第3話 たった1機の迎撃部隊

1 銃の射程は、的を撃って確かめるもの


 ──1日目。


「オガサワラ殿、オガサワラ殿!」

 耳元でスピーカーから割れた声が叫んでいる。年のいった男の声だ。この年代の男性に敬称つきで呼ばれることは、地球ではまずない。

 頼朝はベッドの上でぱちりと目をあけると同時に、惑星ナヴァロン上にいるヨリトモを起こさせた。


 日本では午前中。光線の角度でそう感じる。けっこう昼ちかい時刻だ。

 ナヴァロンではまだ昼過ぎ。窓がないから分からないが、とびおきたヨリトモは部屋のすぐ外にある階段を駆け降りて中央司令室に飛び込んだ。ドーム状の壁一面貼りつけられた何百枚ものモニターが、太陽のちょっと傾いた外の景色を映し出していた。

 中央が丘のように盛り上がった床の上の方から、シートについた速射卿ヘックラーが怯えた視線を降ろしている。


「もうしわけありません、オガサワラ殿。いまワルツ司令が就寝中なのでわたくしが指揮を任されているのですが……」

 ヨリトモはちょっとだけ好奇心に負けて司令室を見回した。配列された多数の映像盤。中央が少し高くなっていて、そこにステージのある床は、同心円状にコンソールが配置されている。


「どうかしましたか、ヘックラーさん?」

「後方より敵機が進入してきます」

 ヘックラーはぶるぶると震える声でヨリトモにすがるように語りかける。

「後方は峻険な山地で、本来進軍は不能なのですが、地形の褶曲が生み出したセイケイと呼ばれる亀裂に似た隘路が縦横に走っているのです。セイケイは全長1キロから7キロのものがほとんどで、直接わが要塞に敵が到達できるものではありませんが、いくつかのセイケイに隠れて攻めてこられれば、かなりの脅威となります。現在7機のカーニヴァル・エンジンがこのセイケイの隘路に侵入しておりまして、できればこれを殲滅していただきたいのですが」


「セイケイはな」

 意外に近くにいたモーツァルトが口をひらいた。彼女はヨリトモの数メートル横、ハンバーガーとタコスの中間みたいな料理の乗った皿を前に湯気をあげるカップに口をつけている。食後のコーヒーみたいなものかもしれない。

「カーニヴァル・エンジンですら動き回れるくらいの幅がある。深さも十分だ。天然のバリケードだな。あそこに入りこまれるとこちらは援護のしようがない。隘路によってはそのままウォール・シールドの内側まで入り込めるものも多数ある。各砲塔は角度的に隘路内を狙撃不能だし、最悪ナヴァロン砲で山ごと削る手もないではないが、それは自らの土台を壊すようなもの。最終日までその選択肢は残しておきたい。ツインピークスの頂まで登れば対戦車ライフルで角度によっては狙えるから、以前の掃討部隊やクリーナー相手には狙撃部隊を当たらせたが、今回の相手はカーニヴァル・エンジンだ。援護はしてやれないから、そのつもりでいてくれ」


 モーツァルトは澄んだ緑色の瞳でヨリトモを見上げてにやりと笑った。なぜか楽しそうだ。


「セイケイの隘路から外に出た敵は、砲撃可能ですか?」

 ヨリトモは真面目な表情でたずねる。これはゲームではない。ルールもないし、勝てるように出来ている保障もない。

「約8基の分子分解砲で、有効な射撃が可能だ。上昇してくれれば、ナヴァロン砲も左右とも使える。もしお前があそこから敵を追い出してくれたら、そのときはわたしの砲兵隊が仕留める」

「アリシアはいまどこに?」

「寝ているよ。うるさいワルツも就寝中」

 モーツァルトはへらへらと笑ってこたえる。

「なんなら起こそうか? しっかり者のお姉ちゃんがいないと心配か?」

 挑戦的な言葉だった。

 ヨリトモは首を横にふる。挑発されたからではない。アリシアにゆっくり休息してもらいたいからだ。たった7機。ヨリトモのベルゼバブなら容易い数だ。


「いいでしょう。ちょっと行ってきます。付近の地形図を転送してください。あと、間違ってぼくのことを撃たないでください。ここの簡易ハンガーでは大破したカーニヴァル・エンジンの修理はできません。快速艇ソニック号にもどればきちんとしたハンガーがあってかなりの補修が可能ですが、それには時間がかかります。ぼくが怖いのは味方のナヴァロン砲の誤射だけです。それ以外で機体を大破させることはまずありませんから。そちらがぼくを誤射しなければ、基本的に敵はすべて殲滅してきますので」


「まかせろ。ナヴァロン砲には梟眼シュバルツをつかせる。やつは敵と味方を見間違えたりはしない。銃をもってないのがお前のカーニヴァル・エンジンなのだろう? だったら見間違うはずもない」

 モーツァルトは脚を組んでシートに腰掛けたまま、ちいさく敬礼した。

「では、たのむ」


 ヨリトモは格納庫への道を聞くとすぐに走り出す。

「だいじょうぶでしょうか?」

 速射卿ヘックラーが心配そうにヨリトモの後姿を見送る。

 ヨリトモの直属上司であるアリシアや戦略責任者であるワルツのいないあいだに行ったモーツァルトの独断が、あとあと大変な結果を生みそうで恐ろしい。

「彼の空戦機動は天才的です。が、セイケイの隘路の中では必然的にクロス・クォーター・コンバット、近接戦闘CQCとなります。彼の技術もあのカーニヴァル・エンジンの運動性能も、あそこでは役に立ちません。そしてわれわれの援護もない。もしここで彼が落とされるようなことがあれば、われわれは……」

「この程度で落ちるようなら、どのみちあたしたちの助けにはならないんじゃないの?」

 モーツァルトはモニターのひとつを眺めながら答えた。ヘックラーの方は振り返ろうともしない。

「機数は14、まちがいないか?」

「はい。ですが、ここはやはり正確な数を教えて差し上げた方がよろしくはないでしょうか? 7機だと思って飛び込めば、極めて危険な……」

「パニックに陥ったときの、あいつの反応を見てみたい。銃の射程距離は、的を撃って初めて確かめられるものだ」



 教えられたとおり専用リフトで上昇し、簡易ハンガーに横たわったベルゼバブの搭乗口からシートに飛び乗る。機体はすでにアイドリング状態で、エマモーターも対消滅炉も始動していた。反物質スラスターとライトニング・アーマーの安全装置を確認し、ヨリトモはベルゼバブをゆっくり立ち上がらせる。


「ビュート、地形図は転送されてきているか?」

「はい。ですが、製作が1年前です。これ、信用しきらない方がいいですね」

 ヨリトモは小さく舌打ちした。

「発進口はわかるか?」

「右の壁際にあるエアロックが、マスドライバーの入り口です。そこに入って撃ち出してもらえます。ただし要塞前方へむけての射出ですから、ユーターンしなきゃですけどね」

「リフトでちんたら昇るよりは多少マシだろう。中央司令室に伝えてくれ。発進すると」

「了解です」


 ヨリトモは中央司令室の許可をまたずにマスドライバーの装填口に入り、力場加速で空に撃ちだしてもらった。

 トンネルのような射出管内を滑らかな加速で駆け抜け、あっという間に空に飛び出す。

 高度300といったところか。速度はマッハ0・9くらい。上空に敵影なし。ヨリトモはスポイラーを展開してベルゼバブをスプリットSでターンさせた。


 低い高度で要塞の左右ににょっきり突き出た二つの頂、通称ツインピークスぎりぎりを飛び越え、地形図と要塞の敵想定位置表示をたよりに敵がいる一番近いセイケイを目指す。


 セイケイはごつごつした岩山と岩山のあいだの中途半端な平地に刻まれた、引っ掻き傷に似たクレバスで右上から左下へ走るものと左上から右下の二種類があり、ものによってはX字にクロスしているものもある。カーニヴァル・エンジンが隠れるのにちょうどいいどころか、中で戦闘可能なくらい大きい地溝だ。


 ヨリトモは低空でセイケイに迫り、一番手前にある敵の反応に急接近した。相手に対応の隙を与えず一気に間を詰める。岩肌を足で擦るようにかすめて、スラスターを切り、スポイラーの揚力のみでセイケイの隘路にとびこんだ。


 センサーの反応だけを頼りに地溝にとびこみ、相手の位置を予測してカスール・ザ・ザウルスを斬り下ろす。


 ちっ! ヨリトモは小さく舌打ちする。思った位置に敵はいたが、そいつは岩場に腰を下ろしていた。斜めに切り下ろしたカスール・ザ・ザウルスの刃が、敵の頭をかすめて背部の反物質スラスターを切り裂いた。噴出した反物質が反応して爆発が起こる。


 ヨリトモはベルゼバブをすばやく地に伏せさせると、爆風が通り過ぎるやいなや立ち上がらせて、正面の敵にとびこむ。

 地面がフラットではないので、ターボ・ユニットは使えない。岩肌を蹴りつけてベルゼバブを跳躍させ、真正面で呆然と立ち尽くしている1機を縦に切り裂きつつ、左右に目を走らせる。


 7機じゃない!

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