2 長銃 VS 大太刀
ルジェは24機のチームメイトたちに着陸コースのガイドラインを表示して、全機を地上に降ろした。要塞セスカの対空砲火が来るであろうかなり手前で着陸させ、ターボ・ユニットを始動して地上を走行し、ゆっくりした速度で要塞に迫った。
25機のカーニヴァル・エンジンが横に一列になって進撃する。
要塞からは、着陸するこちらの機影はもとより、進撃によって立ちのぼる土煙もよく見えているはずだ。しかし着地点からかなり接近しても砲撃がこない。とっくに長射程砲台の射程距離内には入っていると思うが、あえて撃ってこないところを見ると……。
要塞の砲塔のひとつが火を吹いた。ルジェはすかさず全機に停止命令を出す。砲弾は高めの弾道でこちらに向かってくる。炸裂弾か? あるいは核ミサイル? いやちがう、マスドライバーだ!
カタパルトによって打ち出されたカーニヴァル・エンジンがくる!
ルジェは反射的に後方へ飛びのいて、そいつと距離をとった。カシスとクレイムがすかさず追随するが、他のやつらは何が起こったのか分からずその場にとどまる。その逃げ遅れた集団の中に、青い火の玉が着弾した。やばい、滅点ダッシュ・ユニットか! ルジェは息を飲む。
周囲の砂を吹き飛ばし、小さなクレーターを作って着地したそのカーニヴァル・エンジンは、ゆっくりと立ち上がる。
派手な飾りは一切ないガンメタリックのボディー。曲線を描いて複雑に絡み合う複合装甲は、まるで鍛え抜かれた格闘家の筋肉のよう。肩幅はあるがウエストはきゅっと締まり、拳は普通のカーニヴァル・エンジンよりひと回り大きい。独特の形状のシャープなスポイラーを開き、赤く炯々と光を放つカメラアイは死神の両眼のようだ。
ルジェの全身にぞくりとした鳥肌が立つ。
こいつは普通じゃない。尋常なカーニヴァル・エンジンじゃないぞ……。
するり。
そいつは音もなく背中の刀を抜き放った。
長い。身の丈ほどもあろうかという大太刀。以前は大剣つかいであったルジェですら、持ったこともないような長刀だ。こんな長い刀、ほんとうに扱えるのか?
ルジェはごくりと唾を飲み込んだ。
二十数機の敵機に囲まれてなお、そいつは平然と周囲を見回し、戦場を睥睨してみせた。
いま奴のコックピットでは被ロックオン警報がけたたましく鳴り響いているはず。しかしその、飾りの角も小翼も一切ない、鍛え抜かれたキックボクサーのような体躯をもったカーニヴァル・エンジンは、臆することなく敵の陣中にあってすら無人の野を往くが如く歩を進めた。
「ナイフ、録画しておいてくれ」ルジェは指示したあと、ふと尋ねてみた。「あれは、捏造機体だと思うか? 改造データを使った違法な機体である可能性はどれほどだ?」
「いえ、捏造機体などではありませんね」ナイフは素っ気なく答えた。「ちゃんとした機体です。データベースにもあります。カシオペイアの『スザク』と同じユニーク機体です。デーモン・シリーズのシリアルナンバー2、ベルゼバブ。改造データではありません。ごく普通の機体です。もっともカテゴリー・ユニークですから、あれはあれ1機しか存在しない機種ですけれど」
「では、違法なデータ改造ではないということだ──」
一応確認する言葉の途中で奴が動いた。チームの誰かがこらえきれずに発砲したらしい。ベルゼバブが人間離れした反応で横っ飛びに側宙を打ち、強烈なスラスター噴射をともなって手近な機体を切り裂いた。
あっと思ったときには、すでに3機が腰の上で胴体を両断されて倒されている。
「散開っ! 散開だっ!」
大声で叫んで警告するが間に合わない。怯えたウサギのように集まっていた4機がまとめて切り裂かれ、ベルゼバブは強烈なスラスター噴射で旋回と加速を同時に行っている。
まるで悪意に満ちた鎌イタチだ。意志のある銃弾がせまい室内で跳弾を繰り返すように、ベルゼバブは高速で旋回し、打ち返された打球のように加速してさらに2機を仕留めた。
目が追いつかない。ふっふっと消えて見える。このペースで暴れられたら、25機なんてあっという間に全滅させられる。
くそっ。心の中で毒づいて、ルジェはアルトロンの銃口をあげた。
ブーメランのように旋回して噴射するベルゼバブを睨むように見る。改造データでないのなら、どんなに速くても力学的に可能な機動を行うはず。噴射炎の長さ、主スラスターと姿勢制御ノズルの角度、スポイラーの先端が吹く飛行機雲。そして何より、奴のカメラアイが見ている方向。
あれか!? ルジェは陣形の右翼で棒立ちしている1機のスパイダーをみた。たしかワイルドストーン小隊の隊長だとか名乗っていたやつ。ウィリーという名前が表示されている。あれだ、次にベルゼバブが襲い掛かるのは、あのスパイダーだ!
ルジェは引き金を引いた。
スパイダーの手前、6メートルといったところ。正確な計算はできない。ただなんとなく、そこがベルゼバブの未来位置だと感じたから銃弾を撃ちこんだ。
グリーンのプラズマ弾が空を裂き、高速で低空を飛翔してスパイダーに斬りかかったベルゼバブを捉えた──、いや!
着弾の瞬間、ベルゼバブは身をよじり、身体を開いて大気の抵抗で無茶な減速を一瞬行うと、猫のように転がって無理やり軌道を変え、ルジェの放った銃弾をかわした。そしてそのまま大地に突っ込み、盛大な土煙をあげて数百メートルほど地面に溝を作って停止した。
半分土に埋まったベルゼバブが、驚いたように顔をあげ、こちらを見上げる。
ふざけるな!
ルジェはこころの中で叫んだ。驚いたのはこっちの方だ。
やつは低いシフトでスラスターを全開噴射していた。あの状態で飛んできた銃弾を避けるのは不可能だ。第一やつはあの瞬間、つぎのターゲットであるスパイダーに神経を集中していたはず。横から狙われて気づくはずがない。……普通は。
ベルゼバブが土の中からゆっくり立ち上がる。かたわらの砂地に長刀を突き立て、両手で機体についた土をゆっくりと払い落とし、ふたたび長刀を手にする。その間ルジェのベルクター・シータから全く目をそらさない。
来る気だな。ルジェはベルゼバブが機体についた土を払い終えるまで、銃口を下げて待つ。
「クレイム、カシス。トライアングルを崩さないで」ルジェは専用チャンネルで声をかける。「距離を詰められたら、やられるよ」
トライアングルとは、ルジェとクレイムとカシスの三人で、機体に逆三角形を描かせて編隊を組ませる戦法で、三人のレーダーにしか表示されない電磁波で形成されたトライアングルの頂点に三者を位置させて戦う、『赤の三銃士』独特の連携方法だ。
ルジェが逆三角形の頂点で、クレイムとカシスが底辺を作る。ルジェの向く方向によってこの二者が自動的に前方に展開する、単純だが効果的な陣形だ。
ベルゼバブが長刀を肩に担いでゆっくりと歩きはじめた。ルジェは銃口をあげ、奴の胸に狙いをつける。スコープはのぞかない。この距離なら目測でコックピットを直撃できる。逆にスコープをのぞいてしまうと、激しく動かれたとき相手をロストする危険がある。
前方左右にクレイムとカシスが展開して、それぞれに銃口をベルゼバブに向けている。周囲に散開したワイルドストーン小隊やリトルベア小隊も、生き残っている者は全員がベルゼバブにロックオンしているが、奴は臆することなくルジェのいる方へ歩いてくる。
ルジェは引き金にかけた指をじわりと引き絞る。
まだだ。まだ引き付けろ。距離があればまたかわされる。相手の太刀がぎりぎり届かないところまで引き寄せていいのだから、まだまだ引き付けられる。十分引き付けて、奴があたしの銃弾をかわせないところまで入り込んでから、引き金を引けばいい。
「まだかっ!?」
ビームバズーカを肩に担いだクレイムが声を荒げる。冷静な彼女にしてはめずらしい。が、それほどベルゼバブを接近させている。近づけすぎて、前衛のクレイムとカシスの銃口がゆっくりと内側を向き始める。いつもうるさいカシスが逆に黙る。
あまり前衛に近づけすぎると、前の二人があぶない。彼女たちをかたづけてからトライアングルの頂点であるルジェを狙うという選択肢もあるし、トライアングルの中に入られては味方の識別反応が邪魔でトリガーに制限がかかることがある。
ルジェはクレイムとカシスにささやくように命じた。
「撃って」
どうでるベルゼバブ!?
こらえきれない恐怖から、堰を切ったように前衛の二人はトリガーを引いた。
クレイムの超レア機体ベルクター・イオタが肩に担ぐ巨大なビームバズーカが火を吹き、緑と赤と黄色の光弾をつぎつぎと発射した。三つまでが限度だが、それぞれに強力なホーミングがかけられている。事前にプログラムされた内容に沿って、単純だが効果的な攻撃を三種のプラズマ砲弾が行う。あの三発は、クレイムが仕込んで鍛えて調教した、極めつけの猟犬なのだ。
一方どんなときでもトリガー・ハッピーなカシスは、32連射が可能なロング・マガジンをぶら下げた特注の分子分解銃を5点バーストで連射している。
1回トリガーを引くと5発いっぺんに発射するという仕組みだが、それをいつもゲラゲラ笑いながら『ゾンビ・シューティング』みたいに引き金を引きまくる。
一回で5発出るから、32発入った弾倉でも7回撃てば空になる。
そして7回目はぱぱっと2発だけ出て終わりだ。
その最後の2発は不発みたいで気が抜けるから、5点バーストはやめろとルジェが言ったら、カシスは「このぷぷって2発がリロードの合図なんですよぉー。これが来たらマグ・チェンジするんですっ」と自慢げに笑っていた。
そのカシスが声もあげずにトリガーを引いている。ベルゼバブを狙い、正確な射撃を心がけている。
2機のベルクターによる分子分解銃の連射と、高速ではないが高度なプログラムを施されたプラズマ砲弾3発の射撃を受けて、ベルゼバブはまっすぐ前に飛び出した。
もらった!
ルジェは、心の中で叫んだ。
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