4 カーニヴァル・エンジンの戦闘力を決める一番重要な要素


「いま言ったやつ。だれだ?」

 ルジェはしずかにたずねた。

「あ、おれ、です」

 ワイルドストーン小隊のゼクスというやつが、しゅんとした顔を画面にだす。

「お前らが何を噂してもいい。たとえそれが、あたしの戦術リンク上であってもな」

 ルジェは落ち着いた声で話しているが、その目は怒りに燃えていた。

「だが、あたしの前で、二度とベルゼバブが捏造機体だなどと言うな。あの機動が改造コードのバグ技だとか言ったらただじゃおかないぞ。たしかにあのベルゼバブは高性能な機体だ。ただものじゃない。しかしインチキな改造データやチートを使用したバグ技をつかって機動していたわけじゃない。ちゃんとした物理計算上の運動をスラスターの反動推進によって行っていた。宙に浮くわけでもなく、瞬間移動をするわけでもない。ちゃんと加速してふつうに走っていた。しかも持っているのは、剣一本。こちらはフル装備の25機で挑んだが、全滅させられかけた。それはなぜだ? おまえらだって多少はカーニヴァル・エンジンの操縦に関して知識を持っているなら、十分わかっているはずじゃないのか? カーニヴァル・エンジンの戦闘力は、機種や武装やカスタマイズで決定するものじゃない。一番重要な要素は──」


「パイロットの腕だ」


 一番いいところをクレイムに持ってかれた。ルジェはむっとして口をつぐむ。カシスがぷっと笑った。


「ともあれ」

 ルジェは憮然として口を開いた。頬が赤いのが自分でもわかる。

「やつは、凄い。凄腕のパイロットだ。あたしが4発撃って1発しか当たらないなんて信じられない。外したんじゃない。かわされたんだ。あいつは凄い。そしていまあたしは、それ以上に凄く、……どきどきしている」


 ルジェは笑った。


「凄腕ですよね」ケイが同意した。「多少でもカーニヴァル・エンジンの操作に長けた者なら、彼の操縦技術に衝撃をおぼえないことはないと思います。ぼくは実は動画で何度も何度も、彼が苺野芙海のゲリラ・ライブの夜に行った機動を見たんですが、どう考えてもあれは、カシオペイア将軍が講習会で見せたコメットターンなんですよね。さいきんカシオペイア将軍のデモ動画がサイトに載るようになって、やっと比較できるようになったんですが、あきらかにベルゼバブの方が、カシオペイア将軍より高速で小さい旋回をしています。あれは神業です」


「コメットターンは」クレイムが口を開いた。「加速力が旋回能力につながるはずだ。物理計算すればわかるが、おそらくカシオペイアのソロモンより、ベルゼバブの方が加速性能は高いはず。ああいった上級機体は加速力にすぐれ、旋回能力に劣るものが少なくない。優秀な上級機体ほど加速力にものをいわせて旋回するコメットターンを選択することになるんだろう」


「あの、コメットターンって……」ウィリーが聞く。


「コメットターンってのは、スラスター噴射しながらクイック・ターンする技なんだ」

 ルジェは解説した。むかしカシオペイアが理論的に可能だが、とくにその必要もないということでマスターせずにいた技術。それをルジェに語ったときの彼の話を思い出して解説する。そうか、あの野郎、いつの間にか講習会とか開いてやがったのか。

「普通クイック・ターン中にスラスター噴射をすれば、機体は高速スピンに入ってしまうんだが、スラスターのF、つまり推進力を正確に機体の重心にのせておけば、旋回しながら主スラスターを噴射できる。彗星は長大な楕円軌道を描いて太陽の周りをまわっているんだが、太陽に最も接近したとき、高速で小さな弧を描いて周回するんだ。彗星の尾ってやつは、後方に引かれているんじゃなくて、実は太陽風をうけて太陽と逆方向に伸びている。だから、その瞬間、彗星は尾を外側に向けてくるっと太陽の周りをまわる。赤いコーンをまわってスピンターンするレーシングカーみたいにね。そこからコメットターンと呼ばれている」


 これは間違いない。命名者であるカシオペイア自身の口から、ルジェ本人が聞いたのだから。


「でも、地上では使えないんですよね」

 ケイが笑った。


 こいつ、底が知れないな、とルジェは思う。そうコメットターンは重力のある地上では使えない。

「だからベルゼバブはおもに直線的な動きをとっていたんだねー」

 カシスが感心したように口をひらく。

 そう、カシスとクレイムをパスしてトライアングルの中に飛び込んだときも、跳躍や旋回を使わず一直線にルジェに迫ってきた。


「いや、旋回も使ってたぞ。ものすげー旋回だ。それこそバグ技かと思うような旋回」

 フットサルが証言する。たしかにその通りだ。あれはなんだろう?


 すぐさまルジェは録画を再生した。

 ベルゼバブの旋回。

 いまルジェたちのチームは大気圏をすでにとびだし、暗黒の宇宙空間にいる。すこし先に母艦である十四番艦が見えている。

 これか。ルジェは目をしっかり開いて画像を見つめる。


「ひとつは空力旋回だ。スポイラーを使っている」

 ルジェは画像を見ながら、思ったままを口にする。

「ちょっと意外だな。ふつうのパイロットはスポイラーなんて使わない。もうひとつの方法は、一度着地して、足で地面をけずってそのまま旋回。というか、着地してるんだな。地面との摩擦を使っている。ターボ・ユニットは案外いれてない。ホバーしての主スラスター旋回は一回だけ。これは地面がフラットじゃないから仕方ない。が、フラットだったとしても、ターボ・ユニットを使って機体をホバーさせた状態でのコメットターンは可能だと思うが、こいつは嫌がっているな。なんでだろう?」

「そういえば、ぼくの記憶ではベルゼバブはサイドスラスターをほとんど噴射してないみたいですが、なんででしょう?」

 ケイが質問する。


「たしかに」

 ルジェは画像を巻き戻した。

「サイドスラスターを使ったサイドステップは一度もつかっていない。ここ一番は空力だ」

 ベルゼバブがルジェの初弾をさけた映像を再生する。ここでは手足を広げたエアブレーキだ。

「サイドスラスターはおそらく、加速が弱いから捨ててるのだろう」


 ルジェはなんとなく、バーサーカーことファントムの気持ちがわかるようになってきた。


「こいつは空力に詳しい」

 続ける。

「サイドスラスターは貧弱だから使わない。が、ターボ・ユニットを併用しての地上でのコメットターンは嫌がっている。なぜだ? その方が速く回れるはずなのに。……そうか。そういうことか」

 わかった。

「難しいんだ。リスクが高いからだ。宇宙空間ではどの方向へ機体が傾いても構わない。が地上では地面がある。主スラスターの角度が上に向くと上昇してしまうし、下に向け過ぎると、つんのめって転倒する。しかもターボ・ユニットは地面のギャップをとらえて機体を上下に震動させる特性がある。だから転倒の危険が高い、リスクのある機動はつかわないんだ」


 ルジェはしばし、ベルゼバブの流麗な機動に見入った。


「思えばこのベルゼバブは剣一本しか装備していない。戦闘中にあれこれ迷ったりはしないんだろう。ただ突っ込んで斬るだけ。その目的を達成するためにどうすればいいのかだけを考えていろいろなことをしている。やつの目的は単純なんだな」


 画面の中でベルゼバブが舞う。


 噴射し、土を蹴立て、長刀で薙ぐ。荒あらしく、力強く、一直線に攻撃する。こいつがハッカーだとしたら、なぜプレイヤーキラーをする。面白いからか? 自分の力を見せつけたいから?


 ちがうな……。

 そんなつまらない動機で、こいつのこの真っ直ぐな機動は生まれない。なにか手に入れたいものがあるのか? 守らなければならないものがあるのか?


「きょうは解散するか」ルジェは力なく宣言した。


「ルジェ隊長」ウィリーが思い切った声をあげた。「お願いがあります。次回もぜひ、自分たちを戦列に加えてください。きょうは本当に助かりました」

「自分からもお願いします」フットサルが画面の中で頭をさげている。「本日の戦闘は極めて勉強になりました。次回もぜひ自分らの小隊を教導してください」


 ルジェは肩をすくめた。

「あたしらは、そんな大したもんじゃないよ。勝手気ままに戦うだけの『赤の三銃士』さ。大部隊を率いたりはしないんだ。ただし、救援要請には可能な限り応じる。いつでも連絡してくれ」

「ですが、このミッション。これであきらめてしまうわけでは、ありませんよね?」

 ワイルドストーンのケイが細い声でたずねる。

 カシスとクレイムが画面の中からルジェの顔色をうかがう。

「もちろん、あきらめない」

 ルジェはきっぱりと言い切った。

「あの要塞セスカもナヴァロン砲も、かならず潰す。そしてあのベルゼバブ。絶対に仕留めてみせる。これほどドキドキするゲームが他にあるか? いや、ない!」

 ルジェの問いかけに、皆がうなずいた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る