5 その姫、肉食につき


「まあ堅い話はこれくらいにして、みんな腹が減ったろう。食事にしよう! おー!」

 モーツァルトは拳を突き上げるとひとり雄叫びをあげて、目の前のサラダボールに顔を突っ込んだ。獲物のはらわたにかぶりつくライオンみたいな食べ方だ。


 これがこの惑星のマナーかと思ったら、テーブルについた他の士官たちは静かに食事をはじめる。全員がモーツァルトみたいに皿にかぶりつくかと思ったらそういうことは全くなく、音も立てずにハサミとフォークを使っている。


 テーブルの上には陽炎を立ちのぼらせる鉄皿が人数分ならび、各人が大皿から取った生肉をのせて好みの加減で焼いている。鉄皿はテーブルに埋め込まれたコンロで熱せられているようだ。


 大皿の上には羽をむしられた鳥や、ちょっとブタに似た動物がハラワタを抜かれてそこそこ解体された状態でのっており、テーブルの中央の担架みたいなスチール皿にはトナカイそっくりな動物の屍骸が分解されて盛り付けられていた。


 切断された四肢と取り出された内臓。切り落とされた頭部の周囲に薄切りにされた肉が、取り囲むように飾り付けられている。トナカイの濁った目と視線があって、ヨリトモは小さく「おえっ」と呻いた。


 焼肉は大好きだ。が、動物いっぴきまるまる活け作りってのはグロテスクすぎる。たしかに日本でも魚でおんなじことはやる。獲れたての魚を活け作り。あれはおいしそうだ。


 しかしトナカイまるまる一匹活け作りってのは、これが惑星ナヴァロンの文化なんだろうが、あまりにもグロテスク。さすがは異星人。いや異星人と考えれば、これくらいの文化のちがいはむしろ些細なことかもしれない。が、これは無理だ。受け入れられない。


 アリシアに、これ食べなきゃダメ?と目で訴えるが、郷に入っては郷に従えとばかりに、アリシアはもくもくと肉を鉄皿で焼いて口に運んでいる。

 ヨリトモの体、すなわちヨリトモ・ボディーはテロートマトンだから、食事の必要はない。もっとも少量なら物を食べても機能に問題はなく、ボディー内の低温焼却炉が食物を焼却処理してくれるし、味もある程度ならばボイド空間を通じて頼朝自身の大脳の味覚野に電子信号として伝わり、料理を楽しむこともできる。

 ただし舌触りや喉ごし、満腹感などはまったく感じることはない。つまり、食べる必要がないのだ。もっともこの場合は、腹を壊す心配がないと安心すべきかもしれないが。


 アリシアが、早く食べろとばかりにヨリトモをギロリと睨む。

 ヨリトモは仕方なく、目についたハムみたいな肉を鉄皿で焼いて食べた。

 トナカイの方は見ないようにする。ジュウジュウいう音といい、ギラギラ光る脂といい、とてもおいしそうだがテロートマトンごしに味わう肉はなにやらぱさぱさしていて舌にはりつく感じがする。


「オガサワラ殿は、あまり食欲がないようですね」

 ワルツ・クエイサーが銀縁の眼鏡ごしにヨリトモの様子をうかがう。

「だいたい客人に対して冷凍肉では失礼だろう」

 横からモーツァルトが口をはさんだ。

「現在この要塞セスカには、あともう2日分の食料しか残っておりません」ワルツが冷たく返す。「第一、この状況では鹿狩りに出るわけにも行かないではありませんか」

「そりゃそーだが、一流の戦士をもてなすには、それ相応の肉でなければなるまい」

 モーツァルトは口をとがらせる。

「食料があと2日分?」

 ちょっとヨリトモが驚いてたずねた。あと2日分では、ミッション終了前に食料が尽きることになる。

「だいじょうぶよ」アリシアが早口にこたえる。「ここの1日は47時間以上だから、2日といっても、あんたの時間にして4日ちかくあるから」


「姫さま、ダイエットをするという話はどこにいったのですか? それに、お口のまわりにソースがべったりついてます」

「ダイエットは明日からだ」

 モーツァルトは口のまわりのソースを、もったいないとばかりに舌で舐めとった。

「姫さま」

 ワルツがきつい口調で、たしなめる。

「そんなことでは、お嫁のもらい手がありませんよ」

「平気だ。オガサワラがもらってくれるらしい」

 モーツァルトはヨリトモの方を見て、口裏を合わせろと必死に片目をつぶって見せる。

「あ、いやちょっと待ってください」

 さすがにヨリトモははっきり断った、つもりだ。

「それは困ります」

「おい、ルル。オガサワラがわたしをお嫁にもらってくれるらしいぞ」

「ほんとに?」

 ちっちゃい手で一生懸命肉を焼いていたルルが、びっくりした顔でうれしそうにヨリトモを見上げる。

「オガサワラは、モーツァルトと結婚するの?」

「しないよ」

 ヨリトモはちょっと焦った笑顔をつくる。自分でもうまく笑えてないのがわかる。

「えー、モーツァルトと結婚してあげてよ。お婿さんがいなくて困ってるんだよ」

 ルルが澄んだ瞳でヨリトモを見上げておねがいする。

「ときに、ワルツ司令。敵の様子はどうなんでしょう?」

 アリシアが静かにたずねる。

「なにかあれば、連絡がきます。敵影があればシグナルを寄越すよう指示してありますので、いまは全く反応のない状態だと思います」

 ワルツはちらりと横に目線を流すが、アリシアと目は合わさない。

「すこし荷物があるのですが、司令室にスペースがあるなら、置かせていただけますか? 可搬式ミサイルランチャーくらいの大きさなのですが。あとベルゼバブ……、あ、いや、わたくしどものカーニヴァル・エンジン抜きでも短時間なら要塞を防衛できますか?」

「ええ」

 ワルツはかすかに顎を引いてうなずく。

「荷物は、その程度の大きさでしたら入り口近くはずいぶん広くなっているので、置いて下さってけっこうです。要塞防衛は敵カーニヴァル・エンジンが二、三機でしたら短時間足止めするくらいなら、可能です。ですがカーニヴァル・エンジンを破壊できる火器はここにはナヴァロン砲と分子分解砲しかありません。あのベルゼバブとそちらのエースパイロットなしでは、長時間の防衛は不可能でしょう」

「できれば彼を休ませたいのですが」

「オガサワラ殿をですか?」

 ワルツはつと視線をあげてヨリトモを見た。

「わかりました。どうぞ、休憩してください。われわれも兵員を三交替で午睡させますから。ただしなにかあれば、緊急発進していただくことになりますが、構いませんか?」

「それはもう」アリシアはにこりと笑った。「彼は緊急発進は大好きですから」


 ワルツはモーァルトの方を見た。モーツァルトは両手で掴んでかぶりついていた骨付き肉を皿におろすと、微笑んでうなずいた。

「ルル。オガサワラは疲れていて腹が空いていないらしい」

 モーツァルトが指信号を出した。

「寝室に案内してやってくれ」

 さっさっさっと指の形を変え、寝室にあてがった部屋を指示する。

「うん、わかった」

 ルルは元気よくイスから飛び降りると、モーツァルトに敬礼した。

「鹿の腎臓を全部たべちゃわないでね」

「わかったわかった」

 モーツァルトはにっこり笑って、大皿に盛り上げられた紫色の臓器をルルの取り皿により分ける。


 ルルは立ち上がったヨリトモに手をつないでもらうと、ぐいぐいヨリトモを引っ張ってリフトに向かった。

「ねえオガサワラ。モーツァルトと結婚したら、あたしも一緒に住んでいい?」

 ルルが大声で質問しているのが聞こえる。ヨリトモがなにか否定的な返答をし、ルルが「えー、どうしてどうして」と異を唱えている。

 二人は楽しそうに広間を出て行った。



 ルル・ルガーに案内されたのは、石壁に囲われた窓のない部屋。

 そこでヨリトモは、カウチのような寝台に横になった。

 地球の時刻は朝の5時すぎ。頼朝の部屋の窓はすでに明るい。もうしばらくすれば、休日の朝からゲームでもしようって輩が出撃してくることだろう。それまで3時間かそこらは眠れるかもしれない。母は6時起きで出発すると言っていたから、まだ家の中は静かだ。いまのうちに眠りにつこう。


 頼朝は無線カスクをつけたまま、万一に備えてボイド空間に接続したままで、ベッドに横たわった。

 朝まで起きていたせいか、背中がぎしぎしするし、首のあたりも凝っている。着替えもせずにベッドに横たわると、頼朝はあっという間に眠りに落ちていた。


 作戦は始まったばかり。本日が初日である。




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