2 クロス・クォーター・バトル
7機じゃない! 情報に間違いがある!
ヨリトモは素早く状況を読み取る。少なくとも10機、もうちょっといるかもしれない。何機かがこちらの出現に反応して手持ちの武器の銃口をあげる。ヨリトモは主スラスターを噴射して飛び上がり、地溝から出るとすぐに横に跳ねて地表に逃れる。
まあ戦場ではこういうことはよくある。7機が70機ならやばいが、十数機ならあわてることもない。
セイケイの隘路の底でいま切り裂いたカーニヴァル・エンジンの反物質炉が爆発して青い火柱があがる。地構内には音速を超える衝撃波が走っているはずだが、隘路の外に逃れたベルゼバブにダメージはない。
立ち上がって走りだし、位置をずらして再び隘路のなかに飛び込む。あたふたと逃げ出しかけていた1機を斬り、背中を向けて逃げ出そうとした1機を低く跳躍して追いすがり、コックピットのみを潰した。
何機かが上昇して空に逃げるが、ヨリトモはあえて追わない。ナヴァロン砲の攻撃が来るかもしれないし、もし来るなら巻き込まれたくない。案の定、ヨリトモの予測よりすこし遅れて黒い砲弾が上空をかすめ、強烈な引力によって巨大な鋼鉄の騎士どもをからめ取り、逃れようとするスラスター噴射をものともせずにカーニヴァル・エンジンを吸い寄せて圧壊させた。
その光景に逃げ場を失って立ちすくむ何機かを、たちまちのうちに斬り伏せたベルゼバブの前に、1機のカーニヴァル・エンジンが立ちふさがる。黒地に黄色いラインの入ったサイクロン。パイロット名はハルキと表示されていた。
残った何機かを逃がすようにファイヤー・バズーカを構えて立ちふさがったそのサイクロンは、ベルゼバブへ向けてレーザー通信を入れてきた。
「おまえがバーサーカーかよ」
画面に紫色の長髪を肩に流した男の顔が映る。ヨリトモはマスク・プロフィールが動いているのを確認した上で返答する。
「最近じゃあ、おれはそういう風に呼ばれているらしいな」
「こんなことをして何が楽しいんだ? おれら真っ当なプレイヤーのデータを破壊して、それで自分が強いつもりかよ! お前のやっていることはゲーム空間の破壊行為で、弱いものいじめだ。改造データを使って他のカーニヴァル・エンジンを撃墜しても、おまえ自身が強いことにはならないし、なんの自慢にもならないんだぞ!」
ヨリトモはちらっとビュートのいる画面を振り返った。ヘルプウィザードは、手のひらを上に向けて肩をすくめてみせる。
説得は無駄だという意味。
相手のウィザードもカーニヴァル・エンジンも、彼に嘘をついている。ここでヨリトモがどんなに一生懸命真実を説明しても、はっきりした証拠を提示することはできないだろう。
それでは説得は不可能だ。今は倒すしかない。
ヨリトモはベルゼバブのターボ・ユニットを入れた。ここは十分に足元が平坦で、ターボユニットによるホバー走行が可能だ。腰をおとし、上半身を地面と平行になるくらい前傾させる。主スラスターの噴射を下ではなく後方へ向けるための、ジャンパー姿勢という体勢だ。スキーのジャンパーが取る姿勢に似ているため、そう呼ばれている。
サイクロンが敏感に反応してファイヤー・バズーカの砲口を向ける。
ベルゼバブは舞うように左右へ機体をサイド・ステップさせて照準を乱させ、距離を詰めると、カスール・ザ・ザウルスを横に薙いだ。
サイクロンの細くくびれたウエストを切り裂いたはずの刃が空を斬り、切っ先がファイヤー・バズーカを引っ掛けて破壊する。いや、引っ掛けたのではなく、わざと斬らせたな。ヨリトモが気づいた瞬間、下から蹴りあがったサイクロンの足先がカスール・ザ・ザウルスを握るベルゼバブの拳を打撃した。
びいんという鋼の刃が鳴る音を響かせて、カスール・ザ・ザウルスが蹴り飛ばされて空を舞う。
はっとするヨリトモの死角を突くように、サイクロンの機体が逆方向に回転して、伸ばした腕がバックブローとなってベルゼバブの頭部へ迫る。
反射的にとったムエタイ式の高いガードがそれを防ぎ、なかば自動的にヨリトモはローキックを返していた。
サイクロンのパイロット・ハルキはすかさず足をあげてヨリトモのローをいなすと、軸足を切り替えてミドルの回し蹴りを放ってきた。風を裂くように薙いでくる蹴り足をさがってかわすベルゼバブ。ヨリトモは全身の血が沸騰するのを感じた。
こいつ、やる。
格闘技だ。
フルコンタクト系の空手かキックボクシングかまでは分からないが、少なくとも郷田とスパーリングを始める前のヨリトモだったならば、あっという間に倒されていたレベルの使い手だ。
「どういうことだ、おまえ……」ハルキが画面の中で舌打ちする。「改造コードのインチキ機体に乗ってるくせに、どうして格闘でおれと互角なんだ?」
左前のオーソドックスなファイティング・ポーズをとったサイクロンが、軽快なフットワークで距離をつめ、肉眼でとらえきれないような左ストレートを放ってきた。
ヨリトモは反応できずにパンチをくらい、ベルゼバブのカメラアイと正面モニターが一瞬ノイズを走らせる。いくつかのセンサー画面が衝撃による干渉をうけて表示が消える。
左、左、とジャブを叩き込んでの右ストレート。
相手の肩の動きと胸の向きで次のパンチを予測しろという郷田の教えがなければ、次の右ストレートを木偶のように食らっていたかもしれない。
が、なんども郷田に殴られて、身体が勝手に反応するようになっていたようだ。サイクロンの右ストレートにあわせて、ヨリトモはベルゼバブの高く構えた拳を上から叩き込んだ。
もしサイクロンが右ストレートを打ち切っていたら、ベルゼバブの拳が頭部に突き刺さっていたはず。しかしハルキは人間離れした反応で拳を途中で引き、後退しつつ、追撃の出端を挫く目的でローキックを放つ。が、これは読めた。
ベルゼバブは前足をあげてローを抜くと、そのまま膝蹴りを出し、後退するサイクロンの上体をのけ反らせ、上げた膝を軸にそのまま腰をひねりこみ、蹴り足の軌道を変えて叩き込む変則的なブラジリアン・キックでサイクロンの首を刈り取った。
反射的に背を丸めて衝撃を逃そうするサイクロンだが、頭部が揺れてセンサーが狂う。
ヨリトモはすかさずサイド・スラスターを瞬間的に噴射して反重力スタビライザーを効かせて蹴りの慣性をキャンセルすると、人間には不可能な動きで逆方向からハイキックを放った。
なにが起こったのか全くわからないであろう状態でハルキのサイクロンは頭部を吹き飛ばされ、横方向に数十メートル飛ばされてダウンし、そのまま動かなくなった。
さっきまでハルキの顔が映っていた画面には今は何も映っていない。
「
ヨリトモはベルゼバブを振り返らせ、蹴り飛ばされたカスール・ザ・ザウルスを拾いにいった。獣刀を掴んでサイクロンのところにもどり、とどめを刺す。サイクロンの首を落としてコア・キューブの射出を妨げ、確実にコックピットを潰す。
悪く思うなよ、ハルキ。
ヨリトモは心の中でつぶやく。
ここでの400対1の戦いでは、的確に敵の戦力を減らしていかねばならない。
撃墜したカーニヴァル・エンジンは、データがプラグキャラとともに残っているため、母艦のハンガーでセーブデータとして同じものがすぐに製作されてしまう。確実にプラグキャラをロストさせ、データごと破壊しなければならない。さもないと、いくらこちらが敵を撃墜しても400対1の戦力比が変わらない。着実に、敵を仕留めて息の根を止めていかねばならないのだ。
ヨリトモは自分の手がぶるぶる震えているのに気づいて、ぐっと拳を握りしめた。
いまのは危なかった。ちょっとでも反応が遅れれば、こちらがやられていた。まさか格闘技をやっているパイロットがいるとは思わなかったし、逆にもし自分が郷田にムエタイの基礎を学んでいなければ、このミッションも反乱軍もすべてこの場で終わっていた。いまの勝敗だって際どいもので、おそらく生身の殴り合いではヨリトモが負けていたろう。
カーニヴァル・エンジンに対する習熟度が勝った分、傾きかけた天秤を逆にもっていくことができた。命びろいとは、まさにこのことだ。
「ヨリトモ、ヨリトモっ!」
突き刺すようなアリシアの声がイアフォンから飛び出てきた。
「なにしてるのっ! あたしに無断で出撃なんて! 早く戻りなさい、ヨリトモ! 聞こえているの? ちょっとあなた、戻ったらただじゃおかないからねっ!」
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