3 死んだふり
もらった!
ルジェは心の中で叫ぶ。こちらの火線の上、真正面だ! この射線上なら1発目をかわしても2発目は絶対に当てられる。ルジェは初弾を放った。どう動く、ベルゼバブ? 右でも左でも、飛んでも伏せても、あたしは外さない。
え!
つぎのベルゼバブの行動に、ルジェは目の玉が飛び出るくらい驚いた。
ベルゼバブは長刀をもった右腕をまっすぐ前に突き出して、体正面に大太刀を垂直に立てて構えた。鎬という刀の側面部をこちらに見せて、機体を一重身にひらく。一瞬の出来事だが、ぐいと突き出された刀身の、たったそれだけの身幅が、ベルゼバブの総身を刀身の陰に隠した。
ルジェの放った初弾が、ベルゼバブの大太刀の刀身をびいんと震わせて横に弾かれた。
え、えっ?
ルジェが思う間に、ターボ・ユニットでホバーしたベルゼバブが腰を落とした姿勢で主スラスターを開き、超弩級の加速力で突進してきた。すかさずルジェは次弾を放とうとするが、ベルゼバブはさっきと同じ構えで、刃をこちらに向けている。機体は見えるが、肝心の中心軸が守られてる。
ルジェがいつも狙うのは、敵の中心だ。手を狙ったり心臓を狙ったりはしない。確実に仕留めるために狙うのは、いつも敵の中心、ど真ん中。肩や脚を狙って照準を横に外せば、絶対にかわされるのだ。射撃はいつも、正鵠を得なければ、当たらない。
それがいま、たった一枚の鋼の刃に守られて、見えない!
くそっ!
毒づいたルジェはトリガーを引く。中心を守るベルゼバブに対して、負けじと中心に撃ち込んだルジェの銃弾は、ベルゼバブの構えた刃の数センチ、いや数メートル横にあたり、刀身に弾かれて斜めにそれた。
うそ!と心で叫びつつ、横っ飛びにベルゼバブの刃をかわして大地に飛び込んだ。ごんという衝撃がコックピットにつたわって、肩の装甲からスポイラーセットにかけて切り裂かれたことが画面に表示される。
入れ違ったベルゼバブを狙ってすかさずカシスが分子分解銃の連射で援護してくれる。回避運動に入ったベルゼバブを追って、クレイムの赤いプラズマ砲弾が撃ち出される。
「全員撤退!」
チームメイトへ向けてルジェは命じた。
ベルゼバブはカシスの連射に押されて距離をとったが、そこでカシスの分子分解銃が2連射のプラズマ弾を放つ。ベルゼバブのパイロット『ファントム』が銃に詳しいのか、あるいはヘルプウィザードが優秀なのか? その瞬間、悪魔の機体はすかさず反転してきて距離を縮めにかかる。
カシスは冷静に弾倉をチェンジしている。ルジェとクレイムを信頼しているからだ。チームメンバーの半数が反撃を開始しているが、当たらない。あの速度で機動する敵は、あるレベルに達した射手でないと捉えられない。奴が迫る。
「全員撤退しろ!」
もう一度命じて、ルジェは愛機ベルクター・シータに膝撃ちの姿勢をとらせる。距離があれば伏せ撃ちにとりたい。安定するし、こちらの姿が見えにくい。しかし、ベルゼバブは速度があるし、なにより地面に伏せた斬りにくいはずの敵をあの長刀なら苦もなく両断するだろう、それこそ大地ごと。
クレイムが放った赤い砲弾をベルゼバブはかわしてまっすぐ突っ込んできた。
その背後でかわされた赤い砲弾が弧を描いて旋回し、ベルゼバブの背中に迫る。直撃の瞬間、またもベルゼバブはびくっと反応して反射的に背後に長刀を一刀振り下ろした。
あの反応、そしてあの長刀であの動き。
よくやる。が、ルジェはその瞬間をのがさず、トリガーを引いた。奴の体が回っていたのと、ベルゼバブの肩部アーマーが異様に厚いせいで直撃だったが大破はしなかった。しかしベルゼバブは吹っ飛ぶように横に倒れて地面に沈んだ。
やった。あたしの勝ちだ。倒すことはできないが、今日のところは奴に一撃加えられたことで、良しとしよう。欲をかかないこと。それが狙撃手が戦場で生き残るために鉄則だ。
ルジェはカシスとクレイムに撤退を意味する『愛してます』の手話を見せると、上昇を開始した。最大加速をかけてもたもた撤退しているチームメンバーを追い抜く。
カシスが不満げな声をあげた。
「やっとマグ・チェンジ終わったのにぃ。倒れたあいつに32発全弾ぶちこませてよー」
「やめとけ、カシス。下を見てみろ」
クレイムが落ち着いた声でいう。
かなり上昇しているので、ベルゼバブを映すガンカメラの映像は最大望遠になっている。高性能なカメラ映像の中で、あの黒いカーニヴァル・エンジンの姿は小さくなっていた。
しかしその姿ははっきり見ることができる。地面に倒れ伏したベルゼバブは、顔をあげ、敵が撤退したのを確認すると何事もなかったように立ち上がってこちらを見上げている。
「死んだふりだな」
ルジェは苦笑した。あそこで逃げなければ、トライアングルが崩されてカシスなりルジェなりが撃墜されていたかもしれない。そうなれば、チーム25機全滅も十分ありえた。
「ルジェ」
ワイルドストーン小隊の隊長、ウィリーが友達みたいな馴れ馴れしさでルジェを呼び捨てにしてきた。
「機体はだいじょうぶかい? おれが思うにあそこで撤退する必要はなかったと思う。あの瞬間はチャンスだと思ったんだが、今日はきみがチームリーダーだから命令に従った」
なに言ってやがる、バカが。ルジェは苦笑した。お前はいまの戦闘で、二回死に掛けているんだぞ。
ゲーム空間ではしかし、こういうバカ、というか、普段では言いにくいことを平気で口にする輩が多い。本当の自分ではないゲームキャラクターになりきっているのが理由だろうし、またそういった言いにくいことをぺらぺら喋ってストレス解消しているという部分もあるのだろう。
しかしルジェはちがう。
というより、ネットゲーム経験のながい彼女はなかなかに冷静だった。
「そうか。じゃあ次は君がチームを組んであのベルゼバブに挑めばいい」
ルジェは平静を装って答えた。画面の中のカシスがにやにや笑っている。クレイムはこれ見よがしに肩をすくめている。
「いや、すまない。そういう意味ではないんだ」
意外と素直にウィリーは謝罪する。黒い髪に太い眉毛。白い鉢巻をしめた熱血キャラ。漢と書いてオトコと読んだりするのが好きそうなやつだ。
「こちらも味方が撃墜されて。しかもコックピット直撃みたいだったから、もしかするとプラグキャラ、ロスってるかもしれないんだ。あとで連絡して確認してみるけど」
彼の友達のプラグキャラが破壊されたかもしれないなんて話は、ルジェにはどうでもいいことだった。
「こちらは半分以上やられてる」
横からホワイトベア小隊の隊長フットサルが沈痛な面持ちで割り込んできた。15人以上もいる小隊なんて聞いたことがないとカシスは影で笑っていたが。
「あいつがオフィシャル側が用意した敵キャラだって噂は本当だと思うか?」
「わからん」
すかさずウィリーが返答する。ルジェは自分の通信リンク上でこいつらが雑談をはじめたことに不快感を感じたが、放っておくことにした。
「あの失礼します。ルジェ隊長」
別の奴が入ってきた。
会話はチームメイト全員が聞けるようになっている。入ってきたのは、ワイルドストーン小隊の二等兵、ケイ。うざったい長髪に暗い顔。見るからにオタク的な容貌の男だが、造形に独特の作り物めいた感じがない。これはプライマリーキャラだろう。つまりこいつ、素顔でここに接続してきているようだ。まだネット初心者で、ゲームキャラを持っていないのか?
「通信リンクに割り込むのをお許しください」
「ああ、構わないよ。続けてくれ」
ほお、とルジェは思った。通信リンクは戦闘中の会話につかわれるため、割り込もうが呼び捨てにしようが、そもそも戦闘中なのだからそんなことには構っていられないため無礼講ということになっている。
しかし、いま帰艦する途上にあるチームは危急の戦闘状態ではない。
通常のネット上での会話のマナーを守るべきである。それをこの初心者は分かっている。とすると……。ルジェはにやりとした。
このケイという男。初心者ではない。初心者みたいな振りをしているが、おそらく隊長のウィリーよりもボイド、少なくとも『スター・カーニヴァル』での経験は豊富そうだ。おそらくちゃんとしたゲームキャラは他にもっているのだろう。そしてなぜ、それを使わないのか? おそらくは最近話題の、体験パックなら別アカウントでログインできるバグを利用してここに来ているのだろう。
「わたしの考えなんですが、もしオフィシャル側が用意した敵キャラであるならば、すこしあれは、強すぎるような気がします。しかも確実にプラグキャラのロストを狙ってきている。あれはやはり、ハッカーなのではないかと思うんですが」
ケイはルジェの意見を求めるようにたずねた。
「しかしハッカーだとすると、『スター・カーニヴァル』のサーバに侵入したことになるぞ。それは無理だろう」
ウィリーが答えた。
「たしかに今まで『スター・カーニヴァル』のサーバーに侵入できたやつは、いない。しかしだとするなら、苺野芙海のゲリラライブのときに起きたあのサーバーエラーはどう説明する? あれこそが、バーサーカーのサーバー侵入を証拠づけるものだとは思わないか?」
今度はフットサル。
「いやあれは、戦術リンクの混乱だろう? だとするなら……」
「敵味方識別もエラーを起こしていたじゃないか」
「いや、それは芙海の無茶な音楽データ放送による過負荷でしょ」
あいさつもしないで、チームの奴らがどんどん話に乱入してきた。
ルジェはちいさくため息をついて放置した。画面の中でカシスがいらいらと眉間に皺を寄せている。クレイムは完璧に無視して、次の砲弾のプログラムに入っているようだ。おそらく彼女のことだから、さっきベルゼバブに自慢の赤い砲弾を叩き落されたのがかなりショックだったにちがいない。
「しかしあのベルゼバブが要塞を守るのは、きつ過ぎる。ミッションの目的は『銀色のトカゲ』の捕獲なんだか、あそこにあれだけ強力な敵機を置くのはおかしいだろう?」
「だから『銀色のトカゲ』のポイントが1億もあるんじゃないのか?」
「しかしこれじゃあまるで、ポイントにつられてミッションに参加したプレイヤーのプラグキャラを破壊するのが目的みたいな地雷ミッションだよ。緊急参加だから、予備の機体は持ち込めないし、プラキャラ・ロスってなくても機体がなければ出撃できない。おれの知り合いなんか、初日の深夜に機体喪失して、それからずっと十四番艦のロビーから出られないらしい。そもそも慣れたプレイヤーは1億ポイントなんて必要ないし、やっぱこういうミッションは初心者へのポイントプレゼントみたいなものであるべきだから、難易度はもっと低くすべきだ」
「あのバーサーカーがいなかったとしても、難易度は十分高いし、第一『銀色のトカゲ』は一匹だけなんだろう?」
「ってことは、1億ポイントもらえるのは、たった一人なわけだ。なんのための特別ミッションなんだかわからない」
「やっぱバーサーカーはハッカーなんじゃないの?」
「ああ、それは間違いないと思う。第一あの捏造機体を使用していることから、きちんとしたプレイヤーでないことは明白だ。あのインチキな改造コード機体はさあ、おそらく……」
「おい、そこっ!」
ルジェがもの凄い剣幕で怒鳴った。
みなが口をつぐみ、しんと静まり返った。
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