第5話 魔王と部下のレベル上げ(ナンパ)。②

 魔王と付き人は、めげずにナンパを繰り返した。


 町娘Dが現れた。1ターンで逃げられた。魔王は心にややダメージを負った。

 町娘Eが現れた。魔王は彼女に眼を向ける。それだけで町娘Eは歩行の速度を上げた!

 

 声を掛けるまでもなく逃げられる! さすがに胸に痛みを覚えた。

 

 町娘F~Zまでが現れそして逃げられた! 勝負にすらなっていない!

 それは絶望的な戦いだった、もはや目尻に心の汗が浮かんできそうだ。しかし魔王たちは次から次へと声を掛ける! 

 

 町娘Zまで振られた。もう町娘アルファベットは残っていない!


 魔王たちの心のHPも残っていない! ここから先はまたA~Zに更に周回数が付くだけだが、魔王達は声をかけ続ける。


 掛け続ける、掛け続ける、掛け続ける――!


 女性たちの犯罪者を見る目にめげず勇敢に立ち向かった……!


 だが特にピンチからの脱出も大逆転も奇跡も無くダメだった。




 もう、自分達で戦術や戦果を分析することを諦めた。


 そして女性達にぶっちゃけどこがダメなのかを聞いてみた。


 すると、


「――すみません、ちょっと歳が離れてるかなあ、と」


 案の定、どうにもならない痛恨の一撃が二人を襲う。


「だから正直、援助交際のお誘いなんじゃないかって」


 二人は衝撃を受けた、まだまだ若いと思っていたが実際には加齢臭を感じていたのかと。自分達はもしかして、今までずっと声を掛けてきた女性たちに、――なんか臭いおっさんが来る、そんな視線で見られていたのではないのかと。


 


 涙目になりそうなその瞬間、その不安を鉄壁のビジネススマイルに隠して二人は営業トークを切り返した。


「いやぁ――貴重なご意見誠に感謝いたします」


「はあ」


「すいません。交流の進行具合の実地調査とはいえ、ご迷惑をお掛けして。もし宜しかったらこちら、御礼の品ですので――」


「いえ、いいですからそんな――……あの、もう行っていいですか?」


 付き人が空間収納から差し出すアンケート調査のお礼の品――魔界の物産展、その割引クーポン券を差し出すも、やんわりと遠慮する、ここまで必死だとなんかちょっと面白と思って付き合っていた親切な少女に――正直、彼女を口説き倒してデートまで調査を持って行った方がいいんじゃないかと思うが。


 しつこい匂いのするおっさんにはなりたくはなく、


「あっ、ごめんね? ありがとう、時間取らせちゃって」


「いえいえ。お役人さんも大変ですね?」


 世界に良心は存在する――その事を確かに感じ取り、二人は背筋を正してそのいい人の背中を見送った。


 そして、


「……オッサンだからか!」


「見落としていましたね……三十代は人間的にも社会的に最も脂がのった時期、しかし10代から見れば加齢臭がきつくなり出したただのおっさんです。それがいい年こいてナンパ――」


 あっけなく答えは出た、本当に、今更ながらの結論に達した。


 出来うる限り常識的にそして紳士に話し掛けていたのだが、その《越えられない壁》が確かに存在していることを二人は確認した。


 正直、それはナンパをする前から出ていた答えでもあったが冷静に思った、いい大人が年端も往かない少女をナンパするなんて、どう考えても落ち着きのないダメ人間である。


 いや――ただの性欲旺盛な野良犬であろう、男性目線で例えるならそれは、少年が品の無い熟女に逆ナンされるようなものだ、正直、生理的嫌悪感以外の何者でもないだろう。


 法に裁かれない犯罪を犯している気分だ、許されざる罪である。


 状況は最悪と言っていい――


「くっ、一体どうすればいいのだ……ただしイケメンなら許されるのではないのか」


「いや、貴方それほどイケメンていうほどじゃ」


「なんだと?」


「なんていうか、分かり易い良い顔じゃないんですよねえ……」


 付き人は思う、魔王は普段から別に色気が溢れているわけではなく、危険な匂いもしない。浮世離れしているわけでもなく、しかしさりとで凡庸でもない……


 特徴がないわけではないのに、非常に分かり辛い優良物件と言えばいいだろう。


 柔和でふんわり包容力の優男顔、ダサ眼鏡も逆にとっつきやすさのアクセント――外せばちょっと甘いマスク、目立たない長身で脱げば筋肉質の逞しい体躯は、ベッドで一気に女性の理性を桃色に追い込む。


 落ち落ち着き払った声は聞き心地がいい。


 それぞれが潜在的なギャップ萌えと相乗効果を生み出している。


 遠目には分らない安心感――大っぴらに自慢できないのに誰にも取られたくない、自分だけが好い所を知っていればいい。


 恋人にはしたくはないが、結婚なら考えられる、男にとって非常に有難迷惑な評価。THE・物件。確保案件……とは、すべて城に居る女たちの評だが、それを本人に教えるのはなんか釈然としない。


 更には、


「――それに幻真さん、別に子供にモテないわけじゃないじゃないですか」


 言いながら、付き人は彼に突き刺さる視線に気付いていた。




 トタトタトタと、軽めの足音が複数近付いてくる。


「――先生!」


「こんにちは。ケーラにモーラ、それにシロップ」


 公園のベンチで、休日オフに魔王は生徒に見つかった。


 その姿に、魔王は条件反射で優しい先生の顔をする。


「先生、何してるの?」


「ちょっと込み入った仕事が入ってね、異種族同士で交流を深めるときのマナーを本にまとめなければならなくなったんだよ、その資料集めかな」


「そうなんだー」


「先生、生活指導とかしてるもんね」


 愛らしく首を傾げて疑問し、途端破顔し屈託のない笑顔を浮かべる生徒達に、魔王は面倒見のよい大らかな笑顔を浮かべる。


 演技ではなく、こちらの方が地あるという事を知っている為、付き人は差して驚かなかった。そんな彼に、隣にいる人は誰? と視線をやる生徒達に、魔王はまた目に柔らかな笑みを浮かべて自分の部下を紹介する。


「――この人は役場の人でね、一緒に調査してるんだ」


「――こんにちわ。僕はメ・ダパーニといいます。ダパーと呼んでくださいね?」


 大人からの挨拶に、生徒達はちゃんとお辞儀をし、


「先生とどんな風に調べてるんですか?」


「どんな風に……うーん、そうだなあ……怖がられない声を掛け方とか、初めて会う人に気に入られるにはどんな服がいいとか、かな……」


 付き人がふんわりと言葉を濁した直後、


「あ、それってナンパだ!?」


 なぜ子供は大人の言い回しを的確に表現してしまうのか。魔王は危うく表情を崩し掛けた。まあ、大人を揶揄ったつもりなのだろうと逆に微笑ましく思いながら、


「――残念ながら違います」


「でもこっちの人は動揺してるよ!?」


「――あまりにおバカなことを言ってくるから呆れたんですよ?」


「ホントは仕事にかこつけてナンパしてたんでしょ!?」


「――全然違います」


 残念ながら、本当はナンパしまくりだった、仮面の下で目を逸らしているであろうそれを尻目に言うが。


「ええー、……じゃああたしらのことナンパしていいよ?」


 子供にしなを作られ逆ナンされた。が、魔王は全く気にしていないのか気付いていないのかそれはもう父性全開の優しい表情をして、


「残念ながら大人の女性ならではのセクシーさが足りませんねえ。そういう対象として見て欲しいなら今よりもっと、素敵な女性にならなければいけませんよ?」


「ボインボインのムッチムチになればいいんだ!?」


「いいえ。そうじゃなくて笑顔に魅力がある人のことですよ?」


 素敵な大人になるということは、それだけ充実した人生を歩めるということだ。


 まさにそれそのままの顔をしている魔王に生徒たちはキャーキャーしている。


 その頭を撫でる。無論今も十分可愛いというそれを込め、彼女達が更に将来そうなれるようにと願望じみた祈りを込めたそれだ。


 その事に生徒も、気付いてか気付かなくてか、いつも通りの喜色満面さではしゃぎ、


「ええー、でもその頃先生おじいちゃんじゃん!」


「あっ! でも先生歳取らないじゃん」


「そっか!」


 少女二人は喜色を満面に浮かべる。


 そして、


「……先生、ホントにナンパはしてないの?」


 ――真面目な顔で、チョコレート色の髪をした女子生徒が聞いてくる。


 今まで一歩引いていた、顔の作りの整った子だ。


 優しげな丸い瞳に凛とした――教室でも先生の前でちょっと緊張している子だ。


 どうしたものかと魔王は柔和に頬を緩め、彼女のお話を聞く。


「……していないよ? どうせするなら、真剣なお付き合いがいいかな?」


「――本当に?」


「本当だよ、奥さんになる人だけがいいね」


「本当の本当に?」


「本当の本当に」


 純粋な目で聞いてくる生徒に、教師として一人の大人としてそう答える。


 ハーレム持ちだが、決してそこは嘘をついていない。それ以外には基本、女性扱いしても女性として見なしてはいない、女性に対してはとことん誠実である。


 奥さん以外女はいないの精神である。ナンパと件の女勇者に関しては完全に仕事である。


「……そうなんだ……!」


 その生徒はひどく嬉し気に笑窪を作る、何故そんなに先生の結婚観と女性観が気になるのか、魔王が気にしていると生徒は愛嬌たっぷりに口角を上げ、


「――じゃあ先生、今度お母さん紹介してあげようか」


「こらこら、奥さん一筋って言ったそばから何を言ってるんですか」


「なら平気なんじゃないかな、一応奥さんだし」


「まあそう言われればそうかもしれませんけどねえ……」


「じゃあお母さんが連れて来なさいって言ったらいい?」


 近所のおばさん仲人の真似ごとかな?――と思ったが、どうも先生をパパにしたいのかもしれない。


 と、魔王は思うが、子供なりの大人ぶった冗談であると判断した。


 冗談には冗談を――優等生なだけでなくユーモアのある生徒に、


「――成績の話で家庭訪問ならいいですよ?」


「褒められるだけだからいいよ?」


「――素行態度はどうですかねえ?」


「花マルでしょ?」


「ふふ、そうですね? お伺いしたときは大層褒めちぎりましょう、先生の負けです」


 その頭をくしゃくしゃ優しく撫でる。


 と、彼女は富に嬉し気に目尻が頬に落ちるほどしならせた。ほんのりと頬を赤くするそれを目ざとく見つけた他二人が騒ぎ立て、自分達もとグルーミングを求め殺到する。


 それにほんのり目を丸くし動物の様な嫉妬顔をする彼女も招き、もう一度撫でる。


 そうして満遍なく笑顔が浮かんだ三人の生徒をしばらく可愛がり、それから遊んでいることを思い出した彼女達は、すぐに友達の家へと向かった。




「……相変わらず子供には普通にモテますね」


「そこは素直にうれしいと思う――それはともかく」


 いくら子供にモテても、本命が口説けなければ意味がない――


 どうしてこうなのかと、彼は父性の人でありその真の男気は女性の方こそが・・・・・・一定年齢を超えない限り理解できない、もしくは、精神的慣熟が行われなたイイ女でない限り発揮されないのではないのかと。


 要するに、その辺に居る普通の女とはとことん相性が悪いのだ。


 そしてこのままでは、対勇者ナンパ攻略法が確立できない。それを察してかそれまでの和やかな雰囲気から一転して、魔王は口惜し気に呟いた。


「……このままでは終われない、終われない……!」


「魔王様……」


 付き人も思う、このままでは神の性癖とセクハラ人事をまかり通すことになる、確かにそれはいけない。だが、もうちょっと要領よくやりませんか、と、


「ここは魔王軍らしく、勇者の恋心に懸賞金をかけ、若い勇士達に挑ませるべきではないでしょうか」


「バカ者! そんな不純な作戦あるか! そんなことをすれば女勇者の心を傷つけてしまうだろう! その上、このままではいずれ彼女達の様な純粋な子供まで神は守備範囲に入れてしまうかもしれないのだぞ?!」


 魔王は頑として主張した、世界中の子供達が常にその危険に冒されることになるのだ、それはもはや一角獣単なる性癖どころか列記とした最悪の犯罪者予備軍である。


視点がもはや魔王ではなく完全にただの教育者のそれだが、本当に由々しき事態なのである。


「だからせめて一太刀、一回ぐらいごくありふれた日常の中で、女の子を口説き落としてデートしなければ……!」


「魔王様……」


 その必死さにどこか、この人普通にナンパしたいだけなんじゃないのか? という疑惑が浮かび上がるが、彼はそれを黙殺した。


 さもありなん、彼は魔王の激務をその間近で常に目撃していた。王様なんて時代が時代ならそうでなくとも職業選択の自由も婚姻の自由もプライバシーもないのが当たり前、人権のほとんどを封じられているとも言ってもいい。


 ――まさに人間を辞めている雲の上の人だ。お忍びとか仕事にかこつけたこんな遊興ぐらいいいんじゃないかなと真面目な時の働きっぷりを見てると思うのだ。


 確かに、普通の恋愛なんて出来ない――ナンパという行為が、本当に一般人の中でも普通に属するかはともかく、


「じゃあ一人だけ、一人だけお茶したら止めましょう」


「ホントに? ほんとにいいんだな?」


「お茶だけですよ?」


 付き人は心底同情していた。もう手段が目的と化している嫌いもあるが、


「ああ。子供に嫌われたくないからな。恋愛無し、下心無しで本当にただお茶してお話するだけの女遊び――極めて健全な女遊びをしよう」


 そしてそれを果たして女遊びというのかはともかく――二人は連日、昼夜を問わずにナンパに明け暮れた。


 神の性癖も相当あれだが、こんな魔王の時点でこの世界も相当どうかしている。


 そんな付き人の諦観と達観はさておき――


その結果、ようやく――


「また会ったら今度は一緒に劇でも見に行こうか」


「いいですよー、また会ったら」


 町娘Aと一緒にお茶を飲んで、お話していい気分になった。




 打算も利益も目的もかなぐり捨てて、良さげな子に目を付け声を掛けたらなんかうまくいった。自然体の極み――無我の境地という奴だろうか。町娘Aと縁ができ、今度会ったら気安く声を掛けて遊びに行ける仲になった。


 けっこうすっきり普通の知人的な関係になった。


 年の差なんて問題ない、知り合いのおじさんと女の子ってだけだ。


 魔王は思った、ナンパってこれでいいのだと。


 ナンパは前提としてその裏に精神的な恋愛や肉体的な欲求を要求しているかもしれないが、それも魅力的な異性に対するごく自然な欲求――広義に、ごく普通の男女交際の内ではないか。ナンパは女遊びもしくは男遊びなどと呼ばれるが、それらを合意の上で一緒に遊んでいる、ごく自然的な状況ではないのか。そこに悪意の芽が混ざり込むことがあるのはどうしようもない事実だが。


 元来、人付き合いが上手い人は基本恋愛など意識しない――しかし異性と接する上でのマナーは意識しているだろう、人としての不備と無礼が無い様に。


 そこにある種の期待や下心、愛情や性欲が混じり合うだけ――マナーと良識と、一見して醜いとされる欲とがバランスを保っている状態。


 それがキレイで健全なお付き合いだ。


 その中で、魅力的な女、もしくはいい男と一緒に居たいと思うのは悪意だろうか? 


 もちろんそれを持つ者もいるが、それが混ざらないようにするのが社会的に評価される付き合い方であろう。


 ただ――ナンパとはそんな面倒臭い人付き合いから離れた『自由な人付き合い』ではないのかと思う。社会的評価をぶっちぎって相手が男でも女でも自由に遊びたい――性に奔放になりたいというのはある意味で性にも拘らないということでもある。純粋に、男だ女だ大人だ子供だなどと拘らずに人付き合いが出来たら、それは楽しいだろう? それこそ純粋な子供の頃に戻るようなものだ。


 どこかでそういうところを求めていないか――性に溺れるのもそこから解放されたがるのも、実は社会的しがらみからの離脱願望ではないのか。


 家族、友人、仕事仲間――本当は離れたくても離れられないそれらに拘束されない自由――意思に基づく人間関係――それを追及した間柄に、恋愛や肉体関係が発生してしまうのは自然の営みではないのか。


 それは社会的節度、節制ではないとしても、不純と呼べるのだろうか? 


 不純異性交遊とは愛以外の社会的見返り――金銭、性的快楽などの利潤を求める為の行為とされているが、その解釈を拡大すれば政略婚や世間体を気にしての見合いは何故これに当たらないのか? これもしがらみだろう。それは社会的義務、高貴なる者の務めだとか生物的役割だとか倫理だとか淑女のマナーだとか言うが、しかしどれも純粋な異性交遊、本来あるべき人の尊厳とはかけ離れ、その評価基準に愛や社会的責任という言葉を悪用しているだけではないのか? 


 婚姻に置いて注視されるのは恋愛感情ではなく人間的な素養――生きて行くために必要な素養、社会的地位や収入源、評価とされるがそれはどこまで正しいのか。


 実社会では法律と倫理、社会的評価やそれに直結する収入、堅実な結婚を尊んでいるが、それは精神的な自由――人として本来の心の在り方や尊厳を損うものではなかろうか?


 その意味合いで、ナンパは、その自由に限っては限りなく保証しているように思える。


 それ以外の保障は限りなく自己責任であるが、やはりナンパというそれ自体に罪は無く、それを悪用する人の心根に問題があるのだろう。


 その焦点となるのは、そこに愛があるのかというただ一言に尽きる。


 そして、愛に種族の差は無いのだ……。


 わたしはそれを千を超える妃とこの身をもって体感している。




 ――ぺらり。


 ――ぺらり。


 ――ぺらり。




 ぱたん、と、付き人が背表紙を閉じたのを確認し、魔王は尋ねる。


「……以上、『異種族LOVE理論』著:某魔王……で行こうと思うんだがどうだろうか?」


「何一冊出そうとしてるんですか」


「だってこれ一応仕事だぞ? ならなにかしらの報告書か経費を回収するだけの成果物を出さないとダメだろう」


「真面目ですかワーカーホリックですかそれともバカですか」


「有能と言って欲しい――ちゃんとここ数日でアンケとって各種族ごとのおすすめデートスポットとか初デートでどこまでOKとか結婚観まで改めて調べて乗せたぞ? これが発行されればまた一歩両種族の距離が縮まりそして目に見えない範囲での経済効果も表れるだろう」


「それ殆ど誤差ですよ。ここ数日、アンケート用紙まで用意してるから何かと思ったら人が目を離した隙に何やってんですか」


「というお前こそこの数日でさりげなく彼女が出来てるじゃないか」


「えへ」


 そう――あまりに女が釣れないから、ちょっとした魔法を使ったらちょっとしたトラブルが起き、巻き込まれた女性の介抱を任せたら、付き人はちゃっかり彼女と健全なお付き合いを始めていた。


「なんか、いい雰囲気になっちゃって……すいません」


 気絶したところを病院に運んで『ご親切にしていただいてどうも……優しい方にこんな花束まで用意して貰って』『いえいえ、こちらこそこんなきれいな女性と縁が出来たのはとんだ幸運でした』『え?』『え?』ポッって感じであるらしい。


 ベタ過ぎるだろうと。だが彼の上司として言えることはただ一つ、魔王は女性不信から大きく成長した部下に対して、


「じゃあ私の付き人から外すか」


「ええ!? そんな、なんで――はっ、自分だけナンパでいい子が見つけられなかったからってそんな!」


「――違う。ただでさえ市役所職員として時間が拘束されるというのに、付き人もやりながらでは結婚どころか女と付き合う暇すらないだろうが。身を固めるつもりならそろそろ私から卒業しろ……」


「ま、魔王さま……」


 解雇通告ではあるが、かなりホワイトな左遷である。


 そして魔王は一人で喫茶店の席を立った。


「――魔王様、どこに、私を置いてどこに行こうというのですか!」


「いや、女勇者用の下宿を探しとかないと。ナンパとか関係なしでどう考えてもトラブルメーカーだから、街中の普通のアパートや寄宿舎じゃ危険で危険で」


「素で返しましたね!?」


「つい。まあ正直勇者のそれに関しても……もう神の推し理想の嫁ヒロイン、勇者自身に神の性癖暴露して直接対決からの教育的指導……自然消滅に持って行けばいいかな、とか思って見たり」


 自分が愛した人間からのマジなダメ出しなら、神とて自分を省みるんじゃないだろうかと思った次第だ。NTRよりパンチ力で劣るがより逃げ場が無く心がより直接抉り込まれるだろう、勇者の精神的負担は計り知れないが今後の世界の為に犠牲になって貰うしかあるまい。


 と、魔王は既にこの作戦に見切りをつけていた。


 とはいえ相談も無しにのいきなりの作戦放棄に、伝票も持って行く背中に付き人は、


「――え? それじゃあ結局、わたしは、私達は何のためにナンパしたんですかぁああああああああああああ!」 


 ノリだったんだよなあと思いつつ。


 魔王は、部下の慙愧の念を感じながら、既に明日の生徒の事を考えていた。

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