理しているところを発見して、それを破壊する計画を立てたんだが、ファントムはぎりぎりのタイミングで接続してきて脱出。そのあとは苺野芙海のゲリラライブの大騒ぎだ」

 カシオペイアはくっくっと笑った。

「あの苺野芙海がこれまたなかなか食えない女でね。あの戦術リンクのクラッシュは彼女が仕組んだことだ。理由はわからない。ともあれあの騒動に乗じてベルゼバブは逃走を図ったが、おれはスザクで出撃して逃げるあいつを狙撃した。手ごたえはあったが、撃墜できたか確信がもてなかった。やはり生きていたか、ヨリトモ……」


 カシオペイアは懐かしそうにつぶやく。


「ベルゼバブを狙撃しただと?」ルジェはちょっとおどろいた。「聞き捨てならないな。そう簡単に狙撃できる相手じゃないと思うが」

「正直当たるとは思ってなかったがね」

 カシオペイアは自信たっぷりに答える。

「実に距離にして40万キロの狙撃だからな」

「バカな」ルジェは舌うちした。「40万キロなんて距離で弾が当たるものか。地球から月までだって38万キロだぞ。当たらないね。たとえそれがお前のスザクが持つ『キショウ・ザ・ライトニング』でも、だ。距離計のゼロの数を読み間違えたんじゃないのか?」

「信じられないのなら信じなくていい」カシオペイアは勝ち誇ったように言う。


「それはそうと今回の戦闘だが、映像の記録があるのなら送ってくれないか? やつの地上での動きをチェックしておきたいんだ」

「あいにくだが、映像はない。あったとしてもお前にはやらん」

 実はちゃんとあるが、絶対にやらん。ルジェは心の中でつぶやく。

「あいつがコメットターンをマスターした時期がどうもよくわからないんだ。惑星カトゥーンで戦ったときはそれほどの旋回技術はなかったように感じたんだが、その次に宇宙に姿を現したのがあのゲリラライブの夜で、あの時には完璧なコメットターンを多用している。ということはそれ以前から定常円旋回をこなせていたと仮定して……」カシオペイアはぶつぶつとつぶやく。「地上でまだコメットターンは使ってないよな?」と確認してきた。

「地上でコメットターンは使えない。ターボ・ユニットでホバーさせての旋回はリスクが高いからか、ファントムは嫌がって使ってなかった」

 ルジェはつっけんどんに応えた。

「ほお」電話口でカシオペイアが意地悪く微笑むのが分かった。「では、予言しよう。ミッションは今日が初日だな。うーん、とすると、三日目あたりかな? やつはちがった旋回を見せる。ルジェ、それまでにやつを撃墜することを勧めるよ」

「なんだと? それはどんな旋回だ」

 いらいらとルジェはたずねる。

「秘密だ」カシオペイアは楽しそうに声を弾ませた。「だが、当てずっぽうだと思われるのは心外なんで、もう一つ予言しておく。やつはそれにきっと、『フック』という名前をつける」

 そこまで言って、カシオペイアはげらげらと笑い出した。自分の予言がおかしいのか、あるいはファントムのネーミングセンスがおかしいのか。ルジェはかっとなって、受話器を電話機に叩きつけて、そのまま回線を切断した。



 日が暮れて夜が来た。ナヴァロンの夜は冷える。日没からしばらくして、雪が降り始めた。

 『赤の三銃士』を撃墜できずに帰還したヨリトモは、ベルゼバブを簡易ハンガーに横たえて、肩部装甲の修理をナヴァロンの技術者に依頼した。

 着弾部位が悪ければ、撃墜されていたかもしれない。凄腕だと警告されていたにもかかわらず油断した。まだまだ宇宙は広い。強い奴は山ほどいるようだ。すこし調子に乗りすぎていたかもしれないと、ヨリトモは深く反省しながらリフトにのった。


 旋回の問題もある。

 地上ではベルゼバブが思うように旋回してくれない。もともと旋回の苦手な機体だが、宇宙空間ではやり方によってはかなりの旋回を行えた。そう、旋回も加速運動のうちなのだ。そしてベルゼバブの加速は宇宙一である。


 が地上ではそうもいかない。そもそもが地上ではベルゼバブはあまり高い性能を発揮できない機体なのかもしれなかった。ビュートに質問してもいい答えは返ってこない。


「え? 十分すごい旋回ができていると思いますけど」

 どこに問題があるんだ?という顔でかえしてくる。


 これがベルゼバブの地上での限界の旋回なのだろうか? もしこれが限界だとすると、アリシアに相談して、これからは地上のミッションは避け、宇宙戦のミッションを中心に受けていくしかないだろう。

 負けるわけにはいかない戦いだし、撃墜イコール死、であるのだから。


 直通リフトの扉が開いて、ヨリトモが中央管制室に入ると、ドーム状の司令室に要塞全体が震えるような大拍手の渦が沸き起こった。


 見回すと、中央管制室には普段いるより多くの人が集まっており、そのみんながヨリトモに笑いかけて手が腫れるほどの力強い拍手を送っている。

 シートにかけている全員が立ち上がり、ヨリトモを見下ろしながら嬉しそうに手を叩いている。見上げると最上段のワルツも手を叩いている。ワルツはヨリトモと目が合うと拍手をやめて『パンツァー・ファウスト』の敬礼をした。軍服を着た何人かが、それにならって敬礼する。

 横に立っている梟眼シュバルツも、いつもの厳しい表情をゆるめて拳を胸前に置いている。

 すこしズレて立つアリシアも拍手をしていて、ヨリトモに小さくうなずいてみせる。

 割れんばかりの拍手をしている者の中には、ルルのような子供もいれば、杖によりかかった老婆もいる。みなが誇らしげに称賛の笑みを浮かべて力強い拍手をヨリトモに送っていた。


 ヨリトモがぽかんと口をひらいて立っていると、拍手をしながらモーツァルトが進み出てきて、ヨリトモの目の前でぴしりと敬礼した。

「さすがだ、オガサワラ」

 直立して真剣な表情でモーツァルトが口をひらくと、ぴたりと拍手がとまった。

「あの『赤の三銃士』をひとりで撃退するとは、さすがはオガサワラ」

 モーツァルトは敬礼したまま、耳をぴくぴくと動かしてみせた。どうやら自慢の特技を特別に披露してくれたらしい。


 ヨリトモはびっくりしつつも、中央司令室にいる全員を見回した。自分をみつめるたくさんの目。称賛と期待と羨望。みなが微笑み、彼にありがとうと礼をいっている。


「いや、おれはそんな大したことは……、敵を取り逃がしたし……」

 もごもごと口ごもってしまう。

 それをモーツァルトは姉のようにやさしく見つめ、続きをうながす。

「でも、みんながこんなに……」

 ばたっ!と勢いよくドアが開いた。

「頼朝くーん、お昼ご飯だよー!」大声を張り上げてメイド服姿の青木さんがとびこんでくる。手には白い皿。皿の上には黄色がまぶしいオムライス。

 頼朝は一瞬わけがわからず、イスから立ち上がりかけて硬直する。えっとなんだっけ?

 ボイド宇宙に接続してるヨリトモと、自分の部屋でイスにすわっていた頼朝がごっちゃになってわけがわからない。目の前に立つモーツァルトと青木さんとが混濁する。

「あ、いやっ、いまはちょっとまって!」

 頼朝とヨリトモが手を前にだす。

「どうした、オガサワラ」とモーツァルトが驚いた顔をし、

「お昼ごはんだってばっ!」と青木さんが声をあらげて、強引にデスクの上にオムライスの皿をのっける。大量のパセリが添えられ、ケチャップがぐちゃぐちゃとかかっている。

「『頼朝』ってケチャップで書こうとして失敗しちゃった」青木さんがてへへと笑って頭をかく。

「漢字で書こうとしたのかよっ!」頼朝が突っ込むと、モーツァルトが、

「なにで書こうとしたって?」とたずねる。

「いや、そっちじゃなくて」とヨリトモ。

「あ、カタカナの方がよかったか」と青木さん。

「ちょっと、待って!」ヨリトモは叫んだ。「いいから、ちょっと待って」

 ヨリトモは一度目をつぶり、深呼吸をした。

「ごめんなさい、みんなちょっと待ってて。今日は疲れたから、すこし休ませてください。またあとで」

 ヨリトモと頼朝は頭をさげた。

 惑星ナヴァロンでは拍手が巻き起こり、頼朝の部屋では、青木さんが「ちゃんと食べてね」と笑顔でいった。


 ヨリトモはにこにこ笑いながら、イギリス王室の王子様みたいにみんなに手を振った。

 『赤の三銃士』は強敵だ。でもうちにいる青木さんもなかなかの強敵である。

 頼朝は青木さんが部屋から出て行くのを待って、ヨリトモを司令室から退出させた。



 その後ヨリトモは4時間の睡眠をはさんで再接続。攻撃のうすい時間帯ならナヴァロンの人たちに防衛は任せてだいじょうぶだと確信が得られているので、ぐっすり眠れて、やがてくることになる1日目の夜に備えることができた。

 ナヴァロンの気温はぐんぐん下がり、雪が深くなる中、地球では深夜を迎え、カーニヴァル・エンジンによる総攻撃がはじまった。

 足場の悪い雪上戦だったが、ターボ・ユニットの振動が少ないため旋回はやりやすく、視界の悪さがヨリトモに味方した。雪が通常レーダーを鈍らせ、ベルゼバブが近接戦闘に持ち込みやすい。

 さらに右のナヴァロン砲についた梟眼シュバルツが雪を見透かす脅威の視力でもってヨリトモをサポートした。このころになると、ベルゼバブとナヴァロン砲の呼吸もぴったり合ってきており、要塞後方からセイケイの隘路を伝って進撃してくる敵をヨリトモとシュバルツのコンビで壊滅させることができた。


 砲火のこない後方が攻略には向いているという情報が流れたせいで、ほとんどの敵が後方に集中してきたが、かえってそれがよかった。集中した敵をナヴァロン砲とベルゼバブのチームが見事なタイミングで波状攻撃をしかけ、ほぼ9割ちかい確率で敵を撃墜した。

 この1日目の深夜の総攻撃で、じつに200近い敵を倒したことになる。


 十四番艦に艦載されているカーニヴァル・エンジンが400機。このうちの半数を1日目にして倒したことになり、ここからは敵の数が減りはじめるばかりだ。


 大した破損も受けずに要塞セスカへ帰還したヨリトモはすっかり英雄あつかいだった。

 しかしヨリトモは、気分よくばかりはなっていられない。

 なによりエースとしての責任感があるので、不用意に被弾するわけにもいかないし、依然旋回には苦労している。そしてなりよりも『赤の三銃士』はいまも健在だ。あいつらにつかまってヨリトモが撃墜されれば、ヨリトモへの期待が大きい分、要塞セスカは総崩れになる危険がある。しかもあの三銃士を相手にして勝ちを取るのは容易なことではない。


 今夜の人形館のカーニヴァル・エンジン部隊は、前夜よりも早い時間帯で撤退しはじめた。おそらく攻略が容易でないと悟ってきたプレイヤーが多いためだろう。

 再びみんなの拍手で迎えられたヨリトモは、今度は本当に疲れていて早目に部屋にもどった。接続を切った頼朝も自室で倒れこむように、ベッドに入る。青木さんが夜食にと用意してくれた1ダースのおにぎりは戦闘中に全部たいらげていた。12種類の具が入った力作で、昼間のオムライスの失敗を完璧に取り返してくれていた。


 ヨリトモは夢も見ずにぐっすりと眠った。


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