4 姫様のお名前は?
「え? ケメコさんに、どんな仕事してるか、聞いたの?」
ケメコはヨリトモに自分の仕事の話はいっさいしてくれなかった。アリシアにはしたのか? ちょっと嫉妬にも似た感情に心を震わせながら、ヨリトモはおそるおそるたずねた。
「うーん」
マグカップを持ち上げながらアリシアはこたえる。
「聞いたんだけど、よく分からないのよね。どうもうちの惑星とあんたのとこの惑星では文化がずいぶん違うみたいで、一応へーそうなんだーとか分かった風な口利いちゃったんだけど、なんていうの? ちんぷんかんぷん? なんかケメコの話を総合すると、自分を偽って人を楽しませるような仕事らしいわよ」
「へえ、キャバクラ……かなあ?」
つぶやいたあとで、ないないと自分で首を横に振るヨリトモ。あの性格で接客業は無理だ。せいぜい出来てコンビニとかスーパーのレジあたりじゃないだろうか?
ピピピと画面が音を立てて、キャピタル・ガードからミッションエントリー受諾の連絡がきた。
同時にギャランティーの一部が前金で支払われる。入金画面にピコピコと数字が表示され、アリシアがうれしそうに手のひらを合わせて所持金額合計欄の数値が上昇するのを見ている。なんかこのあたりはものすごくゲーム的だ。実際の戦争っていってもこんなもんなのだろうか?
「リニア・ドライブ中でも普通に通信できて、入金もまちがいなく行われるんだね」
感慨深げにヨリトモがつぶやく。
スターカーニヴァルの艦隊に所属していたときは、艦隊がリニア・ドライブで移動するときは、基本的にアクセス制限がかかっていた。しかしこの快速艇ソニック号内では通常どおりのアクセスが可能らしい。そもそも超光速で移動しているのに、普通にアクセスできるというのはちょっとおかしくないか?
「リニア・ドライブっていうのはね、わたしたちの宇宙は3次元空間に時間軸をひとつ足した4次元時空連続体なんだけど、じつは17次元なのよ」
「ああ、それ知ってる。地球の『超ひも理論』を解説した科学雑誌のムックを今ちょうど読んでるんだ。でも、そのムック本では10次元だって解説してたけど」
「あ、それ、もうすこししたら13次元って誰かがいいだすわよ。で、そのあと2次元って説が出るから」
「え? この宇宙が2次元なの?」
「そうそう。3次元空間はすべて2次元で記述できるのよ。ま、それはどっちでもいいんだけど、とにかく全部で17次元で、そのうちの13次元はミクロサイズの輪に折りたたまれていて、あたしたちには観測不能なのは同じ。で、リニア・ドライブってのは、そのうちの7から9次元までを直線に引き伸ばして、その超次元を航行する技術なんだけど、シンクロル通信は10から12次元を引き伸ばして通信する技術だから、相性はいいのよ。人形館が艦隊にアクセス制限を加える理由は、通信障害じゃなくて、リニア・ドライブ中に地球のプレイヤーに変なことされるといろいろと困るからだと思うわ」
そう。宇宙は4次元の時空であると解説した一般相対性理論からはや100年。
地球の宇宙論は、じつはこの世は10次元であるというところまで進歩していた。
ただし、うち6次元は、原子よりちいさいサイズの輪になっていて、通常は観測不能。つまり、いっけん宇宙は4次元であるかのように見えるのだという。
シンクロル通信機から作戦の概要と契約書がダウンロードされてくる。惑星ナヴァロンに関したデータが送信されてきて、ソニック号のデータバンクに保存された。
「お姫様の名前、モンザァンドュウ・ジュエゼンズ」
アリシアが読みにくそうに発音する。
「なんだって?」
ヨリトモが聞きなおす。
「ごめんなさい、あたしの言語にうまく翻訳できないわ」アリシアは肩をすくめた。「そっちはどう読める?」
ヨリトモは画面をのぞきこむ。
「モーツァルト・ジュゼル。ふつうにカタカナで書いてあるよ」
これはテロートマトンであるヨリトモ・ボディーの自動翻訳機能なのだが、ナヴァロンの言語と日本語とは発音法がちかいらしい。というかアリシアのところの言語がへんな発音すぎるのだろう。
「オーケー、モーツァルト・ジュゼルね。それでいきましょう」
アリシアはこほんとひとつ咳払いをした。
「この姫さまは惑星の人たちを見捨てずに、残ったのね」
言ったあとでちょっと静かになる。
アリシアは人形館と戦うために、自分の惑星を見捨てた。あそこにはまだ生き残りの人がいるにもかかわらず、ソニック号とベルゼバブを守るため、リニア・ドライブでカトゥーンから逃走したのだ。戦力を維持するためにはしかたのないことだったが、もしかしたらあの惑星に残って、生き残りの人たちのために戦う道もあったかもしれない。
ソニック号とベルゼバブをうまく使えば、いま現在惑星カトゥーンで徹底的な殲滅を行っている掃討艦隊を撃破できる。生き残った人たちとともに惑星復興に尽力する……。
そんな未来もあったはずだ。
だが、アリシアはそうしなかった。ヨリトモには、その彼女の葛藤が手に取るようにわかる。
あのとき彼女は、結論を出したのだ。
人形館を倒すために戦うと。惑星復興という創造的な仕事ではなく、破壊と殺戮、怨念と憎悪をもって人形館に挑むと決めたのだった。
だから今回は、彼女がやろうとして出来なかったことをやっているこのお姫さまを助けるという作戦になる。果たしてアリシアの心中はどんなものだろう?
ヨリトモには想像することしかできなかったが、アリシアは不敵に唇を歪めて画面の文字を見つめている。
そして文字化けした名前の発音を自らに言い聞かせていた。
「モーツァルト・ジュゼルね」
──作戦開始、前日。
小笠原頼朝が郷田の運転する車から降りて校門をくぐると、後ろから追いついてきた吉川真澄が横に並んできた。
「おはよう」と言ったあと、ちょっと意味ありげな笑顔で頼朝の反応をまつ。
「おはよう」ゆっくりと返事して頼朝はちいさく肩をすくめてみせた。「戦闘機ゲームやってるって、みんなに話した?」
「うん」笑顔でうなずく真澄。「まずかった?」
回答をある程度予測しているたずね方だ。
「いや、構わないけど」
頼朝はひとつ咳払いして話題をかえることにする。
「『スター・カーニヴァル』、面白い?」
「うん、むずかしいけどね」
真澄はちょっと遠くを見つめる目をして答えた。どこか遠く、もしかすると星の海を見つめているかもしれない瞳は、うれしそうに輝いている。
「操縦とかはまだ下手なんだけど、ニコがいるから」
「ニコ?」
「うん、ヘルプウィザード。横っちょの画面に出てくるサポートプログラムの女の子なんだけど、その子と話しているだけでも、かなり楽しいの。操縦のこととか、作戦のこととか、いろいろ教えてくれて」
「へえ」
頼朝は真澄の横顔を見つめた。頬の上の白いうぶ毛が朝日に光っている。
もしここで頼朝が、そのウイザードは吉川さんに嘘をついているんだよ、と教えてあげたら彼女はどうするだろうか? 頼朝の言葉を信じる? あれがゲームじゃなくて人形館の仕組んだ戦争加担であると、彼女は信じるだろうか?
頼朝は真澄に気づかれないよう小さく否いなと首を横に振った。
信じないだろう。真澄も石野も高橋ナオキも。あれがゲームでなくて現実の侵略行為であるとは信じない。こうして校舎に向かっている頼朝ですら、1万光年かなたで行われている戦争が、ときとしてゲームのような気がしてくる。
やがて始業のチャイムが鳴り、なんとなく緊張感のない状態で頼朝は授業を受けた。明日から連休で、護衛ミッションも始まるというのに、どうも調子があがらなかった。
4限目がおわって、昼休みになる。
食欲はないが、他にやることがないので弁当を取り出した。ふと見ると、カード端末でメッセージをチェックをしていた石野が画面をのぞきながら、何やら手を振り回している。
「おいおいおいおい!」
端末画面をのぞきながら、仲間を呼び寄せる。
「みんな聞いてくれ、『特殊ミッション』だ!」
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