5 特殊ミッション『銀色のトカゲ捕獲作戦』
石野の声に反応して高橋ナオキと古田が駆け寄る。興味をそそられたらしい吉川真澄と草部景も石野の席に近づいた。
「ガゼルっていうおれのフレンドからいま連絡がきた。この人はいま現在自宅療養中のサラリーマンなんだけど、他にやることがないから、昼間っから『スター・カーニヴァル』に接続してるんだ。で、このガゼルによると、第六艦隊に十四番艦ってのがさっき緊急配備されて、パイロットを募っているらしい。それについての掲示がいまさっき艦の情報画面でいきなり表示されはじめて、内容は緊急特殊ミッションらしい。その名も『銀色のトカゲ捕獲作戦』。メンバーの募集開始は12時からで定員は400人。早い者勝ちらしいぞ。定員に達し次第エントリーは締め切り。ただしエントリーはパイロット認証をもっていれば携帯端末や直通メール、専用掲示板からでもできるんだ。内容は『要塞セスカ』に潜むトカゲ型人類の一個体、『銀色のトカゲ』を捕獲するという簡単なもの。しかもこの銀色のトカゲを生きたまま捕獲できれば、もらえるポイントがなんと1億!」
「1億?」
高橋ナオキが素っ頓狂な叫びをあげた。
「それってスペシャル機体がいきなり三機は買える金額だよな」
古田が目を丸くしたあと、ガッツポーズをとる。
「よし、いますぐエントリーするぜ」
あわててカード端末をとりだし、『スター・カーニヴァル』の専用サイトにアクセスしている。おなじように端末を操作する石野と高橋ナオキのとなりで、小さく肩をすくめた草部景もカード端末をひらいた。
すこし迷っている吉川真澄に、石野が端末でのアクセスで方法を教えている。
体の大きい石野が上背のある真澄に寄り添って同じ画面を覗き込んでいる姿が妙にしっくりしていて、弁当の上で箸をとめた頼朝は平静でいられない。あのまま二人がどんどん仲良くなっていって、しまいには付き合い始めてしまったりしないだろうか? 変なことを想像してしまう。
「うおー、あぶねえ」
石野が真澄と顔を見合わせながら叫んだ。二人が同時に笑顔をみせる。
「吉川のエントリーナンバー、398だってよ。もうちょっとで間に合わないところだったぜ」
「くへー、やっぱ人気あるゲームはすごいなぁ。あっという間に400人そろっちまったよ」
古田がメンバーの顔を見回して笑っている。あの草部景ですらチームの輪に入れてもらえて一緒に笑顔を浮かべていた。
頼朝はかれらの笑顔が痛くて、目をそらした。弁当に集中し、ミニハンバーグから食べるか、タンドリーチキンから食べるか考えることにする。
石野たちの携帯がほぼ同時にメッセージの着信音を鳴らす。ミッション受諾の通知だろう。
「オーケー」
石野が満足げにみなを見回す。
「みんな確実にエントリーできたみたいだな。ミッションスタートは明日から。つまり午前零時をまわったら出撃可能だ。今晩11時半にロビーに集合して出撃しよう。あしたは祭日だし、みんな朝までだいじょうぶだよな? スタートと同時に出撃しないと、銀色のトカゲを他のやつらにとられちまうぜ」
「あ、あたしは夜中は2時くらいまでしかできないかも」
真澄が小さく手を上げた。
「でも、なんとか都合つけて行ってみる」
「まあ、三日間の作戦だから、いくらなんでも最初の晩にかたはつかないと思うから、本番は明日の午前中だろうな」
石野が腕組みして、うなずく。
「無理することねえよ。今夜のうちは様子見だ。それより明日の午前中、しっかり予定あけておいてくれよ」
「がんばれよ、吉川」
高橋ナオキが真澄の肩をやさしくたたく。
「出撃してないから、ポイント、ゼロだろ? でももしこの銀色のトカゲを捕まえれば、いちなり1億ポイントで、隊長を抜かして小隊一の金持ちになれるからさ。そうなれば、スペシャル機体を何機も手に入れることができるんだぜ」
「うん」
ちょっとはにかみながら真澄はうなずく。
「あの、その場合ヘルプウィザードはどうなるの?」
「心配ないよ」
景がやさしく笑う。
「新機体の場合はバックアップしたウィザードのデータをロードできるんだ。データリンクってモードをオンにしておけば、いろんな機体をつぎつぎ乗り換えても、ウィザードのデータが全機体同時に更新されるから、お気に入りのウィザードがいるんなら、それを入れておくのがいいよ」
「十四番艦は今夜の10時には『惑星ナヴァロン』に到着するんだろ? だとすれば、出撃できないにしても、もっと早くにアクセスしてロビーに集まって、みんなのハンガー確認しといた方がよくねえ」
高橋ナオキが提案した。
それに関して石野がなにか肯定的な反応を示したみたいだが、頼朝は聞いていなかった。
高橋ナオキの口からでた言葉。──惑星ナヴァロン。惑星ナヴァロンと言ったのか?
頼朝は弁当に集中した風を装いながら、こっそり石野たちの方を盗み見た。
惑星ナヴァロンに石野たちがくる。
人形館がカーニヴァル・エンジン部隊を差し向けたのだ。その数400機。以前に300機の敵と戦闘した経験があるが、あのときは集団の中に入って敵味方識別、すなわち良心回路による同士討ち抑制機能を利して戦った。しかし今度はちがう。要塞を守るために、ヨリトモは敵を盾にすることができない。
これはアリシアがいうような楽なミッションではない。人形館も必死なのだ。
しかし一体なぜ? 惑星ナヴァロンには一体なにがあるというのだ?
頼朝は一度弁当のふたを閉じると、そっと席を立ち教室を出た。
階段を上までのぼって携帯カード端末からアリシアにメッセージを送る。海賊回線を経由して地球にある人形館所有のシンクロルを無断借用し、アリシアのいるソニック号まで直接到達する、いわば1万光年かなたまで届くメッセだ。
『人形館がカーニヴァル・エンジンを一部隊、惑星ナヴァロンに派遣するのは、知っているか?』
返事はすぐには来なかった。
頼朝は一度教室にもどり弁当を食べて待ったが、返信は来ない。
やがて五時限目がはじまり、六時限目がおわっても返事は来なかった。頼朝は授業がおわるとスポーツバッグに教科書を大急ぎで詰め込んで校門まで走った。校門の外で待っている郷田の車に飛びのったあたりで、メッセが着信する。端末画面をあわてて覗いて内容を確認する。
『知らない』
それだけだった。そっけないし、ぶっきらぼう。アリシアらしいといえばアリシアらしいが、頼朝はとにかく家に着くと急いでワークステーションを起動して無線カスクをかぶった。
現実がゆらぎ、頼朝の精神は1万光年かなたのソニック号のデッキにあるテロートマトン用充電器の中で眠っていたプラグキャラの『ヨリトモ』として目覚めた。
棺桶に似た充電器の蓋を押し開けて外にとびだし、ソニック号のコックピットへ走っていく。
「アリシア、人形館が惑星ナヴァロンにカーニヴァル・エンジンを一部隊派遣するんだ。今日クラスのやつらが特殊作戦の話をしていて、その目的地がナヴァロンなんだよ」
シートの中で腕組みしてまどろんでいたアリシアが眠そうに瞳をひらく。
「それ本当の話なの?」
胡散臭げに小鼻に皺をよせる。
「一度制圧した惑星にカーニヴァル・エンジン部隊をさしむける理由なんかないじゃない」
「うそじゃない。本当だ。今日クラスの奴らが昼休みにその『特殊ミッション』の情報をつかんで、あわててエントリーしていたんだ。第六艦隊の十四番艦ってのが編成されて、今夜の午前零時から作戦スタートらしい」
アリシアはコンソールで航法プログラムの動きをチェックすると、いくつかの画面を呼び出した。
「もしそれが本当の話なら、星間同盟に違約金を支払ってでも、このミッションはキャンセルする必要があるわね」
「行くのをやめるってこと?」
「ええ、そうよ」
現在ソニック号はリニア・ドライブの最中で、あと数時間、日本の時間で深夜まえには惑星ナヴァロンの周回軌道にのる予定だ。
「敵のカーニヴァル・エンジン部隊が出張ってきているなんて情報はなかったし、楽なミッションだと思ってエントリーしたけど、400機の敵から要塞を防衛するのは戦略的に不可能だし、危険も大きい。死にに行くようなものだわ。とてもそんな危険な戦場にあなたを送ることはできないし、あたしの主義にも反するわ」
「モーツァルト・ジュゼルは? 見殺しにするの?」
「知らないわよ、そんなこと」
アリシアは操作パネルを呼び出し、航海スケジュールを確認した。
「リニア・ドライブから抜けたら、もう惑星ナヴァロンの外縁軌道よ。もしそこに、本当に第六艦隊の十四番艦がいたら、逃げる術はないわよ」
ヨリトモはアリシアを見つめる目をすっと細めた。
シートの中から彼を見上げるアリシアは口元を皮肉げに歪めてみせる。
「これ、もう手遅れね」
アリシアの目が、野獣のように光る。
「やるしかないわ。あたしたちは要塞セスカに残ったナヴァロンの生き残りと一蓮托生よ。生き延びるためには、戦うしかない。ヨリトモ、あんた一度接続を切って、そっちの時間で真夜中前に再接続しなさい。それまできっちり眠って休息すること。目が覚めたら、ノンストップで3日連続作戦行動よ。覚悟しておきなさい」
ヨリトモは硬くうなずく。
日本はまだ日が高く、外は昼間のように明るかったが、眠るしかなかった。ことによると、一度外に買い物にいって3日分の食料を部屋に保存する必要があるかもしれない。自室のベッドの上で頼朝は目をひらき、窓の外をみあげた。
青い空に、ちぎれた白い雲が紙くずのように浮いていた。
作戦開始まで、あと8時間……。
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