2 集合! ワイルドストーン小隊


 みなの表情に、頼朝は嫌な予感を感じる。

 すこし迷惑そうな表情を浮かべて、頼朝は石野の机に近づいた。


 石野がリーダーを務める『スター・カーニヴァル』のチーム、ワイルドストーン小隊が全員集合している。無理やり衛生兵として参加させられている頼朝が揃えば、まさに完全集合だ。


「なにさ」

 教科書のつまったスポーツバッグを肩にかけたまま、頼朝はイスに腰掛ける石野を見下ろした。


 高橋ナオキと古田が場所をあけ、頼朝を石野の机のそばまで導く。

 おや?と頼朝は、石野のすぐ隣に立つ草部くさかべけいをみつけて首をかしげた。


 草部景はクラスでも大人しい方で、とくに目立ったところはない生徒だ。

 目にかかる長めの髪はさらさらで、銀縁の眼鏡をかけている。背はひょろっと高いが、体つきは貧相で突き飛ばされれば肋骨とかをあっさり骨折しそうな男子生徒だ。見た目からして暗い。同じオタク系ではあっても、陽気で人望の厚い石野とは対極にいるようなやつだった。

 その草部景が、石野のそばにまるで側近のように控えていた。


「これなんだけどよ、小笠原」

 石野裕一がゲームの攻略雑誌を机の上に広げた。


 開かれたページには『スター・カーニヴァル』の特集記事が載っており、各操縦モードの解説がなされていた。ただしその解説はありきたりで、いまさら自分が読んでも益のないレベルのものだと頼朝は一瞥で判断した。

「ここのところなんだけど、おまえ分かる?」

「え?」

 なんでカーニヴァル・エンジンの操縦について石野がたずねてくるのかと頼朝はおどろいた。もしかして自分があのゲーム空間でプレイヤー・キラーをやっていると皆にばれたのだろうか? ドキドキしながら皆の様子をうかがいつつ、頼朝は石野が丸っこい指でさした図を覗き込んだ。


 空戦モード。記事の画像にそういう説明がされていた。


「小笠原、おまえ戦闘機ゲームとか得意なんだろう? ここのところの表示の意味とか解説して欲しいんだけどよ」

「え? あ、ああ……」

 頼朝は曖昧に肯定しつつ、ちらりと吉川真澄を盗み見る。彼女はちょっと照れたように肩をすくめて、ちろりと小さく舌を出してみせた。彼女が話したのか……。


「この梯子みたいな線がピッチスケール」仕方なく頼朝は口を開いた。ここは誤魔化してもしようがない。「この梯子が機体の前後左右の傾きを示すんだ。そしてこっちがウィスキーマーク。いま現在機首が向いている方向をさす」


 頼朝がおずおずと解説をはじめると、高橋ナオキと古田が横から顔を寄せてくる。

 吉川真澄はしゃがんで机のふちに顎をのせ、ちょっと自慢げに頼朝を見上げていた。


「戦闘機で重要なのがこのベロシティーベクトルといって、いま現在機体が向かっている方向をさすマークなんだ。飛行機はいつも、機首の向いている方向へ飛んでいるわけじゃないんだよ。……そうだな、たとえば旅客機が滑走路に着陸するときなんかを想像してくれよ。あのとき旅客機の機首は、上を向いているのに、機体は斜め下に降下しているだろ?」

 ちょっと間をおいてみんなの顔を見回し、理解する時間をあたえる。

「あれはね、着陸脚が接地するとき、頑丈な後ろのギアから地面にあたるよう、わざと速度を落として降下させ、機首を上げた姿勢で着陸しているんだ。つまりこのとき旅客機は機首の向いている方向とちがう方向に飛行している。たとえば戦闘機の特殊な機動で『コブラ』ってのがあって、見たことないと想像つかないかもしれないけど、機首を一瞬120度以上ひき起こした状態で飛行するんだ」


 好きなことを話し出すと思わず饒舌になってしまう。

 頼朝は得意げに手のひらでコブラ機動する戦闘機を再現してみせた。


 コブラ機動とは、戦闘機の特殊な機動のひとつで、バイクが前輪を浮かせてウィリーするような体勢からさらに機首をあげて斜め後ろまでもっていってしまう。その間も機体は進行方向へ動き続ているという、実用度はないが視覚的インパクトは絶大な曲技である。


 頼朝も実は、ネットの映像や雑誌の付録動画で見たことがあるだけで実際に戦闘機のコブラ機動は見たことはない。

 それでも、まっすぐ飛んでいた飛行機が突然後ろにひっくり返るように機首をおこし、そこから再び元にもどる光景の異様さはかなり強く印象に残っている。


「でもカーニヴァル・エンジンの場合は、戦闘機とちがって姿勢制御用の反重力バーニアや、任意に角度を変えられるフット・スラスターがあるから、これらの表示をあまり神経質に確認する必要はないんじゃないかな? ゲージの意味はだいたい同じなんだけど機首がどちらを向いているかを示す『ウィスキーマーク』なんか完全なかざりだし、『ベロシティーベクトル』も飛行状態によっては、正面パネルじゃなくてサイドパネルや、ひどいときなんかルックダウナーに行っちゃってることがあるからね。でも雲の中とか夜の海上とかだと、どっちが地上でどっちが空だかわからなくなるから、『ピッチスケール』だけは確認しておく必要があるかなぁ」


「へえ。おどろいたな」

 石野が感心したようにうなずくから、頼朝はちょっと気分がいい。


「助かったよ、小笠原。細かいところがなかなか分からなくてちょっと苦労してたんだ。それとルックダウナーって言葉、戦闘機用語からきてたんだな」

「え?」頼朝ははっとして唇を引き結んだ。


 ルックダウナーとはカーニヴァル・エンジンのコックピットに装置された下部モニターのことで、ハンガーなどの狭い場所に駐機する場合、足元を確認するのに使う小型の画面の俗称だ。


 足元なら普通はカーニヴァル・エンジンのカメラアイで見下ろせばいいのだが、胸部装甲がせり出している機体では視界がさえぎられるし、デッキアップしたハンガーでは背部ウエポンラックやメイン・スラスターがハンガーにつっかかって足元をのぞけない。そんなときに使う足元を見下ろすために画面だ。

 そしてもちろん、足元を見下ろす画面なんてもの、戦闘機にはついているはずがない。


「あ、いや、えーと戦闘機用語が出典かどうかは……」


「おい、小笠原も『スター・カーニヴァル』やろうぜ」

 横から高橋ナオキがどんと頼朝の肩をこづいてくる。

「おれたちが操縦方法なら教えてやるからさ。で、つぎの惑星攻略がはじまったら、今度はおまえが地上での飛行方法をおれたちに教えてくれよ」

「あ、おれは、いやロボットは……」

「絶対楽しいって。難しいのは最初だけなんだよ。あっという間に慣れて、あとはカーニヴァル・エンジンとの一体感を楽しめるんだ。なあ今度の連休中とかどうだよ? なにか予定入ってるのか?」

 高橋ナオキは有無を言わさぬ口調で頼朝の腕を強くつかんだ。


「いや今度の連休は親が洞爺湖へ……」

「あれ、旅行にいくのか?」

「いや、えーと」

 頼朝はごにょごにょと口ごもりつつも頭を高速回転。ここで下手な嘘をつけば、連休中家に閉じこもって居留守を使い続けねばならないし、北海道にいったというアリバイ工作も必要になる。

「……行くのは母親で、おれは留守番してなきゃならないから」

「だったら、問題ないじゃん、家でゲーム」

「ええー!」

 そうだよな、そうなるよな。頼朝は焦った。



「ははははは、まあまあ」

 石野がイスの背もたれに巨体をあずけて笑った。

「この小笠原隊員はワイルドストーン小隊の隊長みずから何度も戦場に誘っているのだが、なかなかうんと言ってくれないのだ。そう簡単には参戦してくれないだろう。まあ、無理に誘うようなもんでもねえし、ゲームなんだから楽しくやろうぜ。きっと小笠原もそのうち来てくれるって。そろそろ授業だ、小隊解散!」


 石野が宣言すると、彼のまわりに集まっていたメンバーはすっと円陣を解いて自分たちの席にもどっていく。


「あの、おれは……」

 行かないからな!と宣言しかけて、みながすでにこの場にいないことに気づき、頼朝はため息をついて自分の席にもどろうとする。

 ちょっと離れたところに立っている真澄と目が合い、彼女が楽しそうに笑った。頼朝がすこし困ったように口を歪めると、後ろからつんつんと頼朝の肩をつつくやつがいた。振り返ると草部景。


「小笠原くん」

 景は男にも女にも人気のない暗いオタク野郎だが、そのくせいつも人を見くだしたような視線でクラス中を見回している。女子の一部からは「気味が悪い」とか「絶対ストーカーだ」とか「女子トイレを盗撮しているにちがいない」とか、妙に信憑性のあるいわれなき誹謗中傷を受けているが、当の本人はまったく気にした風はなかった。

 いつも彼は、クラスのバカどもと語る舌はないと言わんばかりの超然とした態度で黙秘をきめこんでいる。


「なに?」

 その草部景に話しかけられ、さすがの頼朝もちょっと焦って身を数センチ後ろにひいた。


「小笠原くんって、カーニヴァル・エンジン、乗ってるよね?」

 決めつけるような言い方だった。



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