第4話 魔王と部下のレベル上げ(ナンパ)。
世界の運命を居酒屋で決めてから数日後――
休日、魔王たちは街中央にある広場で待ち合わせをしていた。周囲には屋台が建ち並び、大道芸人が席を設け芸を見せ、子供たちが溌溂と遊んでいる。
親たちはそれを眺め見守っていた、安全の都合上、子供を一人にする親はあまりいない。街中は魔物ではなく人が一番の脅威となる。
一応、警察隊が頻度高めに巡回している、騎士や憲兵ではない。
クロスロードは表向きどの国家にも所属しない自治都市なので、国主に仕える騎士制度は採用されなかったのだ。
彼らは都市内での治安維持部隊であり、外に対するそれには専用の警備部隊が存在し、それらを総じて都市防衛隊と呼んでいる。
お陰で治安はいい――
「すみません、お待たせしました」
「いや、今来たところだ」
そんな朗らかでうららかな日常の中、いい歳した大人二人は、街にナンパに来ていた。
時間は遡る。
数日前、付き人は思った。
何故、魔王とその付き人ともあろう者が本当にいい歳してるくせに若い女の子をナンパするのか。空耳かなと思ったがそうではなった。
「――ナンパですか?」
「ああそうだ――私はこれまでナンパなどしたことが無いからな」
その言葉に付き人は驚愕した。
「え? あんな沢山の女の子たちを侍らせといて?」
後宮どころか城で働く女性の多くは魔王の縁故採用――だ。
その理由は推して知るべしなのだが、
「いや、確かに私は後宮の妃たちと毎日愛しあっているが、皆気付いたら運命的に愛し合って交際期間とか婚約期間も無しで結婚してるから、一度もそれらしく口説いたことは無い」
療養生活の中で普通に会話をして、育てた庭園や畑を見て回ったり、彼女達手製の織物や編み物、料理や菓子を褒め一緒にお茶を飲んで、時として何も言わずに寄り添い合ったり――気付けば夜にベッドを共にする仲になっているのだ。
後は、戦場で捕虜にした姫騎士を丁重に扱っていたらいつの間にかベットINしてたり。そうでなくとも落ち込んでいるメイドに親身に接していたら逆に押し倒されたり。
「……確かに、それは確かに軟派とは言わないかもしれませんが……」
魔王は世間一般の言うナンパ――行きずりの女の子を自主的に口説くとかそんなことは一度も無かった。だがそれはもう別段何もしなくとも愛が駄々漏れになっているだけで、好意どころか常時惜しみない愛情を触れ合う女性に注いでいるのである。
また妙なところを変な風に拗らせてるなあと仮面魔導士は思い半目になりつつ、
「……しかしそれでも女性を口説く技量はむしろ必要以上に備わっているのでは?」
「いや、見たこともない普通の女を普通に口説くなんて無理だ。正直不安要素しかない」
言われて見れば、魔王が相手にして来た女はどれもこれも特殊な女性ばかり――あとは命タマ取りに来た鉄砲玉(暗殺者)か勇者か英雄のカチコミかハニートラップくらいである、そんな敵すら手籠めにしてしまうわけだが。
本当に、一般人の一般的なナンパについてはこの王様は全く分からないのだ。そう思うと、自分の主人が普通に女の子に声を掛けるなんて無理だとしか思えない。
「はあ……確かに、最近の若い子との付き合い方についてネガ出しだけでもしておいた方がいいのかもしれませんね……歳の差ってほんの一年違うだけで価値観ががらりと変わりますし」
「彼を知り己を知れば百戦危うからずというだろう? まあなんにせよ今我々に必要なのは実際の現場での経験というわけだ」
物凄い馬鹿なことをこれからやるように思えるけれど、以外に建設的なものの考え方である。
「なるほど……?」
だがそこで、
「……え? 私達?」
「レベル1、仲間無しで冒険に出かけるほど無謀ではないぞ?」
付き人は、自分がさらりとナンパメンバーに強制加入させられている事に気付いた。
穏やかな喧騒が渦巻く休日の広場で、彼は上司に念の為問い掛ける。
「……でもなぜナンパなんですか? 幻真さんらしくしてればそれでいいのでは?」
ただ生きてるだけでハーレムを作るような男だ、全く無茶なのではなく、ただ無駄に思えるのが残念なわけで。
彼にはむしろ余計な小細工は無用だと思うのだが、
「ごく一般的な恋愛に必要な力量レベルと技術スキルとはなんだと思う?」
まるで、ちゃんと理由を考えていたみたいにごく自然に返されたそれに、
「そうですねえ、コミュ力、顔、ファッションセンス、気遣いに始まる常識からデートを演出するサービス精神……色々あるんでしょうが……」
「それらはすべて『表現力』という同質のものだ――」
「表現力……なるほど……確かに表現力ですね」
相手に意思を伝える言葉、デートに来ていく服、そこで意中の相手を楽しませる計画プラン、実に様々な手練手管が必要になるはずだが、その手段を間違えればその心は伝わらない。その逆も然りで好意の無い相手に不用意に優しくすれば誤解を招くだろう。
表現力は精神性ではなく、知識や経験に基づく純粋な人間力、地力と言ってもいいのかも知れない。求愛というそれ自体、好意が心の内側から表に現れたものである。
美味しいコーヒーを飲んでほしい、そこでコーヒーをカップを一度温めてから淹れるか否か――これは知識がなければ出来ない事だろう、気持ちだけではどうにもならないことだ。
それは心と現実を結びつける力、相手に何かを伝えるそれらをひっくるめて表現力というのであろうが――相手を敬い尊重する気持ちが無ければそもそも気遣うことなど出来ない所を鑑みると、やはり精神性が力とは別の原動力として必要とされるのだろう。
人としての豊かさが無ければ何かを表現することは出来ず、相手に伝える――自分の持っているものを手渡すことは出来ない。
そういう心意気まで含めて『出来る人間』か『出来ない人間』か、異性として人としての魅力的が分かれてしまうのだ。
「――で、その表現力が?」
「見た目30半ばのおっさんが、普通に女の子を口説くとして――何を表現すればいいと思う?」
「それは――」
難題だ。
普通に好意を示して誘っても援助交際か変態かの二択だろう、そもそもおっさんが一回り以上も年の離れた娘を口説く時点で普通ではない。
清く正しい入口から入れば入るほど逆にそれを望めない立場になるに決まっている。
一体何をどう表現すれば、いい歳したおっさんが10代女子に純粋な好意が純粋な好意として伝わるだろうか――
意外に、というか当然の如く無理臭い。
「その上、わたしは普通のナンパも恋愛もしたことがない――だからこそ一般諸氏の普通の恋愛、結婚観から友達感覚まで幅広く男女交際を知るべき――その為のナンパだ」
「……いや、意外に本当建設的な理由だったのですね」
「今の発言は効かなかったことにしよう――正直バカなことをしている自覚はある」
付き人は割り切ることにした、そこで彼は懐から飲み会の別れ際に頼まれたものを取り出し魔王に差し出す。
「――頼まれたものですが、こちらになります」
自然に恭しく渡されたそれに、どこか超然と、
「――使い方は?」
「軽く眼に意識を集中してください。設定で自動起動に切り替えられますが、それは魔力が常に消費されます」
「ふむ」
彼は既に仕事をしていた。彼は上司からの無茶振りには仕事を割り振られた時点で逆らえない企業戦士だった。ただし与えられた仕事は本意気でしっかり熟す、決したただ上司に逆らえないだけではない、そこには彼の付き人という立場に対する誇りがあった。
有能な付き人の手から怪しげな楕円のケースを魔王は受け取り、その蓋を開け、中に鎮座していた黒縁眼鏡を摘み、元より掛けていた己のそれと付け替える。
早速、その辺を歩いている街娘に眼を合わせ、意識を凝らした。すると、
名前:タチアナ 18歳 種族:人間。
身長:161cm B79 W56 H86。
職業:店員。
称号:看板娘。客寄せ効果1.5倍。
装備:黒シャツ、ホットパンツ、縞ブラ、縞パン、エプロン、動きやすい靴。
恋愛属性:ノーマル
と、視界に直接表示される。
見た目はほぼ変わらないが、自分の魔力域に道具と接触回路が形成され、それが効果音と共に射出されていた。
「……ふむ、胸がいささか数値より大きいが――」
「きっとパット装備ですね」
目視のそれと数字が指し示すイメージにやや開きがあるがそういうことだ。
それはいわゆるステータス閲覧――鑑定魔術である。数字に頼らずよく確認すれば良い尻をしている、スレンダーな上半身の相反し健康的な美尻と腰つきがより際立つ体型だ。
すばらしい。そして最も重要な項目に目を通せば――勇者の資質:なし。――恋愛経験多数の上、肉体経験有りとある。
「――問題ないな」
要求した機能はちゃんと満たしている。ナンパに使うアイテムにしてはファッション性のかけらもない黒縁眼鏡だが、しかし一般人では到底作り出せない魔道具だった。
とんだセクハラメガネであるが、効率よく女勇者対策を施したナンパ技術を習得するには可能な限り同じ条件の女性を口説くべきだろう、それを見分ける為に作らせたアイテムだ。
まさか面と向かって『処女か?』なんて聞けない、一角獣規格の乙女を探す為だ。
「……しかしなぜ下着やらスリーサイズまで分かるんだ?」
対女勇者用のナンパ技術の為、勇者の資質である神の嫁の規格――【
「この手のステータス鑑定は装備についての情報も出ますからね。急ぎだったので既製品の鑑定道具を改造した為、術式の中の根幹部分にまで手を出せなかったのでとりあえず重要事項を確実に参照するようにしたら――女性の機密情報部分として一緒くたに」
元は冒険者や勇者たちが魔物のステータスや能力を見るために使う道具だが、許可なく人に使うのは違法である。役場では例外として犯罪履歴等を調べるため騎士や警察などの特別な部署が使用している。
「むう……まあ、見なかったことにしておこう」
「念の為、セクハラで訴えられないよう正式な所持者以外にはただの種族判別眼鏡としてしか機能しません。とりあえず名前は【
もう色々とアウトだが、人類を神コーンの魔手から解放する為には致し方ない。
「――では、レベルを上げにいこうか」
「……うーん、とりあえずどの女の子にしようかな」
二人で広場を振り返る。
普通の人間族だけでなく猫耳、犬耳、ウサ耳、竜鱗から青肌までよりどりみどりの女の子たちが居る。
普通に作戦とか関係なく相好を崩した。
これなら勇者の資質を持つものが相応数いるだろう、もっとも魔王の好みは十代の若い子ではなく、人妻から熟女の、女性として完成された色気という美が好みであるが。
気を取り直して、黒縁眼鏡を通して魔王は辺りを見渡した。
そのレンズに写った女性の情報が意識の中に流れ込んで表示される。
その瞬間、戦慄した。
「……嘘だろう?」
処女、処女、処女、非処女。
非処女純潔純潔不純無垢無垢汚れ汚れ汚れ婆婆婆BBA――勇者の資質を持たないものを除外すると一気にその数が減った。さらにロリとペドを除外されると世界にたった数人の女が残った。
「何を見たんですか」
「こ、これが神の視点か!? バカな、こんな寂しい世界を奴は見ているというのか!」
その結果は言うなれば、
「……神の視点では、世界に女がほぼ居ない!」
「だからこその勇者というか嫁なんですかねえ……」
「しかし……まあ小児と幼児を省いているのは救いか」
神は狂っている――が、辛うじて本気でやばい奴ではなく狂った偏愛主義者で済んでいる。
ちなみに、ただの恋愛も禁止なので別にこの都市の性が乱れているわけではない。
それはともかくターゲットはしぼれた。
観光客、町娘A、B、C、屋台の売り子の五人だ。
A、Bは二人組なのでこちらと人数が合うが、それとなく周囲に視線を送っているので待ち合わせ中だろう、望みは薄い。観光客――悪くないが道を探しているっぽいので遊んでいる暇はなさそう、ナンパされても迷惑だろうな。屋台の売り子は仕事中なので迷惑を掛けるわけにはいかない。
そんな親切プランで、
「よし……町娘Cに、まずは私一人で行く」
「では私はここで待ちますね、健闘を祈ります――」
部下に見送られ、魔王は町娘Cに向かった。
軽く深呼吸する、いざ、目標を中央センターに入れ、狙いを外さないよう眉間に力を入れこめかみで表情筋を踏ん張る。一歩、また一歩、普通の速さで近づいていくそれが徐々に早足になり合わせる様心臓が早鐘を打ちそして爆発寸前までいった。
町娘Cがその異常な足音に気付いた。
顔が振り向き眼が合う。
魔王は背中にじわりと汗が浮かび、額が熱ばみ頬が火照った。
謎の動悸が彼の心臓を襲う。
そして手の平にぬるぬるした汗が――
その十秒後、付き人は見ていた。
魔王が町娘Cの元へ力んだ早足で向かい――そしてその奥、クレープの屋台の列に並び、クレープを買い戻って来たのを。
「おまえはお好み焼き味でいいか?」
「――あれ? クレープを食べに来たんでしたっけ?」
「ああそうだ。目に入ったらついチョコバナナが気になって――な?」
「そんなわけないでしょう!」
「いや、なんか声が掛けられなかったんだよ」
「たかが街行く女性に声を掛けることぐらいで――アナタお城で妃と妾どころか女中さんや侍女から何まで声掛けまくってるじゃないですか!」
「じゃあお前やって見せろよ! あれだぞ? 本当に手に汗かくからな! 今も背中がヒヤッヒヤのぬるぬるだからな!?」
「そんなことありえませんよ! ええい、見ててください!」
魔王の年甲斐も無く思春期の少年の様なところ見て部下はマウントを取りに行った。
いい歳したおっさんが何やっているんだろうか、数少ない下剋上、大物食いジャイアントキリングの機会だ――上司の面倒を見られる機会なんて早々ない。
ちょっと自慢げに鼻の穴を広げながら意気込み、彼は町娘Cへと向かう。
軽い足取りで、こんなのちょろい、ちょっと一声かけてちょっと褒め言葉を言って遊びに誘うだけだ。ちょろいちょろい――そう思いながら。
女性の輪郭が大きくなっていく。
距離が近付いてきた、まだ遠目にも芳しい女性の気配を感じる。
なんかいい匂いがしそう、手に汗を掻いて来た――あっ、近くで見ると結構可愛い、あれ、心臓が早鐘を――
あれ? なんか背中がヌルヌルする。
あっ、気付いた。
あっ、眼が合っちゃった!
うわ、スゲー心臓バクバクする。
やばいやばいやばい怖い怖い怖い――
――十秒後。
「いやあ久しぶりにクレープもいいもんですねえ」
「だろう? ――しかし私より随分競歩が上手いな」
「すいません、スイーツだけに甘く見てました、我々大人にナンパってまず精神的に困難ですね」
行きずりの女性に粉を掛ける――ある意味、好きな人に告白するより純粋にキツイ、という現象である。
「何の理由も無く下心を全開にするって難しいな」
「年ですかね」
それは存外に純粋ピュアな心の持ち主だからこそなのだが、二人は気付かず、女を見ればそのパンツとおっぱいを想像していた若かりし日を遥か遠くに感じた。
とはいえいつまでも二の足を踏んでいるわけにもいかず、二人は咳払いで仕切り直した。
魔王が前に出て、その後ろから視線で付き人が釘を刺し町娘Cに声を掛けに行く。
魔王は意を決し再び町娘Cに何気ない様子で接触した。
「あのー」
「? はい――なんですか?」
町娘Cは怪訝に様子を窺っている、露骨ではないが警戒している様子だ、いきなり口説き出すのは危険かもしれない。
(……そういえば、今の娘ってどんな会話が好きなのか。何に誘えばいいのか)
「……あの、どうかしましたか?」
「――え? いやあ、あの、その」
そんなことを考えている内に更に町娘Cのターンに移行してしまい、魔王はしどろもどろ挙動不審に逡巡する。相手は十代女子、おっさんという生き物とは若さも何もかもが違う相手だ。生徒と話すのとは勝手が違う。何の接点もない相手にどう口説き文句を振ればいいのか分らない、賭けに打って出れば何をどう振っても出目がファンブルしそうだ。
そこで魔王は作り笑顔も無難に出た。
「――あ、ああ。すいません今お時間よろしいですか? もしよければ近くにある評判のケーキ屋に、」
「あ、すいませんそういうのはこれから待ち合わせなんで急いでるんで――」
言ってる途中から、町娘Cは視線を外し、一息で言い切り速攻で逃げ出した。
「あ、はい」
町娘Cに逃げられた。
なんとも言えない気まずさに視線のやり場を失くし立ち尽くす。
魔王はちょっとだけ肩を竦め踵を返し、
「――で? どう責任取ってくれるんだね?」
「いや、ここぞとパワハラですか?」
まあ冗談だがと付き人の元に戻りいつもの調子で、
「あっけなくないか? 今ほぼ10秒以内に結論出たぞ?」
「人の顔面は一秒以内にアリか無しか判別されるそうですが……あっ、ここ――もしかしたら今のは少々性急だったのかもしれません」
「なんだと?」
覗き込む魔王に、付き人は懐から取り出した雑誌を良く見える様に広げ説明する。
「え~……いきなりメリットを提示することは、男が目の前に居る女性に対し『即物的なものに絆される』と思っていると暗示し、人としての品格と尊厳を貶めることになり不信感や嫌悪感を与える――とありますね」
その週刊誌のコラムに男達は顔を突き合わせる。
『女の子と言えば甘い食べ物――という先入観に無意識に踊らされがちだが、物欲に釣られる女は名実ともに安い女である。そしてそのことを彼女達も知っているのだ。
意外かもしれないが、一見軽薄に見えるただの「一緒に遊ばない?」が案外女性に対し誠実な好意かもしれないのだ。例えば子供の頃、そんな風に誘われたら男の子でも女の子でもついつい純粋な気持ちで着いて行ってしまわないか?』
とある。それに心無し小さな相槌を打ち、
「……あ~、そう言われればそうだな」
「よくよく考えてみますと、先程のセリフはとりあえず振られる男のセリフですよね。これは反省しなければなりません」
そういう女扱いした挙句、そんな女は好みではない――とはまったく思わない辺り彼らは善良な人間だった。
「じゃあ今度は報酬らしい言葉は居れず、純粋な褒め言葉で攻めよう」
「それでは、今度は私も含め二人でいきましょう」
「――ならさっきの町娘ABに行ってみようか」
諦めずに二人は拳を突き出し打ち合わせた。
そして魔王たちは背中を向け
まず普通(?)に声を掛ける。
「そこの綺麗なお嬢さん方、今少し時間いいかい?」
「はい?」
「ええ? ……」
いきなり報酬を提示せず、まずは純粋に褒めて――紳士然とした中年にいきなり声を掛けられ、町娘ABは困惑しながら事態の推移をとりあえず静観し始める。魔王が自然な表情を装うそれを、瞬きをしながら観察し――そして既に片足がやや後ろ足を引いていた。
逃げ足の確保だ。魔王も彼女達とは逆の意味で既に危機を感じていた。
援護射撃を求め、即座に相方に視線を送ると、
「――いやあ、知り合いと待ち合わせをしていたんだけれど、予定が崩れてしまいましてね? 二人分そこの劇場のチケットが空いているんですが、よければどうですか?」
それに付き人は適格に応え、前回の反省を踏まえて口説き始めた。
何気に巧妙だ、使わなくなったそれを彼女達に譲る、とも取れるし、自分達と一緒にとも取れるワンクッション、思考の余地を与える問い掛け――
それを考えなければならない以上、必然足を止めてしまう。
これで会話が続行される。そう思っていた二人にしかし、彼女たちは魔王と付き人の顔を見て――
それから目と目の会話で頷き――苦笑い。
「――すいません、今日は二人で遊ぶって約束したんで」
「え?」
「もう行かなくちゃ、ね?」
「うん」
「え、あの、」
「――すみません、急いでるので」
「さようなら~」
「え? ちょ、」
「早! ちょっ、ま――」
町娘ABは逃げ出した。
二人は直立不動のままその背を見送り、
「……ダメでしたね」
「顔か? 今度は顔か? 顔なんてどうしようもないぞ?」
あからさまな苦笑いからの苦笑い――それもかなり笑いを堪える様な引き気味の上、明らかに気持ち悪そうなそれを浮かべていた。
もはや犯罪者に対するそれである。
「今のは何が悪かったんでしょうね」
「特に何も失策らしい失策はしていない筈だが」
もう音楽性の違いとしか言いようがない、本当は特に理由も無く、なんとなく、そんな気がしなかったから、とかどうしようもない理由の気配――
そういう巡り合わせ、まさにサイコロの出目としか言えない現象、もしかして、これが続くんじゃないかという予感――
思わず顔を顰めそうになる、だが、男達はあきらめない。
「……だが若干会話時間は伸びたな?」
「ええ、前向きに行きましょう、まだ二組目です!」
――だが、それは絶望的な戦いだった。
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