3 ミッション・エントリー
「いや、乗ったことないね。ビギナーズの操縦課程も初心者用チュートリアルも、それがどこにあるのかさえ知らないよ」
頼朝はすこし冷たい口調でこたえたが、乗ったことない以外は本当のことだ。
「でも」
景は、フケで白く曇った眼鏡の奥で、異様に色素の薄い茶色い目をくわっと見開いた。
「きみはこの前の授業中、目を閉じて手足を動かしていた。想像の中できみは、両手で
頼朝の中でなにかのスイッチがぱちんと入った。
心の中でもう一人の自分が、両の手で左右の操縦桿をにぎる。五指がチェッカリングの上を走り、指先が4つのトリガーの上に乗った。目の中で照準レティクルが走り、草部景の薄茶色の瞳にダブルロックオンした。自然と右足が蹴りを放つため、半歩うしろへさがる。
「姿勢制御に一瞬遅れて、スラスターを踏んでいた」
景は無機質な瞳で頼朝を見下ろす。
「逆制動をかける前にスロットルをほぼ開き、姿勢制御が終了すると同時に完全に踏み込む。あれは……」
景は間をおき、かすれるような囁き声でつづけた。
「……コメットターンだ。ちがうか?」
「コメットターン?」頼朝は眉をしかめた。「なんだそれ?」
ほんとうに知らない。
ふたりはしばし見つめあった。
やがて草部景はふっと鼻先で笑って肩をすくめた。
「まあ、とぼけるのなら、それでもいいさ。なにかみんなに言えない事情でもあるんだろうしね」
草部景は、頼朝の斜め後ろに位置する自分の席にもどってゆく。
頼朝はそんな景の頭部に背後から右のハイキックを叩き込んでやりたい衝動にかられたが、ぐっとこらえる。
おれは間違ったことはしていない。人形館に踊らされて実際の戦争であるとは知らず、遥か1万光年のかなたで罪もない知的生命体を殲滅しているのは、他のみんなの方だ。だから、プレイヤーキラーの
たしかに、それは全く無駄な抵抗であるのかもしれない。一匹の蝿の反乱でしかないかもしれない。
しかしそんなこと百も承知で戦い続ける。そう決めたのだ。
担任の川井が教室に入ってきたので、頼朝は席についた。腰を下ろす瞬間うしろを振り返ると、草部景と目が合った。
景は頬杖をついてじっと頼朝のことを見つめていた。その唇が動いていた。なにを言っているのかは分からない。ただ頼朝は前をむきながら、「いつでも来やがれ」とそっとつぶやいた。
「ん? なんだって? 三連休?」
アリシア・カーライルは剣呑な表情でヨリトモを振り返った。いつになく目つきが凶暴だ。
ここは、現在リニア・ドライブ中の快速艇ソニック号のコックピット。
シンクロル通信シートについたアリシアは不機嫌にキーボードを操作して、情報画面からミッション情報を検索している。地球時間と銀河標準時を照らし合わせ、ヨリトモの三連休にあわせたミッションがないかを調べているのだ。
地球の時間では1日が24時間。
そのうちの日本時間で朝8時から夕方4時くらいまでは学校で都合が悪い。
夕方の5時くらいから深夜のせいぜい2時か3時。
それくらいまでに片付くミッションとなると、そんな条件に合う都合のいい作戦行動があるはずもなく、なかなか星間同盟の仕事を請け負うことが出来ない。
ただでさえ駆け出しの傭兵部隊である『アリシア反乱軍』は信頼度も知名度も低いわけだから、どうにか戦績をあげて実力のあるところを証明し、ギャランティーの高いミッションをまわしてもらいたいのだが、肝心のヨリトモが時間の制約が厳しい。もう一人のケメコはというと、これがまた仕事が忙しくなかなか接続できない
戦闘に参加して戦績をあげなければギャランティーも低いまま。戦闘に参加できず、戦績もなく、さらにギャラも低ければ、ただでさえやり繰りに苦労する貧乏反乱軍としては、金欠の悪循環が待っている。
ここしばらくのアリシアの口癖は、「経費節減」であるのも仕方のないことだ。
「すみませんね。勝手ばっか言って」
ヨリトモはアリシアのためにコーヒーをいれた。
正確にはコーヒーではないのだが、豆を焙煎して挽いて、お湯で抽出する液体は、かなりコーヒーに似ているので、彼はコーヒーと呼んでいる。
アリシアも特に訂正しないので、まあコーヒーという名称でいいのだろうと思い、ヨリトモはコックピットの奥にあるコーヒーメーカーに似た機械でいれたコーヒーみたいな飲み物を、アリシアお気に入りの、グロいカエルの絵が描かれたマグカップに注いで、彼女のシートの肘掛についたホルダーにのせた。
このマグカップは、ビュートにそそのかされたヨリトモがマジックインキで『エッドゥール』と名前を書き、ケメコには大うけしたがアリシアには雷を落とされた経緯のある曰くつきの代物だったが、アリシアは「ありがと」といって、チューブから甘いミルクをどろっと注いで掻き混ぜもせずに口をつけた。
ふたくち飲んで、ふーと息をつき、アリシアは画面を指さした。
「ひとつあるわね。簡単なミッションだけど、ちょうどあんたの連休にかぶる作戦行動だわ」
アリシアはすこし機嫌良さげにヨリトモを振り返った。めずらしく目が優しい。
「まあ値段は安いけど、楽な仕事ね。三日かかるから、そこそこの利益にもなるんじゃないかしら?」
「どんな作戦?」ヨリトモは画面をのぞきこむ。「警護?」
「そう。『惑星ナヴァロン』ってところで、お姫さまを警護するの。お姫さまは要塞に篭城中。攻め手は掃討艦隊のクリーナーだから、カーニヴァル・エンジンにしてみれば、雑魚キャラのやられメカ相手に、お掃除攻撃で無双するみたいなものね。楽な仕事よ」
アリシアは画面上にデータを表示させた。
惑星ナヴァロンの位置もここから遠くない。
ナヴァロンはひと月前に人形館の第六艦隊の攻撃を受けて壊滅。生き残った人たちが要塞のひとつに篭城中。現在掃討艦隊が放出したクリーナーの攻撃を受けているが、それほど危機的状況でもないらしい。
星間同盟が派遣する救援部隊が3日後に到着する予定だが、それまでこの惑星ナヴァロンの生き残り、とくに姫君の防衛戦に助力してもらいたいとのことだった。
掃討艦隊のクリーナーとは、本隊が壊滅させた惑星上で生き残りの人たちを殲滅するための自動機械で、戦闘力は低い。クリーナー自体は人間と大してサイズの変わらない攻撃機械で、それを指揮する「士官」と呼ばれる個体を破壊すれば配下の機械は停止する。「士官」に命令を発している「戦車」、あるいはその上位に位置する「母艦」あるいは「宇宙艦」を発見して破壊してしまえばその下はすべて機能を停止する。
だからうまくすれば、3日を待たずして敵の戦闘力を完全に喪失させることも可能なミッションだ。しかも状況的に、篭城するナヴァロンの人たちを、クリーナーどもは攻めあぐねているらしい。暇つぶしにはちょうどいい作戦かもしれない。
「うん、簡単な作戦みたいだね」ヨリトモはにこりとうなずいた。たまにはこういうのもいいだろう。「やろうよ。ケメコさんはどう言うだろう?」
「なんか3日間仕事で海外いくっていってたわよ」
「海外ぃ?」ヨリトモは、ふざけんなデブという気持ちで声をあげた。「海外いくような仕事してるの? あの人」
「ああ、なんか複雑な仕事みたいね」
アリシアは画面にタッチしてミッションへのエントリーを星間同盟に通達している。
星間同盟は人形館によって滅ぼされた各惑星国家の集合体であり、地球の国際連盟みたいなものだ。
その中心勢力は旧ラシーヌ王国の王都防衛軍『キャピタル・ガード』であり、すでに王国は滅ぼされてキャピタル・ガードの本来の存在意義は失われたが、現在も活動中。おもに人形館への反乱勢力である星間同盟内の調停をとりおこなっている。よってキャピタル・ガード自体にはまったく戦闘力はないらしい。
アリシアによると、その星間同盟内部も一枚岩ではなく、いろいろと上手く行っていないらしいのだが。
「え? ケメコさんに、どんな仕事してるか、聞いたの?」
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